メシヤ講座・特選集no.22(平成14年11月分)

時間と人とお金について

 日常生活の中で時間というものが非常に大切のように思います。また人への対応、お金の使い方も難しいものがあります。メシヤの教えではどのように教えられているのでしょうか?

1、時間

「メシヤご在世中は、ご自身用の時計を五分進めておられていました。時計を五分進めることによって、物事の五分前にはご自身の態勢を整えられていたのですね。ご自身、時間に非常に厳格であったと同時に、人に対しても同様でした。ですから面談等においては、お約束の時間を連絡無しに遅れて来た人には決してお会いになりませんでした。

そうしたこともあって、高弟の中には教会の祭典開始時に門扉を閉めてしまう方もいらしたようです。時間を守る、ということへの教育ですね。人間生活において約束を守る、ということは大切ですが、中でも『時間を守れない人は、信仰の落第生だ』と述べられるほど、約束の中でも時間を守ることの重要性を教えられています。祭典について付け加えるならば、どうしても日時の都合が悪い場合、事前にご挨拶に伺うことを心掛ければ神様に礼を尽くしたことになります。

また『大本教のお筆先に曰く‘時節には神も敵わぬぞよ’とあるが、一言に喝破し得て妙なりと言うべきである。』とも述べられています。これは時期の大切さを教えられているのですね。時期の良い時には何事も順調に行きますが、悪い時にはいくら立派な企画でも巧く行きません。ですから次のように教えられています。

『私は何かを計画する場合決して焦らない。充分多角的にあらゆる面から客観し、熟慮に熟慮を重ね、如何なる点から見ても正しく、社会人類の為有益であり、永遠の生命ある事を確認し、然る後準備万端を整え時期を待つのである。』

『然らばその機運というものは何によって判断するかというと、先ずあらゆる条件が具備し、機運から見てどうしても計画を実行しなければならないという勢いが迸るようになる。そういう時こそ機が充分熟したのであるから、着手するや少しも無理がなく楽々総てが運んでゆく。』

あなたが先月自宅の竣工祭を斎行できたのも、やはり時期が良かったのです。勿論あなたの力があったからなのですが、教えに沿って様々な要件が揃っていたので、私は強く勧めたのです。しかもあなたは自宅の竣工と機を一にして、新たな人脈を得ました。時期が来ていたのでトントン拍子に行ったのですね。」

2、人

「まず人間については、次のような教えを根底において考えさせていただけば良いと思います。

『本来、人間というものは、神様の御目的なる理想世界を造る役目で生まれたものである以上、その御目的に叶うようにすれば、いつも無病息災愉快に働ける。これが不滅の真理である。

そうして神は一人一人それぞれの使命を与え、特徴を持たせ、生き変わり、死に変わり、理想目的に向かって前進せしめつつあるのである』

私達は、神様から与えられた使命を自覚し、使命遂行のために持たされた特徴、特性を認識して生きていくことが大切ですし、そうした姿勢で人様に接していくことが意義深い人生を育みます。神様から与えられた使命のことを‘因縁使命’と言います。

あなたは30代前半ですから、自らの‘因縁使命’を自覚する年齢に達しています。昔から‘三十にして立つ’と言われていますが、‘立つ’ということは自分の使命を自覚する意味だとされています。また文字通り‘自立’するということです。自立するために不可欠なことは、幼児性と依存性を消していくことです。

例えば、気に入らないことを言われるとすぐに腹を立てる、人を羨ましく思う心が強過ぎる、責任を他に転嫁する、何でも人をあてにする、等々です。親離れということが、そのために最も大切なことです。しかしながら、最近では子離れできない親が多いので困ったものです。

それから、あなたは今後‘不惑’を目指します。不惑とは何に惑わないか、ということですね。それは、‘因縁使命’が自覚できた上で、自分に関わる人々をどう見るか、ですね。課題から言いますと、‘異質な人を認めることができ、多元的な価値観を認めることができ、それらの人々と苦労や喜びを共にできる’ことを目指したいですね。

そのために必要なことは、相手の特徴、特性とお付き合いするということです。自らの因縁使命や特性に気付いている人もいれば、そうではない方もいますが、その人その人に応じて対処すれば良いですね。しかも、『神の声』は人の口から聞こえてくるものだ、と言う心構えがあれば、鬼に金棒です。

‘内流’ということは特殊な使命のある人にあることですので、一般的には『神の声』は人の口から聞こえてくる、と受け止めて行くことが良いでしょう。また『神の声』というものは神の愛に沿って出されます。神の愛というものは、『人を成長させる』ということが根底にあります。しかも『生き変わり、死に変わり』とありますように、魂の成長ですね。

自分にとって嫌な事、厳しい事、遥かに高次な事、というものを‘私を育てようとされている神の声だ’と受け止めていけば、なんと素敵なことでしょう。」

3、お金

「お金というものは通貨と言われる位ですから、通すものです。大切なことは、やはり善いことに通していくことですね。一番善い事、と言いましたら、最高神の御意図である『地上天国』を建設するために役立つように使う、ということでしょう。御玉串料、感謝献金として真心を捧げる、ということがあります。

それから慈善事業などへの寄付ですね。慶弔関係も大事ですね。ただ、メシヤの教えでは『慈善事業等はそれ自体大変立派な結構なものですが、それはいわば消極的な奉仕で、宗教を通して社会の人間を自立させるために働く、それが一番の社会奉仕になる』とありますので、本物の宗教への奉仕が善い使い方ですね。

また、宗教と言っても色々です。宗教施設の火災はお金の集め方と施設の問題ある使い方に原因があることを例に引いて、『一定の額を定め強要することがあるが、これは自然ではない。信仰的献金としては本人の自由意志によって任意の額を決めるのが本当である。気持よく献納する事こそ真の浄財になるのである』と説かれています。

一方借金については『その(返済期と予算のずれから来る心配)煩悶が始終頭脳を占領しているから、良い考えが浮かばない。これが最も不利な点である。又いつも懐が淋しいから、活気が出ない。表面だけ飾っても内容は物心共に甚だ貧困であるから、万事消極的で伸びる積極性がない。というわけで、いつも不愉快でいる。』とあります。

特に事業者に対しては、『例えばここに十万円の資金(昭和24年当時)があるとする。それを先ず半分乃至三分の一位で始め、後の金は残しておくのだから、理屈から言えば頗るまだるっこい。然もその十万円の金も無論人の世話にはならない、己の腕一本で稼いで蓄積したものでなくてはならない。まったく身についた金であるから、力が入っている。そうしてできるだけ小さく始めるのである。』と提唱されています。

長くなりますね。まあ、お金は善い事に使い、事業などには‘力’の入ったお金を使うようにすることが肝要ですね。」

神は大鉄槌を下すか?

 このところ拉致問題をはじめとする北朝鮮の報道が詳細となり、その実態が明らかになってきました。内容に驚くばかりです。非人間的なことに神様は大鉄槌を下されないのでしょうか?

「神格の問題になりますね。下級ともなると、あり得るでしょうね。北朝鮮に対しては安部晋三氏が筋を通そうとしていますから、氏のやり方を支持するということで良いのではないでしょうか。『神様といえども世論に沿う』ということですので、やはり安部氏、小泉内閣の方針を強く支持するということが神様をも動かすということに繋がっていきますね。

しかしながら、世論が正しくなければいけません。国民の学習が必要です。社民党の土井党首みたいに、教育現場の人々は襟を正していかねばなりません。気になるのは朝鮮半島に対する認識です。

1、かつて自治能力を無くして、現在のロシアないし中国に治めてもらわねばならない情勢になった折り、日本に統治してもらうことを選択したのは彼ら自身だという認識。
2、その後、強制労働をはじめ人権に関わる問題があったが、現在の拉致問題とは異なる問題だとする認識。
3、現在400万もの餓死者が出ているという大変な状況下で、金体制は危機的状態だと見る認識。
4、金総書記の息子が入国した時点での外務省の対応に関する責任。
5、麻薬を日本に持ち込んで、若者をさらっていく国に対する厳密な対応策。etc.

私達が傍観してきたこと、していることを棚上げにして‘神の大鉄槌’は期待できないでしょう。厳密な対応をさせるために、私達は選挙で政治家を選んでいるのですよ。選挙の意味合いも再認識すべきですし、学校教育の場でも国の在り方、政治について研究し合うような積み重ねが必要ですね。そして、民主主義をどのように成熟させていくのか、民主主義をどのように守るのか、国民一人ひとりが考える時なのです。

また日朝間の首脳会談の背景には米国の関与があります。先程、小泉政権を支持するような話し方になりましたが、米国との関わりあい方が良くも悪くも非常に重要になっています。第二の敗戦と言われている事柄に早急に対処しなければ、国を滅ぼしかねない、ということを指摘しておかねばなりません。これは別の機会にお話し致しましょう。」

メシヤ降臨祭

「早いもので今年も残りわずかとなりました。12月23日は『メシヤ降臨祭』を各地で執り行っていただきたいと思います。平成14年を『救霊仕上げの年』と銘打って取り組んできました。私自身も九死に一生を得るようなことがあり、想い起こせば感謝の連続でした。

また、平成15年から『神の年』となるので今年は‘準備の年’であると受け止めていただきたい、とお願い致しましたが、私自身が身を以って解らせていただいた年であるように思います。そして『いよいよの時、初めて諸々、浄まった者それぞれに因縁通りに諸々の御用を申しつける。神格をいただける者もいる。その人によって御用は変わる』という教えに基づいてお世話ができたかどうか、鑑みているところです。

そこで、メシヤ降臨祭を迎えるこの時期に『メシヤ降臨』の意義を求め、お互いに‘今年の整理’と‘来年を迎える準備’をさせていただきたいと思います。私達がメシヤの存在に出会うことで何を得たかと申しますと、最大のものは『浄霊』の力と言えるでしょう。浄霊に対する認識のレベルは千差万別でしょうが、どうしても外してはならないことは『魂』に対して取り次ぐということです。

『天の岩戸は何処かという研究がありますが、扉が信州の戸隠山迄飛んだのだから何処か関東にあるという説がありますが、これは何処にもあります。小さくは人間の心に岩戸があります。観音様のことを知って悟った人は心の岩戸が開けたのであります。それですから、話しても観音様のことが判らん人は岩戸を堅く閉めているのであります。』

『心の岩戸に光を与えると一番早く開きます。一番の根本は、世界の岩戸を開けることです。今はあらゆる階級や国魂が締まっております。』

昭和10年の教えですので、観音様とそのまま表記してあります。今はメシヤですね。個人の抱える諸問題、日本をはじめ世界が直面している問題の原因は以上の教えで得ることができ、浄霊の真の目的はここにあるのです。病気が回復したり、悩みが解決するのは過程の現象です。個にとってはそれが最重要でしょうが、その先に世界の諸問題を解決し、『地上天国』を建設するという願いがあります。

その願いの成就のために、関わりある人々に心新たに浄霊を取り次いで参りましょう。また、私達の心の岩戸はどの位開いたのか、と模索する必要もあります。各々差があると思いますが、‘魂の成長’と併せて岩戸開きに取り組んで参りたいですね。目安は悟りです。

岩戸を閉めた動機は、‘厳格な神様’を押し込め、秩序を乱すということですので、岩戸開きはその逆の事になります。今回幾つか出た事例を通して、‘厳格’というものや‘秩序づくり’の一端も見えてくるでしょう。そこのところを深く考えてください。そして魂の位置を高くし、考えを広く深く多角的にするように心掛けてください。また、この機会に信仰読本の『五、教祖』を再読してくだされば幸甚です。

それでは、今年一年にいただいた御守護、学び、気付き等々に感謝の真心を捧げ、決意も新たに『メシヤ降臨祭』をお迎え致しましょう。

(この内容は、11月に各地で開催されたメシヤ講座から抜粋されたものです。)

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