メシヤ講座・特選集no.71(平成18年12月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第二篇  病気

病気の真因

病気といふものを一言にしていへば、『生の為の浄化作用なり』である。元来、人間が健康を保持し、生活を営みゐる条件としては、或程度全身が清浄でなければならないのである。何となれば、血液を初め、新陳代謝の完全に行はれるには、汚濁があってはならないからである。であるから、自然は、飽迄(あくまで)その汚濁を排泄せんとして、浄化作用がおこるのである。そうして、浄化作用の表れが発熱となり、痛みとなり、不快となる。嘔吐、下痢、咳嗽、喀痰、鼻汁、出血等、凡て苦痛は伴ふものである。この浄化作用へ対して、今日迄悪い意味に解釈し、是等苦痛作用緩和又は停止せんとして、発達して来たのが医術を初め、各般の療病法である。従而、言を換へていへば、既存療法は“浄化作用の停止”が目的であって、汚濁の排泄をとどめんとするものである。その最も世人の熟知せる事実は“病気を固める”といふ言葉―、それは汚濁の排泄を留め、固結せしめる方法である。再発とは、右の如く一旦固結した汚濁―即ち病毒は、再び浄化作用発現によって、病的症状を呈する―それをいふのである。之に就(つい)ての実際と理論を次に述べる事にする。

“メシヤ講座・特選集no.71(平成18年12月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.70(平成18年11月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第二篇  病気

病気とは何ぞや

古来、病気なるものは、その原因として、仏説には四大調和の破綻とか仏罰、漢方医学に於ては五臓六腑の不均衡、西洋医学に於ては、ウィルヒョウの細胞衰滅説、コッホの黴菌による伝染説等、幾多の理論学説等あるが、何れもが病気なるものを災厄とし、悪い意味に解せざるものはないのである。然るに私が発見した所によると、右(上記)とは全く反対であって、病気とは、造物主が人間に与へた最大な恩恵であって、人間は病気に罹るが為に健康を保持し、長寿を保ち得るのであって、此(この)真諦が判れば、神に感謝せずにはおれないのである。斯(かく)の如き事をいへば、世人は狂人と思ふかもしれない。それは、コペルニクスやガリレオの地動説もニュ-トンの引力説も、狂人扱ひにされたと同じやうに。然し、真理は飽迄(あくまで)真理である。従而、此(この)書を読む方々は、先入観念をかなぐり捨てて、全くの白紙になって熟読せられたい事である。

“メシヤ講座・特選集no.70(平成18年11月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.69(平成18年10月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第二篇  病気

国民体位低下

確実なる統計によると、明治三十年代の壮丁(そうてい)入営後の胸疾患々者は、百人につき弐人であったものが、昭和拾参年には、百人につき三十弐人になったといふ事である。十六倍といふ驚くべき数字である。又、最近、小学児童の結核菌保有者は○人につき○○人、要治療者は、その内○○人である、といふ事である。又、東京市に於ける女学校生徒○○人を調査したる所、微熱保有者は○○人であるといふ事だ。又現在、数万人の職工を有する○○工場は、昭和十四年度に於て健康診断の結果八十五パ-セントの要警戒者であって、特に結核性が多く、もし之を厳格なる医学の明示する所に従へば、工場の作業に重大支障を来すので、発表を見合わせたといふ戦慄すべき事実を聞いてゐる。又、乳幼児の死亡率が文明国中最高位にある事は、余りにも知れ渉ってゐる所である。斯(かく)の如き寒心すべき現状は、何れにか未だ誰人にも発見し能(あた)はざる所にその原因があるのではないか。右(上記)入営者の例を見ても、明治三十年代と現在とを比較するに、社会衛生も個人衛生も、又軍隊に於ける衛生施設も、現在が明治三十年代より劣れりとは決して思はれざるのみか、寧(むし)ろ、その反対で諸般の衛生的施設はいよいよ倍々完備しつつあるべきは、何人も疑ふ能(あた)はざる所である。世人は、何故に此(この)点に疑を挿むものなきや。洵(まこと)に不可解千万と思ふのである。又、年々医学も社会衛生も、年々、進歩停止する所を知らざる情勢に対し、それと反比例に愈々国民体位の低下が急速に加はりつつあるに対して、政府は焦慮甚しく、出来る限りの各般の施設に汲々たる有様は、日々の新聞紙を賑はしてゐるのである。然し、それ等何れもの方策も、其(その)原因には触れる事なくして結果に対する対症的方法以外の何物でもないのである。然し乍ら、それはやむを得ないのであって、その原因が不明であるからである。以下、項を逐(お)ふてその原因を説く事にする。

“メシヤ講座・特選集no.69(平成18年10月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.68(平成18年9月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第二篇  病気

文明人の滅亡

○年○月○日発行の内閣週報、左の如き統計が出てゐる。
(新聞記事不明)
右(上記)の如く、文明国の人口は近年に至り、驚くべき衰退の方向に嚮(むか)ひつつあって、英国の如きは、西暦千八百年頃は一ヶ年百弐十万の増加を見たのが、今日では弐十万に低下し、年々減少しつつあって、英国の統計学者○○氏によれば、千九百五十一年からは、増加率は全く消え、減少が加速度的になるといふ。又、仏国は真の減少に向ひつつ右(上)表の如く、最近は千人に就き三人半といふ事になっており、独逸の如きですら十年以前の○○率に較べて、約半減してゐるにみて、医学の進歩とは伴はない反比例の現象は、不可解極まるべき事である。之等の現実に対し、其(その)原因を発見し得ないが為独、伊、我日本も二義的な結婚奨励や出産保護等の方策を採るより致方ない現状である。

“メシヤ講座・特選集no.68(平成18年9月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.67(平成18年8月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第二篇  病気

病気とは何ぞや

此(この)事は、数千年来、人類が此(この)悩みを解決せんとして如何に努力したであらふ事は、余りにも明白な事である。そうして我国に於ても千余年前、漢方医術が渡来し、次いで明治少し以前、西洋医学が渡来し、今日に至ってゐる事も周知の事実である。そうして、政府も国民も協力しつつ、此(この)西洋医学によって病気を治癒せしめ、之によって体位の向上を計らんとしつつ、日夜懸命の努力を計りつつある現状は、洵(まこと)に敬服すべき事と思ふのである。そして、その結果や奈何(いかん)。あらゆる病気は日に月に増加し、特に青少年の結核、虚弱児童の累進的増加の事実は、何を物語ってゐるのであらうか?。それは兎(と)に角として当局は、此(この)現実をみて、愈よ増々西洋医学の理論と方法によって解決せんと躍起となってゐる状態は、日々の新聞雑誌等によって誰人も知りつつある事実である。人或は曰はん、当局の施設は、漸くその緒に就いたのみにて、今後に於て、漸次的に良策を挙げるのである。然乍ら、私は断言する。西洋医学による理論と方法を以て解決せんとすればする程、結果は逆となり、倍々悪い結果を来す事は火を睹(み)るより瞭(あきら)かである。何となれば、近年、急激の国民体位低下はその原因が、何処にあるか―といふ事が明かでなければ駄目である。一切は原因によって結果が生ずるのであるから、その原因を極め得ずして、末梢的結果のみ捉へても何の効がないのみか、此(この)事に関する限り、逆効果を来すのは致方ないのである。私は、此(この)大問題に就て、長年月努力研究の結果、驚嘆すべき一大事実を発見したのである。

“メシヤ講座・特選集no.67(平成18年8月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.66(平成18年7月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第一篇  森羅万象の構成

霊主物従

凡ゆる一切の物に霊があるが、然(しか)らば、霊と物質とに就ての関係を瞭(あきら)かにしよふ。それは、眼に見えない無に斉(ひと)しい霊が主であって、物質は従といふ事である。従而、霊が物質を支配してゐるのであるから、人類社会に於ける如何なる事でも霊の作用であって、霊界に起る事象がそのまま現界へ移り、霊が動けばそのまま物質が動くのであって、恰度人間が手足や舌を動かす場合、それは手足や舌が先へ動くのではなくて、心が動き、後に手足が動くので、ただ霊主に対して起る物従の遅速はあるものであるが、多くの場合、非常に速いものである。茲(ここ)に二、三の例を挙げてみよふ。人間が人を訪問しよふと思ふと同時に、霊の方はお先に先方へ行ってゐるので、其(その)場合、霊と肉体とは、霊線とでも称すべき線が繋がれてゐるのである。よく“噂をすれば影”とやら―といふ事があるが、それは、其(その)人霊が来てゐる為に、その霊に噂をする人々の霊が感じる為である。彼の有名な那須の与市が、扇の的へ向って矢を番(つが)へ、一心に那須権現を祈念すると、何処よりか一人の童子来り、その矢を持って空中を走り、扇の的を射抜いたのが見えたので、直ちに矢を放ったのであるといふ由来は、那須権現記に書いてあるが、之は事実あり得べき事と思ふ。

“メシヤ講座・特選集no.66(平成18年7月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.65(平成18年6月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第一篇  森羅万象の構成

現界と霊界

人間の死とは、肉体から霊が脱出分離するといふ事は、前項の通りであるが、然(しか)らば、脱出の霊魂は何処へゆくかといふと、それは霊界なる別の世界の住人になるのである。であるから、仏語でいふ往生とは“生れ往く”とかくのである。それは、現界から観るから死であるが、霊界から観れば生である。元々仏界は、霊界中の存在である為、生れ往くといふのが当然である。死の前の事を生前といふのも同一の理である。此(この)霊界の実体に就(つい)ては面白いのがあって、私は、永い間凡有る方法を以て研究実験したのであるが、何れ、別に記くつもりであるから、茲(ここ)では省く事にする。

“メシヤ講座・特選集no.65(平成18年6月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.64(平成18年5月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第一篇  森羅万象の構成

死とは何ぞや

人生に関する事柄の中、死程切実な問題は無い。といふ事は誰も知り抜いてゐるのであるが、さらばといふて、之程不可解なものはないのである。私は、死に就て自分の永年の実験と、諸々の宗教、泰西に於ける心霊実験と、凡有る分野に渉って研鑽の結果、解決が着いたのである。

“メシヤ講座・特選集no.64(平成18年5月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.63(平成18年4月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第一篇  森羅万象の構成

生と死

古来、凡人は固より、先哲、聖賢も此(この)死の問題に就て程、如何に論議し説得され、又解決しよふと努力したものはないのである。いふ迄もなく、如何なる幸福も、如何なる希望も、此(この)死によって万事休すで、此(この)事以上に恐るべき事はあり得ないのである。然るに此(この)恐るべき死なるものは、特殊の事態は別として、その大多数は病気といふ不可抗力ともいふべき事によるのである。少くとも九十歳以下で死ぬのは、病気によるのであって、いはゞ、不自然なる死である。人間が、人間の天寿とは、病気の為でなく自然に衰えて死ぬ―之が天寿である。従而、天寿による死は、何等の苦痛がなく、その多くは前以て死期が判るのである。此(この)理によって、死に際して苦痛を伴ふのは、天寿でない証拠であって、よく世間でいふ事は、一種の諦め言葉に外ならないのである。先年百十二歳で物故した有名なる禅僧鳥栖越山師が、死の直前死期を予言し、家族、親戚知人等、数十人に取巻かれ、一人一人に遺言なし、予言の時間が来るに及んで何等の苦痛なく、静かに冥目して死したる如きは、自然死の最も好き標本であらふ。私は何故に、現代の人間が自然死の人間は寥々として暁の星の如く、殆んどが不自然死に畢(おわ)るといふ―この悲惨なる原因に就て、之から項を累(かさ)ねて述べよふと思ふ。

“メシヤ講座・特選集no.63(平成18年4月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.62(平成18年3月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第一篇  森羅万象の構成

霊と体

前述の如く、物質及び空気は、何れもその存在を捕捉し、確認せらるるのであるから、空気と雖も物質として扱はるべきものであるから、無と同様の存在である。霊気と対照してみる時、一の霊と二の体と区別してみると、霊と体とになるのである。然るに、此(この)無と想へる霊、即ち、霊素なるものが物質を自由自在に左右するのみならず、万物を生成化育し、生物の死生も自由にし、人の運命も国家の興亡も社会の変転も、世界の争乱もその尽くの根源が、之によるといふ事を識る時、実に驚歓の外ないのである。故に人は、霊の存在及び霊界の実体を知識する事によって、人生観は一変して真の幸福の第一歩を踏み出す事になるといふ事も過言ではないのである。何となれば、人生の幸福の最大条件たる健康の真諦を、根本的に把握せ得られるからである。

“メシヤ講座・特選集no.62(平成18年3月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.61(平成18年2月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第一篇  森羅万象の構成

三原素

前項に述べた如く、吾々の住む此(この)地球上の凡ゆる生成化育の本源が、火水土の密合調和であるとすれば、それ等の作用が万物に対し、どういう風になるかといふ事を説明してみませう。

“メシヤ講座・特選集no.61(平成18年2月分)” の続きを読む

メシヤ講座・特選集no.60(平成18年1月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

はしがき

岡田大先生が創始されたる病気療法は、名称は指圧療法の名を用ひてゐるけれども、実際は、本当の意味の指圧療法ではないので、適当な名称が見当らない為、やむを得ず人口に膾炙(かいしゃ)した指圧療法といふ名を用ひられておったといふ事は、度々先生から聞かされたのであります。そうして、此(この)療法の原理に就ての講義を筆記したのが此(この)一篇であります。

“メシヤ講座・特選集no.60(平成18年1月分)” の続きを読む