メシヤ講座・特選集no.93(平成20年10月分)

<メシヤ様対談記・2>

メシヤ様が教団内外の人々との間で執り行われた対談内容は、私達の御神業推進の方向を再確認させていただけるものです。数多くの対談記中から、「世界救世(メシヤ)教」開教後になされた内容を順次掲載いたします。

本紙一年を記念して

人類幸福の道拓けん
(救五十三号 昭和25年3月11日)
自観教主感懐を語る

 本教機関紙『光』を発刊して一周年を迎えるに先だって新な使命のもとに改題『救世』となって意義深い一周年をここに迎えました、この一年間を通して『光』『救世』への変転がありましたが、それ以上にずい分数多い感懐があったと思いますが、それに就いての明主様(メシヤ様)の御感想をまづ述べて戴きたい

 正しくこの一年は苦労したが、自分としては生涯の歴史のページに刻みつけられるべきいく多の思い出があった、私は筆を執ることは生来の趣味でもあり、仕事の一部ともしてきたが、しかしこの一年間ぐらい真剣に文筆と取組んできたことは稀なことだ、昔は或は趣味としての文筆を執り、詩も、歌も気楽な意味でモノした場合もあったが、この頃では趣味だなんて悠長な気持ぢゃなくてすべて神意の御命令のもと、厳粛、且緊迫した気持で筆を執らざるを得なくなった、要するに『悪』の筆法に対する『善』の筆法をもって闘はねばならなくなったことだ、いかに世の中が変ったといえ、こんにちほど乱暴なジャーナリズムに出会したことはかつて経験はない、いや乱暴というよりもむしろ気狂いじみている、いかに商業新聞の興味本位とはいうものの、他人を傷つけたり、誹謗したりしてトクトクとしている風潮は好ましくない、本教のこの一年はこの悪ジャーナリズムに悩まされとほしてきたが、この通り微塵(みじん)の動揺もない、これこそ本教の正しさが、無言の立証をしているのであり、悪ジャーナリズムも正義の前にはもはや降伏を余儀なくされたのである、そりゃ、新しいものが勢いをもつことは古いものの何処かへ割り込むことになるなら、既成陣営の一部から猛烈な反対や妨害が起きることは必然である、新マイに威張られては気持のよくないのは人情だ、しかし、これもホンのしばらくの間だけで、一応地歩を占めてしまえば、日本人の通有性で、もう文句を云はなくなるものだ、本教のごとく、なんらヤマしいことのない以上、もっと積極的に攻勢に出ればなんでもないのだが、そこが、私の好まざるところで、なんだ、かんだと云はれながらも、遅くとも、確実に、結局の目標に向って歩一歩、進んでゆくわけである、極端な毒舌には私も人間だから腹も立った、しかし、私憤を抑え、ただ神の命令に従ってこの一年間ほんとうに難行の忍耐をつづけてきた、こんな苦労はアプレゲール(戦後派)の軽薄なジャーナリスト輩にとうてい理解できまい

湧出す情熱
邪心なき神への仕へ

 『光』から『救世』への一年間毎週、あれだけの論旨を全うされたことは神技以上だと思いますが、お疲れではありませんか 泉のごとく湧き出で、未だ筆力衰えずだ、いや、こんご、時に応じ、機に乗じ、多々益々、弁ずるだろう、自分の思想は、そして神への情熱はこんにちまでの著作で一目瞭然であり、疑う者、まづ、私の書いたものを熟読すれば、すべて了解できると思う、一言一句の嘘はないのだ、だい一、私のみか、本教に寸毫の邪心あれば全信徒が承知しませんよ、われわれの仕事はガラス張りのなかで行はれているのだからなんらの不安も疑心もない

神の力顕現
宇宙に加護の時来る

 メシヤ(救世主)はイエス・キリストにも冠されているが、それとはどんな関係がありますか

 西洋では一応キリストをメシヤと称しているが、まだしっかりした定義のもとに謂っているわけではない、救世主といっても、真にその目的を達成したものはない、廿世紀前半まではその実力を顕現するまでにはゆかなかったのかもしれないが、然し、愈々、これからが神の実力が発現される時期に入ってきたといえる、西洋においてはキリストもさぞや本来の実力を発揮されることと思う、而して東洋においてはメシヤがほんとうに御神力を発現されることと確信する、だから従来のような宗教的観念ではとうてい理解できない、もっと神秘にして幽邃(ゆうすい)な御神力がはじめて登場することになる、私はもちろんメシヤの代行者であるから、今後、如何なる形態によってメシヤの御働きが行われるか、想像だに許されないが、しかし、現在の僅かではあるが、神の御動静から推察してこれはまた大ヘンな御霊力が宇宙に御加護あられるということが申してもよいと思う

 メシヤ教になってから特に顕著な事例はありますか

 霊界から非常に鋭い反響が現れている、奇蹟(おかげ)がさらに強くなってきた、いままでのおかげは尋常一様なこととなり、想像もできなかったようなおかげが続々と起きている、しかし、一面、善悪の審判はことの他峻烈化し、悪への断罪は厳粛に行われるようになった、『光』と『救世』の差はそこにあるので、たんなる改題や、商標の変更ぢゃないことをよく銘記すべきである

 メシヤ教誕生の世界的意義はどんなところにありましょうか

 神様の御働きになる範囲はこれまでたんに日本という一局地にとどめられていたが今後これは全東洋に波及するものと思はれる、信仰には国境はないといわれるごとく、神の御働きは宇宙無限、一草、一木にまで御慈悲が加わる、しかも、本教のモットーとしている『病、貧、争』の絶無の境地がいかなるところにも及ぶのであるから『平和世界』の現出は火を見るより明らかである、争いごとは、人類のもっとも忌み、嫌うところだ、どんなことをしても人類はもう争いごとを止めなければならない、まして武器なき日本人は『平和世界』のために先頭に立って働くべき宿命を負はされている、いま国内で、左だ、右だと騒いでいることは『平和への切なる希求』の一過程だとするにはあまりに幼稚すぎる、平和のために真剣にやっている態度とはどうにも思えない、小さな争いごとがだんだん昂ずると民族の分裂が生ずる、ながい間、武家政治の犠牲となり、軍閥の圧制に苦しんできた日本人はもうこのへんで冷静、沈着、ほんとうに国内相剋から脱却したたのしい平和国家をつくり上げるようなおほらかな気持に立還ることができないものか、最近つくづく日本人の狭量さが眼について仕方がない

可能な世界平和
キリスト教と呼応する

 世界平和が宗教の力で実現可能ですか

 絶対可能と信じている、前にも述べた通り、西洋にキリストあり、東洋にメシヤあり、この二大勢力が東西相呼応して平和のために全信徒が、真面目にたたかってゆくなら必ず永遠の平和が齎(もた)らされるものと思う、いかに無神論国といえども、神の怒りに触れるることはきらうからネ、世界救世(メシヤ)教の教義はもちろんこの人類永遠の平和希求に根をおいていることは申すまでもない、

 世界の何処かになんらかの反響がありましたか

 既にあった、先般渡来した参議院議員の中村嘉寿君からも数日前ワシントンから便りがあった、本教機関紙の『光』が同胞のあいだで大モテだったようだ、自由に交通が許されるようになったら『救世』も大いに海を渡って普及されるであろう、また岡本米蔵君という人も、本教の出版物を翻訳して出したらあちらでは大変なセンセーションを巻き起すだろうといっている、アメリカでも最近ババイ教という新興宗教が非常な勢いで発展しているという、キリスト教ばかりでなくいろいろな宗教がやはりアメリカ人間で信仰されているわけである、だがいづれも迷信的なところは少しもなく至極合理化された教義にのっとっているらしい、しかもなんらかの圧迫もないから良心的に自由な活動ができる、本教のごとき現実を対象とした宗教も必ずやアメリカの人達にも理解できる時がくると思う、

 本教の『おかげばなし』があまり多すぎるので疑念を持つ人が一部にあると聞きますが、

 いや相当各方面で疑念をもってあれを一々戸別訪問して調べた向もあったらしい、ところが全部が真実で、なんらの粉飾もないので、すっかりびっくりしている様子である、こちらではあのおかげばなしが、あまりにも多く殺到するのでその処理に困っているわけで、現在掲載しているのはホンの一部分で、大半は『ボツ』にしている、そのため信者から何故『ボツ』にするのかと苦情がきて弱っているところだ、まさにあれは御利益の真実を告白する生きたバイブルであり、先日やって来た毎日の或記者は『どれを調べても一つのウソもなく、まさにあれは廿世紀の聖書だ』といっていた、大新聞の記者はウソも書かないだろうし、お世辞も云はないだろうからネ

聖堂近く竣工
国際親善にも一役

 ただ今熱海瑞雲郷に建設中の本教の聖堂はいつ竣工しますか

 当初の規模より壮大になったので、予定よりやや遅れ、本年一ぱいかかるかもしれない、だが、その竣工の暁は東洋に類例のない一大景観を呈するとともに、壮麗極まりないものが完成するものと思う、しかしこうした時代でもあるから一さいムダな華美を捨てて、建築は質素にして優雅なものとする、様式はコルベジュヱのフランス風で、白亜の塗り、熱海では最初の様式で、ちょっとモダンなシックな感じがする、数千人を収容できるし、信者以外の一般の結婚式場にも充てたいと思う、本教団はこんにちまで、この建造のために莫大な費用を投じてきたのであり、これが竣工さえすれば本教の真髄が必ず納得ゆくと確信している、どうも日本人は何か眼で見える一つの物体をつくり上げないうちはいろいろなセンサクをするので弱る、これが大衆の眼前に現れると成程と解ってくるであろう、聖堂の他、信者の宿泊所、温泉場、展望台、それに外客に開放予定の一大美術館もできるから、国際親善にも大きな役割を演ずることともなる

 こういうようなことから本教団が熱海市をまるで牛耳るというような風説をまく者があるが

 全く驚いたネ、熱海市は自治体であり、市民によって形成されている、本教団はこの自治体のなかの何万分の一の存在しかない、市をろう断することもできないし、宗教の建前からいって市政とも無関係である、熱海市発展のためにはどんなことでもお手伝いはしようと思うし、また今日迄その意味ではやってきている、熱海というところはそんなちっぽけな都市ではないのだから、そんなことを気にする連中は熱海を知らないにもホドがある、熱海は熱海市民のものである、なんぴとにも侵されない立派な自治権がある、ナンセンスをまことしやかにつくるナンセンス頭脳がいる、全く笑止千万だ

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≪入仏記念式典・挨拶≫
『伊都能売観音』様を拝して
迫り来る『宗教改革』の根幹

メシヤ教代表 楳木和麿

73周年という数字から思わされること

皆さんおめでとうございます。朝から雨模様となり、こちらへ向う道中や会場の寒さを心配しておりましたが、早朝東京からお発ちになった方々が思いの外早く到着したので安心いたしました。また、お蔭で先程から日差しが降り注ぎ気温も15度にまで上がりました。例年になく過ごしやすい中での祭典となりましたことを、まずもって感謝申し上げます。本日は、各地から大勢の方々にお集まりいただき、年に一度の行事を共に執り行うことが許され喜びでいっぱいであります。さて、今年は入仏式が行われましてから73周年になります。73年という数字を見つめてみますと、感慨深いものがあります。感慨深いというのは、「伊都能売観音」様を御描画されたメシヤ様が御昇天になられた御歳と同じということで、特に思い入れがあるのです。それは“もっと長命であられたなら、時代は全く変わっていただろう”という、勝手な思い込みがあるからです。現在各地で「メシヤ講座」を開催しておりますが、その中ではまず御論文を拝読しております。今月からは、「メシヤ様対談記」を学んでおります。改めて学ばせていただくと、「世界救世(メシヤ)教」を開教されたご意図というものを確認させられ、己の浅学さ、思慮不足を思い知らされ汗顔の思いに襲われます。メシヤ様はご自身のお立場を『使徒たる私』『神の代行者』という表現を用いられて明確に宣せられています。そして、『まづ善人をあらゆる手段を尽して救済し、人類世界から暗黒面を徹底的に除去するトリデとしてゆきたい』と、明言されております。暗黒面については、先月の「メシヤ講座・特選集」(No.91)で紹介したサイトでも触れましたが、昨今の報道を通して裏事情が表面化し手に取るように解り始めました。今まさに直面している金融危機の報道の中から見出すことができるのです。

リスクのばら撒き

例えば、アメリカ発の金融危機が生じました。リーマン・ブラザーズの破綻に続く、アメリカ大手証券会社をめぐる経済危機は、いまや世界中の金融市場に動揺をあたえ、株式市場の混乱は深刻な様相を呈しています。リーマンブラザーズのCEOの報酬を知るとアメリカ社会の実態を把握できます。下院で法案が一旦否決されたことは、アメリカ国民が金融システムの構造に終止符を望んだことを意味します。修正を加えましたが、危機は去ったと言えるものではありません。それは、アメリカが発展させた金融工学は複雑な「証券化商品」を生み出し、世界中にリスクをばら撒いたからです。この点について竹森俊平慶応大学教授は「アメリカが金融システムに70兆円ものカネをつぎ込む。金融は公共財だという理屈がないとできない。もうかる時にはひとり勝ちでもうけて、損失が出れば税金でまかなう―公共財なのに、それで良いのかという議論になるからだ。」(読売新聞10月12日付)と解説で述べています。これをどのように受け取るかということが第一点の示唆です。金利の低い日本から円を借り入れて投資することで発展させた面も否めず、そのことを承知する人々によって日本を金融危機に巻き込んでいます。この点も踏まえ、佐伯啓思京都大学教授は次のように解説を加えています。「自民党がどれほどの認識があるかはわからないが、麻生政権の誕生はきわめて重要な意味をもっていた。この政権が誕生した背景を思い出していただきたい。所得格差の拡大、フリーターの増加、石油などの資源エネルギーの高騰、食料不安、そして、サブプライム問題に端を発する世界的経済不安、さらに医療崩壊などであった。年金問題も、本来は、社会保険庁の不手際という官僚行政バッシングにポイントがあるのではなく、経済生活上の将来不安によって、人生設計ができない、という点にこそ問題があった。そして、これらの課題は全てこの十数年の、“構造改革”路線と不可分である。もう少しいえば、それを支えたアメリカ型の市場中心主義、個人主義、能力主義の導入と無関係ではない。1990年代以降、アメリカを軸にした、金融中心のグローバル市場の形成は、“新自由主義”という名のもとに、世界経済を飲み込んでいった。日本では、それは“構造改革”と呼ばれたのである」(同紙10月13日付)こうした視点が第二の示唆になります。アメリカ型を日本へ持ち込もうとした構造改革は、本来の構造改革にはならず、結果的に格差社会の形成を促進してしまっています。それを是正すべきが政府なのですが、現在の政府の対策は継ぎ接ぎだらけの観を否めません。構造改革のツケ(本来のことをやらなかった)が表面化したこういう時こそ弱点を補強する姿勢が必要であり、中長期的、根源的な対策が必要なのですが、政府は減税の継続などという対策案を提示しようとしています。例えば年間所得200万円以下の労働者が全体の三分の一という現状を直視し、抜本的な改革が求められるのです。(会食時での話を付加=田代秀敏大和総研主任研究員は「文芸春秋」11月号で以下のように述べています。「リーマン・ブラザーズがニューヨークの南部破産裁判所に提出した文書によれば、リーマンの負債総額の四分の一にあたる約千五百五十億ドル(約十七兆円)は担保がついていない。この無担保のうち、破綻時に精算金を最初に償還される“優先債”は約千三百八十億ドル(約十五兆円)であり、そのほとんどは、米国大手銀行のシティグループとバンク・オブ・ニューヨーク・メロンとによって保有されている。優先債保有者に支払った後の、精算金残額から償還される“劣後債”は約百七十億ドル(約一兆八千億円)である。米調査会社のクレジットサイツは九月十五日の時点で、優先債は額面の六割から八割が回収できるだろうが、劣後債はおそらく回収できないだろうとの見通しを発表している。回収不能といわれる無担保劣後債の大口保有者を多く抱えるのが、日本である。」この情報及び米国債の危機予測を見ると、日本にのしかかってくるリスクの大きさに驚愕させられます。巧妙な仕組みによって富を一極集中させてきた構造に注視し、その改革こそ不可欠ということが第三点目の示唆です。)

『暗黒面を除去するトリデ』としての御神業推進が阻まれる

本来、社会改革を目指し、人々を善導してゆくべき世界救世(メシヤ)教が変貌したのは、やはりメシヤ様の“早すぎる御昇天”という事件(あえて事件という)から、と思わざるを得ないのです。メシヤ様が「世界救世(メシヤ)教」開教の宣言をされた後、わずか3ヵ月後に御法難に遭われ、『頭脳の拷問』の際に陥った脳貧血の後遺症で御命を縮められました。実は開教時に、既に両腕を無くされたに等しい状態にありました。左腕とも言うべき観音会の中島一斎先生が開教五日前にご逝去され、右腕とも言うべき五六七会の渋井総斎先生が重篤な症状に見舞われていたのです。これは甚大なことです。巧妙な手法でメシヤ様の『暗黒面を除去するトリデ』としての御神業推進は阻まれたのです。まさに『そのためには悪鬼どもとのたたかいは以前つづくであろうが、これは一つの過程として忍ばざるを得ないだろう』とお述べなっていることが、現実になっていたのです。(会食時での話の付加=私なども裏事情を知ることで教団改革の炎が燃え盛りましたが、志を継続する中でより深い真相、背景を掴むことができました。真相及び背景を知らないと不用意に批判を加え、批判を加えることで自らの正当性を主張し、錯覚に陥ってしまいます。また、メシヤ様がお命を縮められた事態について「それも御経綸では?」と語ってしまったら、御神業本来の意義が消滅し推進の意欲が欠落してしまいます。私達は、メシヤ様の御悲願達成に精進してまいりたいからです。)そして、メシヤ様の早い御昇天により内部分裂を重ねることになります。今月更新した「メシヤ講座・特選集」(No.92)で取り上げたように、闇の部分が各教団内にも広がり始めたのです。そうしたところまで踏み込んで「復興事業」を推進する決意を固めたところ、それを伝達する途に就いた初っ端に危うく命を落とすところでした。出張に出て一時間半ほど走行したところで、国道の信号が赤になり先頭車として停車すると、左斜め後ろから青信号によって二台の乗用車が私の前に走り出てきました。すると、その車が交差点を過ぎた途端に跳ね始めたのです。「?」と思った瞬間、対向車線からはみ出てきたトラックが二台とも歩道に跳ね上げ、そのまま私に向かって突進してきたのです。あっという間の出来事でしたが、スローモーションのように映じました。トラックの運転手は後ろに仰け反ったようになっており顔を確認できません。「このままではぶつけられてしまう」と思った瞬間に、右の方へやや進路が変ったように見えましたので左へハンドルをいっぱいに切り急発進しました。トラックは私の車の右端を掠(かす)めるように通り過ぎ、対向車線側のガードレールを次々と薙ぎ倒して、さらに電柱を倒して止まりました。すぐさま119番と110番で各機関へ連絡をとり、事故処理のお手伝いをして移動しました。尋常ではない出来事から、更なる決意を固めざるを得ませんでした。実は、以前の「復興事業」推進を打ち合わせした際にも、おこがましい表現ではありますが、メシヤ様が開教された時と同様の事態が起きたのです。志を同じくする者の“和”を乱すことが、御神業推進を阻む常套手段だからです。それに乗ずるのは浅知恵と錯覚、とめどない欲望のためです。しかし同時に、諸事情を承知した上で賛同、協力を申し出てくださる人もいるので、有り難さには深みがあります。私は、それだけに、現在続けている信者さんや賛同者の御守護御願いを継続することは勿論、より以上に心を込めて取り組まねばならないと意を決しております。

本来の浄霊力を普及しメシヤ様の御精神を宣布

決意を固めた内容というのは、形は小さくとも、メシヤ講座を丁寧に開催しつつ本来の浄霊力を普及し、メシヤ様の御精神を宣べ伝えるということです。メシヤ様の御光の恩恵に浴し切れてない浄霊法から脱皮していただくということが初めにあります。そして、御教え(「岡田茂吉全集」等)を基にして教論律の確立を目指す作業を重ねていただくということです。お互いに本来のことを知らない面がありますので、メシヤ講座を通して啓蒙し合ってゆくということです。また、この観音様の御名にまつわる伊都能売の思想というものをもっと考察させていただかねばならない、と思わされております。というのは、仏教や神社神道に対する指摘について、『到底複雑ないまの人間は済度し難いものがある』『もう少し生きるものへの救いの業がなければならぬ』とメシヤ様はお述べになっているからです。その一方で『キリストの遺訓まことに立派で、やはり世界人類救済の神力や偉大』ともお述べになっています。そして、次回(今号)では『愈々、これからが神の実力が発現される時期に入ってきたといえる、西洋においてはキリストもさぞや本来の実力を発揮されることと思う、而して東洋においてはメシヤがほんとうに御神力を発現されることと確信する、だから従来のような宗教的観念ではとうてい理解できない、もっと神秘にして幽邃(ゆうすい)な御神力がはじめて登場することになる、私はもちろんメシヤの代行者であるから、今後、如何なる形態によってメシヤの御働きが行われるか、想像だに許されないが、しかし、現在の僅かではあるが、神の御動静から推察してこれはまた大ヘンな御霊力が宇宙に御加護あられるということが申してもよいと思う』とお述べになっております。御教え中、昭和25年2月4日からのキリスト教に対する判釈を見落としているところです。メシヤ様がこの項で述べられている『従来のような宗教観念ではとうてい理解できない』というお言葉には、尋常ではない深さがあります。また、『神の御働きは宇宙無限、一草、一木にまで御慈悲が加わる、しかも、本教のモットーとしている「病、貧、争」の絶無の境地がいかなるところにも及ぶのであるから「平和世界」の現出は火を見るより明らかである、争いごとは、人類のもっとも忌み、嫌うところだ、どんなことをしても人類はもう争いごとを止めなければならない、まして武器なき日本人は“平和世界”のために先頭に立って働くべき宿命を負はされている』という部分では、宇宙にまでお話が及び、平和世界をこよなく希求しておられます。私達が入手する各種情報というものは、こうしたメシヤ様の御精神に照らして吟味しなくてはなりません。そうせねば、御教えを拝読すればする程、ある勘違いを起こす危険性があります。その勘違いは、私達に残存する“夜の時代の精神の癖”から来る場合が多いのです。『宗教改革』の根幹はここにあります。変革してゆくためには、本日のような、こうした行事が大切になってくるのです。

行事の意義の再認識

そこで、本日の式典の意義というものを見つめさせていただきますと、由来の再確認ということがあります。奥の洞窟の三十三体の観音像とも関係することですが、厳しい自然の前に犠牲者の絶えなかった工事で苦心していた地崎宇三郎氏が観音様の御力徳を耳にして、昭和10年1月7日に「伊都能売観音」様の御下付お願いに来られた、と記録にあります。メシヤ様は承諾をしてから十月十日後の同年10月17日に御下付されております。それから、津軽海峡を渡りまして10月26日に当観音堂で入仏式が執り行われ、ご奉斎されたのです。「伊都能売観音」様は“十月十日”という不思議な数字の月日をかけて御下付されて、ここへお鎮まりになられ、今もなお私達の御前に存在され続けております。“十月十日”という数字では、お腹帯に『伊都能売之神』というご神名を御揮毫になられていることが脳裏に浮かびます。それに関連することで、こちらへ向かう航空機の中で、感動的な記事を読みました。産経新聞(10月24日付)に紹介されていた産科医の吉村正氏の話です。「産科医不足など、お産の危機が問題視されるなか“医療だけの問題ではなく、日本人の生活文化の問題として、お産について考え直す必要がある”と訴える」と紹介されていました。氏はほとんど医療行為をせず、妊婦さん自身の力で自然なお産ができるように介助することを心掛けているそうです。ご本人のコメントを一部引用します。「特に印象に残っている妊婦がいます。その方は妊娠4ヶ月で、おなかの赤ちゃんは脳のない無脳児であることが分かっていました。医師も家族も中絶を勧めたのですが、その方は“子供の命を絶つことはできない”と生むことを主張しました。どこの病院でも断られ、私の医院を訪ねてこられました。当院では赤ちゃんを産む母親の意志を尊重しますから、お引き受けしました。彼女はほかの妊婦さんと同様に体力づくりに精を出し、おなかの中で子供を育て、出産しました。赤ちゃんは元気な産声をあげ母乳も口に含みました。しばらくして、自然と呼吸が止まり、亡くなりました。そこには、短かったけれども、確かに人の一生がありました。私は、その子に一生を全うさせようとした選択に、理屈を超えた母親の本能を感じられた。」身に染む内容でした。今月映画「おくりびと」のところでも触れましたが、現代人は生の瞬間と死の瞬間に立ち会えなくなっております。そのために人生の不思議さや素晴らしさ、美しさに出会う機会が減少し、本来の人間性を喪失しつつあると言われております。そうしたことが起因の一つとなり、昨今忌まわしい事件が続いております。目を覆いたくなる報道を耳目にすると、二年前の4月26日にこの場でいただいた「神界通信」の重要性を思い知らされます。「伊都能売観音」様を御揮毫になられたメシヤ様の大愛の下、学びを共有しつつ力を合わせて御神業を推進させていただきましょう。

三重支部ホームページ開設、各地の学びも公開予定

そういう点では、この度、三重支部で重ねてきた「メシヤ講座」の内容を紹介するサイトを立ち上げてくださったので、さらに学びを普遍化してゆけるのではないかと思います。驚異的な速記で質疑応答を記録して、それをまとめたものです。勿論プライバシーに関わることや相談者が特定される内容は割愛されています。今、各支部で“自分達も学びを整理してアップしよう”という動きがあり、大変心強いことです。ホームページ立ち上げは大変な労力が必要なのですが、各地で準備に取り掛かってくださっていますので楽しみなことです。(学び合いの内容をまとめ、学びの普遍化を図る上で、会食時に紹介した参考書籍がありますので付記しておきます。『真善美完き理想世界』を目指す私達にとって、美というものを別の角度から認識できるものです。「東大合格生のノートはかならず美しい(太田あや・文芸春秋刊」。)本日は大きな視座で話を進めてまいりましたが、日々の生活では先程拝読していただいた御教えの実践に尽きると思います。心にお留めいただければ幸甚です。皆さんと意義深い式典を執り行わせていただき、「伊都能売観音」様を拝させていただくと『宗教改革』の根幹が迫りくる思いがいたしました。ありがとうございました。

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