メシヤ講座・特選集no.141(平成24年10月分)

<御教え>

『文明の創造』科学篇
薬毒の害

(文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』142ページに記載されています。(『文明の創造』購入方法は「出版案内」を参照ください。また、研鑚資料『文明の創造 二・上』では84ページです。)

伊都能売観音様入仏77周年記念式典特集

≪挨拶≫
『文明の創造』拝読により
教・論・律を改めて展開できるよう
御導きをいただく

メシヤ教代表 楳木和麿

「全山紅葉に神様のお召し物の裾模様を見る」という感懐

皆さん、「伊都能売観音」様入仏記念式典おめでとうございます。一言ご挨拶をさせていただきます。

本日は、昨日からの雨で天気を心配していたんですけれども、お蔭様でこのように例年にないポカポカした秋日和に恵まれて、感謝しながら道中こちらに向かってまいりました。例年は平地が紅葉でここまで来るとすでに紅葉のない状態になっておりましたけれども、今年は道中何とも美しい景色を見させていただきながら辿り着きました。よく「全山紅葉に神様のお召し物の裾模様を見る」と言われますが、そのような表現がピッタリのなかで、ずっとこちらに向かわせていただきました。

何故このように紅葉の時期が遅くなったかというと、かなり北海道も秋口から暖かかったそうですね。その話を聞かせていただいた時にですね・・・。こちらにお堂を建てた地崎宇三郎さんが、昭和10年立教間もない1月7日にメシヤ様の御許をお訪ねになって、そして、ここから峠を越える道路を建設中に、非常に犠牲者が・・・、“冬の厳しさのために犠牲者が続出しているので、どうか自然を和めて無事に工事が完了するように、ぜひ観音様を御下付いただきたい”と申し込まれました。

これをメシヤ様がお受けになって、伊都能売観音様を御描画になられてから、ちょうど十月十日後の10月17日に御下付されました。青函連絡船等を乗り継いでこの地へお供して、10月26日に御奉斎をされています。それ以来、北海道は非常に気候的にもですね、・・・マァ、冬は本州や九州などとは違って厳しいものはありますが、自然が和んできて、今、日本の中でも四季折々を味わうことのできる土地の一つに変わってきております。九州などは雨の降り方が変わってきてですね、日本の本来の四季を感ずることができないようになってきている面があります。今や、この北海道がそういうことを味わうのに相応しい土地となっております。そういうことを感じながら、ここまで来させていただきました。

そして、このお堂に一歩入ると、地元の札幌支部の皆さん方が万全な参拝の準備をしてくださっており、そのことに感動しながら、伊都能売観音様の御前に進んで、ご挨拶申し上げました。

また、今日はなんと数字が36人の参拝者です。全国からこの記念式典に足を運んでいただいて、神様から「良く来たな」という御心が伝わってくるような、そういう行事に年々感ずるようになりました・・・足を楽にして下さいね、一言で済まそうと思いましたが、少し話が長くなりそうなので・・・このように毎年行事を積み重ねることが許されるということは本当に有難いと思います。

『文明の創造』発刊を半年早めた理由

さて、『文明の創造』を発刊させていただいてから、私たちの周辺で起きることが大きく変化していることは、皆様方も強く感じる昨今ではないかな、と思います。

この『文明の創造』は当初ですね、今年の12月23日に発刊する予定で作業を進めておりました。

しかしながら、様々な情報によってですね・・・、マヤ暦が今年の12月22日で終わるという、あるいはフォトンベルトが近づいて来ているという、そうした情報というのは、人々の中にそこはかとない不安感を根付かせているために、様々な情報に左右される訳であります。その不安感が根付いている中身というのは何かというと、魂そのものが“(『夜昼転換』したはずなのに、依然として『夜の時代』の癖が拭い切れないために)現代は本来の世の中ではないんだ”ということをヒシヒシと感じて、それが心に反映して、そこはかとない不安感みたいなものが生まれて来る訳です。

その不安感に様々な情報が伝わることによって、より一層“終末”を感じていくということであります。(これは『昼の時代』から『夜の時代』に移ってから久しく、“今の時代は本来の姿ではない”と感ずる魂が、時代の推移と共に情報伝達のスピード化が進むことにより、それが心に反映して、そこはかとない不安感があるところへ陰謀論がピッタリ感じられる現象で、信じられるところがあります。)

そういうことがあるために『地上天国建設の設計書』を早く届けなければならないということから、今年の6月15日に発刊を早めようということで、三重支部の方たちのお尻を少し叩いて作業を進めました。三重支部の方達には非常にご苦労をしていただいたのですけれども、お蔭で無事にですね、今年の6月15日に発刊を許されました。発刊が許されると、メシヤ教全体が本部を中心にですね、いろんな変化が起きております。

まずは、その『文明の創造』に発行人の住所(発行所)を明記するんですが、前の本部の住所を入れるようにしていた訳なんですが、ところが新本部をいただいて、そちらの新住所を差し替えできるというタイムリミットにギリギリ間に合いまして、今思えばそういうことをはじめとして、私達の周辺は大きく変わって来ております。

それから、いろいろなことを報告してくださる方がいらっしゃるんですが、東〇之光教団のOBで、かつて教団幹部だった人達の会合が箱根で定期的に行われているようなのです。そこで『文明の創造』を取り寄せた方が、『文明の創造』を見せながら「メシヤ教が『文明の創造』を発刊した。この本は、凄くいい本だぞ」というふうにその会合の中で語り合った、ということを教えてくださった人がおります。(この報告は複数寄せられており、注文を取ってくださったりしているそうで、大変有り難い取り組みを知らないところでしていただいております。)

『文明の創造』を直に手にして学びを始めて強く感ずること

この他に、皆様方のご努力によって図書館が少しずつ、所蔵してくれるようになりつつあります。それと同時にメシヤ講座の中でお話しましたように、この『文明の創造』を直に手に取って拝読をする形式を開始するようになってから、世の中に起きて来ることは、我々の学びをより深くしてゆくために起きているようなことがずーっと続いております。

メシヤ講座と重複はしますけれども・・・。(『時は神なり』と教えられていますが、このような形で推移しようとは想像だにしませんでした。正に、教・論・律を展開するように促されているかのように、10月度も学びが深まりました。認識しておいていただきたいことを改めてお話しておきます。)

『無機質界』を拝読した際には、その前にヒッグス粒子が確認されたことによって、我々が『霊の世界』を知ってゆく手前には素粒子の世界を理解しなくてはいけない所があるのですけれども、その素粒子の世界を理解するために、より分かりやすい情報が日本中に知らされて、私達はその中で勉強会をさせていただいている、ということになりました。

今月は、iPS細胞の山中教授がですね、ノーベル賞を受賞して、新聞、テレビなどで細かくこのiPS細胞を作り出す、万能細胞を作り出すメカニズムというものを知らせてくれております。信者の中でメシヤ様の弟子として見つめた時に・・・、私達が浄霊を取り次いだ時に、「どうして御守護いただけるのか?」あるいは「癌になった人の癌が改善されて、そして、消えていくメカニズムはどういうものなのか?」ということについて、iPS細胞を作り出す時の山中教授がたどり着いた4つの遺伝子を入れ替えることによって万能細胞が出来る、しかも受精卵を傷つけなくても自分の皮膚の細胞などから作り出す、というところまで解明の情報が達したことにより、理解しやすくなっております。

自然治癒力に対する具体的理解度を高める

それで、これには、メシヤ様の弟子としては二つの見方を持っておかないといけないのですけれども、一つは浄霊をしたときに「癌化した細胞が何故消えていくのか?」ということは、浄霊の光によって自分の力で遺伝子を操作出来るという自然治癒力をその人に与えるということであります。そこで素粒子の世界、遺伝子の世界まで理解していくと、メシヤ様の御教えからいくと浄霊の光というものは素粒子の世界よりも細かい光粒子なのだ、と仰っていますので、つまり、その光が到達すると自動的に自分の細胞の遺伝子組み換えが行われ、癌化した細胞が元の正常な細胞に戻るということになります。

「細胞がどうして癌化するのか?」ということは、いわゆる研究者たちは解っておりますけども、研究費を取得するために明らかにしておりません。非常に姑息な面がありますが、正常細胞に化学物質とか薬物が加わってくると、正常な細胞分裂が行われずに、細胞自体が突然変異を起して癌化してしまうのです。すると、本来、細胞というのは細胞分裂後に必ず片方が死んで、そして、この細胞がまた細胞分裂して片方が死ぬ、というシステムになっているのですから、人体が成長して私みたいに大きくなっていくことがあっても、細胞が死なずに倍化倍化していくことは人間にはあり得ないのです。成長期を過ぎると、細胞は必ず分裂すれば一方が死ぬということになっています。

しかし、癌細胞というのは、細胞分裂したときに元の細胞も両方が癌化したままになっております。そうすると、これがまた増えていくとふくらんできて、そして我々の栄養分を摂ると同時に、他の部位を圧迫していくので、生命活動としては支障が起きてきます。

この癌細胞化して、細胞分裂しても死なないというところのもっと細かい世界まで浄霊の光が届いていくと、“死ぬ”というスイッチが遺伝子の中で入っていくようになります。そうすると、自ずと浄霊をすると元の細胞に戻ってゆくことですので、癌が小さくなっていく、あるいは消えていく、という解り易い話を私は若い頃からずっと信者さん方にはお話していたんですけれども、どうしても、今回のようなメカニズムというものが大きく報道されていかなければ多くの人達がそれを認識することができない時代だったので、中々その話が通りにくいところがありました。

ところが、こうしてですね、今年は、大々的に新聞やテレビで取り上げてくれておりますので、遺伝子をどのように操作して作り上げていくのかということが分かりましたので、私達が、ちょうどこの『文明の創造』を拝読する中で、浄霊の光はその遺伝子よりも小さい世界、物質的に見ると小さい光だから遺伝子をも透過し正常化させていくことができるということが研究成果と相俟って分かってきた訳です。メシヤ様は『浄霊は相手を貫くような想念で』と仰られたということは、こういう研究成果が出れば出るほど、私達の浄霊に対する想念はさらに具体化してゆく訳であります。

このように具体化してゆくから、メシヤ様の浄霊力を強化するための「三つの基本条件」がより私達の想念の中に明確になってゆく訳なのです。正に『文明の創造』を拝読しながら勉強会をしている人達が理解し易い世の中に動いているということは、「主神様という御存在に感謝する」という、感謝する中身も、非常に具体的な感謝になっていっている、そういうことをヒシヒシと感じるような今日この頃です。

このように、非常にそうしたことがあるが故に大変感謝をしながら各地で月々の勉強会を積み重ねさせていただいておりますが、その学びをさらに深めるようにいろんな方々が私に情報を届けて下さってですね、より一層学びが深まっているように思います。

学びが深まる情報が横山に足らわす如く寄せられ

その学びの中で、(ホームページにはまだ載せることはできない内容なので、割愛しますが、この話の中にメシヤ様の弟子として見ておかなければならない二つ目が含まれています。その内容は、浜松支部、三重支部、大阪支部、岡山支部の各メシヤ講座で確認できます。)我々はメシヤ様から御光をいただいて、そして、浄霊という形でですね、火・水・土三位一体の光を放射するんですけれども、そこまで考えが達していない人には“果たしてメシヤ様はどうかな”ということで疑問を持っていらっしゃる方が大勢いらっしゃいます。メシヤ様がどうかということで疑問を呈している人たちの、いわゆる唯物主観に対して、「やはりメシヤ様なんだ」ということを知らせていく唯一の鍵は浄霊による証です。

大きな病気を抱えた人にせよ、小さな病気を抱えた人にせよ、浄霊を取り次いだ時に良くなっていく、御守護いただく、という時には、これからは出来得る限りですね、「診断書を添えて体験記をホームページ上に載せてもらいたい」という要望があります。

我々信者は、健康に恵まれているために病院に行きませんので診断書は中々出ないんですけれど、これから、未信者の方々で、そういうことでお悩みの方、苦しんでいる方を浄霊をする時には、必ずその何々の癌だとか、何々症だという診断書をですね、必ず取っていただいて、・・・会社などに提出する診断書のああいう範囲でも良いと思うので、明確にこの癌であった、癌で疑われる症状が出ている、ということを出来れば載せていただいて、御守護報告をアップしていただけると「より唯物的には信じることが出来ます」という話をしてくれました。

これは、大勢の方々が理解するためには必要であるので、各支部の御守護報告のところに一緒に載せていくという態勢を整えてゆきたいと思いますので、どうかそれを心がけていただくようにお願いしておきます。再度、来月のメシヤ講座の中でも具体的にそうしたことを種々お話させていただきたいと思います。

それから、今日初めての方もいらっしゃいますけれども・・・、お名前出してもいいですか?

まだ私が30代前半の時に札幌で布教所長をやっている時に来られていた青年信者さんなんですけれども、二十数年ぶりにお会いしました。(具体的内容は割愛)今までメシヤ教の英文サイトというのを準備する中、どのような形で英文サイトを作り出すかということについては決定し辛いところがあったのですけれども、何度か話をしているうちに、大枠で私の方向性が決まりましたので、今日、昼食会を終えてから、英文サイトを担当してくださる方と練り上げて、叩き台を作り上げたいと思っております。その中でですね、「どの言語を主体として英文サイトを作っていくか?」ということは、私自身が浅学なために、その辺の知識を拝借しながら、どういう形で日本以外の所に発信していくかという点も練り上げていきたいと思います。この様に、メシヤ様の御神業、本来の御神業を進めていく上においてですね、かなり具体性が出てきております。(他の方の事例は割愛)

今時間何時ですか?、もーちょっといいですね。

主〇光教団時代のことですが、名古屋栄布教所という所がありまして、ここに天理教の教会ごと入信してきたことがあります。そして、「天理教の教会運営は続けつつ、浄霊を徹底していこう」ということが起きました。私は、これからの御神業の一つの型だと思って非常に注目をしていたんですけれども、やはりいろんな思惑が絡んで、結局離れていきました。

これは入信をしなければ浄霊力というものが授かっていかないために、天理教のいわゆる教会の上のところからの考え方と、主〇光教団の上のところからの考え方が、しっくりいかなかったために、その方々はずっーと離れていったという、残念な経緯がありました。

しかし、この「浄霊力伝授」・・・『メシヤ様』と祈れば誰でも浄霊力をいただくことができるという、この取り組みに対して様々な話が入っております。(具体例は、割愛。)

“無心論者”と“無神論者”

それから、先日、三重支部の方へですね、「手かざし研究会(略してテカケン)」というのを無神論者の方がやっており、お二人を案内して来られました。(無神論ということから)その方達は月次祭の祭典が終わった頃に来られて、「浄霊力伝授をお願いしたい」という話になったんですけれども、面白くて有意義な話がありました。

「私は、“無神論者”だけれども、しかし、浄霊の力だけはやはり信じられる」という人がトップにおります。その人が私に話してくださったことは、札幌支部でもお話したんですけれど、「私は“無神論者”だ。しかし、今、日本中の信仰者も、神様とか仏様に無心ばかりしているではないか。『ああして欲しい、こうして欲しい。こういう事が実現しますように。このようにお願いします』といって、実は無心ばかりやっている。この“無心論者”よりも我々の“無神論者”の方が、人間として、しっかり生きているので、そこはどうですか、比較してみて?」というような話を私に投げかけました。

「それは確かにそうだ、世の中にはそっちの無心ばっかりする“無心論者”が多いですね」と話したんですけれども、メシヤ教としても、あるいはメシヤ様を教祖と仰ぐ教団でも、この“神様に無心ばっかりしている人達”―そういう信仰者が増えていってもですね、これはそういった“無神論者”と自分達が名乗っている人達をもずっと枠の中に入れていくような信仰形態を形成することはできないな、とつくづく思わされました。

で、昨夜ですね・・・、由仁という所で勉強会をさせていただいて、それからホテルへ帰って、北海道以外から今日の参拝のために来て夕食会に出れる方々と一緒に食事をさせていただいたんですけれど、その合間にですね、ある方と電話でお話したんですね。

神〇〇明会の中で、「これはメシヤ様の進められようとしていることとは全く違う」ということにお気付きになって“「浄霊力伝授」からまずお願いを”ということで、そして、いろいろ電話で質問したりする方がいるんですね。で、その方のお母さんが癌になって、お母さんは神〇〇明会の信者さんなのですけれども、神〇〇明会の中で、会主様とか現会長とかそういう方々に縋ってもどうにもならないので、ひたすら“明主様”とお祈りし続けてたら、癌というのはもう手遅れだったんですが、どんな処置ももう出来ない状態なんだけれども、転移していないということもあって、日頃の車の運転が出来るところまで改善してきております。

たまたまメシヤ教の「祈りの栞に寄せて」という小冊子をですね、「お母さん、実は私はこういうところで、こういうことを勉強してみようかと思っているのよ」と言ってみたら、そのお母さんはそれをつぶさに読んでですね、「私はこの信仰を待っていたんだ!」と。「神〇〇明会はヤッパリ明主様が消えてしまっていて、そして学校を作ったり、海外がどうなったとかいう報告ばかりで、明主様の話がほとんど無い」と。しかも「“人間の精神性を高めて行くという方向の信仰になり得ていない。本来、信仰とは?宗教とは何か?ということを教えてくれる、そういうところじゃないと駄目だ!”と前々から思っていた。これよ!」と言ってくれたらしくて、その喜びをちょうどその間の時間に電話をしてくれたんですが、その人自身がそうしたことに気付いた以上に、「母親が以前から神〇〇明会の問題点についてずっと考えていたということが分かった」ことに感動をして電話をしてきてくれました。

魂、あるいはそれを包む心で、メシヤ様が本来進められようとされている御神業を見た時に、“今の教団の姿ではない”と気付いている方が大勢いらっしゃる。しかし、大勢いらっしゃるけれども、メシヤ様の光がまだダイレクトに届いていないところがありますので、私達の御神業というのは、一方ではダイレクトにメシヤ様の御光を届けてゆくという取り組みを進めさせていただきながら、まだメシヤ様という御存在を知らない方々にも宣べ伝えてゆく、メシヤ様の御教えと御力を宣べ伝えてゆく、という両面の布教活動をですね、これからも更に進めさせていただきたいと強く思う今日この頃です。

と、「今日この頃です」はもう三回目ですけれど(笑)・・・。最近そういう想いがしきりに湧いて来ます。

どうか、こうして・・・、この北海道の霊界や気候を大きく変えてくださった、メシヤ様御描画の伊都能売観音様の御前で主神様とメシヤ様にお祈りを捧げさせていただきました。記念日にこうやって集ったということはメシヤ様が御描画された時の、その大きな御業、御心というのを、ここで私達は再確認させていただいて、本来メシヤ様が御神業を進められようとしていたことをより一層強く大きく担ってゆく、そういう日にしていただきたい、と願っております。

お時間のある方は昼食会に残っていただいて、その中で、お互いの情報を交換しながら、より一層自らの魂を高めていただいて、メシヤ様により一層お使いいただけるような自分作りをさせていただくようにお願い致しまして、私の挨拶とさせていただきます。本日は、おめでとうございました。(要旨)

追記・1

記念式典前夜の夕食会、及び当日の昼食会でお話した内容に引用したものを最後に添付しておきます。

 現在日本の政治情勢は迷走を続けているが、石原都知事が辞任して国政に身を転ずる発表を行なったのは夕食会の直前でした。80歳を超えているとは知りませんでしたが、日本の直面している問題に対して一刀両断のような発言をしています。

その動きの少し前、評論家の屋山太郎氏が10月23日付産経新聞「正論」で次のように述べていました。参考にすべき箇所を引用しておきます。

【なぜなのかに関し、平成23年10月25日付の朝日新聞社朝刊に、菅直人前政権で総務相を務めた片山善博氏がいみじくも語っている。同年3月11日に発生した東日本大震災の復興予算がなぜ9カ月もかかったかについて―。

「私は第3次補正予算を早く決めましょうと言い続けたが、財務省が震災を機に増税することにこだわって進まなかった」「復興のためなら国民も増税に応じるはずと復興を人質に取った」「野田政権になってほとんど自民党時代に戻ってしまった。野田さんとは1年間付き合ったが、財務官僚が設定した枠を超えられなかった」】

これは、一連の動きと連動していることを如実に表しています。

追記・2 『国武彦尊』について触れられた御講話を発見した参加者

最後に、大阪支部月次祭で読み上げていただいた御講話集の一節を紹介しておきます。参考にしてください。

参加者F

ありました。

代表先生

じゃあ読んでください。

参加者F

これは『文明の創造』における「宗教篇」です。この前読みましたがその続きです。これはみんなが分からないことをずいぶん書いてますからおもしろい点も大いにありますが、また非常に参考になる点もありますから特別耳の穴をかっぽじって聞きもらさぬように。

(御論文「仏教の起源」「伊都能売神」「観世音菩薩」朗読)

これでまだいろいろおもしろいことがあるが、ちょっと書けないことがそうとうあるのですから、そういうのは話をするかしようと思っているが、ここに伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子供で五人としてあるがもう一人ある。もう一人というのは伊弉諾尊と言う神様は国常立尊(くにとこたちのみこと)になるんですね。息子に国武彦尊(くにたけひこのみこと)と言うのがありそれが一番長男になる。当時大将軍と言い勇猛でかなり勝手なことをやっていたその罪によって、言わば地獄に行かれたようなことになる。一番末が初稚姫尊(はつわかひめのみこと)と言い、これが天理教祖の中山みきとなる。

そういうようにいくども生まれ変わっている。大将軍の妹になる。

そこで霊界で地獄と言ってもふつうの人間と違います。修行するんです。修行した結果、大いに世の中のためになろうと言うので天理教祖の中山みきに憑った。それで中山みきに最初憑ったのは夫の大将軍が憑ったんです。そういう因縁なんです。そこで最初のうちは力がありますから病気治しもさせたが、その力によって良く病気が治った。それで最初は病気治しで世の中に出たんです。

それからもう一つ日本民族の霊的考察の中にありますが、そこにもっていってそれを出雲系……素盞嗚尊(すさのをのみこと)が利用した。利用して、そうして、盤古神皇(ばんこしんのう)に取って代わろうとしたわけです。それが徳川家康の系統なんです。それは霊的考察にざっと書いてありますが、そういう意味です。

天理教の本体を書くことは天理教に悪いですからそこで書かなかった。

それからもう一つ書こうと思って止したことがある。いまの稚姫君尊(わかひめぎみのみこと)ですね。これがこの次に書きますがお釈迦さんですね。ですから釈迦、阿弥陀というのは伊都能売神皇(いづのめしんのう)がインドに行かれて観自在天というお名前になられ、霊は釈迦と阿弥陀となった。阿弥陀は素盞嗚尊です。そこで稚姫君尊は釈迦になる。そこで釈迦は変性女子(へんじょうにょし)と言われたというのは稚姫君尊だから女になる。

それで弥勒三会(みろくさんえ)にあります「鐘の音」というのがありますが、三人の弥勒というのは釈迦が報身(ほうしん)、報いるという字です。阿弥陀が法身(ほっしん)弥勒、観音は応身(おうしん)弥勒、これが三尊の弥陀になる。

ところが弥勒三会というのは大本教になる。大本教はそのために出た宗教です。大本教祖出口なおと言う方は釈迦の稚姫君尊です。大本教のお筆先にあるが「直の御魂は半分は国常立尊、半分が稚姫君尊である」というのはそういうことです。出口王仁三郎聖師様この方が阿弥陀になる。それで自分は月の神様で、瑞月(づいげつ)という名前をつけたんですね。だから寂光の浄土と言いますね。月の天国と言うんですね。そんなようなわけで、大本教の教祖さんが釈迦になる。そうして聖師さんが阿弥陀となる。そこの二人に生まれたのが私です。私が応身弥勒ですね。この三人が会った。これはだれも知らない。私は知らせたくないと言うのは、大本教の信者がこっちに来てしまうからね、だから書きたいが書かなかったんです。分かったらたいへんだからね。

そんなようなわけで応身の弥勒と言うのは観音です。そこで観音会をつくった。観音を芯にしてやっていたからね。つまり大本教は天理教と姉妹教になる。

それで大本教では天理教の教祖を祀ってやっている。教祖さんの出口なおの妹になる。で、その親が伊弉諾尊……国常立尊になるわけです。なかなかここのところは不思議です。すっかり分かればなんでもないが、なかなかね。

それで仏というのは神の化身です。化身ということはインドは大自在天が支配していたとき、バラモンというのがインドですから、そこに仏教を弘めなければならないと言うので、最初稚姫君尊と素盞嗚尊が行って仏教の基礎を作った、そこに伊都能売神皇が行った。それを化仏化神と言う。そのとき天の八人のお子さんで五男三女と言う、これが八大龍王になる。なぜと言ってそのとき五男三女というのは、自分はインドに行くのは嫌だと言ってどうしても日本にいると言う。仏はいずれ仏滅の世になると言うので龍神になってそれを待たれた。日本の近海ですね、越後と佐渡の間だとか、東北のほうにもあるし、房州と関東の間の海、九州の有明、そういう所に飛び込んで時を待った。それが八大龍王です。そうして総大将が伊都能売神様ですね。それが日本に帰ろうと思ったところ、いま読んだように帰れないので霊で日本に来て自分も仏滅まで隠れていると言うので、先にも言った通り近江の琵琶湖に入り琵琶湖の底に龍神となられて、これが金龍ですね。それで霊でも霊と体がある。霊の体のほうは木花咲爺姫(このはなさくやひめ)で、そうして富士山に祀られている。それから琵琶湖のほうが伊都能売金龍として隠れている。このことは先に書きましたが、そうして時を待たれた。

代表先生

そこまででいいです。ありがとうございました。あと、何年と書いているか言ってください。

参加者F

昭和26年9月21日です。

追記・3 “まだるっこい”ように見える理由

【参考】 (御講話続き)

そうして約三〇〇〇年、本当言うと二六〇〇年ですが、これが最初三〇〇〇年のつもりだったが神様のほうで力を強くしたんですね。それで邪神のほうも書きます。邪神のほうの活動ですね、たいへんなんです。こういう宗教的なものはいままでなにもないが中味をさらけ出すわけです。いままではこれを分からせることができない。なぜ分からせることができないかと言うと時期が早いからです。やはり成功しないからです。と言うのはいろいろ夜の世界と昼間の世界の関係もありますからね。邪神のほうの活躍ですね。まだずっと先までやるつもりだったが、だんだん神様のほうでも強くなって、邪神のほうがこの辺で往生することになる。邪神の活躍というのももうじきなんです。それで五六七(みろく)の世ができるんですがね。大本教のお筆先にありますが、「遅き速きはあるが一度神の申した事に違いはないぞよ」これは千変万化邪神に対抗していくことになるので、いままでの私とメシヤ教に対するいろいろな手も邪神との闘いです。いまもって続いているわけですがね。だんだんこっちのほうが勝って行くわけです。

(中略)それから神様のほうでも、つまり一挙にやってしまえば邪神が負けるんですが、そうすると救われない者や亡ぶ者がたくさんできますから、神様の慈悲によってそういう者を救いながら分からせる。そうして被害を少なくしようというのが神様の慈悲なんです。そのためにまだるっこいようなことがあるんですね。(後略)

時の推移が遅いように受け取られたり、経綸が変化してメシヤ様の御昇天が早まったりというような憶測を耳にすることもありますが、『救われない者や亡ぶ者がたくさんできますから、神様の慈悲によってそういう者を救いながら分からせる。そうして被害を少なくしようというのが神様の慈悲なんです。そのためにまだるっこいようなことがあるんですね。』という御言葉には、自然と感謝が込み上げてまいります。

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