メシヤ講座・特選集no.82(平成19年11月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
科学篇

医学の解剖

私は前項迄に、医学の誤謬を大体かいたつもりであるが、尚進んで之から鋭いメスを入れて、徹底的に解剖してみよう。と言っても別段医学を誹謗する考へは毫末(ごうまつ)もない。只誤りは誤りとして、ありのまま指摘するまでの事であるから、虚心坦懐になって読まれたいのである。それには先づ事実によって、説明してみる方が早かろう。先づ何よりも医師が患者から、病気の説明を求められた場合、断定的な答へはしない。甚だ曖昧模糊御座なり的である。例えば、患者に対する言葉であるが、何の病気に就(つい)ても言ひ切る事が出来ない。貴方の病気は治ると思ふ。治る訳である。医学上そういふ事になってゐる。此(この)療法が効果ありとされてゐる。此(この)療法以外方法はない。養生次第で治らない事はない。貴方の病は万人に一人しかないなどといふかと思へば、貴方は入院しなければいけない、と言はれるので患者は「入院すれば治りますか」と訊くと、「それは請合へない」といふやうに、実に撞著的言葉である。又予想と実際と外れる事の、如何に多いかも医家は知ってゐるであらう。

そうして、最初診察の場合、型の如く打診、聴診、呼吸計、体温計、レントゲン写真、血沈測定、注射反応、顕微鏡検査等々、機械的種々な方法を行うが、医学が真に科学的でありとすれば、それだけで病気は適確に判る筈である。処が両親や兄弟等の死因から、曽父母、曽々父母に迄及ぶのは勿論、本人に対しても、病歴、既往症等微に入り細に渉って質問するのである。之等も万全を期す上からに違ひないが、実をいふと余りにも科学性が乏しいと言へよう。処がそうまでしても予想通りに治らないのは、全く診断が適確でないか、又は治療法が間違ってゐるか、或は両方かであらう。事実本当に治るものは恐らく百人中十人も難しいかも知れない。何となれば仮に治ったやうでも、それは一時的であって安心は出来ない。殆んどは再発するか、又は他の病気となって現はれるかで、本当に根治するものは、果して幾人あるであらうか疑問と言えよう。此(この)事実は私が言う迄もない。医師諸君もよく知ってゐる筈(はず)である。此(この)例として主治医といふ言葉があるが、若し本当に治るものなら、それで済んで了ふから主治医などの必要はなくなる訳である。

右(上記)によっても判る如く、若し病気が医学で本当に治るとしたら、段々病人は減り、医師の失業者が出来、病院は閑散となり、経営も困難となるので、売物が続出しなければならない筈(はず)であるのに、事実は凡そ反対である。何よりも結核だけにみても、療養所が足りない、ベットが足りないと言って、年々悲鳴を上げてゐる現状である。政府が発表した結核に関する費額は、官民合せてザット一ヶ年一千億に上るといふのであるから、実に驚くべき数字ではないか。之等によってみても、現代医学の何処かに、一大欠陥がなくては成らない筈(はず)であるに拘はらず、それに気が付かないといふのは不思議である。といふのは全く唯物科学に捉はれ、他を顧みないからであらう。

そうして、診断に就(つい)て其(その)科学性の有無をかいてみるが、之にも大いに疑点がある。例へば一人の患者を、数人の医師が診断を下す場合殆んど区々である。といふのは茲(ここ)にも科学性が乏しいからだと言えよう。何となれば若し一定の科学的規準がありとすれば、其(その)様な事はあり得る訳があるまい。若し医学が果して効果あるものとすれば、何よりも医師の家族は一般人よりも病気が少なく、健康であり、医師自身も長寿を保たなければならない筈(はず)である。処が事実は一般人と同様処か、反って不健康者が多いといふ話で、これは大抵の人は知ってゐるであらう。而(しか)も医師の家族である以上、手遅れなどありやう訳がないのみか、治療法も最善を尽くす事は勿論であるからどう考へても割り切れない話だ。そればかりではない、医師の家族が病気の場合、その父であり、夫である医師が、直接診療すべきが常識であるに拘はらず、友人とか又は他の医師に診せるのはどうした事か。之も不思議である。本当から言へば、自分の家族としたら心配で、他人に委せる事など出来ない訳である。それに就(つい)てよく斯ういふ事も聞く。自分の家族となると、どうも迷ひが出て診断がつけ難いといふのである。としたら全く診断に科学性がないからで、つまり推定憶測が多分に手伝ふからであらう。

私は以前、某博士の述懐談を聞いたことがある。それは中々適確に病気は判るものではない。何よりも大病院で解剖の結果、診断と異う数は、一寸口へは出せない程多いといった事や、治ると思って施した治療が、予想通りにゆかない処か、反って悪化したり、果ては生命迄危くなる事がよくあるので、斯ういふ場合どう説明したら、患者も其(その)家族も納得するかを考へ、夜も寝られない事さえ屡々(しばしば)あり、之が一番吾々の悩みであるといふので、私も成程と思った事がある。

此(この)様に、医学が大いに進歩したと言ひ乍(なが)ら診断と結果が、実際と余りに喰違ふので、医師によっては、自分自身医療を余り信用せず精神的に治そうとする人もあり、老練の医師程そういう傾向がある。彼の有名な故入沢達吉博士の辞世に『効かぬとは言へど之も義理なれば、人に服ませし薬吾服む』といふ歌は有名な話である。又私は時々昵懇(じっこん)の医師であるが、自身及び家族が罹病の場合、自分の手で治らないと私の処へよく来るが、直に治してやるので喜んでゐる。以前有名な某大学教授の医博であったが、自身の痼疾である神経痛も令嬢の肺患も、私が短期間で治してやった処、其(その)夫人は大いに感激して、医師を廃め、本療法に転向させるべく極力勧めたが地位や名誉、経済上などの関係から決心がつき兼ね、今以て其(その)侭になってゐる人もある。今一つ斯ういう面白い事があった、十数年前或実業家の夫人で、顔面神経麻痺の為、二目と見られない醜い顔となったのを頼まれて往った事がある。其(その)時私は何も手当をしてはいけないと注意した処、家族の者が余り五月蠅(うるさ)いので、某大学病院へ診察だけに行ったが其(その)際昵懇(じっこん)である其(その)病院の医長である有名な某博士に面会した処、その医博曰く“その病気は二年も放っておけば自然に治るよ。だから電気なんかかけてはいけないよ。此処の病院でも奨めやしないか”と言はれたので『仰言る通り奨められましたが、私はお断りしました』と言うと、博士は『それはよかった』といふ話を聞いたので、私は世の中には偉い医師もあるものだ感心した事があった。その夫人は二ヶ月程で全快したのである。

偖(さて)、愈々医学の誤謬に就(つい)て、解説に取りかからう。

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「ロンドン支部」
発会式 挨拶

メシヤ教 代表  楳木和麿

世界布教の原点を求めて

クルーソプラス明子さん、御神体ご奉斎式おめでとうございます。そしてご参拝の皆さん、「ロンドン支部」発会式を心からお祝い申し上げます。

礼儀正しく、謙虚で秩序を重んじるという英国人気質は、日本人のそれと相通ずるところがあります。そのような地へ御神体のご奉斎が許されることは、大変意義深いものを感じます。また、メシヤ教としては本日を世界への第一歩としまして、メシヤ様の恩恵に与る人を更に一人でも多く増やしてまいりたい、と願っております。

栄えある式典に際しまして、メシヤ様の世界布教の原点とも言うべき書簡を拝読させていただきたいと思います。

ハワイ日刊新聞「ヘラルド紙」への寄書

今度、貴社々長代理牧野ジョセフ氏が日本へ来られ、世界救世(メシヤ)教の話を本部幹部から聞かれた処、是非教祖たる私に、何か書いて欲しいとの御頼みなので、一文を茲(ここ)にかく事にしたが将来ハワイの土地へも、本教教線が拡がる日の来るのは、大いに期待している処であってみれば、先ず最初の鍬入れとしての意味でかくのである。

本教は、昭和九年(1934年)発足したもので、御承知かも知れないが、当時の日本は、戦争準備として平和思想を嫌い主なる新宗教を弾圧したことがあったが、本教も其(その)捲添えを喰って、一時裏面的宗教運動をするの止むなきに至ったのである。処が終戦後信教の自由となったので、1947年宗教法人として再発足したもので、それが四年前で、それ迄微々たる存在であったが、僅か四年間で前例のない程の急速の発達を遂げ、現在三十万以上の信徒を擁するに到った。それが為始終新聞雑誌にデマをかかれたり、パリサイ人等の執拗な妨害などあったりして、絶えず当局の無理解な弾圧を受けているのである。之も新宗教には昔からの附物で、止むを得ないと言えばいえよう。然し其(その)様な妨害があっても、本教自体は微動だもせず、堅実に発展の一路を辿りつつある。

抑々(そもそも)、本教のモットーとする処は、病貧争絶無の世界、即ち地上天国を造るにあって、彼の基督の予言である“天国は近づけリ”という事も、釈尊の所謂仏滅後ミロクの世が来るという事の両聖者の言は、天国もミロクの世も御自身が造ると言われなかった。然し私は私自身天国を造ると宣言するのである。謂わば右(上記)の二大予言を私によって実現される訳である。斯んな大きなことを言うとしたら、万一実現されない暁、私は大山師か、誇大妄想狂となり世を欺瞞する怪しからん人間として、社会から葬り去られるに違いあるまい。

処が、その可能性を絶対確信している私は今現に着々実行しつつ素晴しい成績否奇蹟を表わしつつある。医学で治らない、医師から死の宣告を受けた病人を、私の弟子が薬も機械も使わずに全治さしている。私の弟子はキリストが顕わしたと同様の奇蹟を、日々各地に於て無数に表わしつつあるのである。以上の如く本教信者になれば病なき人間となり、病気の心配はなくなるばかりか、人の病気も治せる力の持主になる。又結核も伝染病も感染しないばかりか万一感染しても雑作なく治して了う。だから黴菌など全然問題とはならない。故に此(この)事が判ったとしたら、病なき世界の実現は何人と雖も疑い得ないであらう。

従而(したがって)、人間に病がなくなり健康で働けるとしたら、貧乏人など生れる筈(はず)はない。恒産あれば恒心ありの譬えの通り、人の物を盗んだり、人を騙したりするような、サモシイ了見はなくなるに決っている。まして神を信ずるとしたら、何よりも悪人が段々減るのは勿論である。

茲(ここ)で、最も重要なことをかいてみるが、現在全人類の一番悩みとされているのは、病の外には何といっても戦争であろう。御承知の通り今将に第三次大戦が起らんとして、各民族は戦々兢々としている。昔から現在迄、人間の一番恐れているものは戦争であろう。然しそれが何時迄経っても無くならないのみか、文化の発達と相俟って、其(その)規模も益々世界的に大きくなって来た。そうして今迄とても戦争が終るや、その惨禍に懲り懲りした人間は、色々な平和機関を作り、戦争防止に最大限に努力するに拘わらず、事実は逆に平和を破る処の戦争製造者が出てくるという、洵に理屈に合わないのが現実である。

処が、右(上記)の逆理は世界中誰も気が付かないのであるから問題だ。然し私はその根本原因を神から知らされたのである。勿論、到底人智では判りようがないもので、どうしても人智を超越した処の、神智でなくては判りようがないのは勿論である。そうして神とは最高神即ちエホバである。としたら戦争絶滅は敢て難しい事ではなく、絶対可能なのである。私は此(この)様な破天荒な啓示を受けると共に、それを実現し得る力も与えられたのである。全く大いなる時が来たのであって、世界は愈々天国実現の段階となった事は一点の疑いない事実である。といっても私は未だ救世主とは名乗らない。只救世的力の発揮をしつつある現在である。

成程、世界三大聖者としてキリストも、釈迦も、マホメットも、その業績の跡をみれば人類救済に対し、如何に高く評価してもよい程のものである。之によって長年月に渉り、人類の不幸は如何に軽減されたか分らない程である。然しそれは地上天国出現の時迄の、言わば繋ぎ的の救いに外ならない。然るに愈々時到って、人類は永遠に救われ平和の歓喜の世界、所謂地上天国出現となったのである。又世界的文化の大転換とも言える。

之を一層判り易く言えば、真善美完き理想世界が今や呱々の声を挙げんとしているのである。それに就(つい)ては一度は地球上の大掃除が行われなければならない。そうして天国建設となるのである。所謂破壊と創造が如実に行われるのである。此(この)破壊をキリストは世の終りといい、釈尊は仏滅と言われた。此(この)時メシヤ降臨されると曰い、ミロク下生とも曰われた。とすれば右(上記)の如き大破壊が、第三次戦争でなくて何であろう。然し之等の凡べては非常に神秘であって、経綸上未だ軽々に言明する事は出来ないのが遺憾である。

以上、概略記述したが、その奥義を知りたいとしたら、本教の信者となり深く研鑽される事である。それによって世界の将来も予想がつき、大安心を得ると共に、病貧争の悩みも解消し、来るべき地上天国に生き残って、其(その)住人たり得る資格者となるのである。 (1951年1月24日)

迫り来る並々ならぬご自信とご情熱

拝読させていただくと、メシヤ様の並々ならぬご自信とご情熱が身に迫ってまいります。また、御神業の背景には『最高神即ちエホバ』という絶対的存在があることを再認識させられます。

そして何といっても、『世界の三大聖者としてキリストも、釈迦も、マホメットも、その業績の跡をみれば人類の救済に対し、如何に高く評価してもよい程のものである。之によって長年月に渉り、人類の不幸は如何に軽減されたか分らない程である。』と三大聖者を讃えるところに世界を見据えたご構想を拝察することができます。

さらに、『彼の基督の予言である“天国は近づけリ”という事も、釈尊の所謂仏滅後ミロクの世が来るという事の両聖者の言は、天国もミロクの世も御自身が造ると言われなかった。然し私は私自身天国を造ると宣言するのである。謂わば右(上記)の二大予言を私によって実現される訳である。』とのご記述で、地上天国出現はメシヤ様ご自身によって実現させる旨をご披露されております。

しかも、世界的な展開だということがひしひしと伝わるものであります。その力は『私の弟子はキリストが顕わしたと同様の奇蹟を、日々各地に於て無数に表わしつつあるのである。』というご表現を用いてご説明になっておられます。

世界的な宗教宗派を超えた浄霊力伝授

浄霊力です。この書簡をご記述されたのは世界救世(メシヤ)教開教の翌年、昭和26年1月のことです。当時、浄霊力は入会せねば授からないものでしたが、昭和29年の『私に報告するだけでよい』というメシヤ様のお言葉から、「おひかり(御守り)」を首に掛けなくとも浄霊力を授かる道が開かれました。それから50年余を経た現代、宗教宗派を超えて『メシヤ様』の御名を唱えることによって浄霊力を伝授いただけるようになっています。

『天国の福音』とは、正にこのことを言うのでしょう。

メシヤ様がご出現されて『夜昼転換』が執り行なわれ、浄霊力行使がなされるようになりました。1934年(昭和9年)12月23日の「大日本観音会」仮発会式より誰でも浄霊力を授かるようになりました。

そして、1950年(昭和25年)に「世界救世(メシヤ)教」が開教されました。第二の立教とも言うべき慶事でありました。しかし書簡の冒頭のように執拗な妨害が続き、開教わずか三ヵ月後のご法難によって当初企図の事業態勢づくりはできませんでした。

ご法難は弟子達の不始末によって起きたものです。これが『私は未だ救世主とは名乗らない。』と記されている所以かも知れません。あらゆる宗教の慣例のように、そのお言葉の実現は後世の私達の肩に懸かっていると受け止めております。

本日ここに、海外で初めて『宗教宗派を超えた浄霊力伝授』を行なう拠点がロンドンに発会したことを大変喜ばしく思います。

浄霊は愛の発露

そこで、再度浄霊力を考えてゆきますと、一言で申し上げるならば“愛の光”であります。我が子が「お腹が痛い」と訴える時、母親は思わず知らず子供のお腹に掌を当てます。子供は安心した表情となり、痛みも和らぎます。それは子を思う母親の愛が光となって掌から注がれ、その光に浴することによって楽になるのです。

浄霊というのは愛ですが、神様の愛ですので人間の愛より遥かに大きいのです。『主神様の御経綸』ということから拝察しましても、地球上には約65億人住んでいますので65億倍と申しても過言ではありません。ですから、奇蹟が起こることも当然なのです。

これは病気に止まらず、各種依存症、因縁に関わるもの等々を救い、あらゆる問題を解決へと導きます。今、新たな想念を確立して取り組むことにより大変な奇蹟を許されております。昨日の前夜祭で報告した通りです。

しかも、メシヤ教という団体に入会せずとも、『メシヤ様』の御名を唱えることによって許されるのです。活動を支え、学習を深めたい方は入会していただくのですが、浄霊力を授かる段階では入会手続きは不必要ですし、入会金を決めていないということも画期的なことです。前夜祭で問い合わせを受けた英国での諸事情についても、対応できるものであります。

素晴しい時を迎えているのです。どうぞ、思う存分ご活用いただきたいと思います。そして、更に幸福な人生を手に入れていただき、幸せの輪を広げていただきたいと願っています。

霊主体従の法則、霊体一致の法則に沿って幸福な人生を

幸福な人生を歩む上で、受け止めておいていただきたいことがあります。それは、不幸の原因は霊の曇りにあるため、浄霊によって霊を浄めていただきますと幸福へと転じます。そこで肝腎なことは、浄霊力を授かり浄めていただいた後に“再び霊を曇らせない生活”を送るということが大切だということです。それが信仰生活ということになります。

『霊主体従の法則』という御教えに沿って人生を歩む、という姿勢です。これは、生き甲斐ある人生を歩むということでもあります。生き甲斐の根幹は、自らの存在意義にあると言われております。存在意義の中心は、誰かのために役立つということです。

自らの行動が人々のためにどのように役立っているか、が大きな意味を持ちます。自らの心言行が、他の人々に明るさと希望を与え、諸々の問題を解決に導くことに貢献する、ということを目指します。

また、曇りを発生させないためには、『霊体一致の法則』の御教えに沿って身体を汚さない生活を心掛けることが必要です。環境ホルモンを代表として、生活に忍び込んでいる化学物質の影響を考慮した生活です。

『世界に知らせよ、薬禍薬害』と警鐘を鳴らされたメシヤ様ご在世当時と比べ、事態は更に深刻化しております。私達を取り巻く化学物質は、人々を各種アレルギー体質に陥れたり、精子の減少をもたらしたり、女性の生理作用に変調を及ぼしたりするほか、精神にも多大な影響を及ぼしています。それらが混在する中で時代苦を醸し出しております。

時代苦を救う取り組み

『地上天国出現』を実現化するためには、浄霊によって救いを展開しつつ、その取り組みによって証し出された『主神様の御意図』をお伝えしてゆかねばなりません。

具体的には先程の話のように、『霊主体従の法則』に沿って霊の曇りを発生させない生活を送ることが第一義としてあります。自らの心言行が周囲に明るさを生み、人々に希望を与え、諸問題を解決するように目指します。

また、『霊体一致の法則』に沿って、霊の曇りの原因となる身体の汚染を防ぐ生活を目指します。自らの生活から有害な化学物質を排除する努力を重ねます。本日持参した自然農法産のお茶に代表されるような安全な農産物を確保することも不可欠な取り組みになります。

ロンドン市内のスーパーで有機農法産のコーナーが目に付き易いように配置していることは、好感が持てます。これから更に自然農法の考え方を浸透できればありがたいと考えます。ヨーロッパには、ドイツの各種「純粋法」の制定やイタリアの「スローフード」運動に代表される叡智を結集し行使する積み重ねがあります。

それらを更に積み上げ充実させることができるように、浄霊を中心にした取り組みが人々の心身の健全化に寄与できる、と確信いたします。そして、そのことが、取りも直さず時代苦を救うということになるのです。

ヨーロッパが世界布教の出発点になることに深奥なる意味を感じつつ、お祝いの挨拶と致します。(11月18日・要旨)

<ロンドン支部>

責任者

Mrs. Akiko Couroussopoulos

所在地

「Royal Lonndon Borough of Kensington & Chelsea」の一角に位置する。

1903年建造の家屋は英国指定の文化財。内装工事を施工する際にも国の許可が必要だという。日本で話題になっている京町の景観保存問題と比較すると政府の姿勢の違いを見せ付けられる。街並そのものがアンティークなのである。

英国の状況

詳細は12月度のメシヤ講座でお伝えする。

カーボンオフセット導入の新興住宅地については、時間と距離の関係で訪ねることはできなかった。しかし、ロンドンの各家庭には、温室効果ガスの排出削減に取り組むステッカーが配布されている。たとえば“Switch off”や“Turn down”、“Unpulug”などが印刷されたものである。

また、“Save water”と書かれた砂時計付きのものは、「5分のシャワー時間を4分に縮めよう」と呼び掛けている。子息の間でも“二酸化炭素削減”という会話が飛び交い、国民的な啓蒙活動の一端に触れた。さらにガソリンは、給油時15L・20ポンド(1ポンド=228円前後)ということだったので、日本よりかなり高い。大幅に税金が賦課されているらしく、公共交通機関利用を促す意図が反映されている。etc.

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