メシヤ講座・特選集no.96(平成21年1月分)

<メシヤ様対談記・5>

メシヤ様が教団内外の人々との間で執り行われた対談内容は、私達の御神業推進の方向を再確認させていただけるものです。数多くの対談記中から、「世界救世(メシヤ)教」開教後になされた内容を順次掲載いたします。

明主様(メシヤ様)夢声氏対談記(下)
(栄九十九号 昭和26年4月11日)

春季大祭四日目の二十一日、明主様(メシヤ様)は吉川英治氏原作、徳川夢声氏解説の「宮本武蔵、宝蔵院道場のくだり」を約一時間に渉って御熱心に御傾聴あそばされ、閉幕後奥様御同席にて直に夢声氏の希望により親しく御対談あそばされた、以下はその要旨である。(後半)

明主様(メシヤ様) 「確かにただの武芸者でなく、精神的に尊いものをもっていますね」

夢声氏 「えー、今私は週刊朝日で対談をやっていますが、第一回は徳川義親氏、二人目は女優の轟夕起子、三人目が長谷川伸、四人目が大野伴睦(ばんぼく)、五人目が大阪の旭堂南陵(きょくどうなんりょう)、六人目が照葉に会って昨日すまして来ましたが、次が植物学の牧野富太郎さんの番になってます、どうです一度おやりになりませんか、私の主義として、絶対相手を傷つけるようなことはしないつもりですが、私が介在してマイナスになるのでは、申訳ありませんからねえ」

明主様(メシヤ様) 「え、やりましょう・・・・・・あんたは曲者型ですよ」

夢声氏 「曲者型は恐れいります、それはそちらさんも・・・・・・」(笑)

明主様(メシヤ様) 「わたしゃそういう人が好きですね、何もない人は面白くない、何か一クセあると面白い、つまりバランスのとれた人間ですかね・・・・・・」

夢声氏 「そのバランスを説教するのですか?」(笑)

明主様(メシヤ様) 「それを説くのは難しいですね」

夢声氏 「お手伝いしますか?」(笑)

明主様(メシヤ様) 「徳川さんとは関係あるんですか?」

夢声氏 「いいえ関係ありません、だから週刊朝日の対談では新案両徳川としているんで、わたしが偽物になって了います、そう、わたしがニセになったのが一度あります、一昨年放送局で隠し芸会をやった時徳川さんがおはやしの笛を吹くことになって、三味線がないと面白くない、市丸ならいいだろうと云うことになったが、これが隠し芸大会で専門外のことをやらなきゃなんない、夢声の笛なら私の三味線の方がうまいと思ったんでしょう引受けちゃったんですが、さて当日、放送局で合ったのが徳川違い・・・・・・(笑)その時はわたしが偽ものになったんです。」

明主様(メシヤ様) 「夢声というのはどういう意味ですか」

夢声氏 「いいえ、私の本名は福原俊雄、先生が清水嶺山だったので福原嶺川という事にして、芝の第二福宝館に月給十円で出ていたが、どうにもならなくなって大阪へ出奔しましてね、日活では大変怒ったが赤坂の葵館に入ったのですがそこの支配人から福原嶺川ではまずいから一時便宜上偽名しろと云われて皆に相談しまして、まあ、楽屋とか事務所の連中が面白半分に、葵だから徳川とつけたり、声というのは当時、多かったので、徳川声とまではいったのですが、夢がなかなか見つからない、一時毒掃丸とつけられ様としましたが、しまいになって夢のような声だから夢声、徳川夢声はどうだろうと云うことになったので、わたしが付けた名前ではありません、それが却ってよかったんですね」

明主様(メシヤ様) 「そうですね、わたしのこともお光様なんて云いますが、これはわたしが付けたのでもなんでもないんです、新聞屋がつけたので確か静岡新聞だったか・・・・・・」

夢声氏 「その方が通りがいいですよ」

明主様(メシヤ様) 「又、うまく合ってますよ」

夢声氏 「フランスの印象派なども、自分から付けたのではないんですね、(ただ事物をそのまま写すのでなくて、一度頭の中で印象を描いて筆にするのが、本当の画だという主張ですから)猫の印象とか、太陽の印象とか、やたらに何々の印象々々という画題をつけたんですね、それを新聞か何かが印象派と書いたもので、しまいに自分でも印象派だと思うようになったのですね」

明主様(メシヤ様) 「それが一番自然でいいですよ、一つは感じだから・・・・・・」

夢声氏 「わたしは、科学でも少し進歩したら、霊というようなことも測定出来るのではないかと、思っていますが?」

明主様(メシヤ様) 「それは、出来ます」

夢声氏 「何か、放射能がガイガー氏放射能測定のように・・・・・・」

明主様(メシヤ様) 「つまり、機械で測定出来るようになりますよ、その論文を、今書いていますが、現在の原子科学は中間子理論で行詰っているんだそうです、これも湯川さんが中間子を予想してたまたま宇宙線の写真の中に発見されて、確證されたんですが、これをもっと突進めると機械では測定出来ません、ズーと先へ行くと神に到達します、やがては科学の進歩によって実證されるでしょうが、現在ではこの中間子の極点と神との間が空白になっているんですが、そこまで科学者の頭が行っていないので分らぬのです、わたしはこれを科学的に説明して、理論神霊学と名付けてますが、これを読めば分らないはずはない、実験的神霊学としても、こうやると(御手を翳される)直ぐ病気がよくなる、盲腸炎なども実によく治る、これが実験神霊学です」

夢声氏 「そうですね、電気技師が感電死する時など指からパッと放電しますね、目をつぶって、こうやると(指を眼元に近づける)感じが分ります、わたしは腹が痛い時など、手を腹に当てていると暫くする内に治ることがよくあるんですが確に手から大変ないいものが出ています。霊気といいますかね」

奥様 「手当と云いますからね」

明主様(メシヤ様) 「これを説くのは仲々むづかしい事です」

夢声氏 「どうも、有難う御座居ました」

≪挨拶≫
更なる決心

メシヤ教代表 楳木和麿

1.御神意を求めて

年明けと共に、世界救世(きゅうせい)教の「大経綸」を目にし驚愕させられました。と言うのも、文科省の指導で平成22年までに三派に分かれている被包括法人が一つになる取り組みを続けていたのですが、それを先送りすると報じているのです。一つにはなれないということは、それぞれの所属信者さん方の大よその予想通りですので驚きもしません。驚かされたのは先送りではなく、広報の仕方です。

「法人格(被包括三法人)の返上を平成二十二年三月に行うことに、こだわらないこととした。」という言い回しなどは、信仰の世界にいる者の表現ではなく、責任逃れをする時にもっともらしく使う手法です。そして、最も恐ろしいことは、問題を起こした張本人は責任逃れをし、その責任を四代教主様お一方に負わせ、今後の課題はそれぞれの信者の責任にしている点です。

本年一月一日付の「教主様お言葉」が如実にそれを現わしています。

「お約束を果たすことが出来なくなった根本原因は、この分け隔てをつくっている私自身の想念の持ち方にあったと申し上げざるを得ません。」と述べられると共に、「私どもが一つの教団を願う以上、皆様が、どの教団に所属されようとも、お互いに明主様の信徒として一つである、という意識を育てゆくことが最も大切なことであり、そのためには、信徒の皆様の交流が不可欠ではないかと思います。」と述べられています。

今回の責任と課題を集約して述べられている箇所を目にすると、それぞれの教団代表者の体質は変わっていない、と言わざるを得ません。このことから、本々の問題惹起の原因が整理されていない印象を更に深めます。

そもそも、当時の教団に改革の必要性があったにせよ、時の代表者に対して策謀によって「金銭疑惑」騒動を惹起させるなどは信仰者のすることではありません。人を引き摺り下ろす手法は『夜の時代』到来の神話に類似するところがあります。

主之光教団の前身である「教団護持委員会」は、信仰者にあるまじき行為に対して異議を申し立てたのでした。しかし、未だにその経緯は共同認識にはなっておりません。

信者に向かっては教団浄化の御神意を求めるように迫っても、教団上層部にはその姿勢が欠落していることを示しています。当事者に御神意を求める取り組みを重ねるように強く求めると共に、「世界救世(メシヤ)教」復興事業を今以上に大々的に展開せねばと決心させられました。

2.教団の課題が明確になる

そこで、私が関ったことを通して教団の課題を整理しておきます。私は、主之光教団の前身である「教団護持委員会」を支持して、教団改革に参画したことがあります。その際、「どうして内紛、分裂を繰り返すのか」が大命題となってゆきました。

教団護持委員会の発足当時は、6億円疑惑を掛けられた中村力総長(昭和59年当時)の側近者(ほんの一握りの職員)と高知、愛媛両県の信者で構成していました。弱小集団であったために、自らの取り組みがメシヤ様の御心に適っているのかということを問い掛けつつ、御教えに進むべき道を求め続けなければ、信仰者としての取り組みはできませんでした。当たり前の話ではありますが、そうせざるを得ない事態が続いたのです。

その一つが「おひかり」のご下附に関することです。「体制側に異を唱えるならばご下附をしない」という対策です。本来人を救うために存在するものを、対策の手段に利用するというもので、これは過去の離脱教団へも対処した内容ですが、当初は大変不安にさせられる事柄でした。

次には、箱根・祖霊舎(当時)への祖霊祭祀を受け付けないという手段です。「皆さんのご先祖が悲しむ」という、脅しとも言える文言で対策が講じられました。当時は、未信者の方でも申し込むことができるようになっていましたので、大変疑問の生じることなのですが、こちらも不安にさせられる内容でした。

しかし、これは信者さんをお世話させていただく上で不安にさせられる内容であって、信仰を継続する上で不安にさせられる内容ではないことにやがて気付いてゆきます。それは、「おひかり」と祖霊祭祀について、御教えに照らして根本的に考えさせられる機会となったからです。

「おひかり」については、小学生の頃貴重な体験を重ねました。浄霊による奇蹟は4歳時に救われて以来途切れることなく日常茶飯事的に起きていましたが、掌から御光の出る様子はこの頃知らされたのです。以前にもお話したことがありますが、叔母が御光を拝することができるようになったことからでした。

普段人の掌からは白っぽい光のようなものが出ているが、「明主様(当時・現在はメシヤ様)、浄霊をさせていただきます」と祈ると、瞬時に金色に変わって力強く放射される、というものでした。様々に実験を繰り返しましたが、百発百中でした。そこで重く感じたことは、「メシヤ様への祈りこそが浄霊には欠かせないことである」ということでした。

「おひかり」を首へ掛け忘れても浄霊ができたことを誰もが体験していたことと併せ考えると、「おひかり」の必要性に疑問符が芽生えた瞬間でした。

こうした疑問符は、教団紛争の実弾的材料に利用されたことを通して決定的なものになりました。そもそもメシヤ様以外で初めて浄霊を取り次ぐことができた人は、メシヤ様の『許す』というお言葉によってできたのでした。そこには「おひかり」というものは介在していません。それらのことから、メシヤ様の『これからは想念の世界で、私に対する想念が根本だからお守り(おひかり)は要らない』というお言葉に出会って、そのまま受け入れることのできた理由です。

『お守り(おひかり)は要らない』というお言葉に対して、当時の理事長が“お守り(おひかり)を下附しなくなった場合の布教に与える悪影響”をさらにご説明申し上げることにより、『それなら印刷しなさい』と御方針の変更をされた旨の話を聞いています。

つまり布教上の理由、組織論でメシヤ様に対して説明を執り行ったということであり、その時点において「教団の課題」が発生したことになります。大変重要な問題が浮き彫りにされました。

3.御教えは『神の言葉』という認識

祖霊祭祀については、そもそもメシヤ様のなされたことではなく、必要性すら疑わしくなりました。そのため、「教団護持委員会」発足当時の各種検討段階では、主之光教団の牧野日出男前会長や仲泊弘現理事長と祖霊祭祀の廃止を合意したのです。現場の実情と御教えを踏まえての結論でした。

これは御教えの取り扱いの問題と併せて考えさせられたことです。

私は、中学生時に御教え拝読により色弱の解決を許され、御教えの絶対性を体得させていただきました。

また、救世専門学院(当時)で入学当初配布された“お蔵入り状態”の御教えは、僅かの期間で回収されたことがあり、教団での御教えの取り扱いに対する疑問を内包していた私は、「教団護持委員会」での活動中に全論文、問答形式御教え、詩歌集の全てを目にすることができました。

幸いなことに、活動範囲の拡充に伴い、中村力総長(当時)のご配慮から、教学委員会(当時)がまとめた「論文集(定稿・未定稿)」を手に入れることが許されました。また、総長室に保管されていた「教団として整えるべき課題」に関わる御教え(神観、教祖観に始まり祭服の色に関わるものまで、分類してまとめられたもの)を持つことを許されました。

一方、参謀格であった牧野事務局長(当時・主之光教団前会長)から、教団浄化の背景(教団内外で関わった全ての人物の相関関係など)をつぶさに聞き、根の深さと複雑さを知るに至りました。同時に、故人となられた長村信博常任理事(当時)から教団内外で尽力された方々について詳細に渉って聞き及びました。

当時若輩であった自分に何故このような情報が集まるか不思議ではありましたが、幼少期からの大命題に関する解答をメシヤ様からいただいたように受け止めたのでした。

と言いますのは、 私は4歳時に医者から見放されたところを浄霊により救われ、中学生時に御教え拝読により色弱の解決を許され、浄霊と御教えの絶対性を体得させていただきました。この二点は、私自身がこの上なくメシヤ様の恩恵にあずかってきたことを意味します。感謝申し上げることは勿論ですが、「可能な限り多くの方々とメシヤ様の恩恵を分かち合う」という大命題が肩にのしかかってきたことも事実です。

何故なら、『救われた命を私事へ使用してはならない』というメシヤ様のお言葉が存在するからです。

救われた後の長年月は、各宗教が果たしてきた役割と救済法を知る期間であったように思います。そしてその期間を通して、浄霊観は絶大なる拡がりを見て、万教帰一の根幹となる考え方を身につけることができました。

また、人々の幸不幸の現実を直視すると共に、その解決に奔走しましたが、自らの人生では道を踏み誤ったり、壁にぶつかったりいたしました。汗顔の至りではありますが、その中で体験的に御教えが真理であり『神の言葉』であるという思いに至ったのです。

その認識で各地に赴任し、あるいは対策に奔走する中で直面したことは、御教えの拝読よりも教団幹部の指導が上位に位置している実態でした。それが最たる改革内容となってまいりました。

幹部の話の中には『神の言葉』ということが登場しますが、上滑り状態でした。認識度の希薄さが教団の課題として次に明確となったことでした。

4.「世界救世(メシヤ)教 教義」を起点に

検討中の御教えを手にして最も感ずることは、起点の問題です。御教え拝読が行き届いている方で初めてメシヤ講座に参加する人の中で良く出る質問がありますので、その内容を引き合いにして問題提起します。

「信仰読本に掲載されている『世界救世(メシヤ)教 教義』は『岡田茂吉全集』に収録されているものと違う箇所がありますが、改竄(かいざん)では・・・」という質問です。

まず最初に解っていただきたいのは、「世界救世教 教義」の読み方です。「せかいきゅうせいきょう きょうぎ」と読ませることこそが、根本的な改竄(かいざん)なのです。

また、論文集には教義の続編への試みをなされていたことを示す内容がかなり存在します。それらは、メシヤ様が『まとめるのは君達だ』とする具体論であり、信仰形態を整える作業であると拝察することができます。

それ故に、『教主岡田自観師』という表記を用いているのでしょうが、昭和25年からは『明位』を御使用になられたので、その時点で『教主岡田明位師』と変更せねばなりません。そうしたことを踏まえると、時代が推移する中で普遍性を持たせるためには『岡田茂吉教祖』とするのが相応しいという考えに達したのです。

しかも根本問題である『主の大神』の表記は、明らかに印刷ミスであると断定せずにはおれません。何故なら、『神格の最上位の御神名には“御”を入れねばならない』と御教えくださっているからです。

メシヤ様は『世界救世(メシヤ)教 教義』で、主神様の御神名を初めて明らかにされたのです。それ故に、この御教えを起点にして、『指導者は私だ。まとめるのは君達だ』というメシヤ様のお言葉に沿って、教義を整えてゆかねばなりません。

濵口博幸さんの報告にありますように、御教えをひたすらに探求された先達もいらっしゃいました。そして、ほぼ神観を整えた方もいらっしゃいました。そうしたチャレンジに報いるような取り組みが必要であります。また、市川妙子さんの報告のように「信仰読本」に沿って神観を明確にする取り組みにより、直に「主神様とメシヤ様のご関係」を見せていただけることもあります。大変幸せであると共に、学びを共有するための御神慮でもあります。更に、「おひかり」を掛けなくとも、メシヤ様に太く繋がることにより鮮やかな奇蹟を許されていることは、正道の証であります。

勿論、どの教団に帰属していようとも、「おひかり」を掛けようとも掛けなくとも、メシヤ様を真っ直ぐ求めている方には奇蹟が相次いでいます。そのことから言えることは、メシヤ様に直に太く繋がることこそ、喫緊で最重要事であるということです。

最後に御力の根本である『メシヤ様』という尊唱ですが、『救世の大任』を『救世主(メシヤ)の大任』としたのは、本来の表現であり、「世界救世(メシヤ)教」を開教した根源であるからです。

『メシヤ様』という尊唱を『明主様』に戻す時期もあった由ですが、昭和30年(1955年)3月3日に『メシヤ降誕本祝典』を執り行う予定が確定されていました。それが実現されなかったことは無念なことですが、そのことこそ内紛、分裂の根本原因と言わざるを得ません。

冒頭取り上げた「大経綸」では「明主様の御神格を明確にし…」と唱っているものの、曖昧な表現と取り組みのままです。それこそが「問題惹起の原因が整理されていない」と指摘した内容なのです。“真の一元化”と言うからには、もっと幅広く高い視座で考察せねばなりません。

5.御神業の目的、根源

また体質が変わらないでいますと、教団内外の方々への約束事があり、それを軽く見ていると、今後どのような事態が起こるかが懸念されるところです。それ故に、メシヤ様と御神縁を結ばれた人々へ本来の信仰の在り方をお伝えする働き掛けを積極的に素早くせねばならない、と決心した次第です。

昭和29年2月4日の立春祭から7日までの四日間、『人間が神を押し込めた事』に関わる御講話があり、次のような問答があったことを先達から聞き及んでいます。

質問 「罪の根源は神を押し込めたことでしょうか、薬を呑んだことでしょうか」

メシヤ様 『勿論神を押し込めたことが罪の根源です。薬毒というものは浄霊をすれば取れるものです。みんな神を押し込めた罪がある。教団も幹部ほどその罪は重い。私を世に出してその罪は消える。要するに私というものが分かれば良い。しかし私は化けているからな』

質問 「それは明主様(メシヤ様)の御神格を判らせて頂く事でしょうか」

メシヤ様 『そうではない、一人でも多くの信者をつくる事だ』

短い問答の中に御神業の目的、根源とすべきことが明確に語られています。しかも『私は化けているからな』というところが、大きな課題と言えます。メシヤ様の御名を唱えていただく絶対力がその答えであると拝察されます。

最近、節分祭を執り行わない教団が増えている由ですが、この問答を拝読すると、各教団で起きている浄化と深い関わりがあるようです。

一月に、「節分祭」と「立春祭」を執り行う在り方について周知した所以です。そして、御神業の目的、根源は示された通りですので、可能性を縮小されてきた今日までの在り方を転変して、御神業を力強く推進していただければ幸甚です。(要旨・各地でお話した内容をまとめたものです。)

≪報告・Ⅰ≫
新しい年を迎えて御神業に向かう姿勢を明確にする

三重支部 濵口博幸

今年の新年は、大海原を覆った雲を突き破り太陽の光が光柱となって天に届くという、何とも荘厳な太平洋に昇る初日の出を拝することができました。

これから始まる今年の御神業に気持ちを新たに取り組まなければならない、と身の引き締まる思いがいたしました。「メシヤ講座・三重」のトップページに掲載させていただいたのがその初日の出でございます。

さて、年明け早々現世界救世(きゅうせい)教の動きを耳にし、その内容に驚きを隠せませんでした。そして、自分が今まで研鑽してきた内容を振り返り御神業に臨む姿勢を整理をすべき必要があると感じました。

私は、以前の教団に在籍していたころより、何事もメシヤ様の御教えを元に解釈していかねばならないと思っていました。それは縁あって、御教えに造詣が深い先達の元で学ばせていただけたことが深く影響しております。

重要な学びを改めて振り返ってみますと、

○御教えは神様のお言葉である。したがってメシヤ様のお言葉を信仰の規準とすべきこと。

○御教えの研鑽によって私たちすべての信仰の統一が保たれること。

○メシヤ様は主神様(天地創造の神様)の代行者であられ神様として最高の位をお持ちになられていること。

○メシヤ様のことが分かれば力をいただけること。

○浄霊は魂を浄めて命を助け救いへの入り口となること。

○メシヤ様は神様であったが人性もお持ちであられたこと。

などがあげられます。

私が研鑽させていただいた内容を土台にし当時のグループの人たちと「御教え勉強会」を平成十四年から十五年にかけて毎月行いました。勉強会をする中で感じたことは、皆が「浄霊の急所」について貪欲に知識を求めておられること、「癒しの浄霊」を求めておられるということでした。

この頃の勉強会を顧みますと、当時はせっかく御教えを学んでもなかなか「真理を生活に取り入れて実践する。」という具体的な方策を示せず、御教えの研鑽に偏りすぎてしまい、現実に世の中に起こっている出来事、身の回りの問題を疎かにしていたのではないか?と反省しております。

楳木先生より、「御教え拝読は、真理を学ぶ、ということであるが、最大の願いは学んだ真理を生活に取り入れて実践し、幸福になっていく、ということである。何故なら『生きている人間を幸せにしなければ何にもならない』とメシヤ様は断言されているからである。『信仰即生活』という観点から御教えというものを拝読する場合、その内容を全て自分に置き換えてゆく、ということがもっとも大切な作業である。」【メシヤ講座より抜粋】と教わりました。メシヤ講座ではその具体的作業を皆で学びあえるのです。これこそ私たちが求めていたことではないでしょうか。

慰霊(祖霊祭祀)について

私がメシヤ講座で学んで最初に取り組んだのが仏壇とお位牌を整えることでした。

当時我が家には仏壇はなく、「みたまや様」をお祀りしていました。「みたまや様」には御霊璽(ごれいじ=仏教でいうお位牌)がありますが、そこには「○○家遠津(とおつ)御祖(みおや)神」「○○家代々(よよの)(おや)(たち)神霊(のみたま)」「○○家親族(うから)家族(やから)神霊(のみたま)」と記されています。

平成十二年に父が亡くなっており「みたまや様にお祀りいたしましたが、御教えでは『面識のない先祖は先祖代々之霊の中へ入れていい。面識のある人のは位牌を作って祀る。』とあります。すると父の霊はかかる御霊璽がないわけです。「○○家親族(うから)家族(やから)神霊(のみたま)」の御霊璽にかかれるのです、とは聞いてはいましたが、気になっておりましたので、楳木先生に御伺いしたところ、「みたまや様でお祀りするなら、お父様の御霊璽を拵えた方が良いですよ。」とお教え下さいました。しかしそのようにさせていただくにはあまりにも「みたまや様」の御霊舎は小さいのです。

楳木先生にご指導いただいた慰霊についての内容は、要旨は同じですのでメシヤ講座より紹介いたしますと、『絶対的救済力の言霊である善言讃詞を、神様から力をいただいて奏上する祭事が家庭慰霊祭です。真心を込めることを表現する一つに、自分達でお供え物を準備するということがあります。準備に誠を込めれば込めるほど時間がかかります。面倒臭がる人がいる中で、滞りなくできるようにお世話することは大変な手間がかかります。「祭祀料を納めれば本部で慰霊祭をしてくれる」というお世話は楽です。私は「救霊」を心掛けていくことが宗教の使命の一つだと思います。それから「慰霊祭」というのも人任せにせぬ方が良いですね。それぞれの宗教で、慰霊祭の斎行方法を知り得たならば、自分の霊性を高めつつ真心を込めて自分で取り組んでいくことも大切です。』ということです。

私たちは、かつて本部へ私たち夫婦それぞれの御先祖の「慰霊祭」を毎月、七、八年近くお願いしておりました。そして、家庭でも毎月家庭慰霊祭を執り行っていました。「御先祖様は自分の子孫が心を込めて慰霊を行うのを一番喜ばれる。」というお話から、自分達で真心をこめて慰霊祭を行えば毎月本部へお願いしなくても良かったのだと思いました。

そして、面識のある御先祖様をお祀りし慰霊を行うため、またメシヤ様に御縁のなかった古い御先祖様も迷わないように先祖代々の宗派と戒名を調べ仏壇とお位牌を整えさせていただきました。

また、毎朝夕拝に参拝される喜多さんは、仏法に興味を持ち勉強された方で、仏壇を拵えたいが前の教団の時は「みたまや様」であり、御神体を奉斎していないと御祀りできなかったので悩んでおられたそうです。そのような時に我家の仏壇を見てすぐに決心され、仏壇とお位牌を整えられました。更に、もうお一方(ひとかた)もお位牌を整えられました。「信仰の共時性」と楳木先生より教えていただきましたが、自分が先に経験し学んだことを「この人にこのことをお伝えできるようにとのメシヤ様のお計らいだったのだ。」と思わせていただきました。

言葉を練る

今までも「言霊」については御教えを学んで来ました。たとえば、『よく病気の苦痛はもちろん、諸々の苦痛に対して、祝詞または善言讃詞によって、偉効を奏することがある。これこそ言霊(ことたま)の偉力であって、善言讃詞を奏上するや、その周囲の霊界は大いに浄まるのである。特に今一つの重要事がある。それは言霊を発する人間の霊の清濁が大いに関係がある。すなわち、魂の清い者程、言霊の偉力は発揮されるのである。したがって、信者は常に魂を磨き、言霊を練り、上魂の人間たることを心掛けねばならぬ。「言霊の偉力」(昭和二十五年)』の御教えで、私は「善言讃詞」の言霊(ことたま)の偉力ばかり意識しておりましたが、メシヤ講座では、私たちが日常使う言葉についても言霊を練って話をすることに心がけること。

また、「主之大御神守り給へ、幸倍賜へ」と唱えていくと、霊界が整えられていくこと。「メシヤ様」と正しい御神格でおよび申し上げることでお力がいただけること。練り上げられた言霊が天津祝詞であり善言讃詞であること。言霊を大切にし家庭の霊層界を整えていくこと。などをご教導いただきました。

万教帰一

世界救世(メシヤ)教の誕生について『開教の辞(昭和二十四年二月四日)』で、メシヤ様より『地上天国こそ最後の目標であり、大規模な世界的破壊と創造に際し一人でも多く滅ぶるものをお救いになられるために神様の代行者として救世の大業を行われるのがメシヤ様でありその使命達成の機関が本教である。そして、どうしても全人類を救わねばならず、その救いは世界的に拡充する必要がある。したがって救いの力も決定的でなければならない。・・』(要旨)と御教え賜りました。

どうしても全人類を救わねばならず、その使命達成の機関として行動するのがメシヤ様を仰ぐ教団なのですから、心あるすべての人たちが、今この激動の時期に際し、一部の幹部の人の意見を鵜呑みにすることなく、 自分達で情報を収集し何よりもメシヤ様の御教えを信仰の規準として万教帰一とは何かを一人ひとりが考え行動することを切に願います。

今まで学びを重ねてきて私なりに考えてみますと、『表現し奉る言辞もなく、文字もなく、ただ無限絶対の力徳の中心であり、一切の根源であると申すよりほかはないのである。(昭和二四年一月二十五日)【宗教と科学】』と、メシヤ様は主神様をすべての存在の根元とおっしゃっておられます。

そして、この原稿を草稿している際に改めて拝読した御教えに大変感銘を受けました。「地上天国祭」の始まりともなった箱根神仙郷の雛型完成の際に、メシヤ様は次のように御講話されているのです。

『見らるる通り地上天国の、大体箱根の模型はできたわけなんです。特にあの通り美術館も思い通りできたので、私は非常に満足しているわけです。大体メシヤ教というものは、地上天国を造るという意味で、最初の―つまり地上天国の模型を造るんです。で、世界の経綸は、すなわち神様の御経綸というものはおもしろいもので、ちょうど果物の種のようなものでして、まあ梅なり桃なりが、実そのものは世界なんですが、種がつまり中心になるわけです。中心ということは、今はっきり言うことはできませんが、種の中心にまた種の元があるんです。そういう具合でして、そうして世界をいろいろするには、一番小さい種が変わるんです。そうすると、ちょうど池に石をほおり込んだようなもので波紋を起します。そういうようなもので、世界を天国にするには、ごく中心の中心の小さい―そこをいろいろに変えるんです。いろいろ変えるというのは、天国を造るんです。で、天国を造るその本尊様がつまり私なんです。ですから私というものは、世界のごく中心なんです。その中心というものはポチ(ヽ)なんです。で、丸(○)にチョン(ヽ)ですね。これが宇宙の形なんです。丸(○)が宇宙でして、チョン(ヽ)が肝腎なのであります。それが私の救いの仕事になるわけなんです。それは非常に神秘ですから、精しく話するとおもしろいんですが、まだ時期がそこまで行っていませんから、時期を待っているのです。なかなか、神様のことは深いんです。そこで地上天国を造るということは、それがちょうど石を投げて波紋を起すように、だんだん広がって行って世界が天国になるということになるんです。ですから、小さくても―単にこれだけのものでいても、これが非常に大きな意味になるんです。(以下略)』(昭和二十七年六月十六日)【神仙郷完成兼美術館開館記念祝賀式典御講話『御教え集』11号・昭和27(1952)715日発行】

昭和27年というご晩年のそれも神仙郷完成の時の御講話だけにより深く受け止めさせていただきたいと思います。天国を造る本尊様がメシヤ様で、○が宇宙でチョン(ヽ)がメシヤ様の救いの仕事である・・・極小さな教団メシヤ教がメシヤ様の救いの仕事を進めている。いずれ世界大の大きな波紋となっていくのでは・・やはり素晴らしい御神体を私たちはいただくことを許されたのであると思います。

また、メシヤ講座で紹介のあった岸本英夫著「宗教学」には、一神教の神観について「神は宇宙の一切を無から創り出した創造者である。(略)神は人間が直接には見ることも触れることもできない超絶対的存在である。神は時間を超え空間を超えた超絶者である。」と書かれていますので、神観には共通するものがあります。

「メシヤ様御降臨祭」で楳木先生より「施徳の最高位に浄霊を捉えていくならば万教帰一の在り方が見えてくる。浄霊があってこそ、それは実現するものである。浄霊の概念の広がりを意識しましょう。」と学ばせていただきました。

浄霊を特定の教団の宗教行為に留めることなく、あらゆる人々がそれぞれの宗教、それぞれの生活の場で施徳の最高位と受け止め実践する。そして、一切の根源の主神様に心を一つにして真向かう姿勢ができた時に万教帰一が実現するのではないかと思わせていただきました。

それでは、具体的にはと申しますと、私たち一人ひとりが、メシヤ様のご精神を学びお伝えしていく。御縁をいただいた方が「メシヤ様とより太く繋がらせていただけるように精一杯お世話させていただく」こと以外ないと思います。

今年は新たな取り組みとして「ミニ・メシヤ講座」を出来る限り開催したいと思っております。これは御教えを学んでいただく機会を少しでも増やしたい、「メシヤ講座・三重」の学びを再確認し、また疑問点を洗い出す場を設けたい、との思いからです。

幸いなことに昨年十月十日に開設したホームページ「メシヤ講座・三重」には、毎月の三重での学びをアップさせて頂くことができております。ネットを通じてたくさんの方々と学びを共有することができれば、嬉しく思います。

これも、私に与えられた使命と自覚し今後も発信し続けたいと思いますので、皆様どうぞよろしくお願い申し上げます。

≪報告・Ⅱ≫
願いをお聞きくださる神様の御姿を拝する

札幌支部 市川妙子

昨年2月26日、定山渓の「岩戸観音堂(メシヤ様御神筆の伊都能売観音様ご奉斎)」へ参拝に行った時に、メシヤ教の北川とき子さんに初めてお会いしました。

毎月26日に集まられていることを知り、同席させていただくことになりました。と言うのは、それまで信仰していた斎場へは仕事の都合で行けなくなったので、近場ではあるし「観音様だから・・・」という軽い気持ちでした。

毎月お会いしている内に、様々な興味あるお話をお聞きしました。そして、メシヤ教の書籍「浄霊」を紹介していただきました。北川さんへお会いする度に不思議なことが重なり、5月2日、メシヤ教に入会させていただきました。

以後自己浄霊のすごさを体験しつつ今日を迎えております。

顧みれば、チョットでも体調の悪い時にはすぐに薬に頼っていましたが、今では大違いです。また、御教え拝読はこれまでの信仰や学習では知り得なかったことを知ることができ「いかに知らない事が多いいことか」と思い知らされました。しかも、拝読するごとに深みを感じます。

そして、年末に何とも言いようのない体験をさせていただきました。

昨年12月10日に札幌支部へ参拝させていただいた時に不思議な体験をさせていただいたのです。夕拝の時に善言讃詞を奏上させていただいていると、メシヤ様のお額そのものが金色に輝き始め下の方へ降りて来て御神体の御文字のすぐ下まで移動して、消えると共に御神体の御文字が金色になり三方へ飛び出して見えました。

「えっ?」と、自分の目を疑いました。

不思議な光景でしたので、夕拝後に北川さんへ話しました。北川さんは信仰読本の「主之大御神様には、ただひたすらに全宇宙の経綸に対する感謝と真善美完き恒久平和の理想世界実現の祈りをさせていただき、具体的な祈りをメシヤ様に捧げさせていただく」というところを示され、「何時もそうして私達の祈りをお聞きくださるのだね」と言ってくださり、二人で感動して涙になりました。

このことを楳木先生に北川さんが報告すると、「すぐに原稿を書くように」と言われたそうで、ありのままを飾らずに書かせていただきました。

それから、亡くなった父の夢を見まして「幸せ者だ」とニコニコしながら話してくれたのです。これは私にとってこの上ない慶び事です。昨年7月に先祖の位牌を設けて遷霊式を北川さんに執り行っていただきました。それからは、新たな気持ちで慰霊の道を歩ませていただいております。

前の信仰では具体的なことをせずに、祈祷や慰霊をお願いしてきました。せっかく子孫のところへ先祖が出向いても位牌がなくては留まるところがない、とお聞きしました。仏壇と位牌を整えたので、安心して私のところへ出向くことができるようになって、さぞかし父が喜んでくれていると思えて心穏やかな生活をさせていただいております。

ありがとうございました。

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