メシヤ講座・特選集no.171(平成27年4月分)

 <御教え>
『文明の創造』宗教篇
仏教に於ける大乗小乗

(文創  昭和二十七年)

 本文は『文明の創造』338ページに記載されています。((『文明の創造』購入方法は「出版案内」を参照ください。また、研鑚資料『文明の創造(三)』では72ページです。)

なお、『仏教に於ける大乗小乗』は平成27年5月に拝読し学び合う御論文です。同4月に学び合った彌勒三会』については、HPアップしている各支部の内容を併せて参照していただければ幸いです。

≪解説≫
『文明の創造』拝読によりメシヤ様へ直に太く繋がることができ組織の方針などに左右されずに多大な恩恵に浴する

メシヤ教代表 楳木和麿

メシヤ教は「メシヤ様という御神格を認識し、直に太く繋がることにより恩恵を賜ります」と伝えています。メシヤ様の御存在を深く認識し、直に太く繋がりさえすれば、組織の方針などに左右されず多大な御守護を賜ることは極当たり前のことなのですが、改めて、実績を伴ってお伝えしているのです。

また、3月3日に『メシヤ降誕本祝典』記念大祭を執り行わせていただき、メシヤ様という御存在について意識を高める取り組みを新たな気持ちで始めました。

この取り組みは年々歳々積み上げさせていただくものですが、まず昭和29年浄霊力拝受について述べられた『本当は御守りはなくていいんだけどな。名前、年齢、職業を私に報告するだけで良い』という御言葉を現代に求め続けます。この御言葉の御神意を求めて、現在は無償で「浄霊力拝受お願い」を受け付けておりますし、今後一層広がりを得たいと願っております。

次に『メシヤ降誕仮祝典』を執り行い『メシヤ様』と尊称を改めた後は、メシヤ様は御神業に対する峻厳(しゅんげん)な御垂示をなされると共に、側近奉仕者に対して『これからは霊の世界、想念の世界になる。』と繰り返されたといわれています。そして、メシヤ様に対して真っ直ぐに心を向け、メシヤ様の御心を求めて進むように御指示なされた、といわれています。そうしたことが『お念じしなさい』という御言葉の背景にあることから、御神体御奉斎の意義が重大性を更に増しています。

4月度の各支部や各出張所、各集会所の月次祭で、その具現化の打ち合わせを重ねさせていただきました。詳細は、5月5日の『本部御神体御奉斎』『新本部竣成』記念大祭で報告する予定です。

その取り組みの拠り所になるものの一つが『文明の創造』であることは、これまた当然のことであります。

学びを重ねている『文明の創造』宗教篇は仏教に関する核心部分に及び、私達に深い学びを与え、『宗教改革』の取り組みを明確に導いています。取り分け、4月に学んだ『彌勒三会』は仏教の神秘を解き明かした上で、私達の御神業推進の現代的意味を明確にしております。御神体の文字の意味や浄霊の原理までも簡潔に御記述されており、益々御神業推進の意欲が出て参ります。(各支部ホームページ掲載の「メシヤ講座」を参照いただければ幸甚です。)

そして、私達の学びが深まり、真理の会得が確かなものになればなる程、未だ霊線が希薄であった人々との繋がりを浮き彫りにさせております。新たな出張所、集会所候補が生まれ、ヨーロッパからも浄霊力拝受のお世話に取り組むための真摯な姿勢の問い合わせが続いています。

国内でメールをお寄せ下さる新たな方々のほとんどは、既に『文明の創造』に目を通されており、その上での問い合わせになっています。そのため話の遣り取りが非常にスムーズで大変有り難く思っております。また、未読の方からの問い合わせに対して『文明の創造』の購読をお勧めすると快く引き受けて下さいます。そのどれもが『文明の創造』を発刊して良かった、と思う瞬間です。

4月の岩戸観音堂(札幌市定山渓温泉・メシヤ様御描画「伊都能売観音様」御奉斎の御堂)参拝者にお話しした内容も、初めてお目にかかる方がいたこともあり、『文明の創造』宗教篇の『伊都能売神』『観世音菩薩』『彌勒三会』を説明する形になりました。お話しを進めつつ“メシヤ様の御教えに出会えて誠に有り難い”という思いが込み上げてきたものでした。

『文明の創造』については教団外部の方々から様々なご評価ご意見をいただいていますが、今回はアマゾンで『文明の創造』紹介欄に書かれているレビューの中から、幾つか掲載してみたいと思います。(段落の表示形式のみ変更し、本文のまま添付)

≪アマゾンに書き込まれているレビュー≫

(Ⅰ)「救う力を世のため人のために使うきっかけを与えてくれる」

人間の本来持つ「内なる力」

投稿者 米橋清治 トップ500レビュアー 投稿日 2013/12/18
形式: 単行本

世界救世教の教祖で創始者である岡田茂吉氏の『主神(エホバ)』様直接の御啓示を示した書である。

岡田氏は1955年に逝去されているため、本書が記されたのはそれ以前のこととなる。

何分時代が違うため、現代からすれば「差別用語」などととられかねない表記もあるようであり、加えて、歴史的仮名遣いを用いているため、現代の感覚からすれば幾分読みにくい側面もなくはない。

しかし、虚心淡々と読み進めていけば、人間という生命体には、底知れないパワーを秘めていることがよくわかる。たしかに現代文明は我々の生活を豊かにし、医学・薬学の進歩が我々の平均寿命を延ばしていることは一概に悪いことではないが、それゆえの弊害というものは、何も宗教の世界だけでなく、あちこちで指摘されているとおりである。

現代を生きる我々からすれば、古代の人たちが何百年も生きたということはにわかには信じがたいが、本書によれば、人間にはそもそもそのくらいの力を持っているのであり、初期の天皇には数百年生きた人物がいたとしても不思議ではないとのことである。

たとえば、平安時代、貴族たちの間では「物の怪」を退治して病気を治すなどということがあったようであるが、現代社会の常識で考えれば、そんなものは非科学的な迷信以外の何物でもないということにもなるだろう。

しかし、本書を読み進めていくにつれ、人間の本来持っている力とは何かということを改めて深く考えさせられた。

その力の正体を見極めて「科学的に」どうこうすることも大事だろうが、そんなことより、困った人が良くなって、良くしていくことこそが、そんなことよりもっと大事なのではないか。

そういう視点から見ていけば、一見「非科学的」に見えることであっても、我々は、そこでもし奇跡が起こったとするならば、その奇跡といわれうる事実を受け入れるべきではないだろうか。

本書では主として、病気なおしの奇跡が説かれている。それは人々に偉大な力の存在を知らしめるためには必要なことであると思う。しかし、そんな偉大な力があるとするならば、もっと、世のため人のために使わなければならないという気持ちになる人がもっと出てきていいのではないか。

本書は、そのためのきっかけを与えてくれていることは間違いない。

(Ⅱ)「違う経由で多くの人に知らせてほしい」

この本は現代を救う

投稿者
doremi_piano 投稿日2013/12/20
形式: 単行本

私は約10年前、この著者の岡田茂吉の存在と出会い人生が変わりました。よくある「人生が変わる」という軽い文字ではなく本当に。(宗教的な意味ではなく)これはこの人の価値が分かると、万人がそう思う事でしょう。絶対に。

で、この著書はこの岡田茂吉の人生の結晶ともいうべき本です。岡田茂吉は今の西洋医学と健康問題に警鐘を鳴らし本当の真理を開示しています。宗教編と科学編がありますが、科学編にそれがまさに現代医学にメスを入れるかの如く書き綴っています。

更にこれから起きる大災害(大浄化)時代も予見しており、ハッキリ未来への見通しをつかせています。

この著書は近い未来に全世界に拡まるでしょう。

これから人間が生きられなくなる時代が来るからです。

食の汚染、西洋医学の無力、病人の氾濫。

病人の数に比例して必ずこの本の元に目を向けられます。

できれば、この本だけは有料で販売するのではなく、救いを大前提にして、違う経由で多くの人に知らせてほしいです。

これは全人類が人間である限り見なければいけない本です。

(Ⅲ)「『万問を解決する一つの答え』を提示している」

貴方は天動説を信じてませんか?

投稿者 おりべぇ 投稿日 2014/6/27
形式: 単行本

世界救世教教祖、岡田茂吉師が執筆された本です。

全体が旧仮名遣いで書かれていますが、別に引っ掛かる程ではありません。慣れれば十分読めます。文字も大きく読み易いです。その為か篇が変わらない限り数行の間隔を置いて次の御教えとなるので、開いた時単調に見える人もいるやも知れません。

コンテンツは総篇、科学篇、宗教篇、天国篇と主に分かれており、科学篇の御教えの数が一番多いです。

中身はと言うと、科学篇では従来の科学、特に西洋医学の誤りを指摘し、真理である神霊医学を開示しています。病気とは何か、各種原因と治療法も説かれています。

時に誤解されがちですが、岡田茂吉師は無闇矢鱈に科学全てを「否定」したいのではありません。ただ既存の医学の誤りを「指摘」しているのです。之は本文中にある、

『然し私は、唯物科学を敢へて非難する者ではない。人類は之によって、如何に大なる恩恵を蒙り、今後と雖も蒙るかは、最大級の賛辞を捧げても足りない位である。』

との一節からも容易に窺い知ることができます。

取り上げました科学篇の外にも、注目すべき教えは沢山あります。どれもが前代未聞な内容で、ひょっとしたら怒りを覚える方もいることでしょう。

ですが確実に言えるのは、この本及び著者である岡田茂吉師は、混迷裡に陥ったこの世界に対し、『万問を解決する一つの答え』を提示している、ということです。

誰もが忘れがちでしょうが、科学の理論とはあくまで『現時点での的確な解』であり、『真理』と較べれば全く的外れなものかも知れないのです。それは、かつての『天動説』と『地動説』との関係に似ています。

もはや確固たる価値指標が喪失しかけているこのご時世、何が正しく何が間違いか、今一度考え直さねばなりません。

その際にこの本は必ずや、頼もしい『道標』となることでしょう。

(Ⅳ)「メシヤ教によって教祖の金字塔と言えるこの著書を出版された偉業にエールを送りたい。」

悪に対する概念がこの著によって覆る

投稿者 叡智叡太郎 投稿日 2015/3/25
形式: 単行本

文明の創造は世界救世教の岡田茂吉教祖が心血を注いで執筆した作品で教祖の数多い著作の中でも特別な存在である。

序文の冒頭で「歴史肇って以来、未だ嘗てない大著述であり、20世紀のバイブルでもある。」と述べられているこの著が世界救世教信者であれば暗記するほど拝読して当然と思われるが、現実には読んだ事のない信者、教団職員が多くいる。それどころかこの本の存在さえ知らない信者も多数いる。何故か?

世界救世教は今の時代に「文明の創造」を出版すれば社会から批判を受け、問題が起こるとして出版どころか、信者にさえ読ませていない。文章の表現が時代に合わず不適切な箇所があるというのが世界救世教被包括三教団(東方之光教団、いづのめ教団、主之光教団)をはじめとする各分派教団の主張であるが、本来宗教の役割とは、理想世界建設のために社会改革をするにある点を忘れている。教祖はこの宗教の役割について、昭和10年1月11日の講話の中で、『宗教は人の心をよくするもので、それ以外には宗教としての使命はない。』と実に簡潔に述べられている。としたら、教団の主張だけで教祖の教えの集大成であるこの著を出版しない理由になるか?…読み終えて、世界救世教が現在も和解が出来ず信者が減り続け、発展できない理由の一端が垣間見えたように思う。

教祖はその和解ができない原因について、「悪」という視点からこの著の中で次のように述べている。

「総編 天国建設の順序と悪の追放」の章で、教祖は悪についてその種類を実に分かりやすく分析している。それによると悪には大中小様々な種類があり

1、意識的に行う心からの悪

2、不知不識無意識に行う悪

3、無知故の悪

4、悪を善と信じて行う悪

としている。

教祖が悪についてここまで詳しく書いているが、残念ながら教団も信者もこの4つの悪について教祖が述べている事を肚に落とし込む所まで深く理解しているとは思えない。

悪と言えば1の悪、即ち最もわかりやすい誰が見てもわかる悪しか分かっていない教団、信者が殆どでないか?

しかしここで注目したいのは4の悪である。4の、悪を善と信じて行う悪について教祖は「悪を善と信じて行う以上正々堂々として而も熱烈であるから、その害毒も大きい訳である。…」と痛烈に述べている。

では何故悪を善と信じてしまうのだろうか?

情報化社会の中、個性を重んじ、その上日々複雑化する現代社会では、もはや勧善懲悪というのは人々の思考に合わなくなってきている。あらゆる争いの原因は「自分が正しい、相手が間違っている。」という勧善懲悪的な思考から来ているのではないか?

教団紛争も勧善懲悪的思考によって起こったのではないか?これは世界救世教だけに限らずあらゆる宗教に共通して言える事であるが、教祖の教えが正しいという事を、いつの間にか自分が正しいとの勘違いをしてしまうことである。

本来この4の悪というのは、この本の主要テーマである医学の誤謬についてでもあり、「科学編 肺炎と結核」の文末で薬剤を使用して医療を行う事について「結果から言えば善意の加害的行為とも言へるであらう。此理に目醒めない限り、今後如何に多くの犠牲者が出るか測り知れないものがあらう。」と述べられている。

教祖は「地上天国実現に向けて神はそれぞれの人間に使命を与えている。」と述べているにもかかわらず教団や信者がこの4の悪に気付き、改めてない限り、「病貧争絶無の理想世界実現」という教祖の願いと教えを多くの人々に広めることはできない。そして教祖が警告している通り宗教本来の使命を忘れ、自分の所属教団だけが正しく、他の分派教団は間違っているなどとの勘違いに目覚めない間は、今後如何に多くの犠牲者が出続ける事になるか。

押し付けになっている布教を改革していくために、4の悪について今一度、教団、信者が深く見つめ直しただけでも現在の信者離れが食い止められるのではないか?

何度も言うが、これは世界救世教の内部紛争に限った問題ではなく、現在世界中で起こっている宗教絡みの紛争やテロ等でも同じ事が言えよう。

教祖は悪について様々な視点からこの著の中で述べている。それは悪に対する固定概念からは想像を超えていて最初はわかりにくいかも知れないが、あらゆる方面で行き詰まっている現代社会の抱えている問題に一石を投じる内容であると言えよう。信者、未信者問わず多くの方々に読んでいただきたいと願ってやまない。

最後に、世界救世教が長年にわたり教団紛争を繰り返した為にこの著の出版がなされずに今日に至ってしまったが、この度「世界救世(メシヤ)教」復興運動を掲げるメシヤ教によって教祖の金字塔と言えるこの著書を出版された偉業にエールを送りたい。

アマゾンに書き込まれているレビュー
『主神様とメシヤ様』

また、上掲と同じ人物が『主神様とメシヤ様』紹介欄にレビューを書いており、こちらも興味深い文章なので併せて掲載します。

世界救世教(メシヤ教)復興事業への参画を!

投稿者 叡智叡太郎 投稿日 2015/4/22
形式: 単行本

世界救世教は今年、岡田茂吉教祖の御昇天から60年、そして立教80年と、大きな節目を迎えた。

教祖の御昇天以降、権力争い、離脱、分派を繰り返し、現在世界救世教は、東方之光教団、いづのめ教団、主之光教団、神慈秀明会、天聖真美会、みろく神教、五三教会、救いの光教団、救世神教、黎明教会、救世真教、救世主教、メシヤ教はじめ30を超える教団に派生している。

現在のこの状況を神界から教祖はどのように御覧になられているか、ということを上記の教団に所属しておられる信徒の方々は考えられた事がおありであろうか?

教祖は分派について、昭和23年9月5日付の御論文「宗教と分派」の中で、『根本は同じ宗教であり乍ら、各分派に分離する結果、ともすれば争いなどを生じ勝ちになるので、宗教本来の使命たる人類愛教化に悪影響を及ぼす事は勿論で、遺憾の至りである。』と述べられている。又、昭和24年11月5日付の御論文「真の宗教」では『元来宗教なるものは和が基本である以上、争いを絶無にするのがその本質でなくてはならない。故に、争う事はそれ自体が宗教を放棄した事になる。』

信徒諸氏は、この教祖の御言葉をどのようなお気持ちで受け止められたであろうか?

2000年に立教されたメシヤ教は、『世界救世教(メシヤ教)復興事業』を掲げ布教を展開している。

メシヤ教は、昨年この「主神様とメシヤ様」を出版したが、タイトルは『天国の福音書』続篇(一) 神観となっている。

昭和29年8月25付の『天国の福音書』「序文 メシヤ教とは何ぞや」の文末をそのまま引用させていただくと…

『故にこの著は、宗教始めあらゆる事象の真髄を、神智を通じての解説書であって、今まで書いた多くのなかから、私の指示のまま弟子に選ばせ、編纂したものであるから、実に空前絶後の真理の解明であり、寸毫の誤りはないのである。それとともに、今後も続々出るので、溜まったつど刊行する予定である。すなわちこれこそ救世教(メシヤ教)の聖書であり、将来世界の宝典として子々孫々に伝えらるべきものであろう。』

教祖は今後、続篇が刊行されると、この時述べられている。しかし、レビュー冒頭に書いたように、教祖御昇天後、教団は離脱、分派と権力争いを繰り返した為、メシヤ教が昨年この本を出版するまで、『天国の福音書』の続篇を出版した教団はなかった。メシヤ教が進めている、教団復興事業については、メシヤ教のホームページに掲載されている『世界救世教(メシヤ教)復興事業趣意書』を此処にそのまま掲載させていただく。

「世界救世(メシヤ)教」復興事業 趣意書

1. 昭和25年2月4日に開教された「世界救世(メシヤ)教」を復興し、派生した教団を統合し包括被包括の関係を構築し、人々がメシヤ様の恩恵に普遍的に浴することのできる体制をつくる。

① 教典の編纂を執り行ない、御教えの共有化を計る。
② 「開教の辞」で示された内容を具現化する。
③ 具体的救済事業を推進する。

2. メシヤ様を教祖と仰ぐ教団が起こす問題への対策を進める。

① 反社会的行動について是正を促す。
② 反社会的行動の犠牲となり、被害者となった人々を具体的に救済する。
③ 全教団の情報交換を促進すると共に、本来の宗教活動の在り方を提言する。

3. 自然農法の普及を図り、人々の食の安全に寄与する。

① 自然農法実施者の育成(農業者へ本来の自然農法を指導する)。
② 自然農法の普及(消費者へ本来の自然農法を指導する)。
③ 生産・流通・販売のシステムを確立しつつ、進捗と共に各教団へ生涯を捧げた人々に寝食の場を生産地で提供する。

詳しくはメシヤ教ホームページを御覧になられたい。

また、昭和58年の教団紛争の真相について、メシヤ教ホームページの中の「教団改革の精神」に当時の事実関係が全て記されているので、全信徒の方々に読んでいただきたいと思う。

メシヤ教ホームページの中に『教祖メシヤ様の御精神を現代に求める』学びの資料として、毎月更新される『メシヤ講座』というのがある。

こちらには、教祖の御教えを忠実に守り、本来の信仰のあり方を身に付ける上で大事な内容が記されている。全てを拝読していただきたいが、小生が特に読んでいただきたいと願うのは、

メシヤ講座・特選集no.32(平成15年9月分)より、
・教団改革が開始された時に、祖霊祭祀を廃止する議論があった事について。

・教祖は、御昇天前に、教祖御昇天後は『「おひかり」はもう必要ない。』と述べられている事について。(メシヤ教では、「おひかり無し」での浄霊が許されている。浄霊力伝授も、無料で申し込みができる。浄霊力は、おひかりを掛けていた時とは段違いである。)

メシヤ講座・特選集no.53(平成17年6月分)より、
・御論文の著作権消滅に関して。 2005年2月10日を期して著作権が消滅。今後、誰が教祖の御論文、お言葉を使用しても裁判沙汰になることはない。

メシヤ講座・特選集no.78(平成19年7月分)より、
・祖霊祭祀事業は、教祖メシヤ様の御精神を無視した取り組み。

メシヤ様を教祖と仰ぐ全教団、(東方之光教団、いづのめ教団、主之光教団、神慈秀明会、天聖真美会、みろく神教、五三教会、救いの光教団、救世神教、黎明教会、救世真教、救世主教、はじめ上記教団から更に派生した教団も含め)の信徒の方々には是非とも、『世界救世教(メシヤ教)復興事業』への参画を願う。

『立て分け』とは『自らの選択』にかかっている

3月3日に『メシヤ降誕本祝典』記念大祭を執り行わせていただいてより、教団内外の情勢も激変しております。これは一重に「メシヤ様という御存在を示し認識することを広めると『国常立尊』様の御働きが顕在化してくる」とお話しした通りになっている、と受け止めさせていただいています。

しかしながら、『国常立尊』様という御名を口にすると、これまでの私達は“立て分け”をイメージして裁きを受けるように受け止める嫌いがありましたが、そればかりではないようです。

メシヤ様から示された内容では『自らの選択』にかかっている、というものでした。非常に自由であると共に厳しい現実でもあります。このことについても5月5日の大祭でお話しさせていただきます。

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