メシヤ講座・特選集no.83(平成19年12月分)

<御教え>
世界救世(メシヤ)教早わかり
(昭和25年11月20日)
はしがき

此(この)小著は、まだ本教を知らない人の為に、手引としてかいたものであるから之を読んだだけでも、本教の片鱗に触れ、概念だけは得られると思う。何しろ本教は今迄の宗教とは余程異っており、既成宗教観念では一寸判り難いと共に其(その)点に本教の大いなる意味を見出すのである。早く言えば、今迄と余り異いがない宗教とすれば、発生の必要はないからである。

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メシヤ講座・特選集no.82(平成19年11月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
科学篇

医学の解剖

私は前項迄に、医学の誤謬を大体かいたつもりであるが、尚進んで之から鋭いメスを入れて、徹底的に解剖してみよう。と言っても別段医学を誹謗する考へは毫末(ごうまつ)もない。只誤りは誤りとして、ありのまま指摘するまでの事であるから、虚心坦懐になって読まれたいのである。それには先づ事実によって、説明してみる方が早かろう。先づ何よりも医師が患者から、病気の説明を求められた場合、断定的な答へはしない。甚だ曖昧模糊御座なり的である。例えば、患者に対する言葉であるが、何の病気に就(つい)ても言ひ切る事が出来ない。貴方の病気は治ると思ふ。治る訳である。医学上そういふ事になってゐる。此(この)療法が効果ありとされてゐる。此(この)療法以外方法はない。養生次第で治らない事はない。貴方の病は万人に一人しかないなどといふかと思へば、貴方は入院しなければいけない、と言はれるので患者は「入院すれば治りますか」と訊くと、「それは請合へない」といふやうに、実に撞著的言葉である。又予想と実際と外れる事の、如何に多いかも医家は知ってゐるであらう。

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メシヤ講座・特選集no.81(平成19年10月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
科学篇

病気と医学

前述の如く、私は反文明の原因としての、戦争と病気の二大苦を挙げたが、其(その)外に今一つの貧困がある。然し之は戦争と病気とが解決出来れば、自然に解決さるるものであるからかかないが、先づ戦争の原因から説いてみると、之は勿論精神的欠陥即ち心の病気にあるので、之も肉体の病気さへ解決出来れば、共に解決さるべきものである。

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メシヤ講座・特選集no.80(平成19年9月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
科学篇

病気とは何ぞや

愈々(いよいよ)之から病気に就(つい)ての一切を解説する順序となったが、抑々(そもそも)病気とは何かといふと、一言にしていえば体内にあってはならない汚物の排泄作用である。従って体内に汚物さへなければ血行は良く、無病息災で年中潑剌(はつらつ)たる元気を以て活動出来るのである。としたら一体汚物とは何であるかといふと、之こそ薬剤の古くなったもので、毒血又は化膿した不潔物である。では何故其(その)様な病気の原因となる処の薬剤を使用しはじめたかといふと、之には大いに理由があるから詳しくかいてみるが、抑々(そもそも)人類は未開時代は兎も角、漸次人口が増へるに従って、食物が不足になって来た。そこで人間は食物を探し求め、手当り放題に採っては食った。勿論農作法も漁獲法も幼稚の事とて、山野、河川至る処で木の実、草の実、虫類、貝類、小魚等を漁ったが、其(その)良否など見分ける術もないので、矢鱈(やたら)に食欲を満たそうとしたので、毒物に中(あ)てられ、其(その)苦痛を名付けて病気と謂ったのである。そこで何とかして其(その)苦痛を脱れやうとし、草根木皮を試みた処、偶々(たまたま)苦痛が軽くなるものもあるので、之を薬と称して有難がったのである。其(その)中での薬の発見者としての有名なのが、中国漢時代に現はれた盤古氏で、別名神農といふ漢方薬の始祖人であるのは余りにも有名である。

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メシヤ講座・特選集no.79(平成19年8月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
総篇

地上天国

地上天国とはバイブルから出た言葉であり、仏教ではミロクの世といひ、西洋ではユートピアなどといふが、勿論意味は同一であって、つまり理想世界である。之が曩(さき)にかいた如く神の目的であるから、現在迄の歴史は其(その)世界を造る過程であったので、幾変遷を経て漸く天国の一歩手前に来たのが現在である。此(この)世界を一口にいえば、病貧争絶無の世界である。処が此(この)三大災厄の中の王座を占めてゐるのが病気であるから、病気さへ解決すれば、貧乏も争いも自ら解決するのは、言を俟たない処である。

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メシヤ講座・特選集no.78(平成19年7月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
総篇

救ひ主と贖罪主

私は之迄悪に就(つい)ての根本理論として、悪が必要であった事、悪によって今日の如き文化の進歩発展を見た事をかいて来たが、茲(ここ)で今一つの重要な事をかかねばならない。それは有史以来今日迄幾多の宗教が生れ、其(その)説く処は例外なく善を勧め、悪を極力排斥したのであった。勿論之は悪其(その)ものを除くのが宗教の建前であるから勿論当然であるが、それに就(つい)て私はよく斯ういふ質問を受けたものである。“一体神や仏は愛と慈悲の権化であり乍(なが)ら悪人を作ってをいて罪を犯させ、それを罰するといふのは大いに矛盾してゐるではないか。それならいっそ最初から悪など造ってをかなければ、罰を当てる必要もないから、それこそ真の神の愛ではないか”といふのである。成程此(この)質問は尤も千万で一言もないが、実をいふと私にしても同様の考へ方であるから、其(その)都度私は斯う答へる。“成程それには違ひないが、元々私が悪を作ったのではないから、私には説明は出来ない。つまり神様が何か訳があって悪を作られたのであるから、何れ神様はそれに就(つい)ての、根本的理由をお示しになるに違いないから、それ迄待つより仕方がない”と曰ったものである。

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メシヤ講座・特選集no.77(平成19年6月分)

<御教えより>
医学試稿

(1939年文創のまま)

第一篇  森羅万象の構成

現界と霊界

人間の死とは、肉体から霊が脱出分離するといふ事は、前項の通りであるが、然(しか)らば、脱出の霊魂は何処へゆくかといふと、それは霊界なる別の世界の住人になるのである。であるから、仏語でいふ往生とは“生れ往く”とかくのである。それは、現界から観るから死であるが、霊界から観れば生である。元々仏界は、霊界中の存在である為、生れ往くといふのが当然である。死の前の事を生前といふのも同一の理である。此(この)霊界の実体に就(つい)ては面白いのがあって、私は、永い間凡有る方法を以て研究実験したのであるが、何れ、別に記くつもりであるから、茲(ここ)では省く事にする。

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メシヤ講座・特選集no.76(平成19年5月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
総篇

悪の発生と病

前項の如く悪の九分九厘に対して、善の一厘が現はれ、絶対神力を揮って既成文化を是正すると共に、新文化を打ち樹てる。早くいえば掌を反えすのである。之が今後に於ける神の経綸の骨子であって、其(その)破天荒的企図は想像に絶するといってよかろう。之に就(つい)ては彼の旧約聖書創生期中にある禁断の木の実の寓話である。勿論之は比喩であって、エデンの園にゐたアダムとイブの物語は、実に深遠なる神の謎が秘められてゐる。それを追々説いてゆくが、之を読むに就(つい)ては全然白紙にならなければ、到底分りやうがないのである。言う迄もなく木の実を食ふ事によって悪の発生である。といふのは木の実とは薬の事であって、薬によって病気が作られ、病気によって悪が発生する。処が人類は紀元以前から、病気を治す目的として使ひ始めたのが彼の薬剤であって、禁断の木の実とは、何ぞ知らん此(この)薬剤を曰ったものである。といふ訳を知ったなら何人も愕然として驚かない者はあるまい。ではそのやうな到底想像もつかない程の理由とは何かといふと、之を説くとしたら理論と実際から徹底的に説かねばならないから、充分活眼を開いて見られん事である。

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メシヤ講座・特選集no.75(平成19年4月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
総篇

悪と守護霊

前項の如く、現在迄必要であった悪が、不必要になったとしても、そう容易(たやす)く追放される訳にはゆかないが、それに就(つい)ての神の経綸は寔(まこと)に幽玄微妙なるものがある。之は追々説いてゆくが、茲(ここ)で前以て知らねばならない事は、抑々(そもそも)宇宙の構成である。言う迄もなく宇宙の中心には太陽、月球、地球の三塊が浮在してゐる。そこで此(この)三塊の元素を説明してみると、太陽は火素、月球は水素、地球は窒素といふやうになってをり、此(この)三元素は勿論各々の特質を有ち、夫々の本能を発揮してゐるが、右(上記)の中の火素、水素の二精気が密合して大気となり、地球を囲繞(いじょう)しつつ、一切万有の生成化育を営んでゐるのである。

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メシヤ講座・特選集no.74(平成19年3月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
総篇

天国建設の順序と悪の追放

抑々(そもそも)此(この)世界を天国化するに就(つい)ては、一つの根本条件がある。それは何かといふと、現在大部分の人類が心中深く蔵されてゐる悪の追放である。それに就(つい)て不可解な事には、一般人の常識からいっても悪を不可とし、悪に触れる事を避けるのは勿論、倫理、道徳等を作って悪を戒め、教育も之を主眼としてをり、宗教に於ても善を勧め、悪を排斥してゐる。其(その)他社会何れの方面を見ても、親が子を、夫は妻を、妻は夫を、主人は部下の悪を咎め戒めてゐる。法律も亦(また)刑罰を以て悪を犯さぬやうにしてゐる等、之程の努力を払ってゐるに拘はらず、事実世界は善人より悪人の方が多く、厳密に言へば十人中九人迄が、大なり小なりの悪人で、善人は一人あるかなしかといふのが現実であらう。

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メシヤ講座・特選集no.73(平成19年2月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
総篇

既成文明の謬点

此(この)著は序文にもある通り、現代文明に対する原子爆弾といってもよからう。そうして既成文明の根幹となってゐる宗教も、思想も、哲学も、教育も、科学も、芸術も悉く包含されてをり、其(その)一々に就(つい)て鋭い眼を以て、徹底的に批判し究明し、赤裸々に露呈してあるから、之を読むとしたら何人と雖も古い衣を脱ぎ棄て、新しき衣と着更へざるを得ないであらう。此(この)意味に於て本著が人々の眼を覚ますとしたら、茲(ここ)に既成文明は一大センセーションを捲起し、百八十度の転換となるのは必然であり、此(この)著完成の暁は全世界の宗教界、各大学、学会、言論界、著名人等に適当な方法を以て配布すると共に、ノーベル賞審査委員会にも出すつもりであるが、只惜しむらくは同審査委員諸氏は、唯物科学の権威であるから、初めから理解する事は困難であらうが、此(この)著の説く処科学の根本をも明示してある、悉くが不滅の真理である以上、充分検討されるとしたら、理解されない筈(はず)はないと思うのである。

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メシヤ講座・特選集no.72(平成19年1月分)

<御教え>
文明の創造
(文創 昭和二十七年・未定稿のまま)
総篇

序文

此(この)著は歴史肇(はじま)って以来、未だ嘗(かつ)てない大著述であり、一言にしていへば新文明世界の設計書ともいふべきもので、天国の福音でもあり、二十世紀のバイブルでもある。といふのは現在の文明は真の文明ではないので、新文明が生れる迄の仮の文明であるからである。聖書にある世の終りとは、此(この)仮相文明世界の終りを言ったものである。又今一つの“洽(あまね)く天国の福音を宣べ伝へられるべし。然る後末期到る”との予言も、此(この)著の頒布である事は言う迄もない。そうしてバイブルはキリストの教へを綴ったものであるが、此(この)著はキリストが繰返し曰はれた処の、彼の天の父であるエホバ直接の啓示でもある。又キリストは斯うも言はれた。『天国は近づけリ、爾(なんじ)等悔改めよ』と。之によってみれば、キリスト自身が天国を造るのではない。後世誰かが造るといふ訳である。

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