メシヤ講座・特選集no.10 (平成13年9月分)

<質疑応答形式です>

新宿ビル火災について

<質問者> 先月、地縛霊についてのお話がありましたが、新宿ビル火災で犠牲になられた方の場合も同じなのでしょうか?

痛ましい事故が続きますね。お話をするのでさえ、辛くなります。ビルの管理者や各テナントの経営者は、結果的に殺人行為と同じことをしたことになりますね。

犠牲者には大変お気の毒なのですが、地縛のみならず、浮遊霊状態ですね。それは、死の自覚がほとんど無かったからですね。最近神様から知らされたところによりますと、『死の自覚がないと、神といえども救えない』ということです。なぜ死の自覚が無いかと言いますと、化学物質を多用する建築様式に関わります。火災による有毒ガスには、気持ちよくなるものさえあります。つまり、ふら-っと気を失ってそのまま死に至るケ-スが非常に多いと言われます。薬の多用によって臨終の自覚が無いために、病院に浮遊霊が多いというのと同じですね。ですから、火事というものは、以前の概念と変わったのだという認識をしっかり持って、対処法を何時も心掛けていなくてはいけません。

ご遺族には、酷な話に聞こえるでしょうが、事実なのですから救いのために話さねばなりません。どうすべきかという話になりますが、現地で慰霊祭を繰り返すしかありません。そして、死の自覚を促すのです。いかにも慰霊祭という形式で行うべきです。無宗教的形式をと言う方がいますが、ナンセンスですね。それは、故人が最も死を自覚できる方法を採らなければならないからです。例えば、20歳の犠牲者であれば、20年間に体験した葬式の形態がよいのです。すると、代々続けてきた宗派がよいということになるのです。

私は、現代仏教の使命の一つは‘死者をきちんと弔う’ことだと思います。そのためには、もっと病院に出向かねばなりません。そして、引導を渡してあげねばなりません。その点、新興宗教の方がマシですよ。死者にキチンと真向かっていますからね。ただ、病院側は嫌いますがね。しかし人間の尊厳性を重視すれば、もっとあり方を改善すべきです。

アメリカ同時多発テロについて

<質問者> アメリカで想像に絶するテロが起きました。テレビから飛び込んでくる映像は、映画の1シ-ンのようで現実のものとは思えませんでした。犠牲になった方々のことを思うと、表現のしようがありません。

映画よりも衝撃的で、しばらく声も出ませんでした。メシヤの教えでは『爆破によって、霊細胞が粉々になろうとも、国のために犠牲になったものは元の状態に復する』とあります。

このことが、せめてもの慰めになれば幸い、と祈るばかりです。きっと救いがもたされるでしょう。世界中の心有る人たちが、アメリカへ祈りを集中していますからね。‘共に祈ろう’という電子メ-ルやファックスが、世界を飛び回っていることからも解ります。皆さんも、犠牲者の救いのためにアメリカに祈りを集中してください。そして、このような愚かな行為が繰り返されない、平和な世界が築かれるように、祈りを捧げましょう。

アメリカの報復攻撃について

<質問者> ブッシュ大統領は、すぐにでも報復攻撃に出る構えですが、テロは絶対に許すべきでない、という立場と、新たな市民が巻き添えになることは避けるべきだ、という立場から様々な意見が出ています。アメリカは戦争をしたがっている、という極論まで出ていますが・・・。

人類は何故ここまで愚かな事を繰り返すのか、その事に憤りを覚えますね。報復攻撃について言えば、‘一般市民を巻き込んだのは、テロの首謀者が先だ’ということがありますね。また、テロの首謀者は、アメリカ本土にテロを仕掛ければアメリカが報復に出ることを見越しているでしょうに。それなのに何故、行動を起こしたのかですね。ただ、10年前のイラクのフセインにせよ、今回のビンラディンにせよ、かつてアメリカが利用し、育てた人物であり、その利用期間後反アメリカになったことは確かです。そして今回のテロは、アメリカと西洋資本主義を象徴する偶像の破壊です。これは、仏教遺跡の破壊に続く行為ですが、あれほど警戒していたにもかかわらずそれを成功させてしまったところに、重大な意味があります。

10年前もブッシュ、今回もブッシュ。因縁めいていますしね。そして、今年アメリカがやった京都議定書からの離脱宣言、ミサイル防衛構想に象徴される国益第一主義。以前から述べていますように、アメリカ的な価値観の終焉を意味しています。テロは、許されるべきものではありません。しかし、報復攻撃、その事だけを捉えた時に、後に何が残るかというとアメリカの軍需産業と石油産業が伸びたということしかない。10年前も、ハイテク兵器が使われ、ITバブルの引き金になったことは記憶に新しいところです。結果主義で見れば、戦争をしたがっていると言われても仕方ありませんね。

報復攻撃は、テロを根絶するためには仕方の無い行為だ、と現時点では言わざるを得ないですね。私が希望するのは、アメリカが世界の警察を自任するならば、国益第一主義を脱して、国連を世界国家へと構築して、テロの温床である貧困、飢餓、人種差別などの問題解決に全力で取り組むべきだということです。またそのことにこそ、日本もお金を出すべきです。

イスラム原理主義について

<質問者> それにしましても、テロの首謀者は、何千人もの人間を殺戮(さつりく)するにも躊躇(ちゅうちょ)しない、自滅も辞さないような心理状態にどうしてなれるのでしょうか?イスラム原理主義というのがどうもわかりません。

イスラム原理主義につては、これから各方面で報道されていくでしょうから、大切な点だけを押さえておきましょう。かつてイスラム世界は、近代化を図るに際し欧米を手本としました。しかし、汚職、貧富の差、環境破壊等々様々な問題が噴出し、結局イスラムの根本に立ち返ってイスラム社会が抱える問題を改善しようという運動が起きました。これが原理主義の起こりとされています。ただ私から見れば、その時‘戒律の精神’と‘イスラム世界の優秀性’を再認識しなかったのではないか・・・と考えざるを得ない訳です。とりわけタリバンに限ってみれば、イスラム教以外の戒律まで入っていると言われています。それから、政治に利用したことが教えの曲解、歪曲を招いていますね。「ジハ-ド」とは、本来‘神のみちを努力する’という意味であったが、拡大解釈され‘神のために死ぬ’つまり殉教となり、更にはそれが義務だとなったようです。

そこで、イスラム教の戒律の精神というものを辿って行きますと、‘人間は弱い存在だ’ということが根底にあります。私がかつて教えられたところによりますと、例えば豚を食べてはいけないという戒律は、‘人間は弱い存在なので、雑食の豚を食べると健康によくない’からだそうです。ラマダン(断食期間)も、元はといえば健康のためです。また、女性が眼以外を覆わなければいけないという戒律。これは、‘男性は女性の魅力に弱いので、女性らしい部分を見せてはいけない’ところから生まれています。この例を見ても、戒律は、弱い存在である人間を守るための‘神の愛の発露’です。

ですから、近代化を図るときに必要なのは、戒律の精神に立ち返り‘神の愛に応える’という姿勢です。神に心配を掛けない、自分づくりですね。男性が理性的になれば、女性の服装を自由にしてもよいということになります。そうした方向性です。メシヤの教えに『廃法府と立法府』というものがあります。社会悪が増えるから新しい法規を打樹てねばならないが、善人が増えれば法規の必要がなくなるから、‘国会が廃法府となるこそ、本当の文化の進歩である’というものです。人間が向上すれば、戒律が必要なくなっていくのです。神は、戒律を守ることもお喜びになるでしょうが、戒律を必要としない社会の実現をもっとお喜びになるはずです。戒律の強化は、精神の後退を招きます。

アメリカは、サリン事件以来新たなテロ対策を講じた、とありますので、オウムに付いても少し触れておきます。あの事件で、日本人はほとんど教訓を得ていないと言われています。テロ対策は勿論の事、若者がオウムに走った原因を鑑(かんが)みて、自らに人生の意義を問い直し、若者に人生を語る努力をしたか?ですね。相変わらず経済不況の話題ばかりではないですか。また出家というキィ-ワ-ドから、仏教の変遷を熟考したか?ですね。俗世界から隔離された山中に篭もって精神の安定を図るか、市井(しせい)に身を置きつつも精神の安定を図り人格形成に取り組むのか、「ウチは仏教だ」と言うからには考えてみたのか。ただ単に宗教批判を口にしただけではないですか。

出家しなければ救われないとするならば、精神の後退です。また、精神世界を求める上で、モノに頼ってしまったことは本末転倒ですね。グッズに頼るということは、本質的にオウムと同じ道なのです。そうしたことを、自分のところに置き換えて考えていくようにしていかなければ、よりよい社会は築けません。

イスラムの話に戻りますが、そもそもイスラム教というのはアラ-の下に正義と平等を貫いて、共に助け合うということを掲げる素晴らしい宗教です。そして、イスラム世界は、空位の桁を示す「0」を含めた数字の専用表記を発明したことからも解るように、優秀なのです。今年から21世紀と言うのも、もともとキリスト教世界には「0」の概念が無かったからですね。この点について言えば、ある時代まではイスラム世界の方が進んでいた訳ですね。その優秀性を再確認し、問題の原因を敵に求めず、自助努力をしていくべきでしたね。

人類は、最高神のご意図というものを求めなくてはいけません。「我が国家・・・」「我が民族・・・」というように主張しているうちは、お互いに程度が低いですね。ただ、本音を言っていたら、指導者になれないと言う国際社会の現実がありますから、馬耳東風ですかね・・・。

狂牛病について

<質問者> 日本でも狂牛病初感染の報道がありました。以前メシヤ講座で、食べるものがなくなる時代が来るというお話を伺いましたが、恐ろしい事ですね。

これは、西洋資本主義の終焉です。いや終焉させなければいけない出来事です。次々と新たな欲望を生み出し、神を信じると言っておきながら、神のお創りになった‘草食動物’を‘雑食’にまでしてしまったのですからね。よくもまあ「狂牛病」と名付けたものです。プリオン病の一つ「スクレイピ-」にかかった羊の臓器を加工し、飼料として牛に与えたことが発端とされ、更に狂牛病の牛も同じような形で飼料に混ぜたため、被害が広がったそうですね。まさに、人間が牛を狂わせてしまったのです。

ヤコブ病訴訟の原因と底辺で繋がっていますね。狂牛病は、人間に感染すると変異型クロイツフェルト・ヤコブ病を引き起こすそうですね。テレビでその症状を見ましたが、大変な事です。「狂牛病の権威がイギリスに」と言っても、あの国がやった事に過ぎないということです。先ず、その反省があるのでしょうか。なっていませんね。肉骨粉というものが話題になっていますが・・・それ以前の、人としての責任が重大です。それから、最近の精肉生産業者は、供養行事を1年に1度くらい執り行っているのですかねぇ。

国常立尊様の経綸

<質問者> 何かあらゆるものが狂って来ている感がしますね。正される時が来るのでしょうか?

現在進行中です。メシヤの教えに『西洋から東漸してきた濁流を一厘の力で浄めて、押し返す』とあります。東方の光と言われていますが、メシヤの働きのことですね。それで以前から本にも書きましたが、メシヤのお働きの一翼として活躍される国常立尊様に一層お働きいただける‘場づくり’をせねばなりません。その為のご経綸の依頼が神界からありましたので、来月から取り組ませていただきます。詳しい話は、またの機会にお話致しましょう。

(この内容は、9月に各地で開催されたメシヤ講座の中から抜粋したものです。)

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