メシヤ講座・特選集no.160(平成26年5月分)

<御教え>
『文明の創造』宗教篇
最後の審判

(文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』272ページに記載されています。(『文明の創造』購入方法は「出版案内」を参照ください。

また、研鑚資料『文明の創造 三』では6ページです。)なお、『最後の審判』は6月に拝読し学び合う御論文です。5月に学び合った『種痘』に関する内容は各支部ホームページを参照していただければ幸いです。

≪「御神体御奉斎記念式典」特集≫
<報告  『天国の福音書』続篇寄稿文(四月分に掲載)
『医学革命』という大命題に向かって
大阪支部責任者 木原俊和

編纂後記

三重支部責任者 濵口博幸

<代表挨拶>
『文明の創造』拝読により御神名を唱えることの有り難さ意義が鮮明となる

メシヤ教代表 楳木和麿

『天国を造るその本尊様がつまり私なんです。』

皆さん御神体御奉斎記念式典おめでとうございます。

足を痛めておりますので椅子に座ってご挨拶をさせていただきます。先月、福島会場、新潟出張所の月次祭をさせていただく頃から右側腎臓結石が動き始めまして、出雲支部の月次祭の時にはかなり痛みがあったのですが、広島、愛媛の月次祭の頃には(浄霊を取り次ぎつつ運転を重ね姿勢の悪い状態が続き)小学二年生時の手術の消毒薬が溶け始めて膝が痛くなりました。一旦本部へ帰着して二日ほどの後、札幌へ出張しましたが(右足をかばって)左足をかなり使ったために、その頃からまた毒素が集中して今度は痛風が左の爪先に出ました。帰りの飛行機のゲートが遠かったものですから車椅子で飛行機に乗せていただきました。福岡空港でも迎えのゲートまで車椅子で移動しました。

子供の頃の四年間の薬毒と併せて一挙に溶けたために足元が相当浄化を許されました。こうした意義深い御神体御奉斎記念式典を前に大浄化を許されて、準備がどのようにできるか不安でしたが、本部全体のお掃除も時間がございましたので少しずつ時間をかけてさせていただきました。昨日からは正座ができるようになったのですが、長時間の正座はまだ負担が大きいので、椅子に座って大変失礼ながらご挨拶をさせていただきます。

今回は三大疼痛も含めておりましたので痛みが伴った訳ですが、私達の大変有り難いことは『浄化作用』という御教えをいただいているからこそ、感謝で乗り越えることができます。この御教えを知らないでいると“どうしてこんなふうになるのだ”となっていくと思います。“メシヤ様と御縁をいただいていることがどれ程素晴らしいか”ということを改めて感じさせていただきながら、本日を迎えさせていただきました。

(腎臓結石は、岡山支部五月度月次祭の午後直径3ミリ長さ11ミリの大きさで排尿と共に排泄されました。4月中の行事では結石は動かず、移動中や就寝中に動いて激痛を伴いましたが、行事は滞りなく進めることができました。御神業中の御神慮に感謝申し上げました。)

さて、本日は丁度数えて15年目の記念式典になります。初めて御神体御奉斎が許されてから“随分月日が流れたなあ”としみじみ感じさせていただきました。発足の時にはまだまだ世界救世(きゅうせい)教の幹部の方々とも繋がりがあったために「“主神様を直接お祈りする”“御神体を主神様とする”というのは相応しくないのではないか」という意見がかなり寄せられましたし、メシヤ教を発会する準備に当たるためには今日まで各教団で御神体とさせていただいている謂れを調べておかないといけないので、静岡県から大分県に帰る道中に分離独立した教団を訪ねて御神体についてかなり問い合わせをしながら戻ってきました。

メシヤ様の御尊影を御神体としているところが最も相応しい形式に思えました。

しかし、メシヤ様から示された御神体は御文字でありましたので、その御文字を求めてゆきますと、この「ス(○に・)」の御文字しか行き当たるところが無くて、この御文字にさせていただこうということになりました。そして、それを裏付ける御教えを拝読させていただいた時に『「ス(○に・)」のチョンが私である』というふうに御講話されておりますので・・・、

【御教え】 御教え集十一号 昭和二七年六月十六日

『天国を造るその本尊様がつまり私なんです。ですから、私というものは、世界の極く中心なんです。その中心というものはポチ(ヽ)なんです。』

この御文字をメシヤ教の御神体とさせていただこうという決心をした次第です。

そして、(人数的には)二桁に満たない方々とスタートした訳ですので、最初は吹けば飛ぶような塊ではあったのですけども、少しずつ御神縁を許される方々が増えてきて、2年前の本日この本部峻成祭を執り行うことが許されて、この間の取り組みに対しての『主神様』『メシヤ様』の大愛を感じた次第であります。

勿論、そこに誠の奉仕を以てズーッと支えてくださった信者さん方の真心あってこそであります。こうして素晴らしい本部を許されて、更に様々な新たな御神縁が許されていることに改めて感謝を捧げたいと思います。

今日の祭典が始まる前のご報告では、一切私に繋がりがないまま“メシヤ講座をプリントして勉強会を積み重ねている方々がいらっしゃる”と聞いて、一切繋がってない中でもメシヤ講座を勉強している方々が“日本全国には大勢いらっしゃるなあ”ということを改めて感じまして、“これからも一層、この御神業を進めさせていただきたい”と祭典の前に強く思った次第です。

『天国の福音書』続篇(一)の全容

本日は立春祭に引き続いて・・・、立春祭の時に岡山の原田さんが『宗教改革に向かう信仰改革』の寄稿文を、それから鎌倉の菅谷さんが『地上天国建設』に不可欠である・・・不可欠であると言うとおかしいのですが、無くてはならない大黒様のお世話に取り組んでいる内容を報告していただきました。

今日はまた、大命題である『医学革命』の中身を大阪支部の木原さんから、それからズーッとメシヤ教の出版物の編纂と校正に携わってくださっている三重支部の濵口さんから、それぞれ報告していただきました。

こういう形の本になります。イラストを書いてもらったり、大阪支部のほうではデザインを様々作ってもらったりしました。それから富士山頂で撮った太陽にチョンが入ったようなお写真とかを印刷所に持ち込んで検討したのですけども、どうしてもデータ作りがハードとソフトが巧く噛み合わなくて、私が印刷所の機械の前で技術者と一緒に缶詰状態で作り上げたデザインがこういう状態です。これは紙質が通常の紙ですので“もう少し光沢のある本に仕上がっていくのではないかな”と思います。

そして、もう一つは、今度は帯をつけましたので帯にも説明を入れ、できれば『文明の創造』のこととか続篇(二)(三)というところまで書きたかったのですが、今回はあっさりとこういう形で出していきたいと思っています。ここには『続篇(一)神観』と入れております。

メシヤ様がお創りになられた世界救世(メシヤ)教からメシヤ様が御昇天になられて世界救世(きゅうせい)教という名前になった時に、『みろくおおみかみ様』という御神名はそのまま継続されました。御文字は変わりましたが『みろくおおみかみ様』とお唱えいたしております。『みろくおおみかみ様』は当時の神観としては表現神として皆様方に取り次いでいきましたけども、それ以上のこと、『神観の確立』が中々できないまま来ておりました。

今回教団浄化が起きてメシヤ様という御存在についての意義付けもきちんとなされたということになっていますが、四代教主様も「メシヤであられる明主様」という表現に留まって『メシヤ様』と直接お呼び申し上げるという姿勢は築けないまま今日まで来ております。

これは、一重にメシヤ様が御垂示になられた御教えの中身については、まず『神観の確立』がなされていない、ということであります。これから御神業の本筋を進めていく訳ですが、御神業の中の『神観』がまず確立されなければ御神業の本筋を進めることができないことがありますので、『天国の福音書』続篇の第一号は『神観』ということでスタートさせてただきました。

この後(二、三・・・)、“信仰を何のためにするのか”ということに関しては、まず私達がメシヤ様の教えを信ずる由縁は『浄霊力』ということが一つあります。そして、その『浄霊力』を意義付ける『御教え』があります。その根幹的な御教えは『夜昼転換』であります。『夜昼転換』というのは実は“歴史観”である訳です。ですから、私達が人間としてズーッと文明を積み上げてきた中でこの歴史の流れが中々理解できませんが、私達の思いがすっきりわからせていただけるのが、この『夜昼転換』という御教えである訳です。この“歴史観”をまずしっかり受け止めて、その上でこの長い歴史の中で最後に人間ができてきたという“人間観”というものが出来上がって、そして、更に文化を積み上げてきた“宗教観”があって、その上で実は『宗教改革』ということができる訳です。

この『宗教改革』を進めていく上において、この“歴史観”と“人間観”と“宗教観”それからもう一つ“世界観”まで含めたこのシリーズをまず出さなければ“信仰とは何のためにするか”ということが、どなたの中にもスーっと入っていくことができません。そうしたものをこれから整理しつつ編纂し、これに次ぐ出版にしていきたいと考えております。

学者的良心の下に研究された内容を繋ぎ合わせて『医学革命』の論理的裏付けを構築する

そして、この御神業の本筋の中で最も大きい命題は・・・、本日木原さんが発表してくださった内容を聞いていれば、これは『夜昼転換』という歴史観の中で様々暗躍が繰り返された末に現在の医療界というものが出来上がっているのです。この医学の歴史ということを見つめて来た時に数百年の積み上げがありますので、「真理はこうだよ」と示しても受け入れられるということは中々大変なことであります。

木原さんの原稿は凝縮されていましたので、一回聞いても中々良く分からなかったのではないかと思います。しかし、この原稿も何度も書き替えていただきました。それは何故かと言いますと、ズーッと暗躍されている流れと現実面で流れているものがありますので、論の裏付けが明確になっておかないと、これを打ち出した瞬間に総攻撃が返って来ます。総攻撃に対して一つ一つ対処できるような論立てをこちらは持っておかないといけないので、それで今迄の著書などを羅列するような形の文章になりました。これをまず根幹において幅広く皆さん方にも思索を重ねていただきながら『医学革命』を進めて行かないといけないところがあります。非常に凝縮した原稿ではありましたけども、まずメシヤ講座・特選集に掲載して、それから次にこの本にも載せていきたいと思います。

そうして、練りに練って『医学革命』を進める本を作り上げていかないといけない、という大きな使命がありますので、時間もそうある訳ではないのですが、カッチリ作り上げていきたいと思います。

今回発表いただいたのは、歴史の中で最初医学者というのは職人的なところから、今はもう病院の先生と言ったら世俗的には偉い存在になっております。そうしたところまで積み上げてきた内容というものがあります。その一方で“人類の健康に真に寄与する”ということで今日まで医学界が来たかというと、勿論そういう真摯な研究を積み重ねた方もおられます。

しかし、語弊がありますが、“医学界が世の中に幅を効かせて行く”ような取り組みをズーッとしてきた部分がありますので、メシヤ様と繋がるところは一体何かと言いますと・・・『文明の創造』の今月(五月)の学びでは『種痘』というところを拝読します。メシヤ様がわざわざ種痘を取り上げた理由は、そのこと自体が真に人類に貢献したかということを言っている訳ではなく、種痘を評価している訳ではなくて、その時代の中で人類が困っていることが救われた部分(及び学者的良心)をメシヤ様は評価しておられるのです。

医学界の中で今日を見ていきますと、医学の中でも“真に人類に貢献したい。”“人々の健康に寄与したい”あるいは“真理を探求したい”という善なる研究者は大変多くいらっしゃいます。その研究者が積み重ねている研究内容で、メシヤ様の御教えを裏付ける発表が漸次されてきておりますので、それをこのメシヤ様の教えの裏付けに繋げてゆきます。今回、私がどうしても三つ重なる浄化作用を許されざるを得ない・・・“浄化作用とは一体何か”ということを医学的に研究者が裏付けられるようなものを組み合わせて行って、誰でもが理解できる形にするようにという発表の大命題と合わせて、私自身にも更に大命題をいただいたような、そういう浄化期間の私自身の思索でもありました。

そういうことをこれからやっていきますので、御神業の本筋とは大変な内容であるかと思います。大変な内容ではありますけども心ある皆様方と共に取り組ませていただければ、これは、立春祭の時と同じで鬼に金棒であります。御神業を進めさせていただけるものであるというふうにして御神体御奉斎記念式典を執り行わせていただいて、ここにお集まりの皆さん方のお顔を見させていただけると“これからの御神業を大いに進めていくことができるなあ”という力強さを感じます。

創唱宗教も主神様の許可の下に発生する

そしてまた、最初に戻りますが、主神様の御神体をお許しいただいて、主神様という御存在に対する概念が私達の中で明確になっていかない限り、この『医学革命』と『宗教改革』というのもまた進めることができません。

何故なら私に結石ができるということは、一つは残留する薬毒というものと、どうしても守秘義務を厳守し続けて行かないといけない、という精神的には非常に大変なところがある訳です。思っていることを適当に言って回っていればこんなふうなことはないのですが・・・、あるいは人の批判を「あの人はなってないなあ」とか言って回っていればこんな楽なことはないのですけども・・・一切口外しないということを守っているために中々大変なところがあるのですけども、そういうものを進めて行く時に一つは御神業の中では、我々のいただいている力というのは絶対的な力がありまして、メシヤ様の説かれた真理の教えがありますので、他教・・・仏教を見てもキリスト教の世界を見てもイスラム教の世界を見ても様々な宗教を見た時に、批判的な思いはどんどん浮かんできます。御教えに照らして考えてくと・・・しかし、“いずれの創唱宗教も主神様が許可して創唱させている”という概念に立って見れば、本日菅谷さんが拝読してくださった御教えの『神は其(その)時代々々に必要なる人間と、必要なる宗教を顕(あら)はし給(たま)い、それぞれの使命を遂行(すいこう)させ給(たま)うのである。』という観点に立てるのは主神様という御存在を認識するからこそであります。

そうしますと、対立軸は生まれてこずに「それぞれに役割があって今日を迎えている」と言うことができますので、主神様に向かう姿勢がより高まっていかない限りこの御神業を進めることができないということが一つあります。

そして、それを高めるために・・・「祈りの栞」の中の『天津祝詞』は「天津祝詞奏上」と言います。神事の時の「天津祝詞奏上」とか、「善言讃詞奏上」と言った場合には、この祝詞を見ながら声を上げていかない限り奏上にはならない訳です。

昔のように覚えて「高天原に神留り坐す・・・」と言うのは奏上にはならないのです。「奏上」と言った場合には祝詞の文言を見ながら上げていかなければいけない、そういう尊いものであるという認識がなく、過去の教団の中には段々早く奏上する教団もありますし、ゆっくり奏上する教団もありますが、祝詞を奏上するという姿勢自体を教えきれていないところがあります。祝詞を奏上するというのは、この祝詞の一文字一文字の字をズーッと見ながら上げていくのが神事に携わる者としての心がけとしてはあります。

次に御神名のところに「奉誦」と書いてあります。奉誦というのは・・・「祈りの栞」あるいは「奏上詞」の紙を見ないで上げることを奉誦と言います。奉誦とは諳(そら)んじて声を奉ることです。この時には奏上詞を見ないのが作法になってきます。

「祈りの栞」を信者さんに各教団渡しておりますけども、奏上の意味と奉誦の意味すらきちんと指導してこなかったことがあります。そのことが実は神様に真向かう姿勢を崩していった原因の一つでもあります。メシヤ教は最初からできていたということではありませんが、都度都度お導きをいただきながら、こうして段々段々神様に真向かう姿勢が許されてきたことを大変ありがたく思います。

祭事における作法の根本義、御神名を唱えることの有り難さ

これは、まず作法上の大事なことであります。では何故祝詞は見て上げないといけないかと言いますと、天津祝詞というのは大和民族の宗家に当たる神様がお創りになったものであるために、神様が作ったものを人間が奏上する訳ですので、しっかり一文字一文字を見つめて間違いのないように、あるいはその文字に込められた意味を深く受け止めながら奏上していかないといけないということであります。

そして、御神名を上げた後に前の教団ではすぐお祈りをしておりました。それから『惟神霊幸倍坐せ』と締めていたのですが、こうなると“御神名を唱えるということは一体何か”ということがこれまた薄れて行ってしまいます。形式として御神名を上げて、その頭を下げた時に“祈っている”ことが大事なことになってくる訳で、『惟神霊幸倍坐せ』と終わってしまいます。これでは御神名を唱えることの有り難さ、尊さということがこれまた薄れていきます。御神名を唱えるだけでも、もう有り難い訳です。

よく御講話の中では「御守護お願いをしたあと御守護御礼はどうしたらよろしいでしょうか。」とお聞きしている時に『御守護お願いをしたら御守護御礼をするのが本当だ』という言い回しのところもございますけども、実はこの御神名を唱えることが御守護をいただいている訳ですので、「主之大御神守り給へ幸倍給へ」と頭を下げた、そこで“御神名を唱えさせていただきましてありがとうございます。感謝申し上げ奉ります”というような気持ちで頭を下げる姿勢ができた時に、もうその瞬間が御守護をいただいている訳です。

それで、その後に人間として「惟神霊幸倍坐せ」・・・“神様の御心のまにまに生活をさせていただきますので、魂を太くしていただいて幸せな生活を許されますように”・・・これが実は最高の御祈願であります。その御祈りができたということをまた自分自身は感謝をさせていただいて、その後に個人参拝の場合にはお祈りをするべきことはさせていただいて、参拝を終えるという在り方が尊いのです。

この積み重ねをさせていただいた時に“主神様の御神名を唱えることの有り難さ”を参拝ごとに判らせていただくことを通して、主神様の御経綸というのを更に拝させていただくことができるようになると思います。その上で今まで私達が目と耳でズーッと記憶の中に留めてきました『宗教改革』と『医学革命』という御神業を、信仰が高まる中で進めさせていただきたいというふうに思います。

現在は『御神業の本筋』のほんの触りの部分ではありますけども、そうしたことを今後日々の御参拝の中で、あるいは支部の月次祭の中で、積み上げさせていただきながら『御神業の本筋』を一層推進させていただきたいと思います。

本日は、そういうことをお願いさせていただきまして、私の挨拶とさせていただきたいと思います。ありがとうございました。(要旨)

このページを印刷する