メシヤ講座・特選集no.97(平成21年2月分)

<メシヤ様対談記・6>

メシヤ様が教団内外の人々との間で執り行われた対談内容は、私達の御神業推進の方向を再確認させていただけるものです。数多くの対談記中から、「世界救世(メシヤ)教」開教後になされた内容を順次掲載いたします。

明主様(メシヤ様)とブレーデン博士
(栄百六十四号 昭和27年7月9日)

六月十五日夜強羅ホテルにて御対談

世界の宗教事情を研究するため、今回日本を訪づれた米国イリノイ州ノースウェスタン大学の宗教史及宗教文献学教授のブレーデン博士は、恰(あたか)もわが世界救世(メシヤ)教の箱根強羅に於ける地上天国模型完成祝典日に当る去る六月十五日、奇しくもわが明主様(メシヤ様)と強羅ホテルに於て親しく対談されたのであった。以下その御対談の顛末(てんまつ)である。

ブ博士 私は日本に来て色々の宗教を視察し、新しい宗教が非常に活気ある働きをしていることを感じました。アメリカに於ても現在新しい宗教が盛んに活動しています・・・私は宗教視察のため日本に参りましたので、少し御意見を拝聴したいのですが、如何でしょう。

明主様(メシヤ様) 結構です。何でもきいて下さい。

ブ博士 第二次世界大戦が宗教に及ぼした影響についてお話し下さい。

明主様(メシヤ様) 善悪両面の影響をうけましたが、悪い影響は一時的で、善い方の影響は永久的ですから結局プラスだと思います。

ブ博士 特に貴方の宗教にはどんな影響がありましたか。

明主様(メシヤ様) 終戦までは非常な弾圧をうけたのですが、終戦後は信教の自由が認められて大変やりよくなりました。

ブ博士 現在どの位の信者がありますか。

明主様(メシヤ様) 実際に活躍しておる信者は三、四十万位でしょう。

ブ博士 終戦前はどの位でしたか。

明主様(メシヤ様) 数百人位でした。殆んどが終戦後の信者です。

ブ博士 戦後どうしてそんなに急激にふえたのですか。

明主様(メシヤ様) 夫(それ)は戦後の混乱せる人心に最も強く光明を与えたためで、就中(なかんずく)医薬によらずして病気が治るという・・・・・・この奇蹟が最大の原因だと見てよいと思います。

ブ博士 その奇蹟について説明して下さい。

明主様(メシヤ様) 病気の原因は唯一つで、それは霊の曇りです。肉体に現れる病状はいろいろですが、原因は何れも一つですから霊を浄める事によって癒やされます。しかし此事は、唯物知識に培われた人々には容易に理解しがたいでしょう。丁度大学の講義を小学生にきかすようなものです。いろいろ私の方で出しておる出版物がありますからよく読んでいただきたい。

ブ博士 メシヤについて貴方はどう御考えですか。

明主様(メシヤ様) 私がメシヤの仕事をすべく神命をうけておると信じますが、今はその時期でないのでボヤかしています。

ブ博士 クリスチャン・サイエンスをどうお考えになりますか。

明主様(メシヤ様) クリスチャン・サイエンスは、自己の想念によって病気を治す所謂自力宗教ですが、世界救世(メシヤ)教は信じても疑っても病気が治るので、此点完全な他力宗教と言うことが出来ます。キリストも病気を治しましたが、私は私自身病気を治すばかりでなく、多くの人々にもその力を授けることが出来るのです。ここに集っておる人達=そこに集っている幹部三十余名を指し=は皆その力を授けられております。若(も)し私が嘘を言ったら此人達は私を信じなくなるでしょう。

ここで尚私の言いたいことは、今までの文明は物質文明で、その中心がアメリカである。東洋の文明は精神文明であり、日本がその中心である。そこで此両文明が融合されねばならぬ。この両文明・・・・・・タテ、ヨコ両文明の結ばれた形が十字で、十字架の意義はそこにある。して今は将にその時で、現にアメリカと日本とが結ばれるところに神意が存するのであります。

ブ博士 非常に興味あるお話を拝聴しました。私も全く同感であります。

明主様(メシヤ様) 私も非常に愉快です。今ここであなたとお話しすることに既に深い意味があるのです。

ブ博士 共産主義に対する御意見をうけたまわりたい。

明主様(メシヤ様) 共産主義の根本は人類愛と相反するものです。ある特別の階級だけのことを考えるのは神の大愛・・・・・・平等の愛にもとるものです。戦争中八紘一宇といっていた連中の考えかたと同様偏愛ですから、神威の前にやがて消え去るにちがいありません。神を信ずる私としましては問題にしておりません。

ブ博士 貴方の信者で共産主義者がありますか。

明主様(メシヤ様) 信者で共産主義者はありませんが、共産主義者であった者で、奇蹟を見て神を信じて、信者となった人はあります。神を信ずれば共産主義者はなくなります。

ブ博士 貴方の教団が陰謀を画策したといわれたことがありますか。

明主様(メシヤ様) 終戦前にはそんな噂をする者がありましたが、戦後はそんな噂はありません。

ブ博士 目下日本の議会に提出されておる、破壊活動防止法案について、どうお考えになりますか。

明主様(メシヤ様) 乱暴な行為を防止することは止むを得ないことだと思っています。共産主義者は、日本人でありながらソ連を援助するのだから、日本人の姿をしたソ連人のようなもので、そんな日本人があってはなりませんし、それに暴力によって革命をやろうとするのですから、これを防止する法案は必要だと思います。

ブ博士 この法案が教団に影響を与える心配はありませんか。

明主様(メシヤ様) それは運営の問題ですが、民主々義が発達して行けば、此法案が悪用されることもなかろうと思います。兎に角、暴力で社会を破壊しようとするものを取締ることは先決問題ですから必要でしょう。

ブ博士 共産主義者が日本で天下をとるというような事はないでしょうか。

明主様(メシヤ様) 絶対にありますまい。日本はそれほど文化が低いとは思われません。

ブ博士 世界には共産主義を恐れる人があります。アメリカ人の中にもあります。・・・・・・

明主様(メシヤ様) 共産主義が世界各国にある程度の脅威を与えておることは事実です。その脅威を防ぐために防止法案も必要でしょうし、またある程度の軍備も必要でしょうし、神の存在をはっきり示すことも必要でしょう。

ブ博士 どうか、その事をトルーマン大統領にも言ってあげて下さい。

明主様(メシヤ様) 私の出版物が沢山ありますから、お持ち帰りになって貴方から大統領に渡して下さい。

ブ博士 残念なことに、私が世界旅行から帰るのは来年の春になります。その頃はトルーマン大統領はその地位にいないかもしれません。

明主様(メシヤ様) ははぁ―、それでは私の方から直接、早く送り届けることにしましょう。

ブ博士 今日はいろいろ有益な話をうかがってありがとう御座いました・・・・・・さようなら。

明主様(メシヤ様) どうか無事に世界各国の宗教御視察をおえられますように・・・・・・さようなら。

≪所感≫
節分祭、立春祭、教祖祭にて

メシヤ教代表 楳木和麿

1.節分祭

本部はもとより、各支部、各家庭にて節分祭、立春祭を恙無く執り行わせていただいた報告を受け、皆さん方の信仰の深まりを感ずると共に、大変有り難く受け止めさせていただいております。

ここでは、本部で厳粛に節分祭を執り行わせていただいた際のことをお伝えします。祭典終了後に、大阪から参拝にいらした高井成恵さんが「報告させていただいても良いでしょうか」と言われますので、お聞きしました。

高井さんが以前所属していた教団では、霊視報告ということが多く用いられていましたが、御教え拝読を重ねる中で慎重に取り扱わねばならないという弁(わきま)えを持つに至り、静かに口を開いたのでした。

集団浄霊をいただいている時に「革紐(かわひも)」「馬の蹄(ひづめ)」「赤ちゃん」を拝した、というものでした。

(下に全文)

その内容を聞かせていただき、メシヤ様のご存在、そして御教えの内容を強く再認識させられました。

まず、革紐によって後ろ手に縛られているところが拝されるや、次第に解(ほど)け始めて、まったく自由になったところでその場面は消えたそうです。これを節分祭の意義と併せて考察すると、縛られている姿は岩戸に押し込められたことを象徴しています。革紐(かわひも)が解(ほど)けた様子は、節分祭で人類の罪をお詫びする毎に『岩戸開き』が進むことを現わしているようです。

次に、「馬の蹄(ひづめ)」と聞いて直感的に連想されるのは、メシヤ様が午年(うまどし)生まれということです。しかも「それはとても勢いよく走っている」ということですので、メシヤ様に関わることが加速度的に進展するという意味を暗示させます。

そして、「畏れ多いような雰囲気が漂うお姿」の赤ちゃんは、『メシヤ降誕』を明確に認識させるためのお姿だとしか思えません。『メシヤ降誕仮祝典』が執り行われる十日前の御面会でメシヤ様は次のように述べられています。

『メシヤ降誕と言ってね、メシヤが生まれた訳です。言葉だけでなく事実がそうなんですよ。私も驚いたんです。生まれ変わるというんじゃないですね。新しく生まれる訳ですね。ところが、年寄りになって生まれるのは変ですが、一番面白いのは、皮膚が赤ん坊のように柔らかくなる。それからこの通り、髪の毛が生まれたような―床屋がこれを見て、子供の頭髪だと言うんです。段々白いのが無くなって、黒いのばかりです。・・・・・』

このお言葉を髣髴(ほうふつ)とさせます。集団浄霊をいただいている時に拝したものであるだけに、今後の浄霊力伝授を中心に進展する御神業を強く意識付けられるものでした。

前回示した御神業の目的、根源を再確認させられた思いがしました。

2.立春祭

『節分祭を終えた翌日から、神威弥増す』ということを胸に膨らませる中、心新たに立春祭を執り行わせていただきました。立春祭で私の挨拶が終わると、山口から参拝された松本享子さんから「実は、本日は私が拝させていただきました」とのお話がありました。

「どうぞ」と促すと、「パイプから大量のものが吹き出している様子を拝しました。これは発展を意味しているように受け取らせていただきました。」と報告がありました。

すると、高井さんが「私も同じです」と続いたのでした。

(下に全文)

私は、同時にお二人が拝した「大量のものが吹き出した」という内容から「発展」という意味に留まらず、果てしなく広がるメシヤ様の御神業に思いを馳せました。異口同音に語る「素晴らしい世界の幕開け、いよいよ始まると思うと気持が引き締まります。」という言葉に現実味があったのでした。

弥増す神威は、浄化力と浄霊力となって具体的に顕現されます。それを象徴するかのように、2月度は殊の外、浄霊の急所に関する問い合わせが多くありました。そして、その日のうちに、あるいは翌日に御守護御礼の奉告が寄せられました。『弥増す神威』をヒシヒシと感じた月でした。

そうした中、横浜の中村吉郎さんが報告(「節分」「立春」の浄化から思うこと)を寄せてくださいました。

帯状疱疹という浄化は非常に有り難いのですが、十日間で浄化終了を許されるということも素晴らしいの一語に尽きます。それも、ほとんど自己浄霊で許されるのですから、このような御力を他に見ることはできません。

また、報告で「この疱疹も、病院へ行くと抗ウイルス剤により押さえられてしまい、一見治癒した様に錯覚します。しかし、せっかく出てくれている毒素を中に押さえ込んでしまう訳ですから、それが後で肝臓病になったり、癌になったりして(今回の酷い病状を見て私は癌を連想しました)取り返しのつかない事になります。」と記述しています。

毒素排泄のための『浄化作用』という神の愛を理解することこそ、救いに与(あずか)ったことなのです。最大限に活用させていただくことこそ御心に適うことであり、幸福への道なのです。

また、節分祭、立春祭という大変な節目の時期に合わせていただいた浄化と受け止めて「今回も、浄霊力の偉大さを見せて頂き、心の底から感謝すると共に、節分、立春に強く感じた事、繰り返してはならない事を書かせて頂きました。」と述べる、真情の吐露には心打つものがあります。

3.教祖祭

節分祭、立春祭で心新たにする機会に恵まれ、格別な思いで「教祖祭」を執り行わせていただきました。

教祖祭のご参拝をさせていただいている時に、御昇天になった時間の数字が脳裏に突き上げてまいりました。それは、『メシヤ降誕本祝典』を昭和三十年三月三日に執り行う予定が確定されていたことと重なってきたのです。(メシヤ講座・特選集96号参照)

御承知のように、メシヤ様は昭和30年2月10日ご昇天になっておりますが、そのお時間が午後3時33分なのです。この「三、三、三」の数字の重なりが、畏れ多い表現を承知して述べれば、『メシヤ降誕本祝典』のメッセージであると思えるのです。

二代様や大半の高弟でさえ『メシヤ様』と認識することができなかったことと、昭和29年からの御浄化は御法難時の後遺症的な症状であられたことを重ねて鑑みると、そのように思えてならないのです。当時何故、『メシヤ降誕本祝典』祭行を深く考えなかったのか、前年に何故『仮祝典』としたのかを深く考えなかったのか、との思いが果てしなく脳裏を廻ります。「それさえ出来ていたら、120歳は夢ではなかった」と思わされます。

しかし、過去に「たら」を求めることよりも、今年心に期している御神業推進の内容を更に明確化させられた、と受け止める方が賢明です。日々『メシヤ降誕』を意識して御神業に臨み、関わる人々にメシヤ様の存在を宣べ伝え、その恩恵に与(あずか)るようにお世話するということこそ急務です。

こうした思いに至った教祖祭に関連してか、不可思議な質問がありました。「箱根神仙郷にご参拝に出向いて、資料を受け取り驚愕した」というものです。

世界救世(きゅうせい)教では、三派統一の過程で「教祖の御神格を明確にする」という取り組みを積み上げたとする話(前回)に触れましたが、包括側の『救世主、メシヤであられる明主様』という表現に対して、東方之光教団でもそれらしい表現はあるのですが、驚かされるのは『紫微宮の主宰神として』という不可解な表現を用いていることです。

この一事を見ても、御神格を明確にする作業は人間的過ぎておりました。神様が既に確定されていたものを再度検討することなど、“神への冒涜”の一語に尽きるのです。一元化が先送りされた原因には、三被包括法人の取り組みの違いがあるのでしょうが、根本原因はここにあることを痛感させられます。

4.一元化と教団体質

そうしたところへ元総長の川合輝明氏の訃報が届きました。驚いたのは亡くなられた時間で、午後753分。このことについて「七五三縄(しめなわ)の時間ですね」と話す方がいて、深く考えさせられました。

昭和47年の一元化は、Y見顧問による教団専横化を防いだ後に教団体質改善のために行われました。教団専横化を防いだのですから教団を護ったのは確かでした。しかし、この経緯を聞くと人間というものの行動の理不尽さを見せつけられます。一元化直後の「総長指導」というものに目を通すと、どうしてこのような厳しい内容ばかりなのかと不思議でなりませんでした。

顧問による教団専横化になす術もない状態の時に、川合輝明、松本明重両氏へ縋ったにもかかわらず、解決するや排斥運動が起こります。そして、両氏は一旦身を引く羽目になります。すると、教団執行部は権力闘争と派閥争いの陰湿な場と化し、昭和46年3月に理事会が解散すると共に分裂崩壊の様相を呈してしまったのです。(因みに、これは、新たにアップした『「世界救世(きゅうせい)教」の内紛、分裂の真相を基に改革を』で触れた、松本明重氏退陣後の混乱を収拾させた中村力元総長を引き摺り下ろそうと画策した昭和59年の内容と酷似しています。)

この事態を収拾させたのは、またしても松本明重氏でした。

「顧問との紛争の問題点は教団の中にある。顧問を批判するのはたやすい。悪人扱いすればそれですむ。だが、それではいつまでも欠陥は残る。」と、指摘したのです。

教団の体質改善を促し、「金銭問題の再発防止」「信者、資格者の幸福、向上」「布教師への配慮」を主題に、教会の返上と地区制の導入に踏み切ったのでした。しかし、前回触れたように教会の離脱も続きました。

考えさせられるのは、窮地に立った時には人を頼るくせに、荒波が去った時には自我を出す、という教団人の体質です。そして、収拾がつかなくなると、また人を頼る、という体質です。そのことを嫌というほど思い知らされたからこそ、川合輝明氏は総長時代に体質改善の厳しい指導を重ねたのだろうと推察できます。

しかし、偏りを禁じ得ませんでした。一方で一元化後の施策は、問題も招いたのです。「布教師への配慮」を掲げ専従者の生活の安定化を図りましたが、給与体系を整えることにより生活は安定を見ましたが、精神面でサラリーマン化を招き、やがて求道者の姿勢を喪失させてゆきました。これが最も深刻な問題でした。(因みに、いづのめ教団が教会の名を復活させたのは、宗教性を取り戻すという淡い願いがあったのでしょうが、論理性に欠けているために方向性を失ってしまいました。)

また、中央集権化は上意下達の徹底は図られますが、下意上達の道が閉ざされてまいりました。そのため、活動は社会性を帯びているような形態になっているように映るのですが、専従者は逆に社会性が疑われるような姿になってしまったのです。(因みに、東方之光教団が進めている姿がその事をよく現わしています。)それは組織信仰が形成されたために起きたことでした。つまり、専従者は信徒を見ずに上層部ばかりを見るようになってしまったのです。

そして何より深刻なのは、中央集権化が進み管理体制が整うと、御教えに対する自由な考察は止められ、やがては御教えのお蔵入りがなされたことでした。川合氏は、MOA研究所を開設し御教えの整理を進めましたが、結果的に九割の御教えをお蔵入りさせてしまうことになってしまいました。御教えよりも管理者の指導が優先されるようになったため、華やかな活動とは裏腹に、真理の具現化を阻んでしまったのです。

このようにして、御教えを結果的に押し込めてしまったという点が、もっとも「七五三縄」に繋がることです。

5.「世界救世(メシヤ)教」復興事業の取り組みを更に推進

こうしたことを連ねて考えた時に、メシヤ様の『これからは想念の世界で、私に対する想念が根本だからお守り(おひかり)は要らない』というお言葉をどのように宣布してゆくのか、という重要な課題が浮上してまいります。

前回触れましたように、どのような教団に帰属していようとも、「おひかり」を掛けようとも掛けなくとも、メシヤ様を真っ直ぐ求めている方には奇蹟が相次いでいます。それは、各教団が発行している機関紙誌上で一目瞭然です。そのことから言えることは、メシヤ様に直に太く繋がることこそ喫緊で最重要事であるということです。

また、関係する各教団があるところまで到達しています。それを、あと一歩を乗り越えるように背中を押してあげる取り組みが必要です。乗り越えるとは『メシヤ様』と素直にお唱え申し上げることです。余りにも簡単なことなのです。そのことにより万人が救われる道が一挙に開かれるのです。様々な柵(しがらみ)のある人では、そこが難しいのかも知れません。神様よりも人を相手にすると、各種柵(しがらみ)が生まれるものです。これは信仰の世界とは異なる性質のものですが。

それはさておき、以上のことから問題の解決は「世界救世(メシヤ)教」復興事業の取り組みを更に推進することに尽きます。

そのような訳で、以前発表した「世界救世(メシヤ)教」復興事業・趣意書を改めてホームページ上にアップした次第です。

具体的には、浄霊力を宗教宗派を超えて伝授してまいります。そして、メシヤ様の恩恵に一人でも多くの方々へ浴していただきます。また、全御教えの公開準備に着手しましたので、有志の方々に作業に加わっていただきます。御教えによって、人類のあらゆる問題を解決し、地上天国建設の取り組みを身近なところから推進してまいります。

これはとても楽しみなことで、ワクワクしてまいります。

幸い三重支部に続いて、神奈川、静岡、広島で「各地区メシヤ講座」を紹介するホームページ開設を準備中です。3月には、三会場でアップの運びになる予定です。これもまた、とても楽しみなことです。

 

≪報告・Ⅰ≫

「節分祭」「立春祭」で拝した内容
革紐(かわひも)、馬の蹄(ひづめ)、赤ちゃん

大阪 高井成恵

節分祭

節分祭にご参拝のお許しいただき感謝申し上げます。この度、集団浄霊をいただいている折りに拝させていただいたことを報告申し上げます。

<第一点> 後ろ手に細い革紐(かわひも)で縛られている両手が見えました。右手の方が少しほどけてきている様子で、革紐(かわひも)が少しずつほどけだし、しばらくすると全部ほどけ、両手が楽になった様子が見えました。

<第二点> 馬の蹄(ひづめ)が見えます。一頭ではなく、三頭から四頭が一斉に走り出しています。それはとても勢いよく走っているので、周りが砂煙で良く見えないほどでした。

<第三点> 赤ちゃんが見えます。可愛らしい姿、形です。段々はっきり見えだすと、今まで見たこともない位美しい顔立ちの赤ちゃんでした。とても愛おしくなる感情が湧きあがると共に、何か畏れ多いような雰囲気の漂うお姿でした。

以上三点が見えました。(本文へ戻る)

 

立春祭

立春祭で拝したことを報告させていただきます。まっすぐ立っている筒から激しく、オレンジがかった黄金の光が上に向かって飛び出しました。

やがてその筒は横になり、黄金の水(?)が溢れ出しています。次第に黄金の水はナイヤガラの滝のように横に広がりを見せ、荘厳な雰囲気を醸し出しました。

暫くすると場面が変わり、軽く閉じた掌が現れゆっくり開かれました。手のひらに載っているのは蓮の花ではと思います。

以上が御浄霊中に見えました。二日間を通して素晴らしい世界の幕開け、いよいよ始まると思うと気持が引き締まります。誠にありがとうございました。(本文へ戻る)

≪報告・Ⅱ≫
「節分」「立春」の浄化から思うこと
右半身に噴き出た帯状疱疹

横浜 中村吉郎

帯状疱疹

一月二十五日の夜、右半分の背中から腰にかけて四カ所、帯状に一気に湿疹が出ました。余りの痛さと痒さに、これが帯状疱疹であるという事はすぐにわかり、昨年地上天国祭の際に頂いた右手親指の瘭疽(ひょうそ)の浄化同様、体的なものだけはなく非常に深い因縁によって頂いた浄化であるから、これは節分の翌日立春で終了するのではないかと強く感じました。

その日は、昼間、祖父のお墓参りに行き、夜、母と浄霊の取次ぎをさせて頂いた直後の浄化でもあったので、今一度、自分のおかれている状況、過去の出来事を整理して、先につなげる時期に来ているという節目を感じさせられました。

そして、二月二日、強羅の奥津城に参拝させて頂き、その後も浄霊を取り次がせて頂いたのですが、もう見るも無惨な疱疹の出方となり、まるで背中に炒り豆を敷き詰めてそれが茹でられ色が変色した様な、本当にこれがあと二日で治癒するのかと疑いたくなる様な酷い状態となりました。服を着ているとまるでわからない上、職場に出ると気が張るので痛みが半減し、毎日仕事をしていたのですが、帰宅後は眠れない程の激しい痛痒感で、楳木先生に浄霊の急所を教えて頂きたく電話をした所、「肝臓を重点的に浄霊して下さい。右肋骨の一番下の部分から斜め上へ向ってやると良い、そこが肝臓です」と教えて頂いたので、それからは肝臓への浄霊を徹底して行ないました。

そして、節分祭、立春祭を執り行ない、その立春の日の夜になっても相変わらずの状態なので、やはり帯状疱疹は浄化終了まで時間がかかる、地上天国祭の時の様に節目にきっちり終る浄化ではないと半ば覚悟して、いつも通り肝臓への浄霊を行ない、入浴後部屋で休憩していた所、背中に痛みがなく痒みだけとなったので、普通に掻いた所、疱疹がいつの間にか瘡蓋(かさぶた)になっていただけでなく、ポロポロと取れ始めたのです。

これが、立春が終わった夜中の二時頃。あまりにも正確な浄化の終了に深く感動、感謝すると共に、この時期に浄化を頂いた事で、ここであらためて「節分」「立春」の意味を考えさせられました。

風化されようとしている内紛、分裂の真相

いみじくも、この時期にメシヤ教ホームページにて、『「世界救世(きゅうせい)教」の内紛、分裂の真相を基に改革を』の連載が始まりました。今や風化されようとしている二十五年以上前の出来事が、現在の各教団(「世界救世教」以外の各教団も含む)の様々な問題点を内包している様に思われます。

勿論、背景にある「薬毒」は非常に大きな問題ですが、ここで肝に銘じなければならない大切な御教えがあります。皆様、何度も読まれている筈の「裁く勿れ」という御教えですが、あえてここで引用させて頂きます。

『私はいつも信者にいっている事だが、アノ人は善だとか悪だとか、お邪魔になるとかならないとかいっている人もあるようだが、そういう人がまだ少しでもあるのは充分教えが徹底していない訳である。そうして度々言う通り、人の善悪を云々するのは、徹頭徹尾神様の地位を冒す訳で、大いに間違っているから充分慎んで貰いたいのである。それはもちろん人間の分際として人の善悪などいささかも分るはずもないからで、分るように思うのは全く不知不識のうちに慢心峠に上っているからである。従ってこういう人こそ、実は信仰の門口にも入っていない証拠である。又ご経綸にしても人間の頭で分るような、そんな浅いものではないので、この点も大いに心得ねばならないのである。何しろ三千世界を救うというような、昔からまだないドエライ仕組なんだから、余程大きな肚にならなければ、見当など付く筈はない。つまり小乗信仰の眼では、節穴から天井を覗くようなものである。』(昭和二十八年五月十三日発行「栄光」二〇八号)

また、メシヤ様は御光話の中でもこの様に仰っています。

『そこで一番困るのは、人間が人間を裁くことです。これが一番間違っている。あの人はいい人だとかなんとか言って人を裁くのは、その裁く人自身が裁かれているのです。人を裁く前にまず自分を裁くことです、反省することです。他の人をいい人だとか悪い人だとか言うことはたいへんな間違いです。また救いということにしても、人間が人間を救うことはできない。救いをなさるのは神様であり、人間はただその道具にすぎないのです。しかしその道具に使われることがありがたいのです。』(昭和二十三年十月十八日)

その昔、正しい神様を押し込めた罪は、姿を変え形を変えて延々現代迄残っており、どの時代、どの組織でも、正邪の判断もつかぬのに邪魔と思われる存在を敵にし、悪役にして裁く事を繰り返している事実が浮かび上がって参ります。

最も身近な型としては、例えば夫婦間の争いがあった時、どちらかが正しくどちらかが悪いと善悪立て分けて裁いてはいないでしょうか。「争う」事が悪だと言う事に気付いていないのではないでしょうか。また、親子、兄弟、親戚間の中でも、誰かを悪者にしてしまっていないでしょうか。「裁く」事がいけないという道理を忘れてはいないでしょうか。 そして、教団分裂の際、派閥が違うというだけの理由で、信仰心ある人が邪神呼ばわりされたり、敵だの味方だの小乗的な観点から溝を作ってはいないでしょうか。

真実を理解した上で、埋めなければいけないのは世界救世(きゅうせい)教三派の溝だけではありません。一元化の際に離脱していった各教団の信者さん達は勿論、メシヤ様を教祖と仰ぐ教団だけでなく、キリスト教、仏教、イスラム教、その他様々な宗教、無宗教まで、今や人類間の溝を超えて真実を伝えて行く時期に来ています。

私は、布教師になった人というのは諸々深い因縁があると御教えから教えられています。自分の過去の職業上の体験から言っても、例えば、お坊さんというのは「我」が強く「欲」の深い方が多く(勿論、清廉潔白な方も沢山いらっしゃいます)、だからこそ、修行して「我」「欲」を取り、人様の為に働かなければならないのに、人から「先生」「先生」と持ち上げられているうちに、ついつい勘違いしてしまって、修行する前よりも傲慢になってしまって、手がつけられなくなる様な例も見て来ました。そうなると、「あの僧侶はけしからん」という声も上がってきて、いつの間にか争いの火種が撒かれ、関係のない人まで巻き込んでの裁判沙汰になって行くのです。

世界救世(きゅうせい)教三派分裂(または一元化による離脱)に際して、それまで一つの教団でまとまっていた親子兄弟親戚、友人知人仲間達が、引き離されてしまった例も数多くあると思います。そこで敵味方のラインを引くのは信仰者として絶対にしてはならない事です。

神話の時代、国常立尊を八百万の神々がよってたかって鬼門に押し込めて以来、人類は必ず誰かを敵にして排除し続け、それを現代迄繰り返して来ました。その「型」はあらゆる事に反映されており、とにかく意にそぐわないものは排除する、農業の世界でも、「害虫」と言われている虫は実は土にある肥毒を食べてくれている味方かも知れない、それを良かれと思って農薬で殺してしまうのですが、生物を殺す薬剤がかかった野菜を人間が口に運ぶ訳です。また、体内にある菌も病気をやっつけてくれる味方の菌もいる。抗癌剤などは、肝心の癌をやっつける前に、そういった身体に必要な菌を先に全部殺してしまう猛毒であると聞いています。だから、髪は抜け落ち、身体機能は衰弱し、肝心の癌細胞一つが死ぬ頃には肉体が滅びてしまいます。

帯状疱疹の浄化から随分話が離れて来ましたので話を元に戻しますと、この疱疹も、病院へ行くと抗ウイルス剤により押さえられてしまい、一見治癒した様に錯覚します。しかし、せっかく出てくれている毒素を中に押さえ込んでしまう訳ですから、それが後で肝臓病になったり、癌になったりして(今回の酷い病状を見て私は癌を連想しました)取り返しのつかない事になります。私の知人にも、帯状疱疹になって、「これは薬で治療しないと一生痛みが残り、傷跡も残る」と言われて不本意ながら薬で治療した人もいます。それが、十日間の浄霊で完治し、今(二月十七日)は、つい二週間前悲惨な症状だった事が信じられない様な、もはや跡もほとんど見えない状態になりました。今回も、浄霊力の偉大さを見せて頂き、心の底から感謝すると共に、節分、立春に強く感じた事、繰り返してはならない事を書かせて頂きました。

以前も申し上げましたが、私に与えられた役割として、仕事の上では広く自然農法栽培を伝える事、そして、薬毒を訴える「医学革命」と、浄霊力を宗教を超えて広める事を始めとする「宗教改革」を、「裁く勿れ」の御教えと「威張るナ、怒るナ、早まるナ」の『るナ三訓』を絶えず肝に銘じながら、今迄以上に取り組んで行く事を決意いたしました。

ありがとうございました。

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