メシヤ降誕本祝典記念大祭(平成29年3月)

メシヤ様御書

体験報告

「四魂の調和を目指す」
大阪支部 W.M
「家族全員で地上天国建設のお手伝いを」
東京国分寺支部 橋野博子
「集中力IOT、AI」
三重支部 H
「韓国で『文明の創造』出版」
韓国支部 盧鎬成(ノ ソンホ)

 御歌

病貧争の渦巻の中に呻きゐる 世を救ふなりメシヤの力に
(「栄光」二三八号・昭和二十八年十二月九日)

審判の時迫り来ぬ善と悪 立て分けるなり心せよみな
(「栄光」二三八号・昭和二十八年十二月九日)

人間の力と神の力との 異ひさ智慧もて計り得べしや
(昭和二十八年十二月二十三日)

幽玄微妙深さも知らぬ神の謎 形となりて現れなんとすも
(昭和二十八年十二月二十三日)

天の声は神なり地の声は人なりとふ 此大真理こそ永遠の教
(昭和二十八年未発表)

人の世の肇りてより未だなき 恐怖の危機は来たらんとすも
(昭和二十八年未発表)

大いなる破壊と建設今はしも 始まらんとすなり恐れ喜べ
(昭和二十八年未発表)

代表挨拶 楳木和麿

祭典に望む姿勢

おはようございます。座ってお話をさせて頂きます。

今回だけ異例でありますけども祭典に先立ち祭典に望む姿勢を共々に作り上げてから、そして本祝典記念大祭を執り行わせて頂きたいと思います。

まず最初に、本日を目指して各支部、各出張所、集会所の責任者の方々に神性を蘇らせて本来人間が主神様から分御魂として頂いている魂が輝きを取り戻し副守護神の影響を受けないようなところまでお互いに向上させて頂きたいということで取り組んできましたけども実は二月十六日に全員不合格だということになりました。不合格と言うと辛辣な言い方ですが、神界が望んでいるところまでまだ高まりを得ていないと、このままでは来年の三月三日の『メシヤ降誕本祝典』を人類が挙(こぞ)ってお祝いを申し上げるそういう祭典にはならないので、この時期にもう一回心を引き締めて、六月十五日まで期限を延ばすのでそれまでしっかりと取り組んでもらいたい。という御垂示を賜りました。振り返ってみれば昭和二十九年の六月十五日にメシヤ降誕仮祝典を執り行わせていただいて、その後二ヶ月間メシヤ様と御尊称申し上げたわけなのですが二ヶ月後にメシヤ様の御尊称を取り下げてしまいました。これについて私は御教えを元にして学問的に当時の方々がメシヤ様という御神格をきちんと認識することが出来ない状態であったために取り下げざるを得なかったというように解釈して、もう一度メシヤ様の御神格を認識して地上天国建設を進めていくそういう取組をメシヤ教を通してさせて頂こうということで、この取り組みをさせて頂いたわけなのですが、私が昨年の十二月二十三日を目指して世界メシヤ教を復興するという誓詞を心の中で固めてそして十二月二十三日に誓詞を捧げさせて頂きました。迂闊にもこれ程厳しいことであるとは人間的にも思っておりませんで、その決意を固め始めた時から浄化を頂き始めまして二十三日を境にさらに厳しい浄化を頂くようになりました。メシヤ講座の中でもお話しましたように、まず下腹が内側を木のへりで刮(こそ)がれるようなそんな痛みが続きました。これは過去大阪のTさんが大腸がんを浄霊だけで乗り越えることが出来ました。その時にTさんが夜中の一時、二時頃に「代表、どうしてもお腹が痛いのでどうしたらよろしいでしょうか。」という電話が夜中にかかったりしておりました。それで浄霊の箇所を説明すると共に、Tさんという方は軍人上がりですので「Tさん軍人の時を思い出してもらいたい。痛みのあるうちは死ぬことはありません。」と言わば冷たい言い方でしたけども「そういう肚で乗り越えて行ってもらいたい。」と・・・

私自身も同じ経験をさせられているなあと、まあ浄化作用についてはこのような先達がいらっしゃるのでその人を見習ってこの痛みには耐えて行こうというように思っております。

二月の出張を終えてから本部へ帰ってからはヌラを吐く、それとかなりの色のものを嘔吐するという作用が始まりまして、これについては鎌倉支部のTさんがもう既に真症がんを乗り越えておられますので、「Tさんからヌラが出るのですよ。」という度に「御教え通りですね。これを乗り越えて行けば真症がんは浄霊だけで乗り越えて行くことが出来ますね。」というようにお話をさせて頂いて、私自身もTさんには御教えで切ったような言い方をしましたけども、しっかり私も受け止めてそれが出来るまでしっかり浄化を頂いて行こうというように思っておりましたけども、昨夜も今朝もまだその痛みが続いておりますので、本日は私が先達をせずに岡山支部長に先達をしてもらってそれから私が浄霊をさせて頂いて、御教え拝読、御歌の朗詠それから体験報告というように移って行きたいと思います。

どうかその一つ一つに心を集中して御参拝頂ければ有難いと思います。

 

一番の根本は国常立尊様へのお詫び

さて、また先程の話に戻りますが、昭和二十九年六月十五日にメシヤ様の御神格が先達の先生方が十分にわかっておられなかったことの理解と、もう一つは私自身が二月十六日に一定のところまで十分に達していないと神界から言われましたので私も人間的にこれだけ信者さんと共々に昨年の六月十五日から神性を磨く取り組みをしているのにそれに対して一定の線に達していないとは神様に対して非常に不遜です。不遜ですけども「これだけ努力しているのになんということを言われるのだ。」というように神様に大分反発しました。信者さんがこれだけ努力しているのに、私自身も精一杯進めさせて頂こうとしているのにそれなのにまだ一定のところまで達していないとは人間としては大不遜ですけども「何たることだ。」というように神界に反発したわけなのですけども二月の三日、四日の時にお話しましたように私たちは夜の時代の癖をとって昼の時代に相応しい人間になるということに取り組んできたわけでその夜の時代の癖を取る手法として素戔嗚尊の蛮行と瓊瓊杵尊の孫の取り組みとそれから大和民族の姿勢ということを見つめて来ました。そして三千年来の罪穢れということを見つめてそれをお詫びをさせて頂いて次の段階を迎えようと考えたわけなのですけども根本的な国常立尊様へのお詫びが出来ていないというように指摘されまして、国常立尊様との御教えにおける年代的な事が十分合致していないために今回、節分祭立春祭では取り上げませんでした。というように答えたのですが、一番根本的な事は国常立尊様へのお詫びであると、そしてこれから裁きというのは国常立尊様がされるわけですので、この国常立尊様に対するお詫びが出来ていかない限り、今取り組んでいることは十分成就しないというように御指摘を受けました。前々からのメシヤ様という御神格に対する御説明では一方では国常立尊様の裁きと、それから観音様の救いという両方のお働きをお持ちである方がメシヤ様であるというようにお取次ぎをさせて頂いて今日までまいりました。この国常立尊様に対するこの裁きの厳しさということがおそらく昭和二十九年六月十五日から二ヶ月間メシヤ様と御尊称申し上げたことを取り下げる最大の理由であったかと思います。おそらく私と同じように・・・というと自分がえらく高いように聞こえるかと思いますが、先達の先生方も厳しい御浄化に入られたことと思います。しかしその御浄化があまりにも厳しいので耐え切れなかったということと、それからそれを取り巻く信者さん方が「このように厳しい内容なのでしょうか。」と「このように厳しい内容であれば我々は受け止める事は出来ない。」というような声も随分出たのではないかと思います。

それで、御神格に対する認識の他に国常立尊様の裁きを全面に受けることが出来るかどうかということに対する心配からお取り下げをメシヤ様にお願いしたのではないかなというように推察することができます。そうかと言って今日このような話をすると、これから皆さん方に大変な浄化が起きてくるというように受け止めますとこれまた心配なことでありますけども、お生まれになってから今日まで様々な苦しい状況があったかと思います。病気だけではなくて家庭で毎日、新聞を引き破らなくては耐えられないような、そういう問題があったり、何かに八つ当たりしなければいけないような苦しいことがあったりして、そういう中で頂いた浄化というのがすべてこれからの御神業のための浄化であったと受け止めて頂いて、これからまた厳しい浄化をいただくかもしれないということではなくて、今までの人生すべてがメシヤ様の御降誕本祝典を執り行うためのそういう人生であったと受け止めて頂いて、これから進めさせて頂くことに取り組まさせて頂きたいと思います。

それでまず、六月十五日までには先程からお話しましたように、節分祭の時のお詫びに国常立尊様に対するお詫びが不足しておりましたのでそのことをしっかり自分御自身、お一人お一人見つめ直して頂いて今年の六月十五日を迎えさせて頂きたいと思います。その時に課題にしておいて頂きたいのは、

なぜ昭和二十九年六月十五日は『メシヤ降誕仮祝典』という名称にしたのか?

なぜ、メシヤ様御自身に向って御参拝させて頂いた時に、『天照皇大御神(アマテラススメラオオミカミ)様』として奉唱申し上げたのか?

これを各支部、各出張所、各集会所皆で考えて頂きたいと思います。そしてそれぞれの答えがある程度出てきて、六月十五日を迎えさせて頂きたいと思います。

神様という御存在は時期が来ていない場合は必ず先送りをして下さいますので、そしてそれが丁度良い時期というようにメシヤ様は御垂示の中で度々我々に御教え下さっておりますので、〝もうすでに遅くなってしまったなあ〟という、意味ではなくて精一杯そういう時期を目指して取り組まさせて頂きたいと思います。今年は地上天国祭の前に本部竣成記念大祭、それから十二月の御降臨祭そして来年二月三日、四日の節分祭・立春祭を執り行わせて頂いて来年の三月三日に『メシヤ降誕本祝典』記念大祭と言って来ましたけども来年だけは『メシヤ降誕本祝典』としてさせて頂きたいと思います。そして『メシヤ降誕本祝典』とは一体何ぞやと言いますと、これは神界からこの地上に天国を建設するためにメシヤ様が御降誕されたことを人間側としてはどのように感謝申し上げてどのように御祝福申し上げるかということをそれまでに整えさせて頂きたいと思います。ですから昨年の十二月から始めさせて頂いた御歌の朗詠は元よりハレルヤのコーラスの全支部、全出張所、全集会所で練習をさせて頂いて祭典で大合唱させて頂きたいと思います。まず、人間としてメシヤ様にどのように感謝申し上げてそして御祝い申し上げるかということを今のこの時期から考え始めて頂きたいと思います。何度も申し上げますけども私は、人間として迂闊でした。『世界救世(メシヤ)教を復興することを神界に誓詞を捧げます。』と・・・神界から『誓詞を捧げるように』と言われましたので、これはもう元よりそのつもりで来ましたので〝当然捧げさせて頂きます〟と思って、準備を整えて十二月二十三日に誓詞を捧げたわけでありますが、こんなことが待っているとは夢にも思いませんでした。今ちょうど、誓詞を固め始めてから二十キログラム痩せました。しかし腹だけはまだ張っております。腹が張っているということは先程の大腸がんや真症胃がんと一緒で龍神が、龍神時代に様々なものを貪り食ったその曇りが今ここで精算されようとしているのだと思います。私の性格からして“龍神じゃないだろうなあ”と思っていたのですが昨日は笑われました。「これだけ頑固に進めて来た以上は龍神以外に考えられないじゃないですか。」と言われました。

論理的にズーッと積み重ねて行って信仰を立て直そうと取り組んで来ましたのでこれは大いに天狗もついているのではないかと。天狗と龍神だけは絶対無縁だと思っていたのですけども、やはり国常立尊様の前に出ていきますとこうして本性というのがさらけ出されてしまうなあというようにこれも私の恥じるところですけども、そういうことを感じながら今日を迎えております。

皆さん方が三千年間の間に様々夜の時代の癖を身につけて来てしまいましたけどもそれを具体的に細かく認識すればするほどその解消はスムーズに行きます。私みたいに頑固だと中々スムーズにいかないのでこれだけ痛みが伴うわけですけど、具体的にそういうことが掴むことが出来ればスムーズに行くと思いますのでそうして「自分自身はどのようにメシヤ様の御手足にならせて頂くのか」ということを整理して頂ければ有難いと思います。

 

一発勝負

これからの一つ一つの祭典は一発勝負です。やり直しはききませんので、そうかと言ってあまりこういうことを言うと「そんなにしんどいことをしないといけないのなら今までの教団に帰った方が良いわ。」とか「ぬるいところにいた方が良いわ。」というように思うかもしれませんけども折角神界から御神命を頂いた私たちですので精一杯担いきって参りたいと思います。そして担い切る上において、大切なことは二月四日にいずのめ教団の立春祭の時に四代教主様が御発言になられた内容で会場が騒然となったそうなのですが、こういう話が耳に入って来た時に「我々は正しいのだ。」と「あっちは間違っているからそういうことについになってしまったのだ。」というような認識をどうかこれからは持たないようにして頂きたいと思います。

昨夜も元○○○の方々に探査をして頂きながら浄霊を頂きましたが、この浄霊の仕方は現在○○○全体が色々問題点があったとしてもこの探査の浄霊を取り戻すということは大きな成果であったのではないかなと思います。

ですからこれからは細胞分裂を考えて頂きたいと思いますが、私達メシヤ教というのがありますが、これがさらに細胞分裂してメシヤ様の御心を元に地上天国建設をしていこうとする人達で細胞分裂が増えていきます。増えて行くときに増えた中の必ず不必要な部分が生まれて来ますので、その不必要な部分を取り除いて行くという取り組みをこれから新たに加わる方々とも一緒に取り組んでいくという姿勢を持って頂きたいと思います。

〝あの人達はまだまだわかっていないなあ〟というような見方をこれからは一切無いようにして、その人達は真面目であるが故に素直であるが故にズーッと組織が間違ってもついてきたわけですのでその真面目さ素直さというものをより一層見出してあげてそしてそれが輝いて行くように、そこにプラス本当は智慧が加わってくれると正しい道を歩むことが出来たのですが、そういうように見て頂きたいと思います。そして私達がそういうような気持ちで肚に落ちていくと全てのものが増えていくという形になっていくかと思います。そして良いものが発展していく、新たなことが創造されていくようなそういう方向へ方向へ動いて行きますので私達の取り組みが正しいか正しくないかということをチェックした時には一つはそうしたものを見て頂きたいと思います。そしてこれから新たに加わって下さる方々と共に手を携え合ってそして来年の『メシヤ降誕本祝典』を目指して取り組ませて頂きたいと思います。

皆さん今回だけいつもと違った祭典になりますけども今お話させて頂いたことを受け止めて頂いて祭典に集中していただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

 

[本部祭典 メシヤ降誕本祝典記念大祭 2017(平成29)年3月3日]

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