メシヤ講座no.204(平成30年3月)の骨子

「世界メシヤ教教義」

はじめに

 3月3日の本祝典、皆様ご苦労様でした。楳木代表ご逝去より一年間、色々なことがありましたが、あっという間に月日は過ぎ去り、慌ただしくも無事本祝典を挙行させて頂き、我々メシヤ教一同は、補欠合格的な状態ながらも、何とかここまでたどり着くことが出来ました。ここに改めて神恩に深く感謝を申し上げる次第でございます。

最後の審判=水晶世界の第一歩が始まっておりますので、いろいろな形で(多くは身辺のご浄化の形となってでありましょうが)変化が起こってきていることと思います。今まで隠されていたこと、隠していたことは、否応なく白日の下に曝されます。恐ろしくも有り難い世の始まりとはなった訳であります。

さてここは、ゴールではなく、スタート地点です。昭和を平成へとつなぐ一年ではありましたが、そのことの意味に深く思いを致したいと思います。

実は大変すごいことを我々はやっていたのでありまして、或いは、やらされていた、やらねばならない因縁があった、のでありまして、これも深い御経綸の一環であります。

端的には「世界救世(メシヤ)教教義」にすべてが尽くされております。実に短い一文ではありますが、この世の始まりから、世界の創造、人間の営み、それがどこに向かって行くのかが、実に簡潔に表されています。

日々朝拝夕拝の折に拝読させて頂き、ともすれば、慣れ切っている御教えですが、朝夕拝読すべき唯一の御教え、そうまでしなければならない心に刻むべき御教えの重要性について、今月来月と学んでいきたいと思います。

一人の人間として御生誕遊ばされながらも、主神様の御分神霊として御降りになられたメシヤ様が、古代伊都能売神皇様としてお生まれになってから、数々の御転生、御再生を経て、岡田茂吉教祖として御生まれになり、三千年の審判期に救世主(メシヤ)の任に当たられることは、本教信者各位は、当然ご承知の事と思います。

この「教義」は、昭和初頭の立教から戦後の発展期において、霊的には神界の夜昼転換の順序が整い、五六七の順序に正され、太陽神の光とその御意志が地上に降り注ぎ、日月地の御働きとなって、ミロクの世が実現して行く様と、これに携わる人間の使命を、極めて冷徹な筆致で、これ以上ないまでに短くまとめて描かれたものであります。

三千年の御経綸を一挙に巻き戻したこの一年でしたが、この教義を学ぶにあたり、庭山教学顧問の骨子により、この一年を振り返る事から、学びを始めたいと思います。

今月は祝典もあり、また、骨子の作成に当たって度重なる数々の有り難い神界の御指導も賜り、通常より遅れた形となっておりますため、また、各所での月次祭の学びは既に終えられているため、骨子と講座資料を一本化した形で、再度復習の意味でご一読をお願いたしたいと思います。(なお、『』でくくった部分が神界からの御垂示であり、「」が御教え等その他からの引用部分です。)

 

<一年を振り返って>

平成30年3月3日の「メシヤ降誕本祝典」も何とか無事に乗り切らせて頂いた。思えば平成29年3月25日の、想いもしない代表の帰幽から怒涛の一年が始まった。長い惰眠を貪っていて、いきなり布団をはがされてキョロキョロしている自分がいた。たたき起こされたのだ。

二日後の告別式の日には早朝から代表の指示が、現界にいる時と何ら変わらぬ様に霊界から来るのであるから、余程の緊急事態なのであろう事が分かる。

三日目の28日には、お取次ぎの方を介して、神界通信があり、

 

『・亡くなる事は決定事項だった。

・皆も前世に於て(先生との)因縁がある。

・(先生と皆さんの)関係が近かった。

・皆も夜の時代に罪穢れを背負って来たが、今回はそれを払拭させる為に、皆に本当の神様をお出しするという仕事をさせ、手柄を立てさせ、向上させ、幸せになる資格を得させる為に、元から縁がある者達を、先ずはメシヤ教に集めておいたという動きだった。

・今までのメシヤ教はそういう目的があった。

・これからがその手柄を立てる仕事に最適な時期なんだ。

・手柄を立てるとは働く事(世界メシヤ教を復興するという事を指していました)。

・平成三十年三月三日の一年前という絶好の時が熟した今、メシヤ様に関連する団体の色んな方々やご縁のある方々皆さんに働きかけて、多くの方々と共にメシヤ様をお迎えする。

・これからは自分で教えから真理を受け取れる目を持ち、それを自分の胆に収めていける様でなければ、実際にやっていけない時期。

・メシヤ様という御存在をお出しするには自分の認識している程度で満足している様ではいけないから、その部分もきちんと分かる様、皆に適した何らかの形で働きかける。

・埋もれている真理を、教えから明確に受け取れる実力を付けさせ、それをメシヤ様とご縁がある皆さんと共有して、教えによって自然と和合・帰一へと繋がっていく様に、そしてその動きの始まりの中心を、皆が担っていける人材に変われる様に(先生ご自身が)これから直に色んな働きかけをしていく。

・こういった大きな働きに変化するには、肉体があると限界もあるので難しかった。

・人に働きかけるというのは直接的に働きかけるので、皆とも体があった時以上に心を通わせ合う事が出来るのだから、自然な形で皆一人一人を向上させられる。

・メシヤ教の人間だけでなく、他の関連する縁がある人達にも働きかけない事には、この大きな事は出来ない(世界メシヤ教復興の動きとして成立しないのだ、という事でした)。

そして「宜しく頼む」とか「しっかりやってくれ」とか何か一言ないですか?とお聞きしましたら、口語調でお返事をして下さいました。

(AM7:35)

「いくらこっちが頑張ったって、君達が何もしないんじゃどうにもならないんだからね!」』

 

以上のようなメッセージが頻繁に届くのですから、代表が亡くなった感覚などはなく、通常のように共に御神業にお使い頂いてる安心感は、代表御在世時と同じであったのは何より有り難い事であり、こんな事は、他では有り得ない事であろうと思われます。

ただ霊界に帰られて、霊界の現状をつぶさに知られた代表と、突然起こされた我々との想念のギャップは大きく、霊界の代表もハラハラドキドキで気を揉まれたであろう事は、想像に難くありません。取り敢えずの目標は、平成30年3月3日の「メシヤ降誕本祝典」で、メシヤ様をお迎えさせて頂く事だけは何が何でも成功させなくてはならない絶対的使命である事だけは、徐々に覚醒させられていくのでした。

 

<一年間の主な御神業>

昭和29年6月15日のメシヤ降誕仮祝典のやり直し

昭和29年6月5日のメシヤ降誕宣言が、碧雲荘の玉砂利に粗莚を敷かれた中で、幹部や支部長を500名招じ入れられ行われました。その時のお言葉

「西洋では王の王といふ事になってゐるが、キングオブキングスといって、その位をもってゐるんで、私が出て初めて人類は救はれるんだから、大変な事件なのである。いろいろ話はしたいが、何しろ未だ生れたての赤ん坊なので、あまり面倒臭いのは嫌なんで、簡単に要点だけお話した。十五日にはもっと委しい話が出来ると思ふが、今日は此位にしておく。」

そして10日後の6月15日のメシヤ降誕仮祝典に於ては、詳しいお話などは一切なく、信徒の顔を一度見渡してお戻りになられるのです。

つまり10日間の「御詫び」の猶予を与えられたのに、仮祝典当日中での理事長の御詫びでは「御詫び」が後手に回ったのでした。つまり御詫びというのは祭典前にはすでに終わっていなければならず、ましてメシヤとは国常立尊様の事であり、国常立尊様への御詫びが出来ない以上、許される訳もなく、仮祝典は不発、無効、お預けとなったのでした。

メシヤ様の御肉体に向かって「天照皇大御神」と御奉唱された事は、その時点の世界メシヤ教では無理があったのでしょう。○ゝ(ス・主)の御神体を斎祀する事を許されたメシヤ教によって、昭和29年6月15日の仮祝典が、平成29年6月15日、やり直されたという事になったのです。

この事によって初めて主神様たる「天照皇大御神」様が現世にお出まし頂けたのであります。

平成29年6月15日の「メシヤ降誕仮祝典」での御神名は、

箱根は「主之大御神」様、熱海は「天照皇大御神」様でありました。

 

〇伊都能売大御神様御出世奉祝大祭

メシヤ教では毎年10月26日に、北海道定山渓に御奉斉されているメシヤ様御直筆の「伊都能売観音様」をお参りする事になっていました。代表がまだ出身教団の布教所長として北海道に赴任され、活躍されていた時に巡り合い、お参りされるようになり、平成に入りメシヤ教を発足すると、その重要性が信者さんを通じて知らされるようになり、平成29年になると、代表が帰幽される少し前に、代表の前世が「藤原泰衡」で、義経公を頼朝の命令で打ち取った悪役の汚名を着せられるのですが、実は北海道に逃がす役目を果たされた事が判り、そういう因縁で伊都能売観音様を世にお出しする使命を担われたと考えるべきで、義経公は武人でありながら本質は観音様でもあられる訳で、幼名を牛若丸、長じて寅蔵と呼ばれた事は、牛寅で艮の金神様でもあり、国常立尊様でもあり、本来お一方が三回とも艮の方角に幽閉された事になり、そこから世にお出しする役目をメシヤ教が担った訳でした。

伊都能売観音というお名前からしても愈々時期が来て、観音様が元の御位の伊都能売大神様にお戻りになられるという意味で、伊都能売大神様と国常立尊様との関係から言っても外せない神様であり、結局は伊都能売神皇はメシヤ様ですから、メシヤ様を世にお出しする一環に組み込まれた重要な御神事であった訳でありました。

定山渓での御神名奉唱は勿論「伊都能売大御神」様でありました。

 

〇メシヤ様御降臨祭

昭和29年12月23日メシヤ様御在世時に於て、最後の御降臨祭(御生誕祭)が、新たに表装された千手観音様を御奉斎したメシヤ会館で執り行なわれました。

「メシヤ教信徒にても審判に生き残るもの三分の一位なり。余が之を救はん為、これほど苦しみゐるを皆は知らぬようだな」とのお言葉あり。また、支部にては、「五六七大御神守り給へ幸倍給へ」三回、個人の家は一回お唱へするよう、前もって発表されていました。

然しここで問題になるのは、昭和29年6月15日、「明主様」から「メシヤ様」と言いなさいというお達しが出て、「光りの玉の力が百倍強くなった」というお言葉が降りるや、幹部の方が余りの御浄化のきつさに「明主様」にお戻し願いたいとの要請で、約2か月後の8月11日に『目下の処救世主(メシヤ)としての活動を十分尽くされない感があるから、従来通り明主の言葉にて唱えるように』と戻されたので、これで御経綸の進展は頓挫、岩戸隠れの再現となり、メシヤ様の御昇天、教団の分裂、奇跡の減少、御教えの隠蔽と低迷が続く事になり、63年後のメシヤ教によってその御詫びとメシヤ様の御出世の御神事がなされたのでした。

何故63年後かというと、昭和28年9月23日の時点では、光りの玉は箱根の日光殿くらいの大きさであったものが、平成の29年には地球大の大きさとなり、その光は地上に偏在しており、恰度「メシヤ様御在世当時より遥かに科学技術・物質文化は発展し、現在は極みに達しており、極みに達した時点でないと、メシヤ様が仰っていた事を、現界の体である人間は理解出来なかった。その体的文化が熟した今が「○」であり、メシヤ様の顕して来た霊的活動「ゝ」に相応しい「○」となった」という事で、つまり物質的には究極的進歩を遂げ、主神様の御成長と釣り合いがマッチした時を迎えたからでもあり、科学も神霊の世界を認識理解できる域に達したという事と、物質的には完成の域に達したという事でしょう。

抑々千手観音様の御神体を御奉斎し、最初にお祭りしたのは昭和9年12月23日応神堂にて「大日本観音会」仮発会式を執行された時であり、平成天皇は昭和8年12月23日がお誕生日で、12月23日はメシヤ様と同じお誕生日で、それを記念してこの御生誕祭が始まるのですから、昭和9年では2回目の御降臨祭という事になります。

当時は御神業の草創期で、メシヤ様は千手観音様のお働きであられましたが、昭和29年12月23日のメシヤ様御在世時最後の御降臨祭での御神名は、「五六七大御神」とお称えさせて頂いたのでした。

然し、平成29年12月23日の御降臨祭での御神名は、「日月地大御神」とお称えさせて頂いたのは、平成29年10月26日に伊都能売大神様をお出しさせて頂いたのですから、いずのめとは五(イズ)と三(ミズ)で日と月(日月)をお出ししたので、どうしても地を加えた日月地大御神の御出世も、必然的になくてはならないものになる訳でして、

 

『五六七が霊(日)とすると、体は日月地で現界の地球大に大きくなられたお姿(○ゝ)を(地)とされて、神幽現が一直線に結ばれ完成された体制が一つの生命体として活動し、その完成形が「三六九」で、その三六九へ向かう動き、現界のあり方・変化すら神幽現一体化により生まれる一つの生命であるという考え方になります。(霊主体従・霊体一致で具体的な世界の様相「三六九」を基本に営まれる地上天国)。

 

五六七が霊(日)とすると、(月)幽界は水素の世界に火素が増えて火素と水素と一体化し始めて、状態としては光が強くなった宇宙界といった感じになるので、そのお働きが光明如来(=日月・火水➝光そのもの➝地上では伊都能売大神)になるようです。そして(土)の現界でようやく光明如来がお体を持てるので光が実際に現れる現象が現れます。(日月地)そして地上では主神様の御遺志を地上にて表現する、三六九へ向かう動きになって行きますが、この世界の動き自体も実は生命体であると考えるとしっくりくると思います。』

 

奇しくもこの平成28年12月23日に、代表は「誓詞」を書かれ、メシヤ様に世界メシヤ教復興をお誓い申し上げ、年が明けた3月25日に御昇天される訳ですが、代表の年齢が63歳で、63年間の岩戸隠れの63年と一致するのですから、誓詞を出されるまで神様は御待ちになられたと言ってもいいのでしょう。

それに因んで私も平成29年12月23日に、早朝の奥津城にてお詫び状と誓詞を読み、御礼と、復興のお誓いとお願いを申し上げたのでした。

此の故にこの日はただの御参拝日ではなく、自分達一人一人が持っている使命を悔いなく果たす為に、メシヤ様にお誓いする日なのだと理解して、

 

『だから、「御用させて頂きたいと思う」ではなく、「世界メシヤ教を復興します!」「(与えられた仕事を)やります!」と言いなさい(言い切りなさい)』と。

 

太陽の光の量が更に増えると地上にもその影響が及び、日と月と地球が三位一体となった御働きの「日月地大御神」になるのですが、実際に「日月地大御神」が現れる頃になると、地上では自観大先生(メシヤ様)の成果で信者さんになる人も増えて救いの業が拡がり、多くの方が御浄霊をお取次ぎして、また多くの方を救う様になったので、昭和22年にはメシヤ様御自身の観音行は終わり、お腹の玉からは「日月地大御神」のお力が出る様になりました。

この時の御垂示では、

 

『昨年12月23日の御降臨祭になされたお詫びとは、昭和において人類が折角お出ましになった天照皇大御神様を隠してしまった事と、平成において同じ罪を繰り返してしまった事へのお詫びであり、これから新たに地上にて展開される御経綸の最初である天照皇大御神様をお隠しする事で“御経綸・順序”そのものである五六七大御神と、その体にあたる日月地大御神のお働き開始を阻止していたという事へのお詫びだった』

『「(1月19日 AM8:39)※楳木先生からです

・神様をお迎えする(お出まし頂く)と言っても外にお迎えするのではない。

・どこにお出まし頂くのか?

・自分の中に神様をお迎えし、お出まし頂くのが本当なんだ。

・だから、そういった人達の世界が地上天国になる。」事も添えられていました。』

 

との事で、勿論この御神事によって、本格的にお力を持たれたお働きが発動される事は大前提で、申す迄もない事です。

箱根での御神名は「主之大御神」様

熱海は「日月地大御神」様

 

〇節分祭と立春祭

節分祭は本部、聖地、北海道芦別岳の三ヶ所において、心を合わせて 執り行わせて頂きました。

神界より御教示いただいた人間の罪とは、

 

『・3000年前に正しい神様を押し込めた罪。

・その罪の上に生まれた慈悲であるのに、ただ慈悲におすがりしてきた人間の罪。

・64年前に正しい神様を押し込めた罪(3000年前と同じ罪を繰り返した)。

・その罪の上に生まれた慈悲の時代に、謝罪もせずにただおすがりしてきた人間の罪。

・3000年前の罪を清算しない人間が、64年前に新たに一度お出ましになった神様を、また押し戻した罪(神様を64年間お待たせしている事に気付かず押し込めたままにしている事)

・自分達の中に神様が不在である罪(人間が神様を押し込め続ける事)。

・押し込めている神様だけが善であるのに、神様に代わって自分以外を勝手に裁き続ける罪。

・自分の非を認めず言い訳する罪

・神意を受け取ろうとしないで神様の意思に背き続ける罪』

 

といったものであり、楳木代表からもメッセージを頂きました。お詫びの具体的な内容と致しまして、

 

『先ほどのお詫びの内容はほんの一部。

・分からないって事はそれだけその罪にまみれて当たり前になってるって事なんだから。

・自分の家族が勝手に牢屋にぶち込まれたらどうする?必死に取り戻そうとするでしょ?

・そこまで必死になれないって事は、押し込めた側だから平気だという事でしょ?

・だから、神様に

①押し込めてしまい申し訳ありません。

②ずっと押し込めたまま、何も感じない自分達で申し訳ありません。

③もう二度と押し込めたりしません。

④人類の代表としてお詫びしますと共に、今度こそ御手足となり、お出し致します。閉じ込めたままには致しませんので、どうぞお許し下さい。 ← 一番のポイント

・国常立尊様は勿論だし、結果としてその奥にいらっしゃる主神様をはじめとして、五六七(ミロク)大御神様、日月地(ミロク)大御神様、伊都能売大御神様も待たせているんだから。

⑤64年前に再度押し込めたという事は、その時、主神様のご意志をも受けなかった(無視した)という事になるんだから、そのお詫びもしっかりとして下さい。』

 

と、メッセージを頂きました。

そして立春祭ではこれからの御経綸に向けて、どうか救いの一部に加えて頂きたいという事を、神様に本気でお願い申し上げるのです。

「国常立大御神」様の正しい「裁き」の御働きをお願い申し上げ、その御働きと結ばれた「救い」の御業、裁かれた者達を一人でも多く救う御業を、我々が担わせて頂くことをお許しいただいて、世界大にまで拡がるそのメシヤの大神力である救いを体現する「世界救世(メシヤ)教復興」の核心たらん事を、改めてお誓い申し上げ、「開教の辞」を「復興の辞」として心に刻みつつ、来る三月三日「メシヤ降誕本祝典」において、メシヤ様を、この世に再びお迎え申し上げることに邁進させて頂きました。

 

〇教祖祭   

この時も、前日の御垂示で、

 

『明日(2月10日)は、岡田茂吉教祖が人間としての御経綸を終えられて御昇天なさった日と同日である事を受けて教祖祭を執り行なわれますが、その事に関して急遽通達を出す様にと指示がありました。

・祭典・式典は救いの力を頂く、その為の“祭典”。

今朝この様な内容を伝えられましたが、一週間前の節分祭・立春祭が山場と捉えられている方々が多く、明日執り行なわれる教祖祭に対して気持ちが向けられずに緩んでいる感があるとの事でした。

実はこの少し数分前に楳木先生が、

・(多分)やり直しだと思う。(世界メシヤ教復興の核となる為に集められた人間の団体としては不合格になると思うという意味です)

・(上が)何と言って来るか分からないけれども…。

・何度でも、やり直そう。』

 

我々は改めて代表の執念を感じました。自分には「喝」を、代表には「天晴」をです。

そして神界から取次ぎの方に伝えられたのが、次の内容なのですが、

 

『本当に世界メシヤ教を復興しようとするのであれば、御肉体をお持ちだったメシヤ様が、人間としての御経綸を終えられた昭和30年と、同日である平成30年2月10日に、メシヤ様と心を同じくして、理屈抜きに“教祖と同じ想いで世界を救わせて頂こう”“その想いを平成で引き継ぎ、必ず形にしていこう”と自分達の中で強くし、メシヤ様御在世当時の様な奇跡で多くの方をお救いしていくお力・資格を、神様から頂くのだと、もう少し明確になっても(気付いても)良いのではないか?という指摘の内容でした。』

そして

『ただ教祖が御昇天された日だと言うだけでなく、元々は人間ではない大きな御存在でありながら、人間としてお生まれになり、寿命というタイムリミットがある中で、人間界へ主神様の御意思を伝えると共に、人間の為に御自らが観音様として、我々に手本を見せつつ救いの業を遺し、ご苦労を重ねながらも主神様の御神意発動に備えて、準備を整えて下さったのが岡田茂吉教祖であり、後々訪れる裁きの時に神様のお力を行使させて、救いの働きを人間に担わせる “お詫びの御神業”を用意して下さっていた、そういうご存在だったのだと見えてくれば、その御働きへの感謝と共に“メシヤ様御在世当時のお力を発揮させて頂きたい”“教祖と同じ想いで世界の人を救わせて頂こう”という方向に、心が自然と向くのではないだろうかというお話でした。

また、その事を認識出来る様に何回も霊層界の学びをさせた筈だ、と後で付け加えられていました。』

『また他の祭典にしても、主神様の大きなご存在のお働きが地に降りた時、形を変えてお働きになられるご存在それぞれに対して御面会し、感謝申し上げた上でお力を頂く、またはお詫びした上でお誓い申し上げると言った形になるのが各祭典であるので、根本の神様は同じであってもこれからは祭典一つ一つにそれぞれの神様のお働きを認識しつつ御面会をし、同時にそのお働きの根本にいらっしゃる主神様の大きさを認識して神様とのご縁を深めていって欲しいとの事でした。』

と、お取次ぎいただきます。

この一項目は極めて大事であると思うのですが、『主神様の大きな御存在の御働きが地に降りた時、形を変えてお働きになられる御存在それぞれに対し・・・』とありますが、今までの祭典に関係する神様は

・主之大御神様(天照皇大御神)様

・国常立尊様=善一方で悪に押し込められ、御自分を見つめられ善と慈悲二つとなる。

・伊都能売大神様=上記は国常立尊様が伊都能売神様になられた事の説明で、そうなられても今度は素盞鳴尊様に追われ、印度にて観世音菩薩となられる。

・日月地大御神様=全宇宙を照らす天照皇大御神が地上にお出ましになるという事は、太陽が全開になっている事から神界が「五」となり、中界は「六」、地球は「七」となり、本来あるべき順序に立ち戻った「五六七大御神」様の御働きが出て、それが実質的な御働きになって「日(天照皇大御神)」→「日月・火水(伊都能売大神・光明如来)」→「日月地大御神」のお出ましとなりましたと、教わってしまえば成程と頷けますが、その裏には何度も牢屋に入り、ご苦労されたのでした。軍部あり、警察あり、医学やマスコミとの戦いの連続でした。

そして少し長くなりますが、

・教祖様=一番は御法難で「法難手記」を見て頂けばお分りのように、検事の頭脳の拷問に遭われます。

 

「それ以来眩暈は一層激しくなり、一寸何か考えようとするとグラグラする。私は確かに頭脳のどこかが壊れたような気がする。これは大変だ、というのは、もし今一度例の運動費問題で攻められるとしたら、今度は完全に頭脳は破壊されてしまうだろう。その結果、発狂か痴呆症かどちらかは免れまい。或いは一生涯廃人同様になるかも知れないという不気味な予感が襲って来て仕方がない。」

 

この絶体絶命の状況に追い込まれたメシヤ様は交霊術を試み、事件に関連した部下の生霊を呼び出して、色々聞きだされた内容を陳述調書とされ、一息つかれ、熟睡されたその翌朝(14日)に富士山の夢を見られ、15日には留置所から出られると思いきや清水署の刑務所に行かれ、そこで一厘の御魂が降下されます。

 

「神様に聞くと「一旦日本の真ん中に行かなくてはならぬ.」と言われる。」

 

清水署の刑務所での取り調べは更に過酷なものとなり、正直なメシヤ様は交霊術と言っても生霊を呼んで聞くのだから正確とは言えないし、自己意識が混じったり、狐霊の悪戯などもあり、随分誤りもあるので、十数年前に止めたもので、まして昨夜のそれは苦し紛れの産物だから、取り消しを求めたのが16日の朝で、刑務所へ来て4日目の6月18日夜になって、一生忘れる事の出来ない一大ショックに出遭ったのでした。(誠に申し訳ない事にこの前年のこの日が小生の誕生日なのでした)

調書に陳述した内容に誤りがあるかもしれない、推理小説的に記憶を構成したようなもので、取り消したいとの旨、検事に申し述べたところ、とんでもない仕打ちを受けるのです。

 

「先ず調べ室に入りK検事は「君位怪しからん人間はない。此間の最後の取り調べは推理小説だというのか。僕はまじめに調書を作ったんだよ、君の記憶がはっきりしたので立派な陳述が出来たと思って書いたんだ、それに何ぞや推理小説などとは、検事を侮辱するにも程がある、僕は許す事は出来ない」と眼光鋭く睨みつけ、噛みつかんばかりの気勢である。私は青天の霹靂ではない。百雷の一時に落ちた如くに縮み上がって声さえ出ない。こんなに感情を害してしまった以上、法律の知識のない私はどんなことになるか判らないという恐怖で、身体は石の如く、自己存在の意識すらない。唯平蜘蛛のようにヘタバッテ、一心に謝罪するばかりだ。洵に申し訳ありません、何卒お許し下さい。私は馬鹿でしたという様な言葉を何遍も繰り返しつつ、滂沱として流るる涙をどうする事も出来なかった、その時検事はこういう事も言った。「君の教団を潰そうと思えば余計な手数は要らない、僕一人の力で一日で潰して了えるんだよ」。此言葉を聞いて私は愕然とした。私は斯う思った。信教の自由を保障されている今日、仮にも三十万の信徒を擁する宗教が、一人の検事の力で潰されるとしたら、宗教なるものの何たる脆弱さであろう。新宗教のナンバーワンなどと言われていい気になっておさまっていた自分は、実は噴火山上で昼寝していたようなものだ。之は大いに考えなくてはならない重大事だと思った。この事も私が救世教教主を退めた動機の一つでもあった。加えるに前述の如く頭脳が大いに痛められ、今後教主の責任を尽くす事は困難と思ったからでもある。私が涙を流しての平謝りに流石の検事も幾分平静さを取り戻したらしく、普通の取り調べになったようだが、それでもいつもと違い、皮肉タップリで兎もすれば絡んで来る。ハラハラしながらどうやら答えたが、確か此時は調書も出来ずに終わったような気がする。此時の調べが済んだ直後、私は斯ういう事を思った。恐らく私が物心ついて五十有余年、此時程一個の人間に対し、平身低頭最大級の謝罪の言葉を絞り出し、あやまった事は、未だ嘗てなかった。又私は何十年来、涙など流した事もなかったが、此時ばかりは止めどもなく涙が溢れてしようがなかった。一体俺はどんな悪い事をしたんだろう、どうしても判らない」と。

戦後になって、拷問が禁止されたために、相手の忍耐力の限界を超えた取り調べを延々と続け、暴力は振るわないから良いものの、自白がなければ「そんなはずはない。思い出せ。」の一点張りで、ライトを照らされ、幾日幾晩と休ませずに拘束を続けるのですから、どんな人間でも頭が参ってしまうのです。

主神様の分神霊として降られたお立場だから、人間社会のどん底から有頂天まで網羅せねばならぬと言うにしても、岡田茂吉という一人の人間としては余りに過酷な宿命?と言わざるを得ません。

こういう経過を経て、極めつけは、信者の中でも幹部の人に「メシヤ様を明主様に戻して貰いたい」とお願いされた事でしょう。

御詫び御詫びと言っても、一向に自分の事としての自覚が湧かない方も居られるでしょう。この主神様の、形を変えてお働きになられる御存在の皆が皆、どの時代も苦難の道を強いられ過ごして来られたのですから驚きです。我々一人一人は関係ないように思われますが、そういう中で生き変わり死に変わりして来たのですから、知らず知らずのうちに御無礼した罪、神様を無視して来た罪はたっぷりあると言ってもいいでしょう。夜の世界での生活は、とっぷりとその性質を取り込んだ性格を有してしまったのです。どうしてもこの罪の清算をしなければ神様にまみえる事など出来ません。今までの、神様を虐(しいた)げて来た御詫びを心の底からさせて頂いて初めて許される資格を頂き、神様の御用にお使い頂いて初めて救われるのですから、私達は幸いにその第一歩を、「神様を世にお出しさせて頂く」御神事から始めさせて頂いたのです。

3月3日を目の前にして、「教祖祭」の意義についてのお知らせは、心に沁みる御配慮と感謝申し上げるしかありません。

教祖祭は、支部・集会所・個人が、それぞれの持ち場での祭典で、御神名は「主之大御神」様。

 

平成30年3月3日

愈々本命の日を迎えるに当たり、緊張感も高まってまいります。

 

『御垂示頂きました。

(2月27日 AM3:09)

・熱海、「大弥勒大御神」「メシヤ大御神」。

この伝言を説明と共に展開しますと、概念的経綸の「五六七大御神」により、宇宙が太陽の光で明るくなり、その光が地球に到達するとそのお働きの「日月地大御神」が生まれます。

これによって、宇宙規模の「大弥勒大御神」の御発動になり、地上ではその発動を受けて“三六九・弥勒の世”を展開するお働きと変化するのですが、その過程として裁きと赦し、救いの「メシヤ」が御降誕されてお働きになるので、どうしても「メシヤ」の前にそのお働きの根本である、昭和でお迎えされていた「五六七大御神」と併せて、昨年から各祭典にてお迎えした神々の要素で成り立っている「大弥勒大御神」へ、しっかり想念が向かない限り「メシヤ」が発動しない、形だけで終わるとの事でした。

なので、箱根では昭和の「五六七大御神」と、平成でお迎えした全ての神様を意識した上で、その全ての根源である大神の御神名「主之大御神」を奉誦して 、その後に奥津城にて長い間現界の霊にてお待ちになっていた「メシヤ大御神」の御神名を奉誦してお迎えする様に、との事でした(ここが出来て箱根の祭典が完了する)。

ここが狂うと熱海は“空(カラ)”の祭典になるので、箱根の先達を担当する方は、特に御神名を奉誦する想念を整えて準備して下さいとの事でした。

そして熱海では、主神様を根源とした、昭和の「五六七大御神」と、これまで各祭典にてお迎えした全ての神様のお働きで成り立っていると意識した想念で、「大弥勒大御神」の御神名を奉誦して、その後に続けて「メシヤ大御神」と奉誦して、現界の体にお迎えしてお讃えする様にとの事で、特に熱海の先達を担当する方は、現界にしっかりと発動を許される様に、御神名を奉誦する想念を整えて準備して下さいと伝えられました。』

 

そして、付け加えられていたのが、

『・箱根、熱海間をただ移動して祭典をするのではない。

・自分達にお迎えしてお連れするのだ。』

 

という事で、箱根・熱海の移動は人間から見ればただの場所移動でしかありませんが、メシヤ様を自分達の中にお迎えしての移動なので、それは現界の霊から体へとメシヤ様と共に移動する霊的な事なんだと全員意識して欲しい、という内容で、「メシヤ大御神」もしっかりと意識して下さいとの事でした。

箱根での御神名は奥津城で「メシヤ大御神」様

光明神殿で「主之大御神」様

奥津城に戻って「メシヤ大御神」様

熱海はメシヤ会館で「大弥勒大御神」様・「メシヤ大御神」様

そして、最後に

 

『・分からないながらもたどり着かせて頂いた事への感謝をきちんと申し上げる様に。

との事でした。』

 

本当に最後の最後までお手数をおかけしたのでした。節分祭直前の2月2日の御垂示では、神界より大変なお叱りを頂いて落ち込みましたが、厳しいながらも「情」はあるんだなあという事も思い知らされました。出来の悪い子供こそかわいいのかも知れませんが、独り立ちできます様に頑張ろうと思ってますので、これからも宜敷くお願い申し上げます。

 

 

<大弥勒(おおみろく)大御神(おおみかみ)様(さま)とは>    

本骨子作成中に、いただいた御垂示ですが、

 

『結論から申し上げますと、大弥勒大御神とはこれまでの夜の時代の神界・幽界・現界のご経綸を含めた上で姿を現す昼の時代の大宇宙の状態そのものであり、ご経綸の動き自体が一つのご存在で、主神様の表現神であります。

なので、神幽現一体が揃っての昼のご経綸に入る日が平成三十年三月三日で、それ自体が大弥勒大御神様であり、その発動が地に映って、救世主が降誕するというシステムになっている様です。

大弥勒様は宇宙全ご経綸の主体なので神様や仏様を救うご存在にもなる為、主神様のお働きにもなりますので“大救世主”という意味になります。

昭和に一度メシヤ様がお出ましになったにもかかわらず、そのお働きを止めて箱根(現界の霊)に留め置く事が出来るのも大弥勒様でありますので、箱根において主神様にこれまでのご経綸に感謝申し上げ、その後に奧津城のメシヤ様にお待ち頂いた事へのお詫びと感謝を申し上げると共に、お出まし頂くご挨拶をし、世界の型である熱海で、大弥勒様の発動と共に、地上にてメシヤ様に御降誕頂き、地上において世界を救う役割の一部を、我々人間が果たさせて頂く事をお誓い申し上げるという感じになるのがベストかと思います。(地上の弥勒の御世は大弥勒様のお働き・動きの一部であるという感じになります)』

 

<我々はメシヤ様の御存在の大きさとメシヤ教の存在を知ればいい>

・この一年でお迎えさせて頂いた全ての神様の御働きが揃って救世主(メシヤ)の御降誕が叶うという事から、数千年前からの御経綸の巻き戻しをさせられ、その時々に御働きになった神々が復活してメシヤ様お一方に収束していく様な感覚。

・一度日本の中心へ移動させられて、そこの留置所内で「ゝ」が宿りましたが、日本の国土は御存じのように国常立尊様のお体でもありますので、地上の日本の真ん中(お腹)にて「ゝ」が宿った事から、この一つの出来事で天照皇大御神様が宿られ、そして国津神で最高の神様である国常立尊様のお働きもお戻りになられる最初の御経綸に入った事を意味すると受け取れます。

・イエスは贖罪主(しょくざいぬし)。誰に謝るか、伊都能売神皇(メシヤ様)に

・メシヤとはヘブライ語で「油注がれた者」という意味で、「燃え続ける人であり、太陽神」という事が言えると思います。又、メシヤはギリシャ語でキリストになります。本当のキリストとはイエスの千年前に出られた救世主の事であり、よって再臨のキリスト、メシヤとは東方の光りの事でありメシヤ様という事が出来るでしょう。

 

<世界メシヤ教教義>

  さて、三千年を一挙にさかのぼるこの一年でしたが、今一度主神様の御意志を、これ以上できないまでに縮約した文章としての「教義」、全文を上げます。

 

世界メシヤ教教義

 

「抑々、世界の創造主たる主の大神(エホバ)は、此地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行わせ給いつつある事を吾等は信ずるのである。之に対して人間を神の代行者とされ給うと共に、一切万有は人間の為に造られたものである、故に今日迄の人類史は其為の準備工作に外ならない事を信ずるのである。従而、神は其時代時代に必要なる人間と、必要なる宗教を顕し給い、それぞれの使命を遂行させ給うのである。

今や、世界の情勢は混沌として帰趨を知らず、此時に際し、主神は吾等の教主岡田自観師に救世の大任を下し給い、人類救済の聖業を達成せしめ給うを信ずると共に、人類の三大災厄たる病貧争を根絶し、真善美の完き恒久平和の理想世界実現を目標として精進邁進せん事を期するものである。」(岡田茂吉全集著述篇第8巻 p430)」

 

この「主の大神(エホバ)」の部分は、今まで私達が御神名で「主之大御神」とお呼び申し上げている事もあってその尊称を当てておりました。

メシヤ様御昇天後の地上では、全ての根源である主神様への認識が薄くなってしまう時期に入り、主神様直接である事を忘れて、本来のお力を頂く事が難しくなっておりましたが、再度神様と繋がる為に主神様直接のお力であるとの認識が不可欠であったので、「○にゝ」の御神体である「主之大御神」と同じ読みで、「主の大御神(エホバ)は」として、認識を深めさせて頂いていました。

しかし時期が到来し、メシヤ様をお迎えして世界の救いを担わせて頂くとお誓いした私達の想念としては、「地上天国建設」のレベルに上げる段階に来ており、想念を自分達の所属している団体から、更に上の段階の、世界を救う目線へと移行していく意味で、他宗教・他民族にとっても同じ根源である神である事、地上にいる人類全体の帰一すべきご存在としての認識が必要になってくるとお知らせがありました。

「主之大御神」と「主の大神」は同じ神様を指すものではありますが、そういった世界大のお力の根源であるという想念、主神様は全世界を救い新たな世界を作ろうとなさって地上にメシヤ様を降誕させて下さったという外向きの想念があってこそ救いのお働きが生じ、またお使い頂けるのだと頭に入れておいて欲しいそうです。

代表は生前「メシヤ教は田舎の宗教で終わるか、世界的宗教になるか瀬戸際ですね」と言われましたが、これだけのボリューム(一部省略)で深奥の御経綸を御開示された以上は、世界的宗教になる事は明らかとなりましたが、宗教を超えた御開示からすれば教義自体も最早必要ない訳なのですが、敢えて教義を元に戻されたのは「メシヤ教復興」と銘打っているからには、ある期間は教義も必要で、それには原文も復興したものでなくてはならないのではないかという理由も成り立つ訳です。

代表はまた「私は先達のI先生やN先生の様には絶対ならない。教主様はメシヤ様お一人である」と言われましたがそれはどういう訳かというと、自分も教主となったら、その時点で田舎の宗教で終わってしまうだろうという危懼を持たれたからだと思うのです。

メシヤ教復興の教主となった場合、信者はどうしても復興の教主を重く見、教祖は形式上の存在としかなり得ず、それでは主客転倒となり、その時点でローカル宗教に堕してしまうという事を覚られた訳です。

今まで神界通信で語られた事を思えば、メシヤ様の御存在がどういうお立場の御存在であるかという事がよくお分り頂けたと思います。そのお方をお出しするという事から言えば田舎の宗教で終わるなどという事はあり得ないのでありまして、そういう信者さんは取り違いで片付けられる側になってしまうという事も神界通信には伝えられてますから、代表には御心配をかけないようにしなくてはならないでしょう。

とにかく愛すべき我らの代表なのですから、世界的宗教となる様に研鑽し、切磋琢磨が肝心と思います。

 

<皆様に御詫び>

骨子が大変遅れました事、皆様にお詫び致します。

今回はいい勉強になりました。

神界通信が深奥の御開示であるが故に、早く皆様にお伝えし、共有され、強いては救済活動の冊子となればとの思いで、一年間の神界からの御垂示を網羅的に展開することに取り組んで来たのですが、「発表の時期がまだ早い。御神業上の歯車が狂う」と、言われるので急拠内容を絞(しぼっ)たのですが、「自分が良いと思ってやることが御神業上のお邪魔になる」その典型を演じてしまった訳です。

そういえば「景仰」のどこかで「やりすぎもダメなのだ、言われた事をやってくれればそれでいいんだ」という箇所がありました。「人には役割分担があり、それ以上の事をやると却って乱れて了う」というのが神様のお考えで、人間考えでは追っつかないのです。要するに使う側と使われる側の相違である事が納得出来ました。

まだスマホデビューしたばかりで扱いが不慣れで、皆さんを招集させて頂くには役不足ですので、一応改訂版を作った方が早いとの判断で、兎に角仕上げたつもりです。

皆様のご批評に耐えうるかどうか御吟味願いたいと存じます。

 

平成30年3月25日11時40分
新潟出張所
庭山光太郎

 

終わりに

以上が、庭山顧問の骨子です。講座資料として付け加えるものは何もありませんので、これをもって、3月度メシヤ講座資料に代えさせていただきます。

4月は、今月の続編として、教義についての学びを更に深め、神々を取り戻した我々人間は、「では、どうするか。」ということで、御神業の原典ともいうべき、「本教救いの特異性」について学びたいと思います。

 

[研鑽資料no.23 メシヤ講座no.204の骨子2018(平成30)年3月25日]

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