メシヤ講座no.201(平成29年12月)の資料

<研鑽資料>

メシヤ教執行部

1 はじめに

「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」平安末期の歌人で有名な西行が、神宮にお参りして、詠んだ歌です。どなたさまがいらっしゃるのかよくはわかりませんが、おそれ多くてありがたくて、ただただ涙があふれてしまいます。という意味ですが、神様は、見えないし、お話くださいません。「見る以外」を意識して、「感じる」ことが大切なのです。大自然の中にいると「気持ちいい」と感じます。この綺麗な山々、木、海等、これら国土・自然は神様の御体なのです。ですから、神様の息吹が分からないと、本当の美というものは、感じ取れません。私達は、この「感じる」という感覚を、大切にしていきたいと思います。

今月は、その自然美あふれる箱根、熱海で執り行われる、『メシヤ様御降臨祭』に向けて、昨年の同日に誓詞を捧げられた代表先生を思い、そのレベルまで少しでも想念を近づけ、高めるために、「代表の誓詞」と題して、先生の事蹟を振り返り、その帰幽後の「メシヤ教の混乱」を教訓に、今後の「想念の向上」について、この1年間に起こったことや、本部祭典への取り組み、及び、これまでのメシヤ講座を振り返って学ばせて頂き、祭典で、神様の息吹を感じさせていただきつつ、皆様方が先生にならい、同じ想念をもって誓詞を捧げさせていただく一助としたいと思います。

 

2 代表の誓詞 

平成28年12月23日、『メシヤ様御降臨祭』において、代表が世界救世(メシヤ)教復興の誓詞を捧げました。

代表は、平成18年に「世界救世(メシヤ)教復興事業」を提唱し、「世界救世(メシヤ)教」を復興し、派生教団を統合し、人々がメシヤ様の恩恵に普遍的に浴することのできる体制をつくるために、「宗教組織(教団)とは運営のためにあるのではなく、教えを垂れた教祖の恩恵に与るためにあり、救いを求めた人々に寄り添うためにある。そして、お互いに学び合い、それぞれの霊性を高め、人格を磨くためにある。さらには、学びが血肉となり、知人や周囲に感化を与え、周りの人々が幸せになることへと繋げ、地上天国建設が実現して行くために宗教組織はある。」との目的を掲げ、その実現に向けて歩んで来られました。

10年も前から積み上げてきた取り組みが、神界からの御垂示と相まっていよいよ具体化し、昭和29年の忘れ物を、平成29年において取り戻すという、天の時が来たので、神様へお誓い申し上げたのです。

「世界救世(メシヤ)教復興事業趣意書」の中に、その精神が凝縮されています。今一度ひも解いて頂きたいと思います。

 

3メシヤ教の混乱

(1)世界救世(メシヤ)教の混乱(昭和29年の忘れ物とは)

  • メシヤ様の御尊称の取り下げ

昭和29年6月15日『メシヤ降誕仮祝典』後の2ヶ月間、『メシヤ様』と御尊称申し上げました。すると、メシヤ様の降誕により百倍に増えた光によって、先達の先生方のかなり厳しい浄化が次々に始まったのだそうです。その浄化に耐え切れなかった先達の先生方が、メシヤ様にお願いされて『明主様』に御尊称を戻したいと取り下げて頂いたのだそうです。『メシヤ様』と御称えすることにより、『国常立尊』様の御働きが非常に強くなりますし、光自体が増えていますので、浄化が大変厳しくなってくるのですが、これに耐えられない方々が、尊称をお戻ししてしまったことにより、光を隠してしまう(神様を押し込めてしまう)結果となってしまったのです。これにより、ご承知の教団浄化が始まって行きます。

  • 教団浄化の意義 

昭和の時代の教団浄化では、残された者達がまとまらず、離脱が相次ぎ、人間から見ますと、悪に屈したように思えます。しかし、神様から見れば、人間が『メシヤ様』の御尊称を戻してしまい、混乱を招く結果になりましたが、それが人間を刺激して本物を求める動きに繋がり、自分達でやり直しをする流れになりましたので、悪の働きが善を生んでいるという見方がベストなのだそうです。大きく見ると、悪に一時負けたように見えますが、それが、自分達が所属していた団体を出て、本来のあり方を求めた方々が集まって仮祝典を執り行う(昭和の忘れ物を取り戻す動き)に繋がりました。また、この63年間、神様はずっとその時を待たれ、その間に崩壊寸前の絶妙なバランスのもとに、飛躍的な物質文明の発達を御経綸下さっております。ですから、メシヤ様が御昇天されてから、今年の6月15日の仮祝典までの流れを見れば、この仮祝典は単にメシヤ教だけの話ではなく、人類全体の中の出来事なのです。これを自分達だけの信仰の枠に留めるのではなく、人類全体の大きな枠組みを視野に入れて、進んで行く必要があります。

(2)代表帰幽

  • 代表浄化の意義

代表が亡くなることは、神様から御覧になれば、決定事項だったようです。

副守護神の影響を受けないために、浄化を頂くことで、霊籍が向上し、神性を取り戻す。ということと、代表が私たちに現界での御用をさせるため、そして、神界(メシヤ様、神様方)、・幽界(代表、先達の先生方、ご先祖様)、現界(信者・これから集う心ある人達)と、三界共同で世界救世(メシヤ)教の復興の御用を担うため、ご自身が多くの人の浄化を引き受けられて、霊界へお戻りになられたのではないか、と思うのです。

また、神界からの少し厳しい視点でいえば、すばらしい先生の力量に頼りきりで、遅々として一人一人の自覚や向上が進まない、神界が期待するほどには高まらないという状況の中、思い切った手段を取られ、肉体はなくなるけれども、先生を霊界から一人一人に働きかけさせることにより、これまで以上に時間空間を超越させ、心を一つにして取り組ませ、御神業の急速な進展を図ったものといえようかと思います。これが、先生帰幽の最大の理由であろうかと思います。

皆さんも前世において代表との因縁があります。非常に近い間柄だったのです。ですから、現世に生まれ変わって、代表がメシヤ教に集められたのです。

夜の時代の罪穢れは、誰にでもあり、その曇りを取り除くことができれば、幸せになれるのですが、それには、神様をお出しする御用に、御使いいただくのが一番良いのです。

代表は、自然に和合・帰一の方向へ向かうように霊界から、働きかけてくださっているようです。体がおありだった時以上に、代表を身近に感じませんか。

『霊層界』で学びましたが、代表は霊界で、私達の幽魂に働きかけてくださっておられるのです。さらに、メシヤ教以外の方々へも働きかけておられるようです。なんと、心強いではありませんか。

しかし、いくら代表が霊界で頑張って下さっても、当の私達が信仰の基本業をおろそかにし、曇りまみれになって、先生の想念を感じ取れぬままでは何も進まないのです。神界がいくら御働き下さっても、現界で私達、体を持った生身の人間が、行動を起こさなければ、どうしようもなく、何も現界に反映されないのです。

(3)人心乱れる

  • 心がバラバラに

先生帰幽の当初は、そのショックのあまり、何が正しくて何が間違っているのか分からず、間違った方向へ進んでいるのではないかと、真剣に考えれば考える程、わからなくなってしまった方もおられたと思います。人間としては当然だと思いますが、私達は、自分の立場、それぞれの目線でしか、物事を見ていない事に、中々気付けなかったのではないでしょうか。

そして、気づけば、教団全体のまとまりが無くなっていました。各支部の現状でありますとか、目の前の信者さんのお世話とか、個人的な事情とか、目に見える目の前の確実なものに縋りついていました。そして、これは、メシヤ様御昇天後の教団浄化の型でもあったのです。

御教え拝読においても、自分の分かっていることと、今の自分に満足してしまい、自分を超えようとする人が、少なかったのです。先頭に立とうとする人達が、今の自分を超えられなければ、それに続く方々の向上も、難しかったのは明らかです。

一方では、神界や先生の御意図を看取できる方々の手により、二度と不合格を頂かないよう地道な努力が積み重ねられていました。

  • 体制整わず 

当然先生帰幽後の体制も整いませんでした。支部体制をかろうじて残したまま、先生亡き後の本部体制がなかなか整わず、各拠点もさまざまな事情を抱え、先生がなさっておられた機能が大きく欠落したまま、なかなか埋めることができない状態となりました。

思えば代表は、お一人で何でも対応しておられました。実に細やかなことにも、気を配っておられました。代表のやっておられたことを、皆で分担し、協力しないと、御用は進んで行かないわけですが、細々とした信者さんのお世話や、関係者の方々との打ち合わせにしても、「誰かがやるでしょう。」とか、「自分に関係ないよ。」と、たらい回しにせずに、先生の頭や腹や手足の代わりを少しでもしようとの想念をもって、誰もが率先して、御用に取り組む姿勢が必要だったのであり、先生の偉大さと、私達の至らなさや依存心が、浮き彫りになっていたのです。自分の向上は誰にも止められませんので、間違いがあっても恐れずに、自分達を正していく姿勢、まずは行動することが、望まれていたのです。

そうした中、紆余曲折はありましたが、神界との共同作業で、組織形態や役割分担も、重要職から順番に、次第に整いつつあるのが現状で、御降臨祭当日には重要職に就いた方々のご紹介と新体制の発表が出来そうです。

  • 使命を覚る 

まれに霊的な現象が見える人もいるようで、ある拠点での出来事ですが、代表ご在世の頃、月次祭の祭典の時に、代表と拠点責任者の二人の胸に、青色の三角形が見えたそうです。その意味を考えても、はっきりとは、わからなかったそうです。

また、メシヤ教に届く神様からのメッセージが信じられず、真実を見極められず、信者さんにどう伝えて行ったら良いのか、迷い、悩んで、心が折れそうになった、ちょうどその頃、拠点に、立ち寄ってくれた人がいて、夜中まで話を聞いてくれた。帰り際に庭で、空を見上げたら、周りが曇っているのに、星が三角形に、はっきりと輝いていた情景を見たそうです。

そして後日、その人は次のようなことを調べて送ってくれたそうです。《天の色である青、私達人間は、「天より命」を受けて生まれて来ます。ですから、人間は地上から空を見上げ、「手の届かない」神々に向け、「使命」の全うと「忠誠」を誓うのです。 青は、「使命」「天命」の色。ブループリントとは、生まれる前に描かれている、人生の「青写真」の色です。》

目に見えないことを探求し、意見の異なる人とは、コミュニケーションで、想いの差を埋めていくことが大切だという事を示す良い例だと思います。きっと、この責任者は、使命を覚らせて頂くことが出来たでしょう。

 

4 想念の向上

(1)1年の学びのまとめ

  • 学びの目標

私たちは、メシヤ様と太く霊線で繋がらせて頂けるように、平成30年3月3日の救世主(メシヤ)降誕本祝典を目指し、メシヤ様を現界にお迎えし、お讃え出来る、神性を取り戻した魂を頂くことを目標に、取り組んで参りました。代表ご在世中の「覚りの旅」と同様に、私達一人一人の想念の向上を目指しました。これは今も変わりません。

  • 『霊層界』の学びの重要性

霊層界については、代表帰幽の直後から、神界からの指示を受けて学ぶことになったのですが、当初はその意図も理解しないままの浅い学びとなっていたため、繰り返し、更に深く学ぶこととなりました。ここをしっかり学んでおかないと、浄化を頂く意味合いも、神様の御用をさせて頂くことが救いであることも、理解できなかったからです。

学びを積み重ねるうちに、『霊層界』に関する御教えの奥深さを知りました。霊界には180段の階層があり、どの階級に属するかで、幸、不幸が決まること。主宰神の命令が幽体に反映し、霊体に反映し、肉体を動かしていること。善い行いをして、徳を積み重ねれば、罪穢が減少するから、幽魂は軽くなり、霊層界の上段に上がれ、幸せになれること。善悪の心言行そのままが、神界や邪神界に直通していること。等々を学ばせて頂き、人間の幸、不幸は、こういった霊界の構成と霊主体従の法則、相応の理に支配されており、これがほぼ絶対的な神律であることを、わからせて頂きました。

ここで、霊層界について興味深い話を2つ、紹介します。まず、御神床の御神体の前に、上からメシヤ様、代表と並んで御座りになられているのを、霊視された人がおり、代表の告別式の日には、御神床から『楳木は儂(わし)の下(もと)で働く』という御声が聞こえたそうです。その後のメシヤ教の活動、代表の霊界でのお働きを考えましても、メシヤ様の御声だったに違いありません。もう一つ、御教えに『仏界では、毎日色々なお説教など聞いている、弘法信者は弘法の霊界へ集り、日蓮信者は日蓮の霊界へ集って、お説教を聞いている。』とありますが、メシヤ教信者は、霊界で代表が私達の幽魂に語りかけ、寝ている間に、幽魂がメシヤ講座を受けているそうです。このことなどは、『霊層界』について、深く学ばなければ、理解できなかったでしょう。

この学びがなければ、世界救世(メシヤ)教の復興、地上天国の実現ということと、個人個人の日常がなぜ結びつくのかは、とうてい分からなかったはずです。

  • なぜこのテーマで学んだのか。

まずは、4月に、代表の帰幽を受け止められない人たちに、『浄化の意義』についての説明をしました。

5月には、世界救世(メシヤ)教を復興する為に、基礎となる『開教の辞』についてと、神様の御用をさせていただくとは何か、をお分かりいただく為に、『霊層界』について学びました。

6月は、『メシヤ降誕仮祝典』に臨み、どういう神様をお迎えさせて頂くのかを知るために、『太陽神について』学び、併せて、惟神霊幸倍坐せとは“魂を大きくして頂いて幸せにして頂きますように”との想念の言葉であり、祝詞奏上の内でも最重要な言魂だということを知りました。

7月は、『地上天国祭とメシヤ降誕仮祝典の意義』そして、『霊層界』について再び学びました。これは、皆様全員の向上が求められる中、6月15日のまとめと反省を土台としたスタートが必要となること、そして基礎である霊層界の学びがしっかりされていないと、次に進めないという意味がありました。

8月は、『日と月』『大乗と小乗』の学びでした。これは、日の神様が御現れになったので、これからは、御教え通り大乗にさせて頂くと、素晴らしい結果も頂ける、しかしながら、大乗はどうしても小乗悪を伴う、その悪に目をとられて大乗を殺すことがいかに間違っているか、さりながら人間界に身を置く以上、小乗の善(大乗の悪)から始めないと、どうしても世間の非難を浴びやすい、その加減が何としても難しいため、今後習熟する必要がある事を分かって頂くための学びでした。

9月は『真の大乗宗教』で、宗教は邪神以上の力を持たねばならず、神様の真意を汲み取って物事の判断をし、現実世界において、一番良いと思われる事を探っていける人間になって行かねばならないことを学びました。

10月は、『真の大乗宗教とその働き』『世界救世(メシヤ)教の復興』について、昼の時代になり、メシヤ様の下に我々が結集する時が来たこと、その一人一人が天職使命を頂いていることを認識し、神界との共同作業で、世界救世(メシヤ)教を復興する中核となっていかねばならぬこと、そのためには、浄化による魂の向上が必要であること、等々を勉強しました。

11月は、「開教の辞」と「世界救世(メシヤ)教復興(第3の開教)と我々の因縁使命」について学びました。

こう並べてみますと、神界の御意図がよく分かります。基礎から応用へと進んでおりますし、私たちが陥りやすい誤りを正す順番ともなっていますし、その中で重要なテーマは繰り返し学び直すことを求められています。

また、これまでの数か月の学びのテーマ相互が関連しており、『世界救世(メシヤ)教の復興』の働きをさせて頂く上で、欠かせない事を勉強させて頂いたのです。今一度これらの学びを、順に振り返っていただき、御降臨祭までに想念を高めて頂きたいと思います。

  • 学びの体制を整える

学びの体制も遂次整備されてきております。

当面、メシヤ講座の骨子を、神界と霊界の先生との共同作業で、執行部が毎月話し合ってテーマを決め、そのテーマの基に教学顧問の感性により、作成するようになりました。

そして、メシヤ講座資料は、その骨子を元にして、信者の皆様と共に学び合うことを意識し、作成することとなりました。

現在、各拠点で開催しているメシヤ講座は、その資料を基に、学び合っております。

筆を執っている人は変わっても、その内容は神界と直結しておりますので、皆様方にはどうぞ安心して学びを深めて頂きたいと思いますし、骨子と講座資料との二本立ての中で、気付いたこと、直面している問題の解決の糸口等、ヒントが見えたり、気付いたりしたなら、どうか、直接原典である御神書にあたっていただき、拝読を通じて学びを深め、実践に繋げて頂きたいと思います。

くれぐれも骨子と資料の読みっぱなしにならぬようお願いいたします。

(2)本部祭典を振り返る

本部祭典としては、これまでに、6月15日『メシヤ降誕仮祝典』を箱根、熱海で執り行い、天照皇大御神様を現界にお迎えさせて頂きました。

また、10月26日『伊都能売大御神様御出世奉祝大祭』を定山渓で執り行い、観音様から御出世遊ばされた、伊都能売大御神様を現界にお迎えさせて頂きました。

祭典へ臨む姿勢として、意義を学び、どういう御神名で、どういう御働きの神様にお祈りさせて頂くのかを、皆が意識して参拝出来ることを目指しました。

そのため、祭典の都度、神界の御指示を元に、祭典に臨む「意義と想念のあり方」を作成配布させて頂き、皆様の想念づくりの一助とさせていただいたところです。

これは、冒頭の西行の歌のように、神様に真向かう想念がどうあるべきかを示すものでもあるのですが、これを基に皆様方の想念が高められるかどうかが、祭典の成功失敗に直接関わってくる関係上、他教団にはない、メシヤ教の使命を直接体現する重要なツールと捉え、時に応じて学び直していただきたいと思います。

「メシヤ教の人間は話せばよく分かる魂なのだ。」の、「話」とはこれを指しております。

(3) これからの本部祭典

〇12月23日:『御降臨祭』

今月に迫っている重要な祭典です。

昭和29年のメシヤ様御在世最後の祭典である御降誕祭の御神体が、千手観音像だったのですが、その御意図は何だったのでしょうか?

千手観音様は、正式には、十一面千手千眼観世音菩薩様と申され、11の御顔と40本の御手を御持ちです。その40本の御手それぞれに、25の御救いの御働きがあり、40×25=1,000という意味があります。この御顔と御手は、全知全能を現わしております。

主神様・メシヤ様が造られる地上天国建設の道具にならせて頂くことを、決意した人たちは、『どんなことをしても救ってやる!幸せにしてやる!』『自由無碍 千手はおろか万億の 御手さしのべて救いますらむ』という御心と御働きの発露であったと思われます。

尊い貴いメシヤ様の私達人類に対する大愛を御示しになられたのです。そして、私たちは千手観音様の御働きの現界での担い手として、土の働きをこの身を通じて体現させて頂くこととなります。1000の手のその一つにでもならせて頂けるよう、より一層祭典に向かう想念づくりをお願いいたします。

〇平成30年2月3、4日:『節分祭、立春祭』

国常立尊様へのお詫びの集大成として、人類を代表し、参拝させて頂きます。

〇平成30年3月3日:『メシヤ降誕本祝典』

メシヤ様を、ハレルヤの合唱とともに、沸き立つ想いで、歓喜の内にお迎えさせて頂きます。そのために、引き続きメシヤ様の御事蹟と御神格と、その絶対的な救済力に思いを馳せ、学びを続けて参りたいと思います。

 

5 まとめ

私達は、これから、今まで以上に、メシヤ様に真向かい、心を通い合わせて行きたいと思います。「私には何も出来ませんが?」と、人間は、ついつい考えてしまいますが、神様は、私達一人一人の、特徴や癖(くせ)を全て、見抜いておられ、御用を申し付けるのですから、出来ない御用をお与えになるはずがないのです。できるかできないかをまず考えてしまうということは、自分の人間力の限界をまず考えてしまっているということであり、これは神様の力を疑っているということに等しいのです。3000年もの間、『それぞれに、特徴を持たせ、使命を与え』ておられたのは、神様なのです。まず素直に「はい」と言ってやる事です。できたかできなかったかは、その後に考えればよろしい。うまくいけばそれで結構ですし、失敗には反省と学びと再出発が必ずあるのですから。

神様は、既往はお咎めになりません。素直に、愉快に、有り難く、自然にやらせて頂くのが一番です。メシヤ様も、苦しんで御神業をなされると、結果が悪いので、楽におやりになられました。今までは、夜の時代であったため、邪神に邪魔をされ、苦心惨憺して、思うように行かなかったことも、多かったと思います。しかし、昼の時代になり、神様の御働きと光が格段に強くなりましたので、御教え通りの御用が、楽にさせて頂けるのです。

メシヤ様は信者の最低限の心得として、本部祭典や、月一回の月次祭の参拝を欠かさない様に御講話下さっています。ご参拝させて頂く事によって、『日の神様』『日月の神様』をお迎えし、御光が格別に強くなったことを、肌で感じて頂きたいのです。御光に浴して頂き、幸せになって頂きたいのです。

昼の時代になり、明るくなりましたので、「感じる」から「見える」ように、条件がそろってきています。「感じる」ことが出来ない、「見えない」のは、“目に見えない事は信じない。”との夜の時代の癖が、知らず知らずのうちに、心の岩戸を閉ざしてしまっているのです。どうか、心の岩戸を開いて感じてみてください。そこに、きっと神様は現れてくださるでしょう。

神様のことは良くわからなくても、動かされている。何か目に見えない力で、自分がやらされているのでは?と感じる事はないでしょうか。メシヤ様でさえ、最初は、観音様が御使いになられることに対して、『疑いに疑いぬいた』そうです。そして、いろんな奇蹟を見せられてやっと、行動なされたのだそうです。

『昭和三年から三十年間で、大光明世界の基礎ができ、それから本当の世界になる。』ということですので、昭和が平成に反映されるとすれば、私達は正に、その真っ只中に、生かされている、時の人と言えます。

私達の生かされている、この時は、地球誕生以来40億年の経綸を行ってきた神様から見れば一瞬です。この地上天国建設のピンポイントの時期に生まれたことこそ奇蹟であり、私たちの因縁使命なのですが、お役まで頂けてこれほど嬉しく、有難いことはないと思います。

「子供達のために、これからの世代のために、人類の未来のために、地上天国建設のお役に立たせて下さい。メシヤ様、どうぞ私の体をお使い下さい。」と祈らずにはおれません。そして、何にお使いいただくのかは、冒頭の「世界救世(メシヤ)教復興事業趣意書」に尽くされています。神界が先生に託した想い、孤立無援の中、皆様方の誠のみを頼りに、先生が現界において実現しようとしたこと、私達の手に残されたそれらの貴重な種を、今こそ芽吹かせ、育み、花開かせる時が来ているのです。

 

[研鑽資料no.12 メシヤ講座no.201の資料 2017(平成29)年11月29日]

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