メシヤ講座・特選集no.95(平成20年12月分)

<メシヤ様対談記・4>

メシヤ様が教団内外の人々との間で執り行われた対談内容は、私達の御神業推進の方向を再確認させていただけるものです。数多くの対談記中から、「世界救世(メシヤ)教」開教後になされた内容を順次掲載いたします。

明主様(メシヤ様) 夢声氏対談記(上)
(栄九十八号 昭和26年4月4日)

春季大祭四日目の二十一日、明主様(メシヤ様)は吉川英治氏原作、徳川夢声氏解説の「宮本武蔵、宝蔵院道場のくだり」を約一時間に渉って御熱心に御傾聴あそばされ、閉幕後奥様御同席にて直に夢声氏の希望により親しく御対談あそばされた、以下はその要旨である。

夢声氏 「始めまして・・・・・・」

明主様(メシヤ様) 「いや、いいですね。あなたのは講談などと違った味がある」

夢声氏 「私のは女の方にどうかと思いますが・・・」

奥様 「いいえ、とてもよく分って・・・・・・」

明主様(メシヤ様) 「吉川さんも古い信者でして、あんたと、よく気が合って、実にいいですね」

夢声氏 「これは、原作者との試合のようなものでしてね、原作と演者と互角ならよいですが、原作に及ばなければ負です」

明主様(メシヤ様) 「あなたの方が優っていますよ、吉川さんも喜ばれるでしょう」

夢声氏 「先日、吉川さんが奥多摩に会館を建てたので是非一度話をしてくれ、実は今迄直接君の解説聴いたことがないんだ、と云うので、よろしい、それでは行きましょうと云う事になり、三越の名人会でやった、落語の文楽さん、小唄の二三吉さんが行けないので小梅さん、漫歳では馴染のリーガル千太、万吉さんそれに私という顔ぶれで吉川さんも非常に喜んでくれまして、武蔵をやる場合は一々ことわらずに勝手にやってくれという事でした、

三越の名人会というのはちゃんと伝統的な芸をもった謂わば立派な修業をして名人の域に達した人達ばかりなんです、私だけです、インチキ性のあるのは・・・」

明主様(メシヤ様) 「そこが、いいんですよ、商売人になったら駄目です、私は皆素人流でいろいろな事をやっているんで全然専門家と違っていますね、箱根にお出でになって石の庭を観れば分るんですが、専門家がこれをみると嫌になって職を投げたくなったんだそうです、と云うのは其処(そこ)に使ってある石が裏だったり逆さだったりして、とても普通じゃ使えないと云うんです、それが又、素敵にいいんですよ」

夢声氏 「一つ一つ型にはまってないからなんですね、世の中は型が全部ではありませんから・・・・・・型にはまらないでいいものもありましょう」

明主様(メシヤ様) 「何んでも型にはまると死んでしまいます、わたしは書をやっていますが、私がいつか書を習おうと言った時、書家があんたは字を習うのを止めなさい、吾々は型がついて、どうしてこれを破るかに苦労している、多少字が違っていても点や棒が多くても足りなくともいい、個性を生かすそれが尊いものだといはれたが、まあ理屈では分らぬ点がありますね」

夢声氏 「例えば、今日文楽さんのやった落語の寝床などは、何遍となく繰返し繰返しして切磋琢磨されて、完成品にしてありますが、わたしの話は、粗雑な未完成品でしてね、話の根本問題を考えていますが・・・」

明主様(メシヤ様) 「非常にうまい、結局魂の問題です、つまり武蔵の魂を伝えるんですね、いくらうまくやっても商売人の講釈師のは形だけで魂がないから受ける感じがちがう、わたしは武蔵をただの武芸者だとは思ってません、と云うのは、あの人は絵を書くでしょう、それが実にうまいのですよ」

夢声氏 「ただではありませんね、此間(こないだ)吉川さんが、武蔵の叭々鳥の軸を一本呉れましたが、あの人も最初は、自分の書いたものを、講釈されるのを幾分嫌がっていた傾向があったが原作を幾分崩されやしないかの憂をもったんでしょう、近頃では自分の書いたものならどんどんやって欲しいなどと云ったりしてます、武蔵の書いた絵なども、僕一人のものでない、君も持つべき品だと云ってわざわざ持って来て呉れましたが、流石立派に画けてます、品格がありますね」

明主様(メシヤ様) 「ええ私も此間見たが非常にうまいですね、ものは或るレベルに達すると同じことです」

夢声氏 「それも本職がみると、おかしいんだそうですが、本職には画けない画だという事です」

明主様(メシヤ様) 「偽物も多いんじゃないですか?」

夢声氏 「ええ、多いようです」

明主様(メシヤ様) 「でも、名画は偽が多いですからねえ、それに本物より偽の方がうまい場合もありますねえ」

奥様 「三越で印刷でうまく出来てましたね」

夢声氏 「墨絵などみても格調が高いですね」

奥様 「印刷してあって、巧芸社版でしたかしら」

夢声氏 「そうですね、あの墨絵などは偽物か本物か分りませんね、先頃も一茶の手紙を貰らったんですが、まあ、只ではあるし、どうせ偽物だと思ってた処、一茶ものを扱いなれている骨董屋にみせたら本物だと云うんです、本物を只で呉れるはずがないし、よくみたら印刷なんで・・・この時は昼間みて分ったのですよ」

明主様(メシヤ様) 「家にも、一茶なら二本あります、確か鵜か何かだったと思いますが、秋に箱根でおみせしましょう」

夢声氏 「是非拝見したいものです」

明主様(メシヤ様) 「武蔵は沢庵からよほど教えられていたようですね?」

夢声氏 「えー、時代は同じですが、あーそうですねえ、書いておかしくはないけど、沢庵と交渉のあった伝説はありません、然し沢庵ならずとも偉くなったと思いますね」

*     *     *     *     *     *


「メシヤ様御降臨祭」特集

≪体験報告≫

御神業の素晴らしさと有り難さを実感

埼玉県 氏村直希

本日は、「メシヤ様御降臨祭」おめでとうございます。

それでは私の体験発表をさせていただきます。楳木先生のご指導により、昨年の十二月から、まず私に毎日30分間の御神書拝読が許されました。続いて、今年の三月から母も、毎日30分間の御神書拝読が許されました。

四月に私の大学での健康診断で、前年度0.9だった視力が1.5に上がっており、御神書拝読のお蔭だと思っております。

更にこの月より私が御神前の掃除と大黒様を磨くことを決心し、実践し始めると、その三日後から父(自営業)の取り引き先が増え夜勤も多くなり、昼夜を問わず仕事に恵まれるようになりました。今日までお蔭さまでその勢いは衰えず続いております。

大黒様を磨き始める前、入金の日と支払いの日等のバランスが少々ずれていたそうです。そのためメシヤ様への御献金も少なくなり、母の方の収入からしかできませんでした。しかし、磨き始めてしばらくすると、流れもタイミングも良くなり、父の方の献金も再び許されるようになりました。

「やはり献金が許されるということは、全て足りて回っている証拠だ」と母は思ったようです。献金が許されることを、しみじみ有り難いことだと認識させられたようでした。

そして、本年度九月より自宅でひと月に一回、楳木先生を囲み勉強会をさせていただけることになりました。

その月から更に金銭の流れが目に見えてハッキリと良くなったそうです。本当に有り難いことに、かなり税金などの支払い額もあるようなのですが、全て間に合い、献金も許され「心より感謝いたします」と母が申しておりました。

それから、私の祖母宅には毎日数人の方々が浄霊を受けに来られておりますので、その手伝いも毎日させていただいております。脊髄狭窄症で三つの病院で医者から「絶対に直らない」と言われた方が毎日のように通い、約半年ほどで検査をしたら完治したという奇蹟もいただきました。

また、腰が痛くて仕方なかった方が普通生活が許されたり、足を切断したいほど痛かった方もしびれ程度になるなど、様々な奇蹟を見せていただいております。

日々、そのような中で学び少しずつですが勉強をさせていただいており、益々御神業の素晴らしさと有り難さを実感しております。

本日は、このような席での発表を許され本当に有り難うございました。以上で私の体験の報告を終わらせていただきます。

≪挨拶≫
感謝と新たなる決意

メシヤ教代表 楳木和麿

1.絶対的な浄霊力を一人でも多く伝授する

皆さん、「メシヤ様御降臨祭」おめでとうございます。

ただ今は、人類を救済するために、神の座から地上に降りてくださったメシヤ様に感謝申し上げ、指し示された方向で御神業に臨ませていただくことをお祈り申し上げました。そして、皆さん方が一年間御神業にお励みくださったことのご奉告を申し上げ、本日からの更なる御守護を賜りますようにお願い申し上げました。

さて、本日の祭典に先立ち箱根神仙郷の奥津城にご参拝させていただきました。この上なき晴天に恵まれ、背後から槌音が響き、本日から始まる新年度の御神業推進が力強いものとなることを感得させていただきました。

その御神業というものを集約いたしますと、三点の角度からお話しできると思います。一つには「浄霊力を伝授する」ということです。ただ今報告いただいた鈴木さんのお話にありました、本来の在り方で絶対力を身につけていただくということです。

鈴木さんは、ほぼ自己浄霊で健康体を取り戻しております。こんなことが既成概念では許されることではありません。教会や支部へ毎日通うとか、資格のある人から定期的にいただくように、という指示が過去多かったのではないでしょうか。宗教の世界では勿体ぶったことが時折顔をのぞかせます。

浄霊に対する概念が狭くなると偏屈な浄霊法になってしまいます。メシヤ様のご精神は『可能な限り全人類を救う』というものです。その精神に照らして浄霊を考えてゆきますと、お母さんへ浄霊ができるようになるのです。信仰に反対であったお母さんへ浄霊ができるようになったということこそ、素晴らしい変化なのです。

鈴木さんの報告では、御神縁をいただかれた経緯やその後の来し方を聞かせていただきましたが、茨城から川崎まで毎月、月次祭へ通われ一人で信仰を培ってこられました。先ほどの話のように、信仰観、浄霊観に極めて素晴らしい変化を遂げました。人生の分岐点にも差し掛かりましたが、メシヤ様のお導きで大きく前進できたことが何よりでした。

また、鈴木さんは「世界救世(メシヤ)教復興事業」に参画したいという大きな気持ちでメシヤ教へ御縁をいただきました。その経緯に真摯なお姿が滲み出ております。信仰に対する情熱からメシヤ教の御神業にも人知れず数々の献身をされております。昨今の事象の中でも取り組みは大変なものがありました。(具体的な内容は、割愛)

2.顕著な奇蹟を紹介

私は、日々「本来の浄霊力を一人でも多くの方へ伝授させていただけますように」と祈らせていただいています。その祈りが実現し、本年も多くの方々へ浄霊力伝授が許されたことを有り難く思います。

本日の祭典に合わせて二つの報告が寄せられております。浄霊に関する顕著な奇蹟ですので、ご紹介したいと思います。

お一人は北海道札幌市の北川とき子さんからです。北川さんのお孫さんは先月「RSウイルス」により瀕死の状態に陥りました。お嫁さんが里帰りしていた時のことで、高熱が続いたので救急担当であった病院へ連れて行き診断を受けましたが、風邪なのか突発性なのかハッキリせず帰ったそうです。

扁桃腺も腫れていて5日間もおっぱいが喉を通らないため、小児科へ連れて行くと、「RSウイルス」という聞いたこともない病原を宣告されました。「乳幼児には治療法がなく、これから先のことは何とも言えない」と言われたそうです。

そこで札幌市内の病院で診察を受けることに決め、北川さんが途中で合流したのです。お嫁さんの車に乗り込むと、すぐに孫を抱っこして頭、首、肩を浄霊するとお孫さんが楽になるのがわかったそうです。次に背中を浄霊するとぐったりしていたのがニコニコし始めたのです。

(体験記紹介)

わずかの時間の浄霊(2~30分)で、お孫さんがスーッと楽になる。自分の腕の中で楽にしていただける瞬間の安堵感は如何ばかりかと思います。

この報告を読ませていただきますと、浄霊力の素晴らしさを実感すると共に、先達がよく指摘されていた「生兵法は大怪我の基」ということを再認識いたします。現代社会は、最新医療が新たな耐性菌を生み出すなど、病原が益々複雑化しております。ですから、メシヤ様の『浄霊で必ず治るが、体力が問題』というお言葉に照らして、医療を活用するということも時として必要になる場合もあります。当事者が未信者の場合は尚更のことです。

責任回避の手段としてといういい加減な意味や、自分の考えを通そうとする偏屈な姿勢を貫くという意味でもなく、最善を尽くすためには様々なものを活用するという意味です。これはインフオームドコンセントの精神にも通ずることです。そうした時に、やはり普段から知恵証覚をいただくための御教え拝読が必要になります。

浄霊の素晴らしさと共に御教え拝読の大切さを思い知らされる体験記を寄せていただいたのは、広島市の茶谷敏子さんです。お嫁さんの逆子に御守護をいただいた内容です。

(体験記紹介)

臨月を迎えたお嫁さんが逆子のために帝王切開の手術日まで決められた、ということはショックを隠せませんでした。急所を聞かれた時には、返答は慎重を期さねばなりません。

『子供の怪我などの原因は父親にある』という御教えに照らして考えてゆくと、逆子の原因は父親にある場合が多いのです。ですから、父親が浄霊を取り次ぐ必要があるのです。通常妊婦の浄霊の場合普段通りに前と後ろをさせていただきますが、二人分の血液をきれいにしなくてはならない腎臓を丁寧にさせていただくことが大切です。そして、前と後ろが終わったら、胎児に向かって浄霊をさせていただきます。

逆子の場合、父親が真摯に自らを省みつつ浄霊の取り次ぎに臨むことが大切です。茶谷さんの場合、息子さんがその意味するところを悟り、御守護に結びつきました。しかも臨月でしたので、大変な御守護でした。

茶谷さんご自身の怪我についても、メシヤ様の御心を求めるということが今年後半の課題でした。そこへ少しずつ近付いていることを感じさせる頼もしい内容です。

3.問題解決力

御神業というものを考えると、次に「問題解決力」を皆さんへ身につけていただく、ということが大切になります。鈴木さんの報告にもありましたが、「御教えに基づいた、現代の世相に照らし合わせた指導」「懇切丁寧な、具体的指導」ということがあります。

それを実践した姿を、氏村さんの報告に学ぶことができます。皆さんの日々の在り方の中にも大変参考になる内容ではないでしょうか。御教え拝読を30分させていただき、視力の向上が許されます。そのことだけではなく、お母さんも拝読に努めることにより、メシヤ様に関する話がより理解できるようになるのです。

メシヤ様は、御教えの中に時代を代表するような人物を取り上げて解説された項目があります。昨今話題を呼んでいる「シークレットサンタ」も、メシヤ様のご精神に照らして考えると、大変参考になるのではないかと思います。

今月のメシヤ講座でも触れましたし、テレビでの紹介やサイトを通してご承知の方もいると思いますが、少し引用します。アメリカでクリスマスになると、貧しく困っている人々に現金をプレゼントする男性がいて、彼はいつしか“シークレットサンタ”と呼ばれるようになった、というお話です。

1971年11月、23歳のラリー・スチュワートさんは会社が倒産し路頭に迷っていて、 あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って取り憑かれたように注文してしまいました。 そして、請求書を出されようやく我に返り、お金を持っていないことに気づいたのです。

なんとかその場を取り繕おうとポケットの中を探すフリをしながらも、警察に突き出されても仕方が無いと思っていた時に、一人の男性店員がラリーさんの横でしゃがんで、20ドル札が落ちていたと渡してくれたお陰で、彼は会計を済ませることができたそうです。

この人生最大の苦境に偶然手に入れた20ドルが、後に彼の運命を変える重大な鍵となります。 1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費にカンザスシティに移り住んだラリーさんは、警備関係の会社を起こして懸命に働きました。

結婚し子供も生まれ、幸せな生活を手に入れたかに見えたのですが、1977年12月に不況で会社が倒産しその日の食事代にも困るほど追いつめられてしまいました。

貧しさのせいで我を忘れ、銃を手に銀行に入り、強盗を働きそうになったそうですが、20ドル札を見てふと我に返り銀行強盗をすんでの所で思いとどまったといいます。 改心した彼は1978年、妻の兄からの援助を受けてセールスマンとして懸命に働いたそうです。しかし、彼はまたしても試練を与えられます。

1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、彼は解雇されてしまったのです。もう助けてもらうあてがないと途方に暮れていた時でした。 ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを注文しました。 店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりを彼に渡したそうです。

彼女が困っているのだと思い、おつりの中から20ドル札をプレゼントしてしまいました。 彼女は受け取れないと言ったそうですが、ラリーさんは『クリスマスプレゼントだ』と言って手渡したのです。この日はクリスマスだったからです。

女性は嬉しそうに礼を言いました。 その笑顔が彼を明るくし、彼は思いも寄らない行動をすることになります。 そのまま銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、白いオーバーオールに 赤い服とベレー帽という姿で町に繰り出しました。 そして困っているような人や貧しい人に20ドル札をクリスマスプレゼントとして手渡したのです。

シークレットサンタが誕生した瞬間でした。

20ドルは大金ではなかったが、困っている人々にとっては大きな助けとなり喜んで 受け取ってもらえました。 それがラリーさんの人生にも思わぬ影響を及ぼすことになります。

家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかった、と聞かれ、彼は落としてしまったと答えます。 すると妻は怒るどころか、仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね、と微笑むだけで文句を言わなかったといいます。

翌年の1980年、彼は友人と長距離電話の会社を設立し、懸命に働きました。 そして、その年のクリスマスにも道に立って人々に現金をプレゼントする活動を続けました。 しかも、その金額は少しずつ多くなってゆきました。

不思議なことにシークレットサンタとなって施しをすればするほど会社の業績が上がり、長年の切り詰めた生活から抜け出し家族のために家や新しい車を買えるまでになったのです。

彼の妻も町中でシークレットサンタの噂を耳にするようになりましたが、彼は家族にも言っていなかったのです。 彼はそれからも一年も休むことなくシークレットサンタの活動を続けたのですが、 9年目の1987年12月、ついに妻にシークレットサンタがラリーさんであることがわかってしまいました。

すまない、と謝る彼に妻は“素敵なことじゃない。これからはもっと節約してたくさんの人を助けられるように協力するわ”と答えたそうです。 以後、家族もラリーさんの活動を知って陰から支えることになりました。

名を明かさずに陰徳を積んでいましたが、昨年(2007年)シークレットサンタがついにカメラの前に現れ正体を明かしました。 正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、身近な人への思いやりを広げて欲しいというメッセージを送りたかったからだろうと、言われています。

その反響は大きく2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届き、大半は自分もシークレットサンタになりたいというものだったそうです。

今年(2008年)1月12日、ラリーさんは58歳で静かにこの世を去りました。 しかし、彼の笑顔と優しさは数えきれないほどの人の胸に永遠のサンタとして刻み込まれたことでしょう。生前彼は、シークレットサンタ協会を設立、会員資格は少なくとも1回他人への親切な行為を行うこと。 今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たないそうです

陰徳を積んでいたが、継承者を誕生させるために名前を公開したところがアメリカ人らしいところでしょうか。現在では20ドルは100ドルになっているとのことです。キリスト教の国で起きた、この中にある御守護というものは、実はイスラム教の中にある御守護と共通性があるのです。

断食の期間に、施しをすればそれを実行できなくても神から許されるという考え方です。これも、断食逃れが趣旨ではなく、マホメットの精神というものは施しの重要性を説いているのです。

また、施しというものは仏教にも共通していまして、施徳の最高位に浄霊を捉えているからこそ、仏教国タイで40万人を超す方々が浄霊に取り組んでいるのです。そうした関連性を見てゆくところに万教帰一の在り方が見えてくるのです。しかも浄霊があってこそ、それは実現するものであると確信できます。どうか浄霊の概念の広がりを意識してください。

こうした意味合いから、氏村さんが発表してくれた内容は、個人の御守護報告で終わらせるのではなく、普遍性を持たせたいのです。

4.社会情勢の見方

浄霊を既成概念でとらえるとただ単なる療法の域を出ない旨を度々お伝えしてきた理由もそこにあるのです。メシヤ様のご精神は恒久平和の世界建設に全て繋がってゆくところにあります。

御神業を考えさせていただく内容では、以上の二つの内容をトータルで考えた時に、「御神縁をいただかれた人が因縁使命を自覚することができ、メシヤ様の御神業にお使いいただけるように」という祈りになるのです。これが三点目です。

そして、それがメシヤ講座を続ける大きな意義でもあります。

今月各地で取り上げた、ノーベル賞授賞式で日本語で受賞理由が紹介された意義。東北大学をはじめとする研究グループが実験で確かめた「地球の生命に欠かせないアミノ酸などの有機物が、隕石が海に衝突する際の化学反応で簡単に合成できる」という内容等々。

多くの研究者の業績を称えると共に、人知の蓄積によって主神様の壮大な御経綸の一端が解明実証されている内容です。『宗教と科学の一致』の意味の深さを感ずると共に、大いなる時期を感じる人は多いのではないでしょうか。

その一方で、やはり現代の世情は暗くイメージさせるものが多く、私達の生活に暗い影を落としています。御神業に身を置くものとして、シッカリと見ておかねばならないことがあります。

先日ある総合商社の責任者から重大な問題を聞きました。それは事故米は大よその日本人の口に入っているというものです。報道された内容は氷山の一角でしかなく、大変な状況のようです。

これは農水省の責任ですが、もっと大きな見地から捉えなければならないもののようです。いま麻生総理の支持率が下降の一途を辿っていますが、マンガを読んでいる人物として期待していたのですが、残念です。それは表現力を身に着けておられるだろうという期待感からでした。しかし、その素養は逆に働いているようです。

もっとも、安部政権も重要な案件に取り組んでいたにもかかわらず、国民はそれを理解できませんでした。これは地方の時代と言われながらも、地方分権が進まないことと共通するところがあります。それは、新聞社なども本社が東京に一極集中していて、平易に言えばそれらに気に入られなければ総理にも成れない現状があると言われております。

また日本人の精神性を崩壊させる各種企みも囁かれてきました。時間の関係で飛びとびの話になりますが、卑近な例では、日本語には「サクサク」「とろける」など445語もの“触感表現”があるそうです。英語の77語、ドイツ語の105語などに比べても「触感に対する日本人の繊細さを反映している(食品総合研究所の調査・読売新聞)」と分析されているそうです。

深刻なことは、その豊かさが日本人から失われつつあるのが現状だということです。

5.平成21年の御神業

本日を迎える直前の世情は不況一色です。一方、ここへ向かう途中のガソリン代は3か月前のそれとは比べ物にならないほどの安価になっております。不可思議な現象が起こっていると、誰もが感ずるのではないでしょうか。

現在の経済危機は、「実体経済とは言えない」と指摘されてきた末の事象です。というのは、米英の投資銀行が引き起こした危機と言っても過言ではないからです。

メシヤ様は、投機的なものは本来の姿勢ではないと警告されていました。その御教えに照らして考えれば、破綻することが本来の到達点であり、神律に基づくものである、と言えます。神の名の下に行うことは、万民の幸せに繋がらねばなりません。一部の一握りの至福のためのものであってはならないのです。そういう意味では、現状は当然の帰結と言えるのです。

久しくグローバル化という美名が使われてきました。人、経済活動、文化などが国家の枠組みを超え、地球規模に広がることは素晴らしいことなのですが、根本の理念をたがえると生産性の向上や異文化の交流の増大の反面、投機資本による市場の混乱や局地的な失業者増大など負の側面も指摘されていました。

私達は『物を識る』という御教えに基づいて今後さらなる研鑚を重ねて、御神業を推進せねばならないと思います。

どうかそうしたことを心にお留めいただいて、本日より始まる御神業にお臨みいただけますように宜しくお願いいたします。(要旨・一部割愛)

≪体験記の全文―引用順≫

 

孫にいただいた御守護・1―「RSウィルスで瀕死の状態に」

北海道 北川とき子

この度、生後4か月の孫にいただきました奇蹟をメシヤ様に報告させていただきます。

嫁が孫を連れて実家へ帰っていた時のことです。11月22日の夕方から38度の熱が出始めました。

同24日の3日目も熱は下がらず、息子に電話が入り「救急病院へ連れて行って良いか」と尋ねるので、「いいよ」と答えたそうです。救急担当であった病院へ連れて行き診断を受けましたが、風邪なのか突発性なのか首をかしげ「この子の持っている自然治癒力を信じましょ」と言われ帰ったそうです。

26日にも熱が下がらず、扁桃腺も腫れていて5日間も喉を通らないため、小児科へ連れて行きました。すると、「RSウイルス」という聞いたこともない病原を言われました。乳幼児には治療法がなく「これから先のことは何とも言えない」と言われたそうです。

その日病院から帰って間もなくしたところ、泡を吹き出し「このままでは死んでしまう」と恐怖感に襲われたそうです。ちょうどその時、嫁の弟が帰って来て「どうした」と聞くので、RSウイルスのことを告げたそうです。

弟は「自分の友達も、子供を同じ病気で4か月で亡くしたぞ。すぐ札幌の専門医へ手配しなければ」と言われ、知人の紹介で24時間受け付けている病院を教えてもらいました。連絡を取リ事情を説明すると、「一度も診療したことがないので、今晩は小児科の担当医がいないので受け入れできません」との返事でした。

当惑していると、「ちょっとお待ちください。対応を調べてみます。」と言われ、救急センターに現在小児科医の医師がいることを教えていただきました。息子と連絡を取り、一刻でも早く孫に浄霊を取り次ぎたく考えて場所を決めて落ち合うことにしました。

孫の車に乗り込み孫を抱いた時は私の顔を黙って見ていました。急所は御教えから頭、首、肩と思い、すぐさま浄霊を取り次ぎました。手の力を抜き、メシヤ様に祈りました。前回楳木先生にお会いした時に、「メシヤ様に直結すれば、御光は絶大ですから」と言われていましたので、それを支えにお取り次ぎをしていましたら、10分位で孫がスーッと楽になったのをハッキリと感じました。

続けて背中に手をかざしていると、初めてやっと声を出し何時ものように手足をバタバタ動かしました。そして隣にいた兄と嫁を見て笑い声を上げました。その間2~30分だったと思います。

救急センターに到着して、混雑していましたので「RSウイルスです」と言いましたら、「感染の危険性があります」と言って直ちに対応していただきました。

不思議にも孫は落ち着きを取り戻して、呼吸も楽になっていたので「入院しなくても良い」との診察の結果でした。安堵して帰宅しましたら、オッパイも飲めるようになり、飲んでいる音が聞こえてきて非常に心地よかったものでした。

この子一人の危機に何人もの人が関り、時間と労力を費やしてくれて、加えてメシヤ様の下に引き寄せられて浄霊をいただき助かりました。車で向かう途中どのような結果になろうと受け入れられる自分、息子には、「メシヤ様の御光が“直結”と楳木先生から教えられているからね」と伝え、奇蹟をいただきました。

翌日は診断していただいた小児科の先生(RSウイルスと診断した最初の医師)からお電話をいただきました。「心配していました。容態はどうですか?」と尋ねてくださり、「オッパイを飲めるようになり元気になりました」と話しましたら、「ああ良かった!」と喜んでくれたと嫁が話してくれました。

嫁はパニック状態の中でも、子供を助ける一心で友人に病院を紹介してもらい病原を特定できました。また弟の話で事の重大さを認識し、素早い対応をしましたが、浄霊をいただくまでに5日間掛かりました。孫の生命力とメシヤ様のお計らい、随所に神様を感じました。

七日目にはすっかり元気になり、オッパイをグングン飲み、今までの分を取り戻すかのようにスヤスヤ寝ている姿にホッとしています。

御守護に感謝申し上げ、これからも御神業に日々お仕えいただけるように願って、御用奉仕に精進させていただきます。(本文に戻る)

 

孫にいただいた御守護・2―「臨月での逆子が正常に」

広島県 茶谷敏子

メシヤ様御降臨祭おめでとうございます。一年の感謝報告をさせていただきます。

数々の御守護を賜りましたが、その中で、4月に臨月を迎えた嫁から「逆子であるため帝王切開する日が決定した」と病院で言われことを聞きました。

生まれる日も生まれる時間も決められ、まして嫁の身体を傷つけることは、どうしても忍びがたく、すぐさま楳木先生に急所の指導をお聞きいたしました。メシヤ様に懸命に祈りながら御浄霊をするように息子に伝えました。

3日目、嫁が横になって休んでいる時にお腹の中から蹴られるような、胎児が暴れたような感じを受けたそうです。

翌々日病院へ検診に行くと、逆子は正常に戻っていたそうで、息子から喜びの電話を受け取りました。

すぐさま楳木先生へ御守護報告をさせていただきますと、何時もより大変大きなお声で「それは良かった!んっ!んっ!」と言ってくださいました。

その様子は、メシヤ様が満面に「良し」「良し」と言われている様に思わされました。

後で聞きますと、臨月になる前に戻らないと、戻る可能性はほとんどないと聞きました。息子夫婦も手術回避に大変喜び、御浄霊の有り難さ、素晴らしさを実感したようで、メシヤ様に深く深く感謝申し上げました。

そして、5月無事に自然分娩で待望の孫を授かることが許されました。

また、私は5月家の中で何故か足がもつれて自宅にて思いきり前転倒いたしました。息もできず、起き上がることもできませんでした。

翌日、左肩、手を動かすことができず、かなり熱を持っていました。胸部打撲をしていたせいか、歩くことも、呼吸することも苦しく、仕事を休む訳にもいかず、御神前で自己浄霊をしました。

すると、胸部と腹部にふあっとコルセットを覆われた気持ちがいたしました。御浄霊をしながら、深呼吸を恐る恐るしましたが、全く苦しくなく何度も深呼吸をしました。何度しても痛くなく、「神様、有難うございます。有難うございます。」と何度も言いながら、感謝申し上げました。

御浄霊を終わらせていただき、左肩手は動かせないままでしたが、胸部は何ら痛みもなく歩けるのです。

接骨院で左肩、手を三角巾でつり、固定させました。「完治には3週間はかかる」と言われ、ティシュさえも摘まめない状態でしたが、3日目には腫れも引き、肩をグルグル動かせるようになりました。

初日を知っている御客さんや家族も長引くと思っていただけに、大変驚いておりました。その時も、「どんなもんだ!神はここにあり!」とメシヤ様が満面に微笑まれている気がいたしました。

胸部腹部のコルセットのようなものを感じながら毎日御浄霊をいただきました。接骨院で言われましたが、恐らく肋骨が折れていたのではないでしょうか?その感覚はひと月余り感じていましたが、気がつくと自然と消えていました。

その他、日々神様から考えられないような奇蹟を家族共々いただき、身の程に余る御守護を賜り感謝に堪えません。

広島支部内においてもいただいている奇蹟の報告は、全て書き尽くせませんが、悲観的であった心や思いが変わり、前向きに生きる喜びをつかみ安心立命の境地に立った人、椎間板ヘルニア、痔、頭痛、腰痛、胃痛の完治などなど。また最近では、御神体を申し込んだ後、ある小売店さんから5年間未払いであった買掛金を支払いたいと申し出があった、と感謝報告を受けました。

禍と思っていたことが、実はこの上のない幸福の道であったという、神様の深い仕組みには驚くばかりです。

広島支部信徒一同、メシヤ様御降臨祭を心より感謝し、伏して御祝い申し上げます。有難うございました。(本文に戻る)

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