メシヤ講座・特選集no.14(平成14年1月分)

ニュ-ヨ-ク市長選について

 ニュ-ヨ-クのジュリア-ニ市長の再選を願う声が多かったと思うのですが、あれで良かったのでしょうか。

「同時多発テロ後の対応を通して、ジュリア-ニ市長に対する評価が上がり、法律を変えてでも再出馬して欲しい、という声が多かったそうですが、出馬しなくて良かったと思いますね。それが成熟した民主主義というものです。また、健康不安もありますし、フジモリさんみたいになっても困りますからね。

私は、昨年比較的アメリカのことを批判的に述べてまいりましたが、民主主義国家としては成熟していると評価していたのです。しかし、大統領選で大変失望しました。不透明さが残ると共に、それ以後国益第一主義に傾いていってしまいました。京都議定書離脱しかり、ミサイル防衛構想のためのABM条約脱退しかりです。このことは、世界各国から反感を買いました。それでもアメリカは姿勢を崩さなかった。

一連の動きは、アメリカの世界に対する支配意識のように映りましたし、傲慢でもありました。傲慢な時は、隙を作ります。その隙がテロを成功させてしまった、と言えます。同時多発テロはとても認められるものではありませんが、アメリカも顧みるべきことは多々あるのです。グロ-バル・スタンダ-ドを自任するのならば、民主主義を更に成熟していってもらわなくてはなりません。

報復攻撃は、‘対テロ対策は、武力による威嚇の裏打ちがなければ絵空事だ’という考えに基づいていることは十分承知してはいても、新たな市民の犠牲者が膨大に出ていることは悲しむべきことです。また、イスラエルはその余勢を駆ってパレスチナを力で押さえ込もうとしています。時代の逆行ですね。

余談ですが、幕末坂本竜馬は‘フリ-’という英語と‘デモクラシ-’が最も好きだったといいます。しかし当時の志士たちの中にその意味を十分承知した者は少なかったようです。大政奉還の決議後、竜馬は何者かに暗殺され、日本には本当の意味での民主主義は生まれず、今日までそれを引きずっています。」

宗教と科学の一致

 先月、地上天国建設のためには『宗教と科学の一致』が不可欠である、というご趣旨のお話をいただきましたが、具体的にはどのようなことでしょうか?

「今最も注目を集めているものにGNR技術と呼ばれているものがあります。遺伝子(ジュネテック)工学のG、ナノ技術のN、ロボット工学のRをとってそのように呼んでいます。これら新技術は、難病治療に役立ったり、人々の暮らしをより豊かにより便利にし、これからの経済発展の原動力と考えられています。

ところが、‘GNR技術は、自然界にはない物質を作り出すなど、制御不能な何かを作り出す可能性を秘めている。それがいったん解き放たれると、疫病のように蔓延し、連鎖反応のように広がる・・’と危惧する専門家もいます。また、意図せずに大量破壊に繋がる新たな研究成果を生み出してしまう可能性もあります。

米サン・マイクロシステムズ共同経営責任者のビル・ジョイ氏は、以上のような点について‘NBC(核・生物・化学)兵器の使用禁止、不拡散にならった国際的な枠組みがGNRについても早急に作られるべきだと思う。研究者による厳格な倫理規定、自主規制も必要だ’‘我々が直面している状況は、20世紀に比べ、はるかに複雑になっている。研究者は個人の責任と自覚のもとに感覚を研ぎ澄まさなければならない’(読売新聞)と述べています。

遺伝子工学は1970年代から急速に発展してきましたが、同時期、新興宗教界も新たな時代を迎えようとしていました。しかし、宗教の本来の発展はありませんでした。解りやすくするために世界救世教について述べてみますと、当時この教団は変革を余儀無くされる事件が相次いでいました。学生だった私は‘どうして教え通りにやらないのか’とひたすら考えていました。

結局、教団は組織機構を変えるだけで、改革完了としてしまいました。その結果、かえって教えはお蔵入りされ、教祖の名のみが叫ばれ、その精神を求める営みはほとんどありませんでした。これこそが、今宗教の抱える問題なのです。他の教団でも同様です。例えば、日蓮系の諸派の中で、日蓮上人の目指した仏教改革の内容を正しく理解しているところがどれ程あるでしょうか。

本来、宗教の使命は‘時代苦を救う’ことにありますが、同時に教祖の精神を現代に求めていかねばなりません。そうしなければ、人々を時代の中に活きいきと生きさせてあげることはできません。‘安心立命’の境地には導けません。このことは、信仰読本を読んでいただければご理解いただけると思います。

そこで指摘したいのは、宗教が遅れをとっているということです。そればかりか一部には危険視されているものさえあります。そしてまた、どの世界宗教も最高神に辿り着いていないということです。最高神は、地球上の全ての存在を許しています。メシヤが人として存命中、何故ラジオニュ-スを欠かさず聞き、新聞に目を通されたか。それは、全ての存在を許し経綸し給う最高神の御意図を、人として知る範を示したのです。

いくら最高神の教えと自負しても、対立するものがあり聖戦を呼びかけるならば、同等の‘格’の者同士であり、そのことによりその教えは『最高神』のものではなくなっているのです。また、遺伝子研究の成果として‘世界人類は、先祖を遡っていくと、35人の母に辿り着くことが解った’そうですが、それは神話とどう結び付いていくのか作業を重ねなければいけません。

遺伝子工学は、創造主の領域に足を踏み入れています。その行く手を止めることは不可能です。このような時にこそ、神の性格を更に学び、それを知らしめ、歩を進めるに足る人間作りを目指さねばなりません。」

節分の意義

 昨年、節分の日には『神言』を奏上するように教えられました。今年も同じようにお祭りさせていただくのでしょうか?

「節分祭で奏上する神言は大祓祝詞で、文字通り大きく祓うのですね。日常の心言行による罪穢れは天津祝詞によって祓えるのですが、1年に1度の節分祭では、人類全体の罪穢れを祓うのですから神言を奏上せねばなりません。そして、人類が厳格なご性格の神様を岩戸に押し込めた罪をお詫びし、それ以後積み重ねた穢れを祓っていただくのです。

また、神様を押し込めた際、岩戸の前に煎った豆を播き‘この豆から芽が出てくるまで開けない’と唱えたとされます。煎った豆から芽が出るはずもなく、‘永遠に出てくるな’という呪文ですね。それが現代に残る豆撒きですね。

ですから、『豆撒きはしない方が良い』とメシヤの教えにあります。どうしてもしたいならば、生の豆を撒いたほうが良いですね。芽が出ますからね。また、‘鬼は外’の鬼は、悪人から神を見たときに鬼に見えたのですね。閻魔大王を善人が拝すると柔和なお顔に見えるが、悪人からは‘目は爛々として口は耳元まで裂け舌端火を噴き・・’というように見える、それと同じですね。

また、『‘福は内’のフクは、欲望を司る副守護霊のことだ』とありますので、‘鬼は外’‘福は内’と唱えることは‘今年も神を押し込めたまま、欲望のままに生きるぞ’と唱えていることとなります。知らない事とは言え、大変恐ろしい事を重ねていることになりますね。ただこれも深奥なる仕組があるので、今日まで知らずとも仕方ない訳です。そして時が到来して、メシヤの教えが著されることにより明らかになったのです。

この真実を知る人を増やし、人類の罪をお詫び申し上げ、岩戸開きに臨む決意をする、というのが節分祭の意義ですね。そして、節分祭で神様にお詫びすると、翌日の立春から神威は弥増します。」

立春の意義

「この弥増す神威は、具体的にどのような型で現れてくるかと言いますと。1つには、浄霊力をはじめとする救済力が強くなります。2つには、浄化力が強くなります。3つ目には『真理の具現』です。まず、強まる浄霊力を自分の手に入れるようにしていただきたいですね。そのためには、3つの基本を心掛けて数多く取り次ぐことが肝腎です。‘いつでも、どこでも、誰にでも’というようにですね。

浄化力についてですが、神威は罪穢れを払拭しようと作用します。払拭する時に起こる現象を浄化と呼びますが、これは様々な形となって起こってきます。大きくは天変地異という形から、個々人の問題まで。それらについては、全て浄化であるという見地から対処してまいりますと、罪穢れが取れた分だけ善い方へ向かいます。

しかし、何も問題が起きることを待つ必要もない訳で、やはり自分から進んで積極的に罪穢れを払拭していく方が楽ですね。罪穢れを払拭する早道は『積徳』です。徳を積むということですね。徳を積む道としては、‘神様の役に立つ’‘人を救う’ということが挙げられています。

更には『真理の具現』ですね。これは先程からの話にもありますが、まあ世相というものを観ていくと明らかになっていきますから、楽しみにしてください。

立春祭では、天津祝詞・善言讃詞を奏上し、神威弥増すことを言祝ぎ、一層御力をいただけるようにご祈願致します。」

「救霊仕上げの年」をどう生きるか

 今年はどのような年になるでしょうか?また「救霊仕上げの年」に心掛けるべきことはどのようなことでしょうか?

「世界を暗雲が包み込んでいるように見えますが、高い視座に立って観ると確実に理想世界実現に向かっています。先程からの話の内容とも関連付けて、考えてもらいたいのです。近年日本の中にあっては、世界の情報がより早く、操作が加わらずに入り始め、‘水晶世界’という言葉に近付きつつあります。当然のことながら、小泉内閣の支持率の高さは、日本の現状を理解する国民が増えていっているということです。仮に小泉さんが変な事をしたら、一気に支持率は下がります。それは、政治家や官僚のやっている事を国民は見抜いているからです。

また、日本に‘困っている’と訴える人がいても、‘本当に困っている’人はほとんどいません。‘何とかなる’社会制度が出来上がっています。自殺する人は増えているじゃないか、と言われますが、それは別の問題です。ただ無知ということはまだあります。それで‘こまっている’と勘違いをしています。全ての問題は解決する時代が来ています。

天変地異についてですが、とりわけ地震については、小刻みのままに推移してくれればと願っています。これは、地球の意志と、人間の無意識のうちの行動の積み重ねによって起きてきます。『忘れた頃にやってくる』という言葉通りです。大切なことは、何が起きても良いように備えておくことです。魂が浄らかで、徳があれば、如何なる事が起ころうとも安心です。

そこで救霊ということも重要になります。昨年来、神様から特に知らされることは、葬式の儀式の中で最も大事なのが、『火葬後の御骨拾い』と『帰家祭』ということです。近年は、医療の対応の拙さもあって、死の自覚を持たずに他界する方が増えています。そのため、御骨になった時に自分の遺骨であることが解らない霊が多いということです。ですから、中空を見据えて‘今このように汝命の遺体は骨に帰したので、共に家に帰るべし’と声を掛ける必要がある、といことです。

そして、家に帰って‘繰り上げ法要’などもってのほかで、仏教なら四十九日、神道なら五十日祭までキチンと日を満たしながら霊界へ送る儀式を務めなければなりません。仏教界でも四十九日の意味を知らない人が増えていますからね、これこそ異変です。四十九日は、7日毎に回転させる祭具があり、7回動かすと一回りして49になるのです。これは、‘七’とは‘成る’という数字でそれを七回でさらに‘成る’という意味なのです。西洋でも、神は7日目に安息日を設けた、と言うでしょ。つまり出来上がるということですし、‘霊界人に成る’ということです。

親戚縁者に、この事を教えて差し上げるだけでも大きな仕事です。そして、位牌等も整理して設えるように導いて差し上げることは大きな救霊に繋がりますね。私としては、霊界へキチンと行っていない人への救霊が大切だと考えています。それから、邪霊ですね。善言讃詞にあるように、メシヤに服(まつろ)わせ、解脱させていかねばなりません。これには細心の注意が不可欠です。」

(この内容は平成14年1月に各地で開催された内容から抜粋されたものです。また個人的な質問は割愛しています。)

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