メシヤ講座・特選集no.61(平成18年2月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第一篇  森羅万象の構成

三原素

前項に述べた如く、吾々の住む此(この)地球上の凡ゆる生成化育の本源が、火水土の密合調和であるとすれば、それ等の作用が万物に対し、どういう風になるかといふ事を説明してみませう。

現代人は、科学の進歩によって大抵のものは一応解決されたやうに思ってゐる。然し、それは大いなる謬(あやま)りと自惚であって、未だ未だほんの一部だけの解明に過ぎないのではないかと思ふのであります。今私がいはんとする原理は、今日迄の科学も哲学も全然夢想だもしなかった事によってみても、諸君は肯るるであらうと思ひます。

現代科学に於ては、空気と物質との二つの原素より判っておらない。勿論、近代科学の誇りとする電波も、空気に含まれてる一の原素としてゐるのであります。然るに私は、此(この)二原素の外に、今一つの原素がある事を発見したのであります。それは何であるかといふと、強ひて名を付ければ、空気に対して霊気とでもいふべく、故に、此(この)霊気の名を以て説明してゆかふと思ふのであります。然らば霊気とは何ぞや、之を別の言葉でいへば、火気又は火素であります。元来空気なる物は水素が主であるに対して、霊気は火素が主であります。今日迄水素なる言葉はあったが、火素なる言葉は無かったのは不思議であります。然し乍ら何故火素なる言葉、否、火素が発見され得なかったかといふ事は、空気は物質化する事が出来、機械によって測定し得られたのであるが、それと反対に霊気の方は物質化したり、機械によって測定する事は不可能であったからであります。然し何れは、停止する事を知らない科学の進歩は、霊気の存在を識る方法が発見さるるといふ事は、疑ふ余地は無いのであります。

*     *     *     *     *

「景仰」を如何ように拝読するか(2)

メシヤ教  楳木和麿

はじめに

信仰生活は「追体験」によって深まりを見ることができます。

御教えや逸話を自らのところへ下ろして考え、日常的にどのようなことを心掛けてゆくのかを明確にし、そして実践する―という反復を重ねることが大切です。

『観山亭の屋根葺き』の項

≪本文≫

昭和二十一年のことですが、観山亭の土台が出来、柱も立ち、屋根を葺(ふ)く段取りになりました。

その日は、葺き始めてから三日目ぐらいでした。あと四、五十センチで、全部葺き終わるという時、空が急に暗くなって、真っ黒な雲が現われて来ました。

「困っちゃった。降らないうちに葺き終えてしまわないと、柱にシミがついてしまう。明主様(メシヤ様)になんとか申し上げて下さいよ」と屋根屋はあわてています。

「そうか、ではちょっと待ってくれ。明主様(メシヤ様)に申し上げてくる。だが、あと葺き終わるのに、時間にしてどのくらいかかるのか」

「三十分か四十分です。だが、一時間をみていただきたいです」と屋根屋。

私は早速、側近奉仕者を通して、このことを明主様(メシヤ様)に申し上げました。

明主様(メシヤ様)はかけ出して見えました。
『どうしたんだ』
「実は、いまにも雨が落ちて来そうで・・・・・・」
『よろしい。どのくらいかかる?』
「あと一時間あれば葺き終われます」
『うむ、しかし、ギリギリにして、どのくらいか』
「四十分です」
『そうか』と明主様(メシヤ様)はおっしゃって、五分ぐらい空を見上げられていましたが、(五分と思ったが、ほんとうは二、三分だったでしょう)『これでよろしい。早く葺いてしまいなさい』と言われました。

ふたりの屋根屋が、いそいで全部を葺き終わり、そして梯子(はしご)を降りようとした時、凄(すご)い抜けるような雨です。大豆ぐらいの雨足です。

私は入信したばかりで、半信半疑で、明主様(メシヤ様)が天の一角をにらまれたが、果して大丈夫だろうかと思っていましたが、観山亭のまわりだけが降っていないのです。その先は大雨です。私は全くびっくりしてしまいました。(工芸家)

≪解説≫

この一文は、非常に臨場感あふれる内容です。工芸家が記述したものらしさを感じます。

メシヤ様は空を見上げられて何をされたのか

さて、「空を見上げられていましたが、・・・」とありますが、その時にメシヤ様は何をされていたのでしょうか。

私は、以前の教団で二十代半ばで祭事講習に臨みました。その折り、祭事担当の総本部幹部から「天気を司る龍神に指示されたのである」と聞かされました。

しかし、メシヤ様であろうとも天気を変更するということは、余程のご事情がなくてはなさいません。それが、『ギリギリにして、どのくらいか』というお言葉になります。そして、そのことを告げられる時間が(二、三分だったでしょう)という記述になるのです。

その直後に追体験

私は、そのお話の直後に追体験をする機会に遭遇いたしました。

高知県でまだ土葬をする地域がありまして、葬祭の祭主を担ったことがあります。いよいよ埋葬式を執り行うことになり、墓地に着くとまだ仕上がっておりません。土地の人が懸命に穴を掘っていました。そしてこの時雨粒がポツンポツンと舞ってきたのです。

空を見上げると、真っ黒な雲が現われていました。テントなどもない中で今降られると穴が塞がり、埋葬式自体ができなくなり、神霊に対して申し訳ないことになってしまいます。

私は思わず「あとどのくらいかかりますか」と尋ねました。埋葬し、墓標を立て善言讃詞を奏上し、家まで帰るには最低35分はかかるとのことでした。

私は、土地の名称を冠して龍神名を付け、空の一点を見上げ天津祝詞を奏上しました。そして、埋葬式の旨を奉告し、天気の祈願をいたしました。周辺は大雨になりましたが、そこだけ雨粒が舞ってくる程度で何とか埋葬式を無事終えることができました。

家に走るように帰りまして、最後尾の人が玄関に足を踏み込むと同時に抜けるような雨が降りだしました。埋葬式に引き続き帰家祭を執り行い、ご遺族の方々へ景仰のお話しをいたしました。メシヤ様へのさらなる感謝の念が育まれた瞬間でした。

そうして、こうした事象と対処の取り組みを重ねることを通して、更に御教えに対する深みのある理解を得ていったのです。因みに、私は、今日まで天気についてお願いしたことは、この時と他の地で執り行なった地鎮祭の際にしかありません。それ程、特別な時にしかお願いしてはならない、という弁えを持たねばなりません。

神様は正しい願いは叶えなければならない

神様の座にあられるメシヤ様は空を見つめるだけで事足りるのですが、人間ではそうはゆきません。神格に対して礼を尽くさねばなりません。その一つが天津祝詞奏上です。そして願いが理に叶っているかということが重要です。『最低限の時間』ということがそれに当たる訳です。

これは私達のお世話でも非常に大切になってまいります。神様という存在は、人間の正しい願いは叶えなければならないことになっています。そこで、先ほどのように‘正しい願い’かどうかということが大変重要になってまいります。

自分に都合の良い願いが‘正しい願い’とは限りません。厳しい内容の方が正しいということもあります。そこで、願いの内容の吟味が必要になります。それがお世話です。

だからこそ、お世話というものは大変に意義があることなのです。お世話を通して人様の願いが叶えられるばかりではなく、自らも学びを得ることができ、自然と幸福の道を歩むことが許されてゆくのです。

メシヤ様の行なわれたことは、私達にとっては奇蹟と思われることですけれども、ただ「全くびっくりしてしまいました」という記述だけでは信仰というものは育ちにくいところがあります。私の場合、祭事講習で知り得ることができたので、想念と作法を会得できたのです。そうした逸話は無数にあったと思われますので、それらを普遍化するような編集が望まれるところです。

≪問題解決するための留意点≫
体験記に学ぶ

今回から3回にわたって体験記を通して「問題解決」を図る具体的な手法を紹介いたします。体験者の赤裸々な報告に感謝しつつ、学びの一助としていただければ幸甚です。

体験記・3回続きの1回目

「面談」を通して人生を顧みる

 



大分県日田市  久民広喜

楳木先生との出会い

はじめまして。私は、今年で44歳になる者です。6年前に母をガンで亡くし、その後すぐに離婚して父と小学5年生になる息子と3人で暮らしています。楳木先生との最初の出会いは、母が病院で闘病生活を送り、苦しんでいる時でした。

母は平成11年3月突然吐血し、救急車で病院へ運ばれ検査を受けました。その時点での検査結果は胃ガンだが初期のもので、胃を摘出すれば大丈夫という内容でした。父をはじめ家族、兄弟は驚いてしまいました。

しかし、自分は後で知ったのですが、母のガンはスキルスという種類で、思った以上に悪く全身へ転移していました。胃をはじめ膵臓や胆嚢までも全摘し、余命の期限を切られてしまうという最悪の事態となってしまいました。

それから妹は、様々な霊能者のところへ行くようになり、「この供養をすれば80%救われる可能性がある」などと言われ、高額な宗教グッズを購入したりして藁をも掴む思いで奔走していました。

そして、医者の予告どおり再発して、いよいよ危ない状態になった時に、妹は教員仲間から楳木先生を紹介されたようです。12月30日に病室で初めて浄霊をいただきました。自分がその様子を見た時、‘ただ手をかざすだけで何の意味があるのか、もしそれで治るのであれば医者などは要らない’という疑いの目で見ていたことを覚えています。

妹によると年末年始に病院から外泊の許可を取り、最後の家族旅行を許されたいとお願いしたようです。その旅行の期間は、不思議にも健康を取り戻したように楽になり、無事に家族兄弟水入らずの一泊旅行ができました。本当に良い想い出づくりができました。

しかし、その後は徐々に症状は悪化しました。そんな時先生は、長年の経験から「命は残念ながら亡くなる。しかし、お母さんへの親孝行は亡くなった後もできるものである」と、妹へ懇切丁寧なお話をしてくれたそうです。妹の心の準備を唯一してくれた宗教家だったのです。 

参考 体験記「宗教のもつ意味」

私はそんなこととは露知らず、‘信じることはできない’という表現で片付けて、‘信じることはできない’という表現を使用すれば自分の方に正当性があるように感じておりました。その後時間が経過し、ある時妹から「お母さんは、お兄ちゃんが殺したも同然。お兄ちゃんのことで心配のし続けで、その心労で病気を誘発したんだよ」と、涙ながらに言われてしまいました。

父も弟も妹もさじを投げる

ところが、母の他界後、私の行ないが原因で離婚することになってしまい、当時の状況からすると二人の子供の親権は妻側に在してしまうことになったのです。自分の勝手な思いでは、‘妻側に比べると、自分の家の方が金銭的にも裕福だ。父がどうにかしてくれる’という甘い考えしかできませんでした。現実をしっかりと見つめることができなかったのです。

弁護士も「仕方ない状況だ」と判断しました。どうしようもなくなって、その時に再度楳木先生にお世話になることになったのです。

先生が両家の間に入ってくださり、相手方も跡取りがいないため子供を一人ずつ引き取るように話をまとめてくださいました。今振り返ると、二人の子供を別々にしてしまったことは、親として本当に申し訳ない気持ちでいっぱいですが、二人とも妻側に引き取られていたら今の自分はどうなっていただろう、とも思います。

恐らく、このような体験記を書くことを許されるような立場にはならなかっただろうと思い、感謝の気持ちでいっぱいです。

その後、更に問題(金銭トラブル)が重なり遂に親族会議が開かれ、楳木先生に面談を行なっていただくことに決まったのです。私は、問題を起こした当人なので、仕方なく受けることに従ったのです。自分の中に「どうしてこんなことをしなければいけないのか」という気持ちがあり、そうした気持ちで受ける面談は、自分にとって意味のないもののように感じていました。

早く終わらせたいという気持ちだけが先行していたような気がします。

しかし、逃げても逃げてもどうにもならない更なる問題を勃発させてしまったのです。そのことで、父や弟、妹からさじを投げられた状況になり、楳木先生に縋らざるを得なくなってしまったのです。(以下は次回)

≪学び≫

宗教者の役割

まず、宗教者の役割というものがあります。太古の昔、禁足の山へ集落の若者が入り込んで、毒蛇に咬まれ、瀕死の状態で祈祷師のところへ担ぎ込まれたとします。取り囲んだ村人は「すぐさま祈祷して欲しい」と希(こいねが)います。

この時、祈祷師はすぐに祈らないのです。初めに、禁足の山へ入ったのでこのような悲劇が起こったことを懇々と話します。そして、皆が「このようなことは二度としない」と誓い合った後、徐(おもむろ)に祈祷するのです。

また、「印籠を渡す」という言葉がありますが、仏教者でもこのことができない人が増えております。それは霊界の存在を明確に理解せず、人間の都合に合わせた解釈しかできないからでしょう。あまりに呆れ果てた現状に危惧を覚えます。

そして、真実を伝えることは、時として残酷に映ずることもあります。現代人は「やさしさの精神病理」という言葉のように、毅然としたものより優しさを求める傾向にあります。そのため、時として真実から目をそらし耳障りの良いことのみを求めることになります。

しかし、それでは人として本来の道を歩むことはできません。厳しい内容でも、真実を伝えるということは『誠』がなければできません。

幸い久民さんの妹さんは、真実を受け入れることができて、母子共に人として崇高な姿勢を貫くことができました。しかし、この時久民さん自身は問題の最中にあり、心の整理を付けることなく日を過ごしていました。

そのために、親の‘野辺の送り’をする意味さえも判らずにいたようでした。親を霊界へ見送るということは、それが何歳の時であろうとも‘自分が次代を担う時期を迎えた’という自覚を持つ時なのです。その意味が判っていたならば、抱えていた問題は終結せねばならないはずなのです。しかし実際は違っていました。

また、葬式とは、故人を偲び、生前の遺徳を讃えるという意味もありますが、大切なのは故人の‘よきところ’を受け継ぐ決意を固める儀式なのです。人生における節目の迎え方を知らないので、そのことを教えて差し上げることも宗教者の役割なのです。

私が面談を引き受けてからは、そのことを第一に身に付けてもらうという願いがありました。

面談の主眼

面談を引き受けるに当たり、概略三つのことを考えておかなければなりません。

(1)、金銭トラブルを起こすということは、「精神障害的」という視点を持っておかねばなりません。また一般的に嘘つきです。社会的な対処をすると同時に、精神を育て直すという取り組みが必要です。

(2)、「精神障害的」なものを持った原因は多分に育てられ方にあります。身体的には大人になっているのですが、問題を起こす面だけ、あるいは幾つかの面の精神が大人へ成長していないのです。基本的な生活態度の中に子供の部分が残っているのです。依存性、幼児性というところです。

(3)、改善するには、シミのように染み付いた精神の癖(依存性、幼児性)を取り除く作業が必要です。精神の癖は無意識の内に出ることなので、自己教育のみにて改善することは難しいところがあります。面談を通して指摘されて、初めて気付くことが多いのです。

以上のことを基にして、ノ-トに毎日反省と学びと感謝を書いてもらい、週1回の面談を行なうように致しました。私は出張がありますので、その際は電話で行なってきました。

課題の設定

また、ノ-トに記入することにあわせて、課題を設定してもらいました。これは今まで十分にできていなかったために課題となったのですが、「長男の朝食の準備」、「家の清掃」、「神様と先祖へ礼を尽くす」ということです。

この課題は、当初は押し付けられた形ですので、辛い気分になります。‘こんな辛いことが何時まで続くのだろう?’という気分です。しかし、本来人間として生きている限りは永遠に続くものなのです。そんな判りきったことが、実は判らないというのが‘幼児性’なのです。

最初は辛くとも、反復を重ね、継続することにより、それがやがて習慣のようになります。そして、心を込めてするようになります。さらに‘やらなくては気持ちが悪い’という感懐を持つところまでゆきます。ここまで到達すると、課題を達成したということになります。達成した、と言っても、やっと人間生活ができるようになったということです。

これまでの経過があるだけに、課題達成は並大抵なことではありません。人間の弱さが顔を出します。責任転嫁であったり、事情を並べたり、逃避したりします。しかしそんなことをしていては、問題解決には繋がりません。そのために信仰をしていると、思わぬ力をいただくのです。

次回は『毒と神様は舐めたらいかん!』

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