メシヤ講座・特選集no.135(平成24年4月分)

<御教え>

『文明の創造』科学篇
自然を尊重せよ

(文創  昭和二十七年)

医学特に結核患者に対しては、安静を最も重要とされてゐるが、之は前にも述べた如く大変な間違ひである。ではどうするのが一番いいかといふと、何よりも自然である。自然とは自分の身体を拘束する事なく、無理のないやう気儘きままにする事である。例へば熱があって大儀な時は、寝ろといふ命令を身体がすると思ひ、寝ればいいのである。又寝たくない起きたいと思うのは、起きてゐてもいいと命令されたと思ひ、起きればいいのである。歩きたければ歩き、駈出したければ駈出し、大きな声で唄ひたければ唄ひ、仕事がしたければするといふやうに、何でも心の命ずるままにするのが本当である。気が向かない心に満たない事は止す事である。要するにどこ迄も自然である。之が結核に限らず、如何なる病に対しても同じ事がいえる。

食物も同様で、食べたいものを食べたい時に食べたいだけ食う。之が最もいいのである。薬は勿論もちろん不可いけないが、食物としても薬だからとか、滋養になるとかいって、欲しくないものを我慢して食ったり、欲しいものを我慢して食はなかったりするのも間違ってゐる。人体に必要なものは食べたい意欲が起ると共に食べたくないものは食べるなといふ訳である。そうして結核に特に悪いのは動物性蛋白である。少しは差支へないが、成可なるべく野菜を多く摂る方がよい。処が今日の医学は、栄養は魚鳥獣肉に多いとして奨めるが、之が大変な誤りで、一時は元気が出たやうに思ふが、続けると必ず衰弱を増す事になる。本来栄養とは植物性に多くある。考えてもみるがいい。動物性のもののみを食ってゐれば、敗血症などが起って必ず病気になり、生命に関はる事さへもある。それに反し菜食はいくらしても健康にこそなれ、病気には決して罹かからないばかりか、長寿者となるに見ても明かである。之に就ついて私の体験をかいてみるが、私は若い頃結核で死の宣告を受けた時、それ迄動物性食餌を多量に摂ってゐたのを、或ある動機で其その非を覚り、菜食にしてみた処、それからメキメキ恢復に向ったので、医学の間違ってゐる事を知り薬も廃やめて了しまひ、三ケ月間絶対菜食を続けた処、それで病気はスッカリ治り、病気以前よりも健康体となったのである。其その後他の病気はしたが結核のケの字もなく、六十八歳の今日に到るも矍鑠かくしゃくとして壮者を凌ぐものがある。もし其その時それに気が付かなかったとしたら、無論彼世へ旅立ってゐたに違ひないと、今でも思う度にゾッとするのである。

今一つは喀血の場合である。之こそ菜食が最もいい。以前斯こういう患者があった。肉食をすると其その翌日必ず喀血するが、菜食をするとすぐ止まるといふ、実にハッキリしてゐた。之でみても菜食のよい事は間違ひないのである。

今一つは、医師は疲労と睡眠不足を不可として戒めるが、之も間違ってゐる。それは原理を知らないからで、疲労とは勿論もちろん運動の為ためで、運動をすれば足や腰を活動させるから、其その部にある毒素に浄化作用が起り、微熱が発生する。微熱は疲労感を催す、それが疲れである。併しそれだけ毒素が減るのだから結構な訳である。何よりも運動を旺んに行ひ常に疲労を繰返へす人は健康であるにみても判るであらう。だから草臥くたびれた際足や腰の辺を触ってみれば必ず微熱があるにみて、それだけ毒が溶ける訳である。

又睡眠不足は、結核には何等影響はない。寧むしろいい位である。之は事実によってみればよく判る。何よりも睡眠不足の階級をみるがいい。旅館の従業員や、花柳界の人達には、結核が最も少ないと医学でも言はれてゐる。

之に就ついても説明してみるが、睡眠不足だと起きてゐる時間が長くなるから、活動の時が多くなり、浄化が余計起るからそれだけ疲れる。処が逆解的医学である以上、睡眠不足を不可とするのである。今一つ斯こういう事でも判る。それは普通朝は熱が低く、午後三時か四時頃になると熱が出てくる。之も右の理と同様で、仮令たとえ寝てゐても神経を使ふから浄化が起るのである。

 

「新本部竣成祭」特集

≪体験報告≫

本来の御神業に目覚めて」岡山支部 冨山晃世
(岡山支部責任者の話ですと「冨山さんは、この度の新本部の玄関を入った途端、鳥肌が立って、武者震いをして何とも言えない感動を覚えると共に身の引き締まる思いになられたそうです。」とのこと。)

『文明の創造』発刊の御用に携わって」三重支部 濵口博幸
(竣成祭から帰宅後、「昨日は素晴らしい祭典となりました。ありがとうございました。初めて参拝させていただいた九周年の時と比べてこんなにも仲間が増えたのかと正直驚きを隠せませんでした。」と、喜びの声を寄せられました。)

≪代表挨拶≫
『文明の創造』出版は
メシヤ様が進められようとされた本来の御神業の幕開け

メシヤ教代表 楳木和麿

万感の思い迫る「新本部竣成祭」のご参拝

皆さん、「新本部竣成祭」おめでとうございます。

本日は、真新しい御神前で、天津祝詞並びに善言讃詞を奏上させていただきながら、とりわけ善言讃詞を奏上させていただいている時に、メシヤ教として立ち上げた時のことが走馬灯のように浮かび上がりました。そして、善言讃詞にメシヤ様が詠み込まれたような形で、この世の中が推移して『地上天国』が建設されることを願って奏上させていただきました。

最初にメシヤ教を立ち上げた時にですね、「主之光教団」会長(当時)の地元で、支部を作ってやっておりましたので、「主之光教団」の幹部からはなんと「おままごとみたいなことをやっている」と嘲笑されまして、大変悔しい思いをし、浜松支部の方々には大変お辛い時期を与えてしまったものです。この玖珠町へ帰ってきましてからも、中々今日の発表に出てまいりました平本先生のように発展しませんでしたので、母が「浄霊」の本を持って配布しようと動いたくらいでした。

しかし、『メシヤ様の進められようとした本来の御神業』を進めようとする時に、今までのやり方、つまり当時の世界救世(きゅうせい)教のやり方ではそういうものが出来上がるはずがありません。まず、“メシヤ様が歩まれた御跡を自らが検証しつつ進むしか道はない”ということで始めたのが、以前にもお話ししましたが、掃除からでありました。

新しい館の長押(なげし)は非常に厚いので絶えず掃除をしないと埃がたまります。前の本部も長押は薄いのですが埃がビッシリと入っていました。「主之光教団」の布教所としてお貸ししていた頃の信者さん方は掃除はしてくれてはおりましたが、表面的な掃除しかしていないために、埃がビッシリと溜まっていました。そこへハタキをかけながら埃をとって行くのに数年かかりました。それで神館として埃がほぼなくなった頃からですね。最初に立ち上がった方々以外で少ずつ増えて行くようになりました。

メシヤ様が小間物屋を始められた時に、真っ先に店に出られて掃除から始められた、その御跡を歩ませていただいたことを先ほど祝詞を奏上しながら思い出しました。

深い御神慮と信徒の誠にただただ感謝

それから、この御神前をいただく前はですね。三重支部や鎌倉支部や広島支部が二間通しの御神床に改装されて、御神体を中心にメシヤ様の御尊影、そして、大黒様を御奉斎してスタートしてくださいました。しかし、前本部は世界救世(きゅうせい)教時代の御神床です。本床と脇床と三つに別れた昔ながらの御神前でしたので、いつか改装して総檜で作り上げることが出来ると望ましいなあ、と思いながら皆様方からお預かりした浄財を活動費を使った後、少しずつ貯めて参りました。そして、檜で作り上げても大丈夫だというところまで貯まりましたので、三月四月で作り上げて、五月を迎えさせていただこう、ということで大工に頼んだところ、仕事が立て込んでいて断られました。

“お金の準備ができたのに、大工がいないのは弱ったな”と思い、同級生の建築設計士に宮大工を紹介してもらおうと思っていた矢先に、ここの建物が売りに出ているという情報が入ったのです。それで見に来ましたら、中々素晴らしい家で、いろいろ聞いてみると、丁度メシヤ教を立ち上げた頃に建てられて、そして、立てた人は隣町の九重町に本宅を所有し、こちらは別宅として庭いじりとか、趣味の骨董品などを保管するのに使用していたそうです。

ですから、一度も住んではいないのです。そして、今年1月18日に熊本の建築会社に所有が移り、リフォームして売り出されたのです。それで、「宗教をやっているので、床の間を神床にするには、真ん中の柱を動かして広い床を作らないといけない」という話をしましたら、改装は材料費のみでやっていただけるようになりました。

そこで、一番の交渉権を確保しておいて、皆様方にお話申し上げた訳です。皆様方の誠のご奉仕によりまして短期間で購入することができました。

偶々教団車の点検をしている人も“地元なら買いたいな”と思っていたそうですが、その人は私が全国の支部、会場を回っていることを知っていますので、車の維持管理に尽力してくれ、信者ではありませんけども動いてくださっている方です。

その方に「信者さんのお蔭で買えることになりました」と言いましたら、「鳥肌が立ちますね。重大な責任がありますね。」と言ってくださいました。信者さん以外の方でも信者さん方の真心の奉仕には感動を覚えて「これから一層励んでいかなければいけませんね。」と言ってくださいました。

高いところからでございますが、改めて感謝申し上げたいと思います。(皆拍手)

主神様、メシヤ様へ直にお祈りした冨山さん

そういうことを考えると感極まってしまいますが・・・・・。今日発表いただいた冨山さんと濵口さんの内容というのは非常に共通しているところがあります。

MOA活動というのは、フロント活動という風に当初呼びました。入り口にするんだという訳です。そして、奥座敷の世界救世(きゅうせい)教の信仰に入っていただくんだ、という願いでありました。その当時世界救世(きゅうせい)教は布教で行き詰まっていた訳です。しかし、行き詰まった原因は他にあり、布教力が弱まっていたのです。

MOA活動ということで行くと間口を広くしてそこから奥座敷へ入っていただこうという動きが起きました。

そのフロント活動を長年やってこられた冨山さんが献納された直筆の『大光明』をフロント活動の意味で玄関の一番フロントに掲げさせていただきました。(一同笑い)

しかし、MOA活動はですね、実質的にやり始めたのは交通遺児の募金活動とか駅舎への生け花の活け込み活動とかをしつつなんとか世界救世(きゅうせい)教が世の中に理解していただけるような、そういう願いで行ってきたのですけども、この本来の願いが活動と共にどんどんズレて行きました。奥座敷へご案内するどころか「社会性」という言葉と共に、社会へ逆にひきづりこまれて行ったのです。

ですから本来のメシヤ様の御神業の奥座敷に皆さんを招き入れることができない状態がズーッと続いてきまして、“これではいけないな”と思っているところに、教団浄化が起きました。

発端は「いづのめ教団」の前身である「正常化委員会」の人達が、総長職を奪うというような動きから始まった訳です。しかし、この浄化が起きて多くのことを考えさせられました。実は、私が昭和48年に救世専門学院(社会性のある専従者を育てようということで設立された教育機関)に入った時に、今まで読んだことのない手書きの御教えのコピーのこんな厚いのをどーんと渡されました。これを中心に勉強して行くということを一方では言い渡されて、京大と阪大の名誉教授、教授を中心にした講師陣によって、授業が開始されたのですが、僅か三ヶ月でその御教えを本部の方へ没収されました。

読んでいて非常にメシヤ様の奥深さといいますか、“これがあれば布教して行くのに良いなあ”と思っていたのですが、拝読し終わらないうちにすべて没収されまして、“何故これだけ素晴らしい御教えがあるのに将来の専従者に読ませないのだろうか”というのが、最初の疑問でありました。

そして、教団浄化が起きたことによって我々一専従者にもですね、一番小さい「教団護持委員会」へ所属したお蔭で総長室へ自由に出入りすることができるようになりました。それで、総長室には、当時定稿と未定稿に分けてまとめられていた論文集というのが置かれてまして、気軽に目を通すことが出来るようになりました。

その他にも、メシヤ様の御在世中にお考えになっておられた、祭服に関する論文が手書きで随分ありました。色の順序と形をどういうふうにするかというようなことが書かれている内容と、救世会館で執り行われている祭式や祭服がかけ離れている様を垣間見ることができました。

それからメシヤ様が執り行っておられたお光の入霊方法と当時の三代教主様が行っていた方法が全く違っていました。

そういったことを目にした時に、世界救世(きゅうせい)教はこんな状態では、既にメシヤ様のお創りになられた教団ではなくなってしまっている・・・・・と、そういったものに触れることによって痛切に感じたものでした。

そこで、この教団紛争は、けしからん連中が起こした事件ではあるけども、奥の奥の方では、やはり世界救世(きゅうせい)教がこのまま行ったら、メシヤ様が進められようとしていた教団と全く違う状態になってしまうので、歯止めをかけるためにこういった荒治療が行われているのではないかという思いに至りました。

そして、尚且つそれまでに教団から数多くの教会が離脱されましたけども、その実状を少しずつ知ることができました。しかも、メシヤ様を求める教会長ほど教団から離れていった実態があったということも知ることが出来ました。そうしたことを始めとして教団裏面史をも知るにつけ、この教団を『メシヤ様の進められようとした御神業』を推進できる教団に改革していかない限り、存在理由がなくなり、既成宗教と同じ形になってしまう、という危機感を覚えるに至りました。

立派な箱根、熱海、京都という聖地があって、国宝三点、重要文化財や名立たる美術品を蔵するMOA美術館もあり、そういう立派な教団ではあるけども、この世の中に地上天国を建設して行くというそういう勢いというのはもうすでになくなってしまっている、とさえ思わされました。

そういう状態では地上天国を建設することはできないということが時間と共に明らかになって行きまして、それで私が教団を離れるということに繋がった訳であります。

ですから、その頃思ったことを冨山さんの報告を聞きながら想い出し、また“何が何でもこの教団改革を進めていかないといけない”と思わされました。

幸いなことに、冨山さんは昨年からこうしてメシヤ様という御存在を認識すると共にですね、取り分け先祖様からの因縁からくる罪穢をお詫び申し上げて、真の救いを得たいというお祈りを捧げることが、三月にできました。すると瞬時に小学校六年生の時からの背筋の苦しみから開放されました。“これはメシヤ様御在世中のような大きなお蔭であるなあ”と、改めて聞かせていただきながら感しました。メシヤ様の御在世中はこのような奇蹟が、日々あったわけなのですけども、それは、メシヤ様という御存在に対してみんな直線で繋がっていた訳ですね。

当時、御垂示録とか御教え集とかの冊子を現場の信者さん方はそれが届くのを、“今か”“今か”と待ち望んで、届けられると貪るように読んでいました。毎日毎日拝読して、そして、メシヤ様という御存在に繋がって、そういう中で手を翳す訳ですので日々奇蹟が相次いでいたのですね。

その当時のことに思いが馳せました。今回の主神様、メシヤ様にお祈りをした冨山さんの体験記で、こういう想念をキチッと我々が持つことが出来れば、日常的に大奇蹟の日々を送ることが出来ると思わされました。

冨山さんの発表の中で大事なことは、「罪穢れ多き自分であるけども」というお詫びと、「お詫びの御神業に臨ませていただく」という決心をする、ここが一番大事なことであろうかと思います。

それで、メシヤ様に直結する形で、出張所として本来の御神業を担っていただければ大変有り難いと思います。

『文明の創造』出版の御用を担うことが仕組まれていた濵口さん

それから濵口さんが報告をしていただきましたが、○○先生の所に○○教団の幹部達と一緒に研修を受けておりました。この先生の研修は大変ですよ。例えば夜中の1時2時に研修資料のFAXが届いて、御教えを拝読して要旨を書き抜けという課題を与えられて、レポートを纏めていかなければならなかったそうです。その位御教えに対する研鑽姿勢の厳しい先生に鍛え上げられたのです。濵口さんは、会社に勤めながら放送大学を卒業するなどコツコツと積み上げていける人なので、“校正をやってもらえば大丈夫だろう”と考えた次第です。しかも、大学出の若い主婦達が集まってくれておりましたので、“このグループに校正を頼めば確実にやり遂げてくれるだろう”と考え、やっていただきました。

まだここに一杯付箋が貼ってありますが、連休明けに印刷所に持って行って最終的に印刷にかかります。六月十五日に間に合うように製本化して行きたいと思います。

ですから、まず各支部に発送する部数を決めていただくのと、出版会社の倉庫にどれだけ保管するかという配分を皆様方と決めさせていただきたいと思います。

この『文明の創造』の中には『基督教と善悪』という非常に深刻な問題の内容もありますので、これを出すか出さないかという事で随分自分自身も悩んだり、いろんな方々に相談をしました。

それで、ここにおられる皆さんはメシヤ教の中心の方々ばかりですので、『基督教と善悪』を載せるに至った経緯をまず知っておいていただきたいと思います。私が今から読み上げますので、自分の心に留めてしていただきたいと思います。そして、六月十五日に出版した時に対応できるように、皆様方の想念も高めておいていただければ大変有難いと思います。それで、これは後記として「『天国の福音書』続篇作成へ」として最後に載せる文章であります。

読み上げて今日の挨拶の締めにさせていただきたいと思います。

 

後記・『天国の福音書』続篇の作成へ

最後に掲載した『基督キリスト教と善悪』について最終的にどうして『文明の創造』に収録されていないかは不明です。また、「岡田茂吉研究者」の間では「『天国篇』が未完である」と論議されてきました。そのように見えても仕方のない部分はありますが、どうしてこのような形になっているかも、不明です。この「岡田茂吉思想」に後続する者は、推察するしか術を持ちません。恐らく余りにも深刻な問題であり、宗教界までも巻き込んで大変な論議を生むことは必定でしょう。しかも実際に各種治療を実施した人々への心身両面の救済処置についての課題は余りにも甚大です。

私自身の拙い布教経験からも、真実を伝えることは、正しいが故に冷酷な内容となることもあり、それこそ行基上人を見習ってはっきり伝えた場合、「余りにも冷たい話だ」と酷評されたこともあります。しかしながら、救いとは真理の具現でもあり、その意味から曲げて伝えることはその場を取り繕うことはできても真の救済には繋がりません。その点宗教組織として仲間が寄り添うことで、冷酷とも取れる内容も共に歩んでくれる人がいるということで、その課題に取り組む力が生まれるものです。組織とは、事業を進めるものではありますが、宗教においては救いに向かって取り組もうとする人々に寄り添う場であるのです。

ここで論文『基督キリスト教と善悪』自体の真贋が取り沙汰されていることについて触れておかねばなりません。まず、「碧雲荘の倉には日の目を見ない論文が多数眠っている」という先達の指摘があります。このことは私自身が確認している訳ではありませんが、先達が語り、書き残した文章から間違いないことだと推測できます。しかも、教団分裂の根底には、論文の中に記述された神々の取り上げ方がその創始者の霊統と密接に深く関連しているものと思われます。

次に『観音講座』でも数種の内容が手書きで残されており、かつての総長室に保管されていた原稿を許可の下コピーし私自身が所有しています。これは講話内容を幾人かが筆記して、その筆記者の能力によって書き留める内容が異なってしまったことと、『御面会』での講話の内容が日によって骨子は同じでも細部に置いては異なっていることからも十分理解できます。こうしたことから、論文の内容については、口述したままで推敲されていないか、論客に指示して記述させ未整理のままであることが推測されます。

しかし、論文自体の内容は、講話の中で次のように述べていることから真実であると言えます。

『御垂示(昭和26年11月8日)』
質問者 「夫婦で、子供が欲しくても、子供がないために、人工妊娠というのは。勿論いけないことで。」
教祖 『いけないですね。』
『御垂示(昭和28 年7月1日)』
質問者 「最近人工妊娠ということがありますが、その霊系統のものが妊娠するのでございましょうか。」
教祖 『そうです。男の霊系統です。ですから自分の系統を人にやるようなものです。祖先が怒りますから、そういう家は断絶します。』

『実生分会ニュース(3月号、昭和24年3月1日発行)』
質問者 「動物の人工受精は霊子が入るのでしょうか。」
教祖 『勿論入るのである。』(井上執事の聞き取りでは『動物は機械的にやっていい。人間と異う。』=同一月二十一日=となっています。)

一方、『栄光』138号(昭和27年1月9日発行)では、『この論文は文明の創造の中の一節である。』と述べ、教祖は論文『九分九厘と一厘』を読み上げさせています。しかし、『文明の創造』の中には収録されていません。同じような論文は他に多数あると見られ、取り分け初めて目にする神名も登場することから真贋論争を招いている面もありますが、これはこの項の冒頭で述べた先達の霊統の問題と編纂に関与した先達の思いが影響していると思われます。しかも、過去にキリスト教より邪教の代表的なものとして扱われたミトラス教、デュオニューソス信仰、マニ教などの古代宗教と混同され、キリスト教世界から迫害される可能性を極度に恐れて、封印したことが主たる理由とされています。それらが、内容は教祖の記述に違いはないが真贋に対する疑義を生じさせてしまっていることに繋がっています。

しかしながら、この著は、表題とした「『主神(エホバ)』様直接の御啓示」という立場からの論説であり、対立軸で論じられたものではないことを明確にしておくものです。敢えて収録した理由は「岡田茂吉研究者」への語り掛けと碧雲荘の倉に眠るとされる論文の公開を要望する運動を起こすためのものです。また、この編纂作業の中で教祖の未整理原稿が無数にあることが判明したので、岡田茂吉全集収録を含む世に出た論文を定稿とし、記述後推敲されていないと見られるものや、論客に指示して記述させたままのものを未定稿として区分けするという新方針で整理を重ねて著わしてゆきたいと考えております。

こうしたことを基に、再度『天国篇』の内容を見渡した時に、その内容は『岡田茂吉教祖をメシヤ様と認識する』私達に託されていると受け止めることができます。そして、私達には大きな手掛かりが残されていました。『文明の創造』の後に編纂された『天国の福音書(昭和二十九年八月二十五日上梓)』の序文に次のように記されているからです。

『故にこの著は、宗教始め凡あらゆる事象の真髄を、神智を通じての解説書であって、今まで書いた多くの中から、私の指示のまま弟子に選ばせ、編纂したものであるから、実に空前絶後の真理の解明であり、寸毫の誤りはないのである。それと共に、今後も続々出るので、溜った都度刊行する予定である。即ちこれこそ救世メシヤ教の聖書であり、将来世界の宝典として子々孫々に伝えらるべきものであろう。』

ここに記述された『私の指示のまま弟子に選ばせ、編纂したもの』が、私達の道標として存在するのです。しかも、『私の指示』ということにおいては、『私』の存在を『メシヤ様』と認識するという一点に置いて『指示を受けた』ことが成立するという意味を有しています。

今後『天国篇』は、『天国の福音書』続篇として編纂すると共に、「メシヤ講座」を通して六十年前に記述された内容を現代に求める取り組みを続け、今後もネット上で公開し続けたいと考えております。

最後になりましたが、『天国の福音書』の序文を収録し後記とさせていただきます。

ここでですね、大きな問題は『動物は機械的にやっていい、人間と異う。』というお言葉です。最近話題になっているタイでの不妊治療は、アメリカまで行くと高額なので日本人がかなり行っているようです。メシヤ様が御指摘されているのはこうした精子バンクや体外授精と言ったビジネスに対する警告であろうと拝察されます。『機械的』というお言葉でそういうことが拝察できるのではないかなと思います。

子供ができないために夫婦で不妊治療をする場合と根本的に違います。しかしながら、『いけないですね』とメシヤ様はお述べになられていますので、重く受け止めてまいらねばなりません。既に治療をされている方もおられるでしょうから、その方々に寄り添って救いの道が開かれるように、各支部で大きな課題として受け止めていただきたいと思います。

そして、今後著わしてゆく『天国の福音書』の編纂に関して、メシヤ様から指示を受けた人間というのは、メシヤ様をメシヤ様と認識できる人間だけですので、ここに集まってくださっている皆さん方を中心にしなければできないことは当然のことであります。『メシヤ様から指示を受けている』と受け止めて、これからですね、さらにこの編纂作業に取り組むと共に、世に苦しんでいる方々に救いの手を差し伸べてまいりたいと思います。

新本部の門に直筆の御書『救世(メシヤ)教』を刻印して謹製した看板を掲げました。

きちんと刻印できましたので、次ぎは和紙に印刷して複製品として出せるか検討しております。可能であれば複製品を謹製して各支部及び「メシヤ講座」会場に掲げていただこう、と考えております。

早く到着された方々には説明を細かくさせていただきまして、草取りなどもやっていただきました。まだ木立とか高い木もありますので、手を入れて本部らしい佇まいを更に整えてまいりたい、と考えています。毎年良い形になってゆくことを楽しみにしながら、本部大祭への参拝を心掛けていただければ大変有難いと思います。

『メシヤ様が進められようとされた本来の御神業』を、より一層この新本部を中心に推進させていただくことを、皆様方と共に心を新たにさせていただいて、竣成祭の挨拶とさせていただきます。

本日はありがとうございました。(要旨。4月に開催したメシヤ講座の骨子を基に挨拶したものです。)

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