メシヤ講座・特選集no.151(平成25年8月分)

 <御教え>
『文明の創造』科学篇
口中の病など

(文創  昭和二十七年)

 本文は『文明の創造』193ページに記載されています。(『文明の創造』購入方法は「出版案内」を参照ください。また、研鑚資料『文明の創造 二・下』では40ページです。)

なお、『口中の病など』は9月に拝読し学び合う御論文です。解説は、各支部月次祭及び各会場で8月に学んだ『脳貧血其(その)他』に基づくものです。

 

≪解説≫
『文明の創造』拝読により『主神様の御意図』を具現化することが可能となる

メシヤ教代表 楳木和麿

『天国の福音書』続篇の刊行計画に呼応

8月のメシヤ講座では、他教団の方や新たに御神体を申し込まれる方から御神体の御文字に関する質問を多く受けました。これは、メシヤ講座を公開していない支部、出張所における話ですので、改めて触れておきたいと思います。

また、その内容は、『天国の福音書』続篇の編纂作業を進めている“時期”に呼応するかのようでした。

と言うのも、研鑽資料『主神様とメシヤ様』は、元々三重支部責任者が主神様へ祈りを捧げる在り方を求めて御教えの検索を重ねたことが初期にあったのです。勿論メシヤ様の御神格を認識するためにも作業を重ねたのでした。その作業に加えて、「はじめに」に記述したように時代性を考慮して「世界救世(メシヤ)教」開教後の御教えを主として掲載し、それ以前の御教えを後半に掲載することにしたのです。

現在、メシヤ講座で報告したように充実した編纂方法を企図して、三重支部の方で作業を進めています。その、編纂作業を担っている三重支部責任者が、字体や仮名遣いを統一するために8月に手渡した資料から、研鑽資料『主神様とメシヤ様』に掲載していないが、内容的に非常に重要である御講話内容を発見してくれたのでした。

その内容が冒頭の答えになる内容そのもので、非常に繋がりのある出来事でした。そういうことから、以下に掲載させていただきます。

***三重支部より***

【『主神は型で経綸を進められる事』(昭和27年6月16日) 】

『神様の経綸というものは面白いもので、丁度果物の種の様なものでして、まあ梅なり桃なりが、実そのものは世界なんですが、
種がつまり中心になる訳です。中心という事は、今はっきり言う事は出来ませんが、種の中心に又種の元があるんです。

そういう工合でして、そうして世界を色々するには、一番小さい種が変るんです。

 そうすると、丁度池に石を拠り込んだ様なもので波紋を起します。
そういう様なもので、世界を天国にするには、極く中心の中心の小さい・・そこを色々に変えるんです。

色々変えるというのは、天国を造るんです。天国を造るその本尊様がつまり私なんです。

ですから、私というものは、世界の極く中心なんです。その中心というものはポチ(ヽ)なんです。

で、丸(○)にチョン(ヽ)ですね。之が宇宙の形なんです。丸(○)が宇宙でして、チョン(ヽ)が肝腎なのであります。

それが私の救いの仕事になる訳なんです。

それは非常に神秘ですから、精しく話すると面白いんですが、未だ時期がそこ迄行っていませんから、時期を待って居るのです。』

<支部責任者所感>

◆主神様は型で御経綸を進められ、チョンがメシヤ様であり御本尊様である。

丸(○)にチョン(ヽ)は宇宙の形であり御神体としてメシヤ様がご準備されたとしか思えないのです。

また、昭和二十七年の時点で非常に神秘でまだ時期を待っておられたのだということがわからせていただけます。

 この御教えは「主神様とメシヤ様」に掲載していないのですが、『天国 を造るんです。天国を造るその本尊様がつまり私なんです。ですから、私というものは、世界の極く中心なんです。』

メシヤ様の御神格を分からせて戴ける御教えと思います。追加で掲載しても良いように思いました

******

確かに、『主神』様という御文字や『メシヤ』様という御文字がないために検索にはヒットしませんが、内容はメシヤ様御自身について御説明しているのです。しかも、現在のメシヤ教の御神体そのものの御説明であるとも受け止めることができます。

メシヤ様は、昭和29年6月に御尊影のみを御奉斎するように御下命され、同8月に元に戻すように御下命されていることから、御昇天後には御神体、そして御奉斎の在り方が様々に論議されてきました。そして、多くの御奉斎形式が生まれてきました。それぞれ見解の相違で生じているのですが、この御講話内容は私達を高い視座へと導いていただけます。

一方で、神観の確立がなされていないために、ともすると「主神様直接にお祈りを捧げるということは、その御存在が余りにも高すぎるので相応しくないのでは」という意見も寄せられたこともありました。私としては、『開教の辞』と『世界救世(メシヤ)教教義』を拝読すれば、一目瞭然と考えていました。

ご参拝の形式も初期の善言讃詞奏上はメシヤ様お一人で執り行われ、「念被観音力」「念被観音行」「念被観音心」を皆で奉唱申し上げました。また、御神名の奉唱も『一回で良い』とされた時期もあったようです。それ故に、メシヤ教では現在のような作法を執り行っているのです。取り分け、御神名を奉唱する際には「表現し奉る言辞もありませんが、主神様の御神名を皆で奉唱させていただきます。」という想念で執り行わせていただいているのです。

そして、ここでメシヤ様は『時期』と仰られています。現身(うつそみ)を有しておられたことと御神格の御出世が大きく関わっていたことが拝察されます。それと共に、主神様の御意図を拝察奉るに相応する知的レベルの到達点があると思われます。

宇宙規模では解明が遙か彼方の状況ですが、生命誌に係わる内容ではゲノム解析を終えています。係る如き今日の知的レベルに到達されていない間は「直接お祈りすることが憚(はばか)れる」という意味でもあったものとも受け取れます。また、偶像崇拝を嫌うイスラム圏でも浄霊力伝授が許される時期が到来し、現に許されつつある理由もここにあります。

そうしたことから、大阪支部では以下のような話を展開しました。

***大阪支部より***

「諸事行詰まり」と「主神様の御意図の具現化」(大阪支部より)

代表先生

今ですね、○○さんの話は非常に参考になる話とは一体何かというとですね、今から4、5日前の新聞にですね、がん細胞の中に幹細胞、まぁ芽になるような幹細胞があるということを報じた新聞・・読みましたかね?

実は「抗がん剤が何故効かないか?」というと、その幹細胞は、抗がん剤を打ち始めると寝たふりをするので・・、これは、がんだけ死滅するけれども、がんの元の幹細胞は眠ったふりをしてるので、そこに抗がん剤を打っても効かないんだ、と。そして抗がん治療が終わると、またこの幹細胞が起き上って次のがんを作っていく、そのために抗がん剤をいくら処方しても、この幹細胞がある限り、がんを撲滅できないと。

だから今抗がん剤を作る人たちというのは、「この幹細胞をどのようにして死滅させるか?」ということを懸命に考えている。それはアメリカの女優がですね、乳房をすべて切ってしまったでしょ?がんの根元、これが幹細胞を切ったということです。

だから医療的には今そこまでいっているのは・・、医学会の一番先頭を走っている医者たちは今何にぶつかっているかというと、実はこのスイッチが入ったり切れたりするメカニズムが、「実は人口調整ではないか?」というところにぶつかっていっているわけです。だから人間ががんを治すと長生きするので、人口が増えると、それを人口調節するために、その幹細胞が目を覚まして、がんを作って、また人を死なせていくという、これが人口調整ではないかというところに、今ぶつかっています、医療の最先端が。だからがんを良くするということは、次のがんを生んでいるというジレンマに、医者たちは突き当たっていってるわけですね。そういうことを真剣に考えている医者たちがいる、そして研究している人たちがいる。

医学者のジレンマ(文芸春秋8月号より抜粋)

【文芸春秋8月号・激変する医療大特集・がん治療の「ビッグバン」が始まった」=立花隆VS中山敬一九州大学生体防御医学研究所主幹教授】

中山氏「ぼくはずっとがんの研究をしてきて、がんができるのはある意味進化の必然ではないかと思っています。個人としては誰でも長生きしたいですが、ヒトという種の保存を優先して考えれば、生殖年齢を過ぎた個体は、なるべく早く集団から排除した方が都合が良い。つまり、現代のように食料が豊富になかった時代には、生殖年齢を過ぎた個体は、長生きされると貴重な食料を浪費するだけの存在になってしまう。昔の姥捨て伝説のように、高齢者は社会から排除するのが進化にとっては合理的なのです。それを裏付けるように、がんは年齢の五乗に比例して発生数が増えると言われています。だから、いまの高齢化社会では、その進行に伴ってがんが増えるのは当然なのです。ところが、実際に高齢化分を補正すると、日本のがんはどんどん減っている。がんが増えていると言いますが、実際には高齢化しているだけです。」(中略)

「しかし、がんで死ななくなると長生きするようになる。高齢化が進むと、年齢の五乗に比例してがんが発生するので、結局はがんで死ぬというジレンマが起こるわけです。つまり、人間は結局、がんで死ぬように仕組まれているのだと、私は考えています。」 (大阪支部では読み上げませんでしたが、参考にしていただきたく掲載しました。)

ですから、ここにぶつかっている(医学最先端の)人たちに、メシヤ様の御教えに基づいて指針を与えるのが本来の世界救世(メシヤ)教の役割なわけです。(ここで批判的な話を述べていますが割愛します。しかし、宗教というものを見つめると“宗教が国境を超える際に学問に変わる場合が多い”ということと“民度の高いところから低いところへ行く場合には巧くいく”ということに照らして考える時に、医学を補完するような姿勢や活動では真理の教えをいただく者としては心許ないのです。)

それは世の中はどんどん研究が進んでいるために、実は「主神様の御意図」が分からないといけないところまで今ぶつかってしまっているので、私たちがですね、これから「主神様の御意図」に基づいて、その人たちに研究の指針を与えていかないといけないということです。

そこで、今日までに読んだ『文明の創造』の中にはですね、寿命は本来120歳まであるんだと。その120まであるということについては、精神面と、それから食生活を始めとして薬毒や化学物質が体の中に入ってこないようにすることによって、そういう寿命を形成していくと。

そしたら、さっきのがんを治療すると、また人口調整のために新たながんができあがって来るというジレンマに医者たちがぶつかっているところに、その論を求めて、「主神様は、いわゆるサムシング・グレートは本来こういう意図でこの世の中を創り上げていこうとされているんだ」ということを提供してあげていくと、その研究者たちに指針が生まれてくるということです。

今は、出来てくるがんを撲滅すると。あるいはスイッチが入るか入らないかというところをマウスを使ってですね、スイッチをわざと入れさせて、そして抗がん剤を入れて、そのがんの芽を全部摘んでしまおうという、そういうことをやっているわけですね。

しかし「主神様の御意図」に基づいて人類が生活していけば、そのスイッチが入るか入らないかということが、その「生き方によって決まる」ということが、だんだん分かって来ますので、そうしたことをメシヤ様の御教えに基づいて、実は提供していかないといけないのが、我が世界救世(メシヤ)教の役割なわけです。

そういうことがあるので、今度、次の出版計画は『主神様とメシヤ様』という、今みなさん方にお渡ししている小冊子の全文を載せた本を出します。そして「主神様の御意図」に基づいて生活をして、そして「地上天国を建設していく」ということを提示する本を発刊する予定に・・やっと私の出版方針が決まりましたので、それで今から原稿を各支部の責任者とも協議しながら作り上げていって、12月23日に原稿を完成させて、それから来年の6月15日に出版する予定にですね・・、“『文明の創造』と同じような形でアマゾンを中心にして販売できるような形をとりたいなぁ”と今考えています。

それ程ですね、世の中はメシヤ様の御心を求める形でずっと研究が進んでおります。しかし、本体が、そういう気持ちの基に御教えということを取り次いでいってないために、世の中に救いをもたらすことができない状態に、各教団がなっております。

ですから、みなさん方に支えていただきながら、このメシヤ教は本来の世界救世(メシヤ)教に復興しつつ、そうした役割が担えるような形を目指していきたいと思いますので、是非より一層ですね、今○○さんの体験事例を元に、私たちのやるべきことを明確にしつつ、御神業の本筋を担っていただけるお一人お一人になっていただきますように、より一層お願いさせていただきまして、ちょうど時間がきましたので、「御清聴ありがとうございました」ということで、終わらせていただきたいと思います。

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皆さんへお話しした内容は、現在ヒット中の映画「風立ちぬ」で鯖の骨を箸で摘まんで語るシーンです。造物主の造形美を何度もデッサンして製図へと繋がってゆくところなどは、今日までの技術的進歩の在り方を象徴しているようなものです。

「風立ちぬ」では喫煙シーンが多いことで論議を呼んでいますが、人類の頭脳の明晰化のために神様が創ったことを知れば、喫煙の仕方も自ずから決まるであろうものに、とため息をつきたくなる社会風潮ではあります。また、私の恩師(社会思想史)は、「この煙の広がりが思考の広がりなのだ」と話し、「若いうちは知ったかぶりを重ねなさい。そうすると必ず叩かれる。その積み重ねにより成長するものだ」と、導かれたことを今でも鮮明に覚えています。

余談になりましたが、8月はDVDで「ツナグ」を視聴しました。これに関しても引き続き大阪支部から引用します。

***大阪支部より***

ただ8月はですね、お盆の月でありますので、最後にお盆の過ごし方をもう一度確認させていだきたいと思います。お盆はですね、一番の意義は地獄の釜の蓋が開くということです。普段はあそこ(支部内)にも仏壇がありますけども、地獄の方々は仏壇には来れません。霊界は非常に厳しい制約があるために、お盆以外はですね、ああいうふうに仏壇を用意しても、そこに先祖代々の中で地獄に在籍している人たちは来ることが許されません。しかし、お盆だけは、地獄の釜の蓋が開くので、三日間は帰ってこれます。だからその地獄で修行している方々というのは、このお盆を待ち望んで、“今か今か”として待ち望んで、そして、お盆に帰って来ますので、その三日間はですね、その家々のお供え物を真心込めて作って、お供えして、そして、心を込めて善言讃詞を奏上してあげたいと思います。

これはですね、御教え拝読をしていくと、例えばここに姉弟がありますね、悪い事例に使って申し訳ないけど、仮に弟がグウタラだったら、亡くなったお姉さんが夢枕に立って、「三日しか許可をもらってないので、今日でもうこれ以上言うことができないので、お酒を止めて一生懸命御用にお使いいただけるような真面目な人間になってほしい」ということを伝えに来たけれども、もう霊界で許可がないので、「今晩が」、「今日が最後だ」という、そういう事例をメシヤ様は引用されていますね。

これは、霊界というのは、現界にそういうふうにして正しいほうに導くということについても、許可がないと出てこれません。夢枕に立つことすら、許可がなければ出てこれないですので、もっと下の位の地獄で修行されている人たちは、もっと制約を受けておりますので、その人たちをお盆によ~く慰霊してあげて、そして、その人たちが精一杯「また修行に励もう」という、そういう励みになるようなですね、慰霊をしてあげて、みなで、我が家に繋がるすべての人たちが、地獄から中有界、中有界から天国へ上がって行けれるようにですね、そういう機会にしていただきたいと思いますので、そういうことを最後にお願いさせていただきまして、メシヤ講座を終わらせていただきたいと思います。

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お盆の過ごし方に対する『霊界の厳格さ』に触れたのですが、「ツナグ」で残念なことは霊界の修業は『我と執着を取る』ことであることの真理が語られていないことでした。

最後のエピソードでは男女が抱擁するシーンがありますが、真実はその瞬間に霊界人の方が硬直してしまうのです。物語とは言え、勘違いを起こすことを避けて行くように心掛けていかねばならないと強く思わされました。

引用文にあるように、仮に現界の遺族に対して教え諭すために夢枕に立つ際も、霊界人の“希望”ではなく“許可”で実現するのです。しかも、回数の制限もありますので、心しておかねばなりません。

宝石が輝くように

最後に、8月27日付の読売新聞「編集手帳」にヤクルトの宮本慎也選手の逸話が出ていました。一部抜書きします。

◇たとえば遊撃手が鋭い打球を横っ飛びに好捕し、起きあがるや一塁に送球してアウトに仕留める。称賛は遊撃手に集まるが、投手の胸には「打たれた!」という苦い敗北感が残る◇宮本選手は難しいゴロも正面でさばいてきた。「打ち取った!」と、投手がいい気持ちであとを投げられるように。攻守ではなく好投が称賛を浴びるように。テレビで以前、そう語るのを聞いたことがある◇みずからはロウソクの炎に徹し、輝きはマウンド上の宝石たちに譲る。2000本安打、ゴールデン・グラブ賞10度の足跡もさることながら、惜しみない拍手が送られて然(しか)るべきはその、心のたたずまいかもしれない◇きのう、今季限りでの現役引退を表明した。

というものでした。ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、心打たれる内容です。宮本選手が地味に映る要因もここにあるのでしょうが、中々できることではありません。

顕現する奇蹟が顕著である今こそ、メシヤ様と繋がる人材のお世話に当たる上で肝に銘じておかなければならない一つの内容であることから、大阪支部内容に関連して取り上げました。

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