メシヤ講座・特選集no.50(平成17年3月分)

<御教えより>
宗教は一つもない
(1936年5月文創のまま)

抑々(そもそも)、宗教は如何なるものであるか、又、其(その)目的は何か、先づ此点から検討しなければならないであらう。

人間が此(この)娑婆(しゃば)に生きてゐる時、誰もが体験する処のものは、余りに其(その)目的意志と相背反する事が多い事実である。又、思はざる災厄や不幸や罹病等、人力では免るる事の出来ない諸種の苦悩の発生である。釈迦の言ふ生病老死といふ免るる訳にゆかない確定的の四苦さへもある。それ以外、死後の不安も忘るる事の出来ない一つである。

是等に対し、人間の限りなき欲求は凡ゆる苦悩を免れんとする以外に、その実態を見極めやふとする事になるのは無理のない話である。

十八世紀以前の人類は此(この)解決を全部宗教に求めやふとしたのである。然し乍ら、其(その)時代迄のあらゆる宗教と雖も、其(その)解決は終(つい)に与へられなかったのである。故に其(その)真理を把握しやふとして、求道者達が血の出る様な難行をしたであらふ事は、歴史によっても想像し得らるるのである。

それ程の事をして、獲得し得られたものは何乎。それは単に「諦め」の二字でしかないのである。人間が如何に欲求しても、如何に真理を掘り当てよふとしても、それは到底無益である。といふ事を知る境地以上には到達しないので、それが悟りを得たといふのである。故に、其(その)悟りの境地こそ覚者であり、最後の到達点で、彼岸のそれであると思ったのも無理はないのである。

彼の釈尊と雖も、或程度の真理は把握し得たに違ひないが、実は絶対までには到達しなかったと思ふのである。ナザレの聖者イエスと雖も、絶対は把握し得なかった事は勿論である。其(その)他マホメットも空海も親鸞も日蓮もそうであったに違ひない。何となれば、彼等の遺した事績の価値から言っても、充分看取(かんしゅ)し得らるるのである。

そればかりではない。今日の宗教者が唱へ、又行ってゐるそれを見るがいい。悉く右(上記)聖賢の流れを絶対無二の信条としてゐながら、その孰(いず)れもが宗教迄に到って居ない事である。或者は道徳を唱へてゐる。或者は教化事業を宗教の全部と錯覚してゐる。又、或者は宗教は理論と思ってゐる。甚しいのになると、科学と哲学で宗教を説かふとしてゐる。又、社会事業に専念してゐるといふのが実際であるにみても、それは宗教的ではあるが、真の宗教ではない。

然らば、真の宗教とは如何なるものであるか、それを説いてみよふ。然し、先づ之を説くに当って先づその根幹とも言ふべき条件を示してみる。

(一)、真理の具現 (二)、偉大なる目標 (三)、過現未の透観 (四)、神力又は仏力の顕現 (五)、光明の示顕 (六)、幽現の利徳 (七)、天国的生活 (八)、治病の可能

右(上記)の条件を全具してゐるものが、真の宗教であるが、その中の一ヶ条にてもあれば、それ丈の宗教的価値はあるが、事実現在の殆んどが恐らく零であると云っても可いと思ふのである。そうして、右(上記)条件の一つ一つに就て略説してみよふ。

(以下次回掲載)

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素晴らしい御神業とは
メシヤ教  楳木和麿

個人における『夜昼転換』

前回お話致しました「教祖祭に寄せて」の内容の中から順次ご説明致します。

おおよそのことを賢者は気付きつつあるのですが、既成概念を拭い去ることに躊躇(ちゅうちょ)し、それを打破することの勇気を持ち得ていません。高き信仰は、本来そこに力をいただけるのです。

『薬禍薬害』をはじめ、『癌発症のメカニズム』『因縁によって起る疾患』等々は医療が進めば進むほど御教えの確かさを裏付ける形で解明されております。また、縄文時代の高度な文明と神代文字の存在は、様々な遺跡発掘により否定し難くなっております。それに合わせて『言霊学』と深く関わりがあることは徐々に明らかになりつつあります。

最先端の分野を進んでおれば、偉大なる存在、偉大なる力を体感する筈です。しかし、それぞれの分野に携わる人、あるいはその権威者の中には、都合悪く映じている人もいるのかもしれません。権威が崩壊した、と言われて数十年経つのに残念なことです。

万人にとっては、それらは『天国の福音』なのです。

御教えではこの一大福音を、『夜昼転換』という一語に集約されて説かれています。

ところが、この教えを説かれ、やがてメシヤ様となられる御方でも、ご啓示より約5年間の検証が必要であったことが伺えます。検証を終え、ご決意を固められたのが昭和6年です。そして、同年6月15日に鋸山々頂において『夜昼転換』のご神事に臨まれております。ただお一人のご決意により『夜昼転換』がなされたのです。神律というものがありますが、実行者はどこまでも人間なのです。

それ故に、私達の『夜昼転換』も、私達自身の決意によって実現するところがあります。しかし、我々がすぐさま理解し、行動を起こすことができるかというと、それは至難な業であるとも言えるでしょう。それ故に、決心し行動することができたならば、それ自体奇蹟に等しいのです。

これからの御神業は、その奇蹟を一つひとつ許されて行くことなのです。素晴らしい御神業と表現したのは、まずこのことです。

この『夜昼転換』は、『三千年来の・・・』という表現で理解できるように3000年のサイクルの転換期です。もっと大きなものは、ユダヤ暦の5766年や稽暦(縄文時代)の6061年ということから6000年のサイクルの転換期があります。

それから、その倍のサイクルを説く人もいます。(紹介を受けた書籍がまだ届いていませんので、詳しくは述べられません。)この大きなサイクルの中で、私達は生まれ合わせています。ですから、人と人の出会いそのものが奇蹟的なのです。ましてや関わり合いが深まり、親密になるということは、奇蹟中の奇蹟と言えるのです。

それでは、私達個人の上での『夜昼転換』というものはどういうものなのでしょうか。人生において様々な寄り道をしたとしても、浄霊に出会い、御教えに辿り着いた瞬間が『夜昼転換』なのです。『転換』を許された後は、日がどんどん差し込むように変化してまいります。そして、「本来の人間生活」に向って行くのです。

その過程は『破壊』と『建設』の同時進行ですので、快く受け止めることができることばかりではありません。火素の増量に伴って『浄化』をいただく最中は大変です。しかし同時に進む『建設』を実感することができた時に湧き出る感謝は例えようもありません。その一歩一歩をしっかりと歩んでいただきたい、と願っております。

『入信』手続きについて

今年に入ってから「入信」手続きについての問い合わせが相次いでいますので、確認の意味で触れておきます。

そもそも「入信」とは何か、ということであります。入信の第一義としては「浄霊力を授けていただく」ということがあります。メシヤ様は、最終的(昭和29年)に『「おひかり(お守り」はなくてもいい』と仰り、『氏名、年齢、職業を私に報告するだけでよい』と、お言葉を下さっています。

現在では、浄霊の取り次ぎ方の学びや御教えの研鑽などのために住所、電話番号を添えていただくことにしております。以上を記入していただけばそれで良い訳です。御神前にその内容をお供えし、奉告申し上げます。「入信献金」はありません。

また、会費(教費)等は設けておりません。どこまでも自発的な「御玉串料」「感謝献金」を捧げていただく、という姿勢です。会費を設けると、やがてそれは集金ということになり、自発性をなくすことに繋がりかねないからです。レベル低下を招くことは避けたい訳です。

今回の御教えでご指摘されているように『教化事業のみ』に陥ってしまうのです。それでは本来の宗教から遠ざかってしまいます。制限を持って、枠を設けて管理するようなことでは「本来のあり方」である『霊性の向上』へ繋がりにくいのです。ただし、その他の「奉納金(御神体やお写真など)」は別に設定しております。

毎月の祭典やメシヤ講座は、前述の『破壊』と『建設』が同時進行する中での「神様のご意図」、「身辺の事象の捉え方」、「生活のあり方」などを学ぶ機会です。これが第二義と言えます。ご自身の「運命」を好転させるために、お役立ていただきたいと願っております。

そして、自分だけが幸運に転じるだけでなく、多くの人々を教導させていただけるように、知恵と力を賜わってまいりたいと願っております。その方法を学ぶことが三義的になりますが、どちらが先ということはありません。取り組みを通して学ぶことが多いからです。その中心的取り組みは、何といっても「浄霊のお取次ぎ」と「御教えの実践」です。

また、その取り組みが順調に進むためには、霊性の向上を許されたいので、「積徳」、「感謝の生活」、「学びと体験」を積み重ねていただきたいと願っております。

浄霊法の成り立ち

入信の眼目である「浄霊法の伝授」については、この場でご説明するよりも「メシヤ講座・1」や「信仰読本」を読んでいただきたいと思います。ここでは、浄霊の成り立ちを見つめて、『力の顕現』の発露を知り得ていただきたいのです。

メシヤ様がご啓示を受けられてから、決意を固められるまで約5年を要したことを先程触れましたが、それから約4年を掛けられて「浄霊法」を確立されています。

メシヤ様は、大本時代に「鎮魂帰神法」や「おひねり」によって、顕著な奇蹟を現わされました。しかし、その修行法は難しいところがあり、万人が身に付けるには困難なところがあります。そこで、手の平から御光を放射する方法を編み出されたのです。

メシヤ様以外で、初めて浄霊を取り次ぐことができた方は、どのようにしてできたのでしょうか。それは、メシヤ様の『浄霊を許す』というお言葉をいただいて、初めて浄霊を取り次ぐことができたのです。『力の顕現』は、『浄霊を許す』というお言葉にあったのです。この『許す』というお言葉を形にされたものが「おひかり(お守り)」です。そして、様々な変遷の末、ご昇天直前に『なくてもいい』ということになったのです。

『許す』というお言葉は、形を必要としなくなったのです。前述のように氏名、年齢、職業の報告で許されるようになったのです。そして、今や万人がメシヤ様を意識することにより浄霊の御力を授かるようになったのです。有難いことです。

有難いだけではなく、求めれば無限大の力を賜わるという時代を迎えたのです。このような慶事に遭遇できたことは幸せなことです。ただただ感謝です。

この感謝の輪が益々広がりを見れば、素晴らしいことです。

(以下は次回)

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Q&A

メ-ル交換
<参考になる点が多いので、ご本人の了解を得て3回に亘って掲載します。2回目>

質問メ-ル「万教帰一運動も難題であることは確実と思います。」

Q.  こんにちは。○○です。いつもありがとうございます。

(1)先生の北海道出張は前回の質問の雛形作りのためのものですか?またそれはどの御教えに従ったものなのでしょうか。私の読んだ中では北海道に雛形を作るというのはないのですが・・・。(浅学ですいません。)

(2)別府と北海道の地上天国建設の構想をお教えください。美術館建設はするのか。本殿は参拝席は何名くらいを意識したものですか。またご神体は何にされますか。御尊影ですか。

(3)万教同根の方策ありがとうございました。ただし私は非常に困難な道のりを感じます。というのはそもそも天孫民族と素盞鳴尊系が簡単に大和民族(伊都能売神皇系)に服従するものなのでしょうか。非常に懐疑的なのです。またその帰結が最後の審判のような気さえします。私は日本人種の霊的考察は明主様の最後の審判の理由づけとさえ思えてしまうのです。また観音様の経路をたどると大体明主様教団の発展と一致します。(EX.真美会のスリランカ、晴明教のネパ-ル、救世教のタイ、秀明会の香港)などです。ブラジルの解釈は難しいですが、こうしてみると朝鮮半島、ヨ-ロッパ布教は難しい気がします。また万教帰一運動も難題であることは確実と思います。

(4)前回五代様と書きましたが、四代様の間違いです。失礼しました。四代様は慶応出身の優秀な方と感じております。また三派を和解させたところをみても霊的に優秀なのではないでしょうか大和民族の直系ではともっぱらの噂です。

(5)私事ですいませんが、(以下略)。

よろしくお願いします。<2004.4.20・PM9:25>

A.  何時もお返事が遅くなって申し訳なく思います。

(1)さて、北海道には2箇所拠点がありまして、そこへ出かけております。また北海道での雛形構想というものは御教えに明文化されてはおりません。若い頃当時の教会長から「箱根、熱海、京都、別府、北海道、中国・・・と、明主様から聞かされている。」ということを聞いていました。当初芦別岳のことしか眼中になかったのですが、教団在職中三派に分かれ最も小さい派で北海道の責任者になった折に札幌市定山渓の岩戸観音堂を知りました。そこには、御神筆の「伊都能売観音」様が奉斎されていまして、毎月信徒の代表を伴い参拝するようになりました。初めてその場で行事を執り行った時に大奇蹟が起りました。ダウン症の子供(生まれた時に肛門が無く、手術にて穴を開けたために薬を常用しなくてはならない)が、それから1週間嘔吐下痢を繰り返し、その浄化終了後一切薬無しで排便ができるようになったのです。大変な御力を感じ、以来月初めに行事を執り行うようにしました。7年間北海道在職中続けました。そのお堂は、定山渓温泉観光協会所有ですが、管理人と懇意になり将来的な構想が模索されておりました。ところが、当時の新生派の幹部が「その観音様を教団へ返して欲しい」という馬鹿な申し入れをしたためにこじれてしまいました。それから私は本部へ転勤し、管理人も他界したので疎遠になっていましたが、教団を離れてから新たな取り組みを開始しています。観音様を昭和10年にご下付した経緯や北海道の歴史を考えると、そのお堂を中心にして観光協会と連携して雛形づくりをしたいと願っております。

(2)私はMOA美術館建設当時に広報を担当しておりまして、建設業者2社の現場責任者と毎週ミ-ティングをし、美術品取り扱いの研究も重ねました。御教えに沿った美術館は、あれで良いと思います。また、将来国立美術館として、様々な美術活動を繰り広げる方向へ繋げて行かねばならないと考えております。御神体については表記を差し控えたいと思いますが、御神名は『教義』にありますように『すのおおみかみ』様(御神筆)です。

(3)示唆に富むご意見だと受け止めました。昭和25年2月4日にメシヤ教という呼称の下に開教を宣せられ、推進された内容というのは「宗教改革」と「医学革命」でありました。私はこれをより推し進めることが方策の第一義であると考えております。各民族は、可愛そうにもそれぞれ「呪縛」されているものがあります。ですから「服従」させるということよりも、「呪縛」から解き放って上げるという取り組みが地上天国建設の道だと受け止めております。勿論その過程には最後の審判があり、現代社会は御教え通り「精神病」と「血液病」に蔓延されております。まさに最後の審判そのものです。勿論戦争も精神病です。しかも、「呪縛」のために対症療法的領域を脱し得ておりません。取り組みは、ご指摘のように難題です。しかし、それを可能にしていただけるように、開教があったのです。

(4)四代様は比較宗教学を学ばれたように聞き及んでおります。ただ私は本部在職中にお見掛けした程度で深くお話を交わしたことはありません。大和民族が使用していた文字についてご意見を交わすことができていればもっと印象が変わっていたかもしれません。それから取り巻く環境が問題です。(中略) 私は、教団はダメだと思いました。取り巻きが悪過ぎるのです。今回も三代様に対抗させる域を脱していません。三派の和解が名ばかりなので私は異議を申し立てた経緯があります。それはさておき、今後交流させていただければありがたいと思います。

(5)(以下は割愛します。)

メシヤ教
楳木和麿<2004.4.27・AM12:30>

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