メシヤ講座・特選集no.49(平成17年2月分)

<御教えより>
世界共和会趣旨及宣言
(1947年5月)

梗概

全人類の三大苦悩たる戦争、貧困、病患に対する根本的解決の方法ありやといふに、之は何人と雖(いえど)も痴人の夢に過ぎないものと思惟するであらう。然(しか)るに吾等はその現実の可能性を確信し得ると共に、茲(ここ)にその具体的意見を開陳するのである。

一、今や正に人類世界に於ける戦争は終末を告げたのである。顧みれば過去の歴史のその大部分は戦争の歴史でしかなかった。凡ゆる民族もその政府も、力の大半は常に戦争準備に費やされて来た事である。勿論、侵略国も被侵略国も、其国の一般民衆は被害者であった。唯(た)だ少数特権者のみの利得に終った事はあまりにも明かである。此意味に於て、各国民衆が戦争を厭(いと)ひ、平和を翹望(ぎょうぼう)する事の熱烈であるに拘(かか)はらず、現実は戦争の勃発を喰止め得ないばかりか益々大となり、その惨禍は愈よ惨烈極まるに至った。今次大戦の終末に至っては、人類破滅的の様相をさへ呈するに至った事は何を示唆してゐるのであらうか。

吾等は今次大戦の終末に当って、驚くべき二大事実否二大収穫を得た事に気付くのである。その第一は原子爆弾の発明であり、第二は戦勝国が敗戦国に対する措置(そち)である。

第一の事実を採上げて稽(かんが)ふる時、現在此発明は米国のみであるが、他の国家に於けるそれは恐らく時の問題でしかあるまい。然而次の戦争が儻(も)し起るとすれば、その惨禍は蓋(けだ)し人類の破滅にまで臻(いた)る事は想像に難からないのである。之によって考ふる時、最早戦争不可能の時代に入った事を誰か否定し得よう。

第二は敗戦国に対する戦勝国の措置である。前大戦までは敗戦国は、賠償金と元首並びに重(おも)なる戦争主犯者の処刑等に過ぎなかったのであるが、今次大戦に於けるそれは全然様相を異にしてゐる。即ち戦争再発に対する防止手段の極めて徹底化せる事である。即ち強力なる武装解除、政治経済教育等凡ゆる部面に渉って微に入り細に入り革命的変換を行ふと共に、戦争犯罪者に対する広範囲に及ぶ処刑である。何れも新機軸的方法である。此によって是を観れば日本も独逸(ドイツ)も、今後如何なる英傑が出現すると雖も、戦争は夢想だも為し得ないであらう。

以上の事実によって観る時、戦争はもはや終末を誥(つ)げたのである。

次は貧困に関する解決である。此問題も戦争の影響による事も相当認め得るが、仮令平和が維持すると雖も、解決点に至る事は予想し得られないのである。又彼のマルクスの理論を信奉する人等の手に委ねたとしても、到底解決はなし得られようとは想はれないのである。そうして現在最も全盛期にある米国と雖も、ストライキや失業者群の重圧に如何に悩まされつつあるかは誰も知る所である。之等の事実によってみても、今日迄の経済機構に一大欠陥の伏在する事は何人と雖も認めない訳にはゆかないであらう。然るに吾等は、之に対する解決法を把握し得た事を信ずるのである。

次は、人類の健康問題である。之は如何なる民族と雖も、既存医学の進歩によって解決を与へらるべきものと信じ、各国とも政府、医学者、医師等の努力と莫大なる巨額を投じつつあるに係はらず、現実は些かの進歩をも認め得ないばかりか、寧(むし)ろその逆効果に悩んでゐる状態である。即ち、英国を初め各文化民族の人口増加率逓減(ていげん)や、病者の氾濫である。此問題に就ても、吾等は一大欠陥の伏在してゐる事を発見すると共に、其解決法を把握し得たのである。

以上の如く、三大苦悩の解決が可能である事の発見が確定したる以上、一日も速かにそれの実現に向って全世界の有識者等の協力を順(ま)つ所以であり、茲に其先駆者として吾等は起たんとするのである。

「教祖祭」に寄せて
メシヤ教  楳木和麿

素晴らしい御神業とは

本日(2/10)を期して『御教え』を広く万人へ誰でも公示できるようになる、という慶事を迎えました。今後大々的に取り扱えるようになりました。誠におめでたいことであります。

これによって、いよいよ「第二の開教」に向って邁進(まいしん)することができます。しかし、これは信者を増やすとか、組織を拡大するとか、そうした次元のことばかりではありません。本当の意味での「開教」なのです。

メシヤ様(教祖)は、昭和25年2月4日に「開教」に踏み切りました。それは、組織上は「日本観音教団」と「日本五六七教会」との統合でありました。ところが、その深き神の御旨を弟子達は充分理解しておらず、同年5月の「ご法難」を引き起こしてしまいます。

「ご法難」以後、外部者の関与が強くなり、メシヤ様が願う本来のあり方を各種阻害されました。そして、何より「ご法難」時の後遺症で、御命を縮められ、御志半ばのまま昭和30年2月10日にご昇天されたのです。ご昇天後の、教団の変貌は周知の通りであり、やがて「メシヤ」の呼称も消されてしまいました。

私は、この一連の出来事が残念でなりません。人類にとっても大きな損失です。これほど素晴らしい御力と御教えを備えている宗教が、他にあるでしょうか。何としてでも、更に御力が発揮され、御教えが宣布されるようにしなくてはなりません。

求心的働き

では、「第二の開教」とは具体的にはどういう取り組みなのでしょうか。

これは人類の歴史とも関わっております。もともと古代の人間社会は、宗教そのものでした。現代の文化形態というものは、宗教のもつ要素が遠心分離的に分化し発展してきたもの、と解釈されます。

例えば、リ-ダ-の下に集落の運営や交易がなされていたものが、政治・経済という形で発展しています。また、祭りの神楽が芸能という形に、祭りそのものはレジャ-やスポーツという形に、というように化学や医学、芸術、哲学等々に細分化し発展してきました。

ところが、発展した反面で、肝腎の宗教そのものを現代社会は忘れているのです。そのために、本来の人間生活を営むことができず、現代社会は数々の問題を抱えています。(「信仰読本」宗教について・参照)

メシヤ様は、これまで世界をリ-ドしてきた西洋の文化は‘遠心的’であり、『日本の文化は求心的である』との述べられ、文明の総仕上げをする旨を立教時から力説されています。そして、そのことを成し得るためには、『真の日本精神は大調和の精神である』ことを自覚し、実践することにあります。

つまりは「求心的」な取り組みなのです。メシヤ教の御神体がそのことをよく表わしています。御神名が教義と合致していることは当然ながら、その形が「求心的」なお働きそのものなのです。私達は、更にその意味を認識し、日々御力をいただいてまいりたいと思います。

また、「第二の開教」を志す私が「楳木」の姓を持ち、「和麿」を名乗る理由を古い指導者なら理解できると思います。解かる人は解かるし、解からない人は解からない、ことです。手前味噌的になるといけないので、これ位にしておきますが、今後‘求心のリズム’つまり‘左進右退の神律’の勢いが増して行きます。

霊的に意義深い出会い

私は、世界救世教の組織を離れた後、今日まで様々な団体及び個人の方々とお会いして、情報交換を重ねてきました。霊的に意義深い出会いでした。日本には国家のため、国民のため、世界のためにを願って、神様に奉仕されている方がいらして、その数の多さに驚きました。そして、その方々との交流で随分と学びも重ねました。

取り分けて感得したことは、「夜の時代」となって三千年来、‘すり替え’が横行してきた、ということです。様々なことが‘すり替え’られてきたのです。節分の「豆まき」がいい例です。「お経」も同じです。梵語だから、解からない筈なのに有難く感じ、中には「解からないから、有難い」などと変なことを言う人がいます。神社の「祝詞」にしても、解かりにくく奏上します。

政治家の答弁も似たところがあります。そうしたことの積み重ねのために、国民は苦労の連続を強いられ、国土は穢れて行くばかりです。霊的な浄めの御神業を担っている方々が努力していますので、現実社会では「真の構造改革」を推進して行かねばなりません。

思いもよらない出会いがある

御教えには『ここに神は、真の力の発動によって霊体完備の文明世界を樹立され給うのである。即ち偽は真に、邪は正に、仮は実に、争は和に、醜は美にというように、一切の革新、一切の統合である。』とあります。

何と明確なお言葉でしょう。今月の『世界共和会趣旨及宣言-梗概』も58年前の文面とは思えないような高い視座からのものです。広く万人と共有したい、と願います。そこで、神様に御力をいただきながら、御神業に臨ませていただいて行きますと、「地上天国建設」を進められる神様から思いもよらない「出会い」を許されます。

動機は様々ですが、魂が神様を求めており、吸い寄せられるように出会うのです。私は、御神業を進めるに当り「活動方針」というものを示しませんでした。それは固い信念があったからです。次の御教えを拠り所として、時期を待っていたのです。

『いよいよの時、初めて諸々(もろもろ)、浄まった者それぞれに因縁通りに諸々の御用を申しつける。神格をいただける者もいる。その人によって御用は変わる。』

この教えに沿って「御用」を申しつけられた人のお世話をさせていただくのです。ですから、教団運営などとは違うのです。

手を携えて共に歩みを

お世話の中心は、諸問題を解決する力と方法をお伝えする、ということです。また、真理の教えがありますが、宗教も進歩向上をせねばなりません。「宗教改革」と「医学革命」を進める私達は、その具体的あり方を示して行かねばなりません。

現在、薬禍薬害は現代人の精神に暗い影を落としています。メシヤ様が『最後の審判』の型の一つとしてお示しになった具体的症状そのものです。精神障害は、更に事件をも引き起こして、現代社会を恐怖の淵に起たせております。

また、再生医療の技術革新は目覚しいものがありますが、そのことを御教えに照らしてどういう「判釈(はんじゃく)」をもつのか、ということも重要な課題となりました。ご承知のように、再生医療の鍵はES細胞にあり、近年更にDNAのテロメアにより細胞分裂は回数的に制限されていることも判明してきています。今後テロメアへの働きかけにより、寿命を延ばすことができる、という研究者も出てきています。

そして、臓器移植が進む中で、新たに起っている問題も多くあります。術例を重ねれば重ねる程、肉体を精神と切り離した‘ただのもの’として考えることはできなくなっております。デカルト以来の二元論的な考え方は、最早終焉を迎えております。ここに来て、物心両面の調和が非常に求められております。

私は、実体験を通して’薬禍薬害’の真相を知りましたが、それと共に根底から「人間の存在」についての真相を知り得ました。今こそ、御教えを広く宣べ伝えて行かねばなりません。

強力なスタッフも更に必要です。メシヤ様から引き寄せられた人々と、共に手を携えて御神業を推進して行きたい、と願います。

Q&A

メ-ル交換
<参考になる点が多いので、ご本人の了解を得て3回に亘って掲載します。>

質問メ-ル「同じ様な霊視をしました」

Q.  私は○○と言います。御教ホ-ムペ-ジを見て、面白かったのでメ-ルを送ります。

御教ホ-ムペ-ジにもありますが、実は私も先生と同じ様な霊視をしました。 (1)乙姫が観音様に敗北した場面 (2)国祖大神国常立尊が立ち上がった場面 (3)某人物が神床に入る場面;「霊界の構成」にある場面に酷似 (4)救世主があらゆる宗教の長が土下座して迎えている最中に笑顔で行進している姿 (5)金竜神がもの怒涛の勢いで昇天する姿、等です。

私は現在、地上天国建設に向けてがんばっています。各明主様教団の垣根を越えた活動をしています。具体的にいうと (1)浄霊活動 (2)主要各明主様教団の本部参拝 (3)美術館(MOA、箱根、MIHO、晴明会館等)に鑑賞をする等です。まーおいしい所どりです。私はがんばりますので、お互いがんばりましょう。もし大阪を通る事があるなら連絡ください。お会いして勉強させていただきたいのですが・・・。また御教の情報(本部の紹介や支部所在地等)を教えてほしいです。

では、失礼します。さようなら。<2004.4.07・PM10:05>

A.  メ-ルをいただき、ありがとうございました。返信が遅くなり失礼致しました。本日まで出張しておりまして、ただ今確認したところです。あなた様も貴重なお取り組みを重ねられているご様子で、大変嬉しく思います。

私は、このたびの出張の帰途「元伊勢」を訪ねてまいりました。3月分の「メシヤ講座」にて『日本人種の霊的考察』を取り上げましたので、確認したいことが幾つか出てまいりました。とりわけ天照皇后の岩戸隠れと鎮祭地に付いての疑問点を払拭しておくべきと考えて、足を伸ばしました。

さて、私は毎月松原市を訪れています。時間の都合がつくようでしたら、いつの機会にかお会いできれば幸甚です。まずはお礼まで。

メシヤ教
楳木和麿<2004.4.18・PM11:00>

質問メ-ル「万教同根の信念をおもちですか」

Q.  前回メ-ルを出した○○です。こんにちは。何点か質問させて頂きます。
(1)明主様は九州(別府)に地上天国のひな型を建設すると仰っていますが、先生がそれをされるのですか。それとも晴明教の本部がそれに値するものなのですか。

(2)大分に救世主教という大きい宗教団体があり明主様教団の分派らしいですがそれは先生の見解ではどう思われますか。ここの開祖が主神の啓示を受けたらしいですが。

(3)先生はなぜ毎月松原にいかれるのですか。霊的に何か重要地点なのですか。

(4)先生は世界救世教を脱退されたとあり、それは教団の怠慢が原因と仰っていますが具体的にはどういう点ですか。また独立されて活動されていますがどのような成果があがっていますか。

(5)万教同根の信念をおもちですが、将来的には世界救世教との和解もありえますか。

(6)5代教主様について

(7)明主様教団が総勢500万人とおっしゃっており一つになるとすごい力を発揮するとおっしゃっていますが同感です。そこで(A)実現可能か。またその方策は(B)現在の主要教団について先生の私見でけっこうなので感想を教えてください。

以上です。よろしくおねがいします。<2004.4.19・PM5:38>

A.  ご質問をいただきありがとうございます。私は明朝から25日まで北海道へ出張致しますので、その準備のために忙殺されていまして充分なお答えができかねますが、順を追ってお答え致します。

(1)私は、国内では札幌市定山渓温泉と別府温泉の地に建設させていただきたいと願っております。候補地は大体の目安が出来ております。晴明教は素晴しい教団と思いますが、値するかどうかは論じられません。

(2)世界救世教から離脱した教団は、教祖ご昇天後の教団運営、とりわけ大本教と二代様の関係に異を唱えた教会長や一元化と称する‘教会制廃止’にまつわる三代様との関りで離脱を余儀無くされた教会長によってなされた模様です。そのため様々な密約が交わされ、またそれを反故にされたという経緯があります。現在それらを氷解させ、御神業に邁進されているならば、素晴らしいの一言です。

(3)私に繋がる信者さんは2年前までは関西にはおりませんでした。メシヤ講座に触れて縁が生まれ、御神体を奉斎された方が松原市に在住されていますので、出張の道中に立ち寄るのです。

(4)この内容は、教団裏面史に関わる内容ですので、やはりお会いできた時にお話しするほうがよろしいと思われます。しかも長い話になります。

(5)万教同根、万教帰一の願いを掲げています。将来エルサレムの開かずの扉を開く神事を執り行いたいとも願っています。その過程の中には世界救世教、離脱教団と手を取り合わねばなりません。

(6)五代教主様については、質問の趣旨がわかりかねます。

(7)実現可能だと信じています。既に一部の教団首脳部同士の会合は不定期ながらあるようです。方策のヒントですが、仏教の祖は伊都能売神皇、ユダヤ教キリスト教の祖は素盞鳴尊、イスラム教はキリストの選民意識とは別に「人間は弱い存在」として創唱されています。例えば、豚を食べない、女性の服装を制限する、断食期間を設けるなどの戒律がその典型です。宗教は国境を越える時に学問となります。そのために異境の地では洗練され、時代を重ねるごとに工夫が加わりますが、やはり‘群盲象を・・・’の領域を脱していません。「岡田茂吉全集」が発刊されていることをご存知かと思いますが、かなり外圧があり苦慮している模様です。一同団結するには未定稿扱いの御教えを広く共有しその宣布に努めていかねばならないでしょう。(B)についてもお会いした時にお話致しましょう。はしょったお返事になって失礼致しました。

メシヤ教
楳木和麿<2004.4.19・PM11:41>

[print_link]

 

Print Friendly