メシヤ講座・特選集no.19(平成14年8月分)

お盆の意味

 お盆の意味について教えてください。

「今月はお盆についての質問が多いので、メシヤの教えをそのまま紹介致しましょう。
『釈尊の大慈悲から盂蘭盆会(うらぼんえ)というものを作り、毎年一回日を決めて、地獄にいる霊を子孫の家へ還らして下さるのである。その日は地獄の釜の蓋が開くというが、兎に角地獄の祖霊も仏壇へ招かれ子孫に供養される。地獄の霊もそれを知っていて待っているのである。

元来祖霊は常に全部仏壇にいる訳でなく、平常は選ばれた留守番の霊がいるだけで子孫が拝む時だけ仏壇に集まるのである。その際仏壇にはある程度救われた霊だけしか来られない。つまり八衢(やちまた)以上のものが来られるので、地獄にいる霊はお盆の時以外は来られないのである。

お盆には種々の儀式を行って霊を迎えるのであるが、‘おがら’を焚くのはここからお入り下さいという目印である。(昭和24年3月1日)』

また、地方によりお盆の日が違いますが、その土地の風習のままでよいということです。『霊界では、伝統や習慣のままにしてくれる』という教えもありますから、それぞれに伝わることに誠を込めていくということが大切ですね。」

仏壇の内部は極楽浄土の形

 地獄は無くなる、というように伺っていますが・・・。

「そうですね。ただ、今は過渡期ですから、天国建設と平行して無くなりつつあると解釈したらよいと思います。また同時に地獄を維持したいという、天魔羅刹、夜叉龍神の働きも侮れません。私も命を狙われたくらいですから。やはり基本を知り、極当たり前のことを心掛けるように致したいと思います。少し長くなりますが、メシヤの教えを紹介しておきます。

『仏壇の意義を概略説明するが、仏壇の中は極楽浄土の型であって、それへ祖霊をお迎えするのである。極楽浄土は百花爛漫として香気漂い、常に音楽を奏し飲食裕かに諸霊は歓喜の生活をしている。それを現界に映し華を上げ、線香を焚き、飲食を饌供するのである。

又鐘は二つ叩けばよく、之は霊界に於る祖霊に対し合図の意味である。之を耳にした多数の祖霊は一瞬にして仏壇の中へ集合する。然し此事は何十何百という祖霊であるから、小さな仏壇の中へ如何にして併列するか不思議に思うであろうが、実は霊なるものは伸縮自在にして、仏壇等に集合する際は其場所に相応するだけの小さな形となるので、何段もの段階があって、それに上中下の霊格の侭整然と順序正しく居並び、人間の礼拝に対しては諸霊も恭しく会釈さるるのである。

地獄からの脱出

そうして飲食の際は祖霊はそのものの霊を吸収するである。然し霊の食料は非常に少なく、仏壇に上げただけで余る事があるから、余った飲食は地獄の餓鬼の霊に施すので、その徳によって祖霊は向上さるるのである。故に仏壇へは出来るだけ、平常と雖も初物、珍しき物、美味と思うものを一番先に饌供すべきで昔から孝行をしたい時には親はなしという諺があるが、そんなことは決してない。寧ろ死後の霊的孝養を尽くす事こそ大きな孝行となるのである。

勿論墓参法事等も祖霊は頗る喜ばれるから、遺族又は知人等も出来るだけ供養をなすべきで、之によって霊は向上し、地獄から脱出する時期が促進さるるのである。

世間よく仏壇を設置するのは長男だけで、次男以下は必要はないとしてあるが、之は大きな誤りである。何となれば両親が生きているとして、長男だけが好遇し、次男以下は冷遇又は寄付けさせないとしたら、大いなる親不孝となるではないか。そういう場合霊界におられる両親は気づかせようとして種々の方法をとるのである。その為に病人が出来るという事もあるから注意すべきである。(昭和24年8月25日)』

ここにご紹介致しました教えは、昭和20年代のものであるということを踏まえて接していただきたいと思います。霊界の様相が変化していることは勿論のこと、時代背景は著しく変わっておりますからね。それから、地獄が徐々に無くなるということを最も実感しているのは、他ならぬ地獄にいる霊です。自分達が向上した後無くなれば言うことはないのですが、そうではない場合は非常に困ります。やはり焦りも出る訳ですね。

そのことを現界にいる私達が理解し、可能な限り徳を積ませていただくことが大切なのですね。教えに触れると、‘徳’というものが如何に大切かということが解りますね。現界で生活している私達は、祖霊が霊界で徳を積むことができるように尽くしていくことですね。また、私たち自身が徳を積む道は限りなく多くありますから、日頃の心掛けが非常に大切です。」

お彼岸、礼を尽くすことの大切さ

 お彼岸についてはいかがでしょうか?

「メシヤの教えでは『彼岸の時は太陽が冬至と夏至の真中を廻る時で、丁度いい時なんですね。で、この丁度いいという事が天国、極楽になるのです。つまり理想世界の事ですね。彼方の岸というのは‘理想郷’の意味でしょうね。でその時御墓参りをするという事で、別にはっきりした意味はないのですが、まあ丁度いい時に先祖を祀るという訳で之は理屈なしにいい事ですね。』とあります。

これは天国の型づくりですね。ご神体を迎えたご家庭には、ご神前に入るときに靴下を履くようにお願いしています。それは、清浄な神域を保つために礼を尽くすように心がけるということです。その家庭の聖域をより清らかに保つことにより、天国化が進むのです。私自身、暑い日でも朝から就寝時まで靴下を履いているというのは、何時でもご神前に入室できるようにしているからです。

これは祭事の作法にも通ずることです。‘左進右退’の神律を心掛けるということも、やはり天国化のリズムです。人体では左が上座で、右が下座になります。ですから浄霊も相手の左から右へとしていきます。

余談ですが、私は春に怪我を致しまして以来、神様から動き方を随分修正させられています。左進右退のリズムです。色々深い意味がありますね。お蔭様で8月は風邪を引くことが出来ましたから、体力的には随分回復いたしました。」

日本ハムの問題等に見る日本の課題

 また食べ物の問題で、日本ハムが大変な事をしていたことが明るみに出ました。今の日本には大きな課題がありますね。

「問題はハッキリしています。食べる側を見ていないということでしょう。政策にしても生産者のためのものですからね。消費者のためのものではありません。そこのところを根底から見直しをしなくては、問題はなくなりません。構造改革と言っていますが、高度成長期の遺物を一掃するということをもっと明らかにしなくてはいけません。

精神ですね。国民を見つめる方へ変革すべきですね。道路公団民営化についても見つめているところが少し違います。これは先月触れましたね。

亀井静香さんが猪瀬直樹さんと文芸春秋で対談をしてますが、その中で‘私は高速道路は全て税金で賄ってタダにしたらいいと思う。外国だってほとんど無料なんだから日本もそうすればいいんです。いまODA予算を削減し、医療改革・特殊法人改革等を思い切ってやれば、ト-タルで一兆円生み出すなんて簡単です。無料にしてなおかつ1万1、520キロの法定予定計画も実行できる。何も民間会社にしなくても高速道路はやっていけるんです。’と述べています。

亀井さんに実行力があればよいですね(笑い)。何のために行うのか質していけば、簡単なのですがね。それが精神というものを大事にするということの意味です。」

(この内容は、8月に各地で開催されたメシヤ講座から抜粋したものです。)

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