メシヤ講座・特選集no.52(平成17年5月分)

<御教えより>
宗教は一つもない
(1936年5月文創のまま)

二、偉大なる目標とは

世界万民が之に向って仰ぎ拝み、崇敬するに於て、真の智慧と力と幸ひを得させ、絶対安心の境地にならねばならない事である。そうして、血の出るやうな難行や苦行的の自力は必要がないばかりか、真の神霊としては喜ばれ給ふ筈がないのである。そうして、その目標である神仏に大いなる力があれば、如何なる願事でも、正しければ容易に肯かれ給ひ、許され給ふからである。又、力ある神仏とは、万能力を有せられ給ふからである。万能力を有せらるるは、最高の御神格を具有せられるからである。此故に、難行苦行をしなければ利益を恵まれないと云ふ事は、それは人間自身の力を必要とするからで、要するに、其(その)目標神の力の不足を、人間に補はせられるを意味するので、それは其(その)目標神が第二流以下の神である訳である。

全然自力を要求しないで、大きな利益を無限に賜はるといふ目標神は、今の宗教のどれにもあり得ない事は実際である。

(以下次回掲載)

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<神界通信>

昨年6月元伊勢へ参拝した折に、日室嶽(ひむろだけ)遥拝處で不思議な感懐をもちました。「禁足の聖地である。」「一願成就の信仰が強い。」「夏至の日、太陽が頂上に沈む」という表記がされており、元伊勢の本社はこちらだと思いました。しかも御陵であると感じました。神宮関係者も謂れを知らず、今日まで確かめることも叶わずにいましたが、伊都能売神皇様から『間違いない。しかし、今日まで世に知らしめると危険であった』とご教授いただきました。

また、平成12年9月16日に神上がられた乙姫様について『神格をはずされた状態だが、執念は残っている』と、ご教授いただきました。そのことにより、昨今の内外の情勢についての因果関係が明らかになりました。しかも、私達の因縁の正体もそれぞれの執念であるとのこと。

この点については、カナメ神宮(静岡県引佐町奥山)の村松神息宮司との4時間に及ぶ会談でも同様のことが話題に上がりました。昭和40年マスコミに大きく取り上げられましたが、その後も‘因縁切り’法の修行に取り組まれ、「因縁の元は魂の執念」であることを強調されていました。霊界の修行は我と執着を取ることが第一義であるとする御教えに合致しており、この時期に強く認識させられました。

この会談で日本近代の皇室に関わる裏面史も知ることができましたが、ここに記述することは時期が来るまではできません。

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素晴らしい御神業とは(Ⅲ)
メシヤ教  楳木和麿

追体験によって深まる信仰

私達の信仰生活や御神業への奉仕生活というものは、教祖の追体験を通して深まりを見ると共に視座の高まりを得ることができます。また、味や不思議さ、素晴らしさに触れることができます。そして、真の意味での生き甲斐ある人生を歩むことができます。

来月には「地上天国祭」を迎えますので、「地上天国祭」の意義についてお話致します。3月にお話した内容と合わせてお考えください。そして、追体験の縁(よすが)とさせていただきたい、と願っております。

『夜昼転換』の神事が地上天国祭の原点

メシヤ様は、昭和元年天啓を受けられ、昭和6年まで天啓内容に関する検証を重ねられ、ご決意を固められます。そして、同年6月15日に千葉県鋸山へ赴かれ『夜昼転換』の神事に臨まれました。昇り来る日輪に向かって天津祝詞を奏上し、天照皇大御神様をお迎えになられ、後日、日枝神社にご鎮座申し上げております。

かつての教団(現・世界救世教)では、この日に『夜昼転換』の天啓がなされたように教えて来たために、かえって信仰を深めにくくしております。天啓は昭和元年からあったのですから、当日に天啓があったとするのでは意味合いが異なってまいります。また、主神様は、その年(昭和元年)から『夜昼転換』をなさる御意図で、メシヤ様に留まらず様々な分野の偉人にご啓示をされております。相対性理論しかり、合気道精神なども同様です。

もちろん、その中心的御神業の大任を受けられた岡田茂吉教祖へ、宇宙草創期から今日までの歴史の真相が啓示されました。御教え拝読により、その深奥さ、崇高さに触れることができます。

ところが、教祖は極めて慎重で、啓示内容を確かめずには任を受けられませんでした。ご性格がそうさせた、と拝察できます。また、新聞事業に手を染めようとされたご経験も関係していると思われます。様々な角度から検証する素養がおありになったのです。

これは、会社組織などで頂点に立つ人は様々な部署を転勤し、組織全体を見渡せるようになることと似たところがあります。政治家も二世は何かと批判を受けますが、親を通して政治の裏表や外交の駆け引き等を見て育つということは、検証しつつ成長するということになります。もちろんボ-ッとしていてはダメですが、強い意志で模索したならば、国を背負う素晴らしい政治家になります。

検証を重ねられ確信を持たれご決意されたことになりますが、それ故に、『夜昼転換』の時期は昭和6年までずれ込んだことになります。これは、どういう意味を有しているのでしょうか。

天啓なのに検証が何故6年にも及んだのだろう、という疑問が湧きますが、単なる霊憑りかもしれないし、確実性のないものでしたら、内容が大きいだけに深刻なことになります。曖昧なままでしたら、自己満足、自慰行為になってしまいかねません。それだけに、確認を積み重ねられたのだと拝察させていただいております。

私が「神界通信」を独自の活動開始後6年余を経て発信し始めたことも、レベルの差はあっても同様の意味合いを有しております。

それ位慎重でなければ、また「自分はその任は重すぎる」という謙虚さがなければ、「メシヤ」という大任は主神様から下されなかったことでしょう。しかし、一方で慎重なるが故に時期はずれます。二面性があるということです。

神様の方針は『自由』であるということ

二面性が何事にもあり、答えは必ずしも一つではないということを私達に教えております。

それらのことから解釈できることは『神様という御方は、提示はするが強要はしない』ということです。また『選任はするが、選択は人間側の自由である』ということです。このことが、常々教えられている、本当の意味での『人間に与えられている自由』なのです。

私達にとっては、真理の教えは提示されていても、それを選択し実行するかしないかは、各人の自由であるということです。よく‘罰(ばち)が当る’ということが言われますが、それは低い神格のなすことで、そうしたところに神頼みをして御礼を怠るととんでもないことになる場合があります。

ただ、正しい道や救われる道を提示されたにもかかわらず、実行しない場合に『祖霊の警告』を受けることがあります。これは、子孫のことを思う余りに行うことですから、むしろ感謝して、道を改めるべきですね。

やはり実行力が大切です。教祖におかれても、検証期間は長かったが、一旦ご決意されたら『実行の人』と成り切られました。『誠が一等』と述べられております。誠とは『言ったことを成す』と書きます。メシヤ様は揺るぎない行動力を発揮されたということを、私達は学んでおかねばなりません。そして、何事も決意とそれに伴う実行力が大切なのです。

御教え『宿命と運命』にも繋がる意味合い

近年科学の目覚しい進歩により、私達は遺伝子の構造を知ることができております。ご周知のように二重螺旋(らせん)の構造です。科学の進歩による恩恵で、私達は構造を認識できました。しかし、‘何故二重螺旋になっているのか?’という問いには科学は答えることはできません。この問いに答えるのは宗教の役割です。日本には、有り難いことに「古事記」というものがあります。

「古事記」の中で、結婚式の故実にもなっている国生みの場面を見てみますと、伊弉諾尊、伊弉册尊の両神様が『なりなりてなりあまれるところ・・・』、『なりなりてなりたらざるところ・・・』というように述べられ、天の御柱を左廻り・右廻りと夫々廻られます。この時、初めに女神様が廻ったために巧くいきませんでした。それで、男神様が先に廻り次いで女神様が廻ったので巧くいった、ということになっております。つまり二重に廻っておられるのです。これが二重螺旋の示唆だと受け止めております。

もっとも、以前にも採り上げましたが、銀河系の中で地球の動きが螺旋形の動きをしておりますので、その中に宿る生命の遺伝子が螺旋形になっているのは当然とも言えます。この二重螺旋も、二面性に関連しているということを私達に教えているように感じます。

また、先月掲載の御教えの中で『人は生まれながら其(その)各々天職使命があり、階級も儼(げん)として定まってゐるのであって』というところに質問が集中しておりましたが、そのことと深く関わっておりますので、その点にも触れておきます。

『宿命と運命』という御教えがあります。定まっているのは宿命であり、上限と下限があり、それは動かすことのできない定められたものです。各自に定められたものが宿命です。これに対して、その範囲内で本人の努力の度合いにより上昇したり下降したりするのが運命です。これも二面性です。できるだけ上に行くために、躾を受けたり、教育を受けたりするのですね。そして、親は子供の運命を切り拓くために徳を積むのですね。

特性を見出す努力をするのは、天職使命を自覚できるようにするためです。NHKの「ファイト」で「とりあえず、では嫌なの・・・」という台詞は、これに通ずるところですね。

天職使命を果たすことの重要性

私が天職使命を果たすことの重要性について強く学んだのは、札幌在任中でした。

当時、心臓に人工弁を入れている四十代男性がご神縁をいただいてきました。定職には就かず奥さんの収入で生活をしていました。前の帰属していた教団でも浄霊をいただいており、教団施設への参拝や奉仕をされていたようです。奥さんは少しでも働いてくれることを望んでおりました。

私は、勉強会や面談を通して、専従奉仕として使命を果たすか、何らかの仕事に就いて使命を果たすか、ということを提示して働きかけました。彼は暫らくして仕事を見つけ、体に無理にならない程度に働き始めました。奥さんの喜びようは大変なものでした。

そして、それから何年かが過ぎ、人工弁交換の手術(10年毎に取り換えなければ機能しなくなる)の時が巡ってきました。御守護お願いがありまして、私もご祈願をさせていただきました。すると、「取り出した人工弁がとても綺麗だ」と医者が驚いていたと言うのです。普通はドロドロしたものが付着しているそうなのですが、新品に近い状態だったそうです。

私は、御教え『人間とは』で述べられている『本来、人間というものは、神様の御目的たる理想世界を造る役目で生まれたものである以上、その御目的に叶うようにすれば、いつも無病息災愉快に働ける。これが不滅の真理である。』が閃(ひらめ)きました。彼は天職使命を果たすことで大変な御守護をいただいたのです。

また、同時期に、生活保護を受けていた五十代のご夫婦がご神縁をいただきました。ご主人は脳梗塞の後遺症で半身が不自由でした。そのお世話もあるので、奥さんは働けないということでした。

私は、ご主人の状態をつぶさに観察し、奥さんの働ける時間帯を提案しました。お二人とも協力し合って、奥さんが働くようになり、ついに生活保護を打ち切りました。そしてとても明るく生活できるようになりました。このご夫婦も前の帰属教団で浄霊をいただいていましたが、本当の意味で御教えを実践できていなかったのですね。いや、そうしたお世話を受けていなかったのですね。

ところが、ご夫婦が働き始めてから、不幸続きの娘達の上に変化が起り始めたのです。抱えていた問題が次々と解決し、運命が好転したのです。やがて娘達もご神縁をいただきました。私は、働くことの大切さをこの時ほど感得したことはありません。日本人の古来からの労働観は、占領政策及び戦後教育によって変質してしまっていますから、なおさら感慨深いものがありました。

ご祈願と浄霊と自己教育で魂の輝きを

何のために浄霊があるかということです。

浄霊は救いの業でありますが、前回触れたように天職使命、因縁使命を自覚し、それを果たして行くためにも浄霊はあるのです。胡坐(あぐら)をかくためにあるのではないのです。

よく引き合いに出すことですが、酒好きが酒を飲み過ぎ肝臓を悪くし、浄霊をいただくと良くなり、また大酒に浸るという、胡坐(あぐら)のかき方です。これでは、浄霊が便利屋になり、神様を道具に使っているようなものです。やはり、「浄霊で救われたが、これからは注意して生活をしよう」という自己変革に繋げて行かねばいけません。

それが『運命の転換』へということに繋がって行くのです。ここが信仰の神髄です。自己変革を発心することが、3月に触れた私達の『夜昼転換』なのです。

自己変革は、問題解決と同様で、最初のボタンの掛け違いを改めるようなところがありますが、習性化したものを変革して行かねばなりません。習性化したものはシミみたいなもので、中々取りにくいものです。掛け違いを発見したら、それを改めるように課題を設定し、行動を積み重ねなければなりません。これが自己教育に取り組むということです。

課題は自分の最も苦手なところですし、無意識の内に出る立ち居振る舞いですから、弱点がすぐに顔を覗かします。‘安き’に流れたくなります。そこにおいて力を下さるのが神様なのです。正しい願いは必ず叶えられる、とはそういうことです。

今月からお願いしております「祈願参拝」や「浄霊観のステップアップ」は、そうした本来の取り組みに向けて力強く歩を進めていただきたいために掲げたものです。地道に着実に取り組み、一層魂を輝かせていただきたい、と願っております。

『一切の革新』『一切の統合』を担うために

今月の御教えでは『自力』について言及されていますので、‘自己教育も自力ではないか’と感ずるかもしれませんが、違います。日本の現代社会は、権威の崩壊を受けて、生活上の種々の規範を失い、基本的な道徳心まで失いかけております。また、人々は履き違えた民主主義や経済至上主義、マスメディアの影響により、視野狭窄状態に陥っております。

いただいたご神徳を心の拠り所として、自己教育に取り組まねば、真の幸福者にはなれません。2月にお話致しましたように、真文明創造のために『一切の革新』『一切の統合』を進めることが素晴らしい御神業です。その担い手である皆様が率先して取り組んでいただきたい、と願っております。

今回は、「地上天国祭」を迎えるにあたり、考えておきたいことを加味してお話致しました。少しクドクドしい位に疑問を投げかけたのは、御経綸や御意図をご自分の処まで取り入れて考えていただきたいからです。最高位から庶民生活の話まで触れましたので、概略ご理解いただけたと思います。

祭事というものは意志の表明を形にするものです。よく「宇宙意志」という表現をしますが、意志があったので形としての宇宙や生命体が誕生したのです。また、「祭り」とは神の御意図と人間の意志が真に釣り合うところから「真釣(まつり)」が生まれ、「祭り」となったのです。

そうしたことをご確認しながら「地上天国祭」をお迎えいただきたい旨をお願い致します。

(以下は次回)

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Q&A

メ-ル交換
<参考になる点が多いので、ご本人の了解を得て3回に亘って掲載します。3回目・補>

質問メ-ル「メシヤ降誕仮祝典でもって信仰が完成したと・・・」

Q.  いつもありがとうございます。最近は先生のメ-ルを読ませていただくのが一番の楽しみとなってきました。(中略)

(1)先生が平安郷が気になっていた理由は?平安郷のみ教えに沿った建設とはなんですか。また現在沿ってない所があるとすればどこでしょうか。私は何度も参拝してますが、一度非常にくさい時がありました。まさかとは思いますが肥料等を使っているのではないでしょうか。(中略)あくまで私見ですが吉岡館長、渡辺先生、篠田先生、中川先生が「天之若彦命」的というのが何となくみてとれました。

(2)私の各宗派をみた感想ですがどこも礼拝対象についてはそれなりに筋が通りますが(新生派の大光明真神は別です。)祖霊祭祀はどうもなっとくしません。そこでメシヤ降誕仮祝典以降の祖霊祭祀についてご存じなら教えてください。とりあえずメシヤ降誕仮祝典でもって信仰が完成したととってもいいと思うからです。またそれと現在あるべき形式が違うのならば、どのような形がのぞましいでしょうか。

(3)み教えに、ある夫人を明主様が浄霊で直し、夫人が感謝してその家の何階かを観音様の部屋にしたとあり、そこにあった観音様を後日、亭主がよって無茶苦茶に切り刻んだとあります。その後明主様が観音様が違っていたとお気づきになり、若い観音様を書き直して「なるほど」と思ったとあります。何がなるほどなのですか。

(4)私見ですが、「六踏三略の巻」がありますが、地上天国建設は源氏が平家の戦術でということでしょうか。観音様は邪神のもとで修行されるという様な気がします。

(5)秀明が利用されたとありますが、誰にどのように利用されたのでしょうか。また先生の小山会主についてへの思いをお聞かせください。(中略)

(6)再建と再建の川合先生についてへの思いをお聞かせください。私見ですが祭式は二位一体で改善された気がします。ただし完全に川合教の色あいが強い気がします。

(7)EMについて。私はこれで自然農法を名乗るとは許せないのですが・・・。 (後略) <2004.4.29・PM9:41>

A.  今晩は。ご自身の事(略部)について語っていただき嬉しく思います。

(1)釈迦を代表する清涼寺と阿弥陀を代表する法然寺、そしてその間に位置する春秋庵が観音様を代表する、ということをご承知だと思います。それに相応しいものになりつつあるかが、関心事です。それから、最近新生派では「明主様をこれからメシヤ様と尊称する」旨を現場で徹底しているようなので、その取り組みの程が気になったのです。

とりわけ、春秋庵は私にとってメシヤ様との霊夢での初めての出会いの場であります。私は、かつての「救世専門学院」在学中に、春秋庵警備の御用が時折許されておりました。様々な事で節目を迎えている時に、メシヤ様がお出ましになりました。情景を説明致しますと、先達が乗り込んでいるバスのステップにメシヤ様が御足をおかけになりながら振り向かれて『開拓布教へ行くぞ』と声を掛けていただきました。「はい」とお返事し、私も後へ続きました。私は、その後大きな節目の時には、メシヤ様直々にお出ましいただき方向性をお示しいただきました。それだけに大切な場所なのです。

(2)祖霊祭祀は二代様によって始められたものです。御教えには『仏の事は仏に任せろ』とあります。もちろん救霊はなされており、その方法も伝授されていますが、祖霊祭祀は止めた方が良いと思います。もっとも、御昇天後の葬送の儀である「昇天祭」、続いて「二代教主推戴式」から祭事のあり方が変わっていますので、仕方のないところがあります。

(3)(4)御教えは「なるほど」と、拝読した方が良いです。

(5)川合先生を中心に進められた「教団一元化」を阻止するために、三代教主様が小山先生へ離脱を依頼した、と聞いています。また、そうした経緯があったために三代様は秀明にしばしば足を運ばれたようです。小山先生のお心如何ばかりかと推察できるものです。

(6)教団が三派に分裂する前に紛争が起りましたが、そのことを創価学会では周知していたそうです。もともとMOAは、川合先生が創価学会の池田会長を模して作ったものです。底が知れたものです。

(7)私もEMを使用する農法を自然農法とは思いません。再建もバ-ク堆肥なるものを使い、護持もコラボ堆肥なるものを使用しています。どれも自然農法の精神を忘れています。自然農法の第一義は土を汚さないということです。 (後略―この後面談の打ち合わせをして終了。)

メシヤ教
楳木和麿<2004.5.4・PM9:38>

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