メシヤ講座no.188三重(平成28年10月)

<今月の御教え>

「『仏滅と五六七の世』文明の創造」(昭和二十七年)

本文は『天国の福音書続篇(一)神観 主神様とメシヤ様』38ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

楳木代表

地上天国祭からですね、私たちが「覚り」を啓いて行く道を少しでも進めたいという願いで、メシヤ講座を続けさせて頂いておりますけども、最初に支部長代理から学んだことを話して頂きますので、どうか耳を傾けるときに自分に返して捉えていけるように、そういう事を心掛けながら耳を傾けて頂きたいと思います。

それでは宜しくお願いしたいと思います。

 

五六七の世は物質的には実現している

支部長代理

39ページの3行目に、

『居ながらにして千里の先の声を聴き、居ながらにして千里の先から欲するものが得られるというので、その頃としては想像もつかない夢の世界である。ところが現在の世界は最早右の予言通りになって来ているではないか。としたら物質的にはすでに弥勒の世となっているのである。』

とあります。ラジオ、テレビに加え、インターネットも普及し、飛行機の性能も向上し、メシヤ様の時代よりさらに『五六七の世』は物質的には実現しているのです。

しかし、物質面に偏ってしまっています。今こそ、精神面の向上、『自己自身の精神革命こそ喫緊時である。(「本教の誕生」P.25)』が求められているのではないでしょうか。

 

『順序正しい世界』

支部長代理

そして40ページの3行目に、

『五、六、七という数字を知らせんがためである。この五六七を解釈すれば、五は日であり、六は月であり、七は地の意味になるからで、すなわち順序正しい世界という事である。』

とあり、この『順序正しい世界』という事が物心両面で本当の『五六七の世』になることではないでしょうか。

『病貧争を絶無ならしむるとしたら、まず、根原である病気から解決付けてゆくのが本当の順序だ。病気のない人間、これが先決問題である。(「病貧争絶無の世界」昭和10年9月15日)』

と御教えにあります。病気のない世界を作っていく。医薬に囚われている人々に浄霊を知らしめていくことが、私たちがまず行うべきことであると思います。

 

栄養と新陳代謝

支部長代理

10月3日、ノーベル医学生理学賞に大隅良典東工大栄誉教授が輝きました。受賞理由は「オートファジー(自食作用)の仕組みの発見」であり、細胞が自分自身の一部を分解し、栄養源としてリサイクルしたり、新陳代謝する仕組みを明らかにされました。この栄養と新陳代謝ということについて、

「私どもは、毎日誰でも三度は大概欠かさずに食事をする。これは日常体内で失われている物質を補うためと、一方では新しく身体の組織をつくる必要からである。こうして体内では、断えず分解作用と合成作用の二つが行われているのである。新陳代謝というのはこの二つを総称したものである。ところで体内で食物がそれぞれ消化吸収されてそれから補給物質になったり、合成物質になったりするまでにはどんな経過をたどるのであろうか。」

という某専門家の記事に対して、メシヤ様は『栄養学「明日の医術」第二編(昭和18年2月5日)』の中で、

『神秘霊妙なる人体とその生命を※知悉(ちしつ)せんとするには、現代科学は未だ余りに水準が低いという事を認識しなければならないのである。勿論科学の進歩はいずれの日かはそれを知り得る程度に達する事も予想されるのである』(※細かい点まで知りつくすこと。)

『そうして医学においての研究なるものは、食物の方にのみ偏して、人体内における消化機能や栄養製産機能の作用を無視しているのでその点に根本的誤謬がある。元来人体内のあらゆる機能なるものは実に偉大なる化学的製産者であって、あらゆる食物を自由自在に変化させるのである。しかるに、医学においては、この変化力という意味が未だ知られていないのである。しからば、この変化力とはいかなるものであるか。例えば、米飯や菜葉や芋や豆を食っても、それが消化機能という魔法使によって変化し血液となり、筋肉となり、骨となるという事である。しかるに米飯や菜葉をいかに分析しても、血素の微粒、肉素の一粍(ミリ)だも発見し得られないであろう。ただそれを食する事によって、体内で自然に各素が製出されるのであって、全く神秘偉大なる変化力である。故にビタミンの全然ない食物を摂取しても、それを幾つかの機能の※端倪(たんげい)すべからざる活動によって、ビタミンのAもBもCもアミノ酸もグリコーゲンも、その他未発見のあらゆる栄養素が製出さるるのである。』(※始めから終わりまでを安易に推し量るべきでない、推測が及ばない、計り知れないといった意味で用いられる表現。「端倪」は物事の始めと終わりを意味し、全体を把握・推測することをも意味する表現。)

この体の仕組みを解明するところまで科学が追いついて来ているのだと思いました。しかし、科学力で解明できても薬の開発にすぐ向かってしまいます。人体自身が素晴らしい化学的生産者なのですから、十分に変化力を発揮できるよう、添加物を体内に入れない生活を心がけていく方向に人類が向かって行かなければいけない。そこに気づいていかなければいけないのだと思いました。

私自身の浄化において、全身の皮膚が一旦破壊されて、皮膚を形成する細胞がすべて破壊されたのだと思います。そして新たに皮膚を作るために体内のエネルギーがすべてそちらへ向けられました。ですから体脂肪が一旦は3%とまでになってしまっていました。これは、私の体内でオートファジー(自食作用)が起こっていたのではないでしょうか。食べても食べてもすべて皮膚の再構築にエネルギーが費やされるので全く体重も増えてこなかった。体内のエネルギーを皮膚再生に使っている証拠ですね。非常にわかりやすいのではないでしょうか。

 

一ヶ月を振り返る

支部長代理

この一ヶ月間の取り組みを報告させていただきます。

 

『天恩地惠』

支部長代理

『天恩地惠』の校正を支部の皆様にご協力頂き、入稿を終えました。10月26日を発行日としておりますが、10月中旬には本部に届くと思います。

『文明の創造 科学篇』の受け止め方

支部長代理

作業が遅れておりましたが、ギガファイル便を活用してデータのやり取りを行うことで『文明の創造 科学篇』の受け止め方 1-3項 のメシヤ講座集約版の第一回校正を終え、本日、楳木代表にデータをお渡しいたしました。こちらは並行して作業が可能ですので、次の原稿が出来上がるまで校正作業を継続していきます。

 

『洗練』

支部長代理

私達の取り組みは『より洗練される』と本部よりメールを頂きました。『怒りを克服する(栄光106号、昭和26年5月30日発行)』に『昔から淘宮術(とうきゅうじゅつ)やその他の修養法によって、怒りを克服する方法もあるにはあるが、真に効果のあるものはほとんど見当らない』として、この淘宮術を取り上げておられ、鳩尾(みぞおち)への浄霊を怒りを克服する方法だと御教えいただいております。

この淘宮術をWikipediaで調べますと、

「淘宮術(とうきゅうじゅつ)は、天保5年(1834年)に横山丸三(まるみつ)が創始した開運のための修養法で、『淘』は洗い清めるの意、『宮』は心の宿るところ、すなわち人体を表す。人は生まれつきの癖を洗練することにより、本心が顕われ、生まれつきの運命を改善できるとし、気質の偏りを矯正して幸福な人生を過ごすよう修養する。(Wikipedia:最終更新 2015年7月19日 (日) 12:30)」

という内容です。メシヤ講座で学ぶ私たちの取り組みの一つは「『夜の時代』に染み付いた癖をとる」ということでありました。生まれつきの癖を洗練し心を磨き、運命を好転し幸福な人生を過ごせるよう修養する。洗練という言葉に共振を感じさせていただけました。以上でございます。

 

『発光体である魂』を更に輝かせる取り組みを

楳木代表

ありがとうございました。それではお取り次ぎをさせて頂きたいと思います。

先月この三重支部も御神床が新たになって、正式な御遷座祭を執り行わせて頂いて、その時にお話をさせて頂いたことと、それから全国でメシヤ講座をズーッと開催しながら進めさせて頂く中では、今支部長代理から報告して頂いた事と関連する事なんですが、先月学んだ中で私たちの本守護霊というのは、一種の発光体であるというように書かれておりました。それは35ページ8行目にですね、『本来魂なるものは一種の発光体であって』ということなので、私たちの日常生活というのはこの『発光体である魂』が更に発光体となって行くことを目指すことによって副守護霊(動物霊)の影響を受けなくなる、ということであります。私たちの日常生活の信仰というのは一体何かというと、この“発光体を維持する”という、或いは更に“発光体としての魂を輝かせ続ける”ということを目指すというのが実は信仰生活であるのだ、という事を皆さんと確認させて頂きました。

それからまた、ページが少し遡るのですが、33ページの『第一に宿った魂こそ本守護霊と言ひ、神性そのものであり、之こそ良心である。』という事でありますので、我々の魂は神様の分霊(わけみたま)という表現をずっと使ってきたのですけれど、実は私たちの魂は『神性そのもの』なのだという事です。『神性そのもの』なのですけれど、3000年間の『夜の時代』の影響を受けて、この『神性』が薄れてしまった訳なんですね。だから支部長代理が報告をして頂いたような洗練するという内容というのは、この本来のこの『神性』が蘇るという事である訳なのです。私たちの信仰が・・・、どうしても組織的にずっと運営されて来た為に、肝心要の魂という『発光体』を一層輝かせていくという取り組みとか、『神性』を蘇らせるという取り組みが疎かになってしまった面があります。信者の皆様方には「旧世界救世(きゅうせい)教時代には本来の信仰の在り方を十分お取り次ぎする事が出来なかったので、みんなが幸福に包まれて行くという所までは行けなくて、これが大変申し訳なかった。」事であると共に、これからは本来のこうした事をもう一度しっかりやらせて頂くという事で、今メシヤ教は世界救世(メシヤ)教をもう一回復興しようと取り組んでいる訳ですね。

 

世界救世(メシヤ)教を復興しよう

楳木代表

○○○○教団というのは大きく2種類のグループが集まって作り上げたのですけれど、ひとつは真の教団改革を目指し、教会時代当時の信仰を蘇らせようということに立ち上がった人たちがいまして、その人たちを中心に『岡田茂吉全集』を作り上げていった訳です。しかし、残念ながら一方はですね、MOA美術館が完成した時に当時9年間の借金を抱えるという事で完成させたのですけれど、信者さん方の真心が本部に捧げられて、借金を抱えるどころか、その借金を組んだ分は全て完済されて、その上に○○○億円という余剰金が生まれたので、“この大半は元々の○○教会のメンバーを中心にして集めたんだ”というような思い上がりが出来た為に、その人たちが○○派、今でいう○○○○教団の人たちには自由に使わせない、ということで改革を立ち上がって、このドロドロした改革と清らかな改革とが合併したようなものが、現○○○○教団なのです。

それで、現○○○○教団は一部破綻をきたしていることが起きているのは、この清らかな部分だけで進めば良かったのですけれど、この余剰金を自由に使うということから、お金にばっかり目が行ってる為に○M菌まで手を出してしまって、○M菌によって財政を豊かにしていったという所があります。しかし、この○M菌がどこから出て来たかという事も信者さん方に知らせてないことが・・・。そして、○○教授も製造方法を明らかにしていない。その製造方法を明らかにしていないもの、これは自然農法にとって画期的な事だという事で、使ってしまったために、どんどん横道に逸れていったところがあります。

今、戦時中の情報が様々公開されております。とりわけアメリカで公開した為に日本も公開しないといけないという事で公開し始めているので、米軍駐留も昭和天皇がマッカーサーを飛び越えて米国本土に親書を届けて、そして一部関東軍の残党がもう一回戦争を起こそうとしているので、「米軍に、日本へ駐留して貰って、それを抑えて貰いたい。」という趣旨のことを願いとして届けた訳です。そして「そういう事であれば駐留しましょう。」という事で、日本の願いで米軍が駐留したにも拘らず、今度はそれがイデオロギー論争になって日教組を中心に、今問題になっている沖縄の普天間基地のすぐ傍に日教組が小学校を移転して、その小学校を盾にして「こんな危険なところに米軍基地があるということはけしからん。」と日本全国に宣伝していった訳です。これが公文書が公開するまではそういう事は中々ハッキリとは分らなかったですけれども、アメリカの方で昭和天皇の親書を公開したので、それで米軍の方が先で、小学校の方は後であるという事が今詳(つまび)らかになってきているのです。

今日本で起きていることは、実はそういう為政者とそれから、社会改革に取り組む、そういう人たちの扇動で世の中は動いてしまっているという事になって来てます。

 

より洗練の取り組みを

楳木代表

それの一番分かり易いのは、今叫ばれているのは豊洲市場であります。あれは時間が経てば経つほど、都庁と都議会の人たちが、勝手に都政を運営しているというのはドンドン明らかになってきておりますので、あのような事を我々が目にする毎に、先ほど支部長代理がお話された洗練ということが“より自分たちの中で執り行われなければいけないという事になっていくんではないかな”って思います。

少し紹介した発光体をずっと更に輝かせるためには・・・、私たちの身体を汚してしまう、農薬や化学肥料を使用したものを食してしまう、或いは添加物を使ったものを食してしまう、と血液が汚れるので『霊体一致の法則』で曇りが発生してくるので、その曇りが発生してくると本来の発光体が曇ってしまうので輝きを満たすことが出来ない。

しかし、こういう御教えを知りながら、世界救世(きゅうせい)教は『農薬と化学肥料を使用しない』ということをメシヤ様が提唱されたにも拘わらず、「堆肥は良いんだ。」というのを滑り込ませてきて自然農法を曲げてしまって、○M菌は沖縄の生物兵器工場跡地付近から発見されたのが○M菌なので、恐ろしい所から生まれてきたんですけど、それを明らかにすると○M菌を使う人が居なくなるので、「特別な製法で○M菌は作っているんですよ。」という説明をしている訳なので、その兵器の遺産としてできてきたものなので、元を辿ると大変恐ろしい事になってくるわけで、しかしそれがメシヤ様を教祖と仰ぐ団体で使用してしまうということですね。

それから、ドイツでは今から※500年も前にビール純粋令というのが出来て、そして、ビールというのは、ホップと麦だけで造るという、それ以外のものを使用して作ってはビールと呼んではいけないという法律が500年も前にあるにも拘わらず、日本はそれに添加物を入れて、本来の醸造期間を短縮させて、そして、安いコストでみんなに提供するという事で、今では第三のビールとかが出てきています。

それを専従者がですね、飲んでしまうという、本来の純粋なビールだけを飲まないで、まあ飲みたくなければ飲まなくてもいいのに拘わらず、添加物だらけのビールを平気で飲んで「美味しい。」と言ってる、これが世界救世(きゅうせい)教の非常に悲しい現状である訳です。お酒にしても、純米酒以外のものというのは醸造アルコールが入ってますので、醸造アルコールが入ると、先ほどの支部長代理の話のように、身体で行われる新陳代謝の働きを殺していくわけですので、ですから一升瓶の中にお酒が入っていても醸造アルコールを入れておくと、発酵が止まるので、栓を開けても普通に開く訳です。しかし純米酒は少し暖かい所に置いておくと、栓を抜いた時に「ポーン」といいますね。これは発酵が進んでいるからで、醸造アルコールは発酵を止める為に入れる訳なので、それを止める為に入れるという事は、我々の体内に入った時には、とりわけ小腸にいる菌がどれだけ消されているか分からないということですね。(※ビール純粋令(ビールじゅんすいれい、ドイツ語: Reinheitsgebot)とは、1516年4月23日にバイエルン公ヴィルヘルム4世が制定した法。「ビールは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする」という内容の一文で知られる。現在でも有効な食品に関連する法律としては世界最古とされている。(Wikipedia 最終更新 2016年6月16日 (木) 09:34 より)

 

『学毒』

楳木代表

それから、ワインはもう直ぐ、極上のワインが入ってくるとかコマーシャルで言っておりますが、ボジョレヌーボーが入って来ると・・・。しかし、入ってくる中に、“日本へ輸入する時には必ず酸化防止剤を入れないといけない”ということになってきますので、その酸化防止剤が入っているものを飲んでいると、酸化防止剤が入っているものを飲んだ時に舌の奥のところで、嫌な味が残こってきますので直ぐに解るのですが、その酸化防止剤は醸造アルコールよりももっと酷い訳なので、我々の腸内というのはドンドンおかしくなってくる・・・と。そこへコマーシャルでは我々の小腸は7メートル位ありますよ、だから、数百兆個の細菌が小腸で生きているので、それを保持するのに「こういうサプリメントを飲みましょう。」という風にコマーシャルをします。

そうすると、そういう科学的な説明を少し受けてサプリメントの説明をすると、そのサプリメントは非常に良さそうだという風に我々の頭は思い込んでしまって、そして手を出しそうになります。これが実は今の学校教育の最大の問題点である訳ですね。今の学校教育の問題点は何かというと、官僚が使いやすい人間を造るということで、教育のカリキュラムができておりますので、モノを考えないで言われたことを正しく理解して、そして、言われた通りに問題を解いていくとか、行動を行っていくという教育を受けているわけです。そのため科学的な説明をした後に「この商品は良いですよ。」という風に言われると、“良さそうだ”と思ってしまう。

そういう訓練をズーッと小学、中学、高校、大学として受けてきますので、我々の頭の中は全てそういう風に組み込まれて行っております。そして、メシヤ様の御教えはそれに警告を与えているために、『学毒』という一つの言葉で述べられている訳ですので、そうした事に気付いていかないといけないのですけども、世界救世(きゅうせい)教を中心として、そういう考え方ができない為に、御教えを説きつつ、浄霊を取り次ぎつつ、良からぬものを口の中にどんどん運んでしまう・・・。

横道に逸れますけど、ビールのジョッキに取っ手が付いている意味とか、前に三重支部では話したかね。こうして飲むからとか思うだろうけど、そうじゃない訳。あれは樽にどーと入っているビールをすくい上げる為に取っ手が付いているのです。それは誰がすくい上げるかというと、エジプトのピラミッドを造る時に奴隷に何も食べさせずにビールだけであの巨大なピラミッドを造らせた。その時に大きなこんな樽をドーンと並べて奴隷にダーと注いで飲ませて、そして石を運ばせて積上げていった時の名残がジョッキに取っ手が付いている、ということ。だからエジプトが時に摂氏40℃を超える時もあるので、ビールも当然40℃位ある訳なので、その40℃になった時のビールを飲んだ時に美味しいビールが本物のビールで、切れ味鋭い、冷たいビールとかってあれは全て偽物だということ。冷え切って美味しく感じるビールは実は偽物だと。あれは全部添加物で造られたビールだという事です。

 

人々の身体を汚さない取り組みが布教

楳木代表

先月はこの三重支部が終わって、そして御殿場の方に泊まった時に、いつものホテルが一杯だったので、あそこは最近アウトレットに行く人が非常に多く、ホテルが結構一杯でちょっと辺鄙(へんぴ)なところに泊まって、いつも夕食を食べる所が中々見付けるのが大変だったので、何ヶ所も入ってビールを一杯飲みたいので、「このレストランはビールは何を置いてますか?」「○○○○○○○です。」「そんなもん置いている処では夕食は食べれません!」と必ず言って、そしてまた次の処へ行って、「ここはビールは何を置いてますか?」「○○○○○○○です。」「あっ○○○○○○○みたいなのを置いているのですか?じゃーごめんなさい。」と。そうすると、その中のひとりの女の店員が直ぐに店長の処へ行って、「○○○○○○○と言ったら嫌な顔して出て行きましたよ。」というから、これが実は感化を与えていくという事であります。そういう風に嫌な顔をして、「そんなビールを置いているのですか、ここは」という風にして、4軒目にやっと○○○の看板が掛かっていたので、“まあ良いだろう”と入って行ってやっと食事をすることができたんです。相当歩きました。そういう店を探すために。いくら日本人は新鮮なものを食事に提供すると言っても、肝心なそれを食べる為に飲む食前酒が出鱈目なものばかりを出しているので、そうした事にそろそろ気付かなければいけない時期を迎えているという事です。

しかし、素晴らしい人たちもいます。私が松江にいつも泊まるホテルがあるんですが、庶民的なホテルで、1階に生鮮、取り分け近隣の海で捕れた新鮮な魚介類を中心にしたものを提供するというお店があります。そこへ行ってもやっぱり○○○○○○○なんで、大将に必ず言うのは、「ここはビールは何を置いているの?」「○○○○○○○です。」「○○○○○○○みたいなのを置いて、新鮮な魚介類とあんた達は言っているのか?」と。「製法を調べたことがあるのか?」と、いうように、1年間言い続けたのですが、「なんでそんなことを言うんですか!」「添加物だらけのビールを・・・、折角良い食事を皆さん提供しているのに、添加物だらけのビールで台無しになるじゃないか。これは会社の方針なのか?」とか言って、「まあ、決まっていることなので、」とかおにょおにょ言って、「しょうがないなぁ、では酒を持って来て!」それで、酒を持ってくると純米酒とか本醸造とかそんなのが並んでいるから、「純米酒以外を置いているというのは、この事についてもおかしいと思わないのか!」「そんなこと言われても・・・。」とか言うから、「こういうお酒がありますもんで。」「しかし、折角、あなた方が進める美味しいものを食べさせて貰っても、醸造用アルコールが入っていれば、私たちの腸はどうしたらいいんだ!」と(笑)。そういう事を語り掛けていまして・・・、「じゃあ、お勧めのお酒はありますか?」「今島根県で一番美味しいお酒は田舎の方の綺麗な水で造っている「○○」という酒があるんだ」と。「その「○○」のもっと上に「裏○○」というのがある。これは純米大吟醸で物凄くお米を削っていかないといけないので、農薬や化学肥料を使うとできないお米で造っているんだ。農薬と化学肥料を使うとその削り込む米はできないので、そういう酒米を使っている酒蔵があるから、そういうのがあったら、私は喜んで飲むんだ。」と、いう風にしていつもそういう話ばかりをしていたら、なんと先月行ったら、生ビールが○○○になっていた(笑)。ここの大将は人の話をよく聞いて、何とか上司を説得して、そして、ビールを入れ替えてくれた、と。「本当にありがとう!」と、心底頭を下げてお礼を言ったところなんです。これが実は布教の一つな訳です、メシヤ様の御教えを世の中に拡げていく。信者を作るという事よりも、世の中の人たちの身体が汚れないようなことを取り組んでいくという事が、実は布教な訳ですので、そうした事に取り組まないとメシヤ様の御教えというのは全然世の中に浸透していかないという事になってしまいます。

 

オートファジー

楳木代表

今日のオートファジーの話もですね、タンパク質を中心にして考えていくと、タンパク質というのは毎日我々は200g必要らしいのですけれど、食事から摂るタンパク質は70gしか摂れないらしい。食事から食べたものを消化して自分の体内の中に摂り込むのは70gしかない。じゃあ後の130gはどうしているのかというと、ファジーで壊して、再生するという事を、必要なくなったものを壊して分解して、それからまた再生しながら身体の中で使っているという事です。これは正に今日拝読して頂いた御教えとピッタリですし、その事と合わせて支部長代理が頂いた浄化を見詰めていけば、浄化作用の原理がやっと科学的に解り始めたという、実証できるような時代を今迎えているということですので、正に物質的には『五六七(ミロク)の世』に今はもうなっていると思うのです。

 

『メシヤ様の下に帰一する』

楳木代表

さっきからブーブー言っているような携帯電話も持っていない人は誰もいない時代を迎えていますね。居ながらにして世界の人たちと何処にいても会話することが出来る時代になっております。そういう時代を迎えているのですけれど、精神の方がやはりどうしてもこれからという事になるので、今度は精神の方が洗練されるということを取り上げていくと、神様の方からですね、今後メシヤ教の信者さん方が洗練されていくと、それが世界に反映されて、世界に反映されるとどうなるかというと、キリスト教の場合は本来一神教ですので、『主神様』の信仰である訳なんですけど、その『主神様』という『エホバ様』の信仰であるんですけど、「天の父」という表現に変わって、そして、イエス・キリストの姿を磔付けた十字架をお祈りするという形に変わってきております。『基督教と善悪』に書かれている通りです。それは何故かというと、まだ物質文明を先に発展させる為に、しかし、物質文明を発展させる為に悪を許容する世の中になっても、良心を留めておかないといけないので、そういう役割で、西洋の場合はキリスト教が生まれて来た訳なのです。『主神様』の本体が解ると物質文明が発展しないので、それを隠す形で「天の父」という表現になった。その『主神様』に対する信仰が薄まったところへ『文明の創造』に載せてあります事が起きた訳ですね。

そして、私たちが高まって行くと、キリスト教も洗練されて、「本来の天の父、天の父とは一体何か?『エホバ様』なんだ。」と。この『主神様』という御存在にもう一度キリスト教が洗練されて目覚めていくということになっていくんだ、と。

イスラム教も皆さん見つめて下さい。イスラム教は今ISの事ばっかりが表面に出ておりますけれども、イスラム教は「アラーの神」を信仰している訳なのです。「アラーの神」というのは、『主神様』を少し薄めたような表現になっているわけなのですけれど、「アラーの神様」をお祈りしているにも拘らず、イスラム教の信仰形態は一体何かというと、部族宗教です。一神教であるはずなのに、部族宗教、部族長を中心にした宗教な訳なんです。これが本来の一神教と言いながらも、部族で信仰を固めていってるので、日本の『一神にして多神。』と一緒の様な形式で信仰をしている訳です。ですから、イスラム教もこの事に気付いて洗練されると本来の「アラーの神」という処にひとつにみんながまとまっていくという形になって、部族宗教から本来の一神教になっていきます。そしてそのようになった時に「アラーの神様」とは一体何か?というと、一番トップの神様だと、『主神様』だと気付いて行けば、その『主神様』から地球を救いに降りて来られた方が『メシヤ様』という御存在を認識できるようになるので、『メシヤ様の下に帰一する』という善言讃詞の通りになっていくのだという事です。それも我々の信仰の高まりにかかっているので、私はそういう話が来ると自分の重責というか「そこまでできませんよ!」と言いたくなるような気持になる訳です。

ですから、支部長代理はじめ代表者にメールを送った中には、「いい加減にして貰いたい。」と。「メシヤ様が真理の御教えを説かれて、そして高弟と言われていた先達の方々がその御神業を進めているので、その時になんでもっとこういう事をキチンと信者さん方に説明して、日常生活の中で自然栽培のものしか食べないようにしていかないと曇りが発生してくる、と。それから添加物などが、御在世当時は添加物は余りなかったのですけれど、加工食品も十分吟味して食べていかないと『魂の発光体』としての輝きが消えていくということ。そういう事に基いて生活指導をなぜ懇切丁寧にしなかったんですか!」と、私はもう、ついついですね、今月の一日祭の時に文句を御神前で言ってしまいました。「もう神様、いい加減にしてほしい!」と。「メシヤ様がこれだけ真理を説いて下さって、そして先達は高弟という風に崇められて来たにも拘らず、何故そういうことだったんですか!」という風に言ったらですね、『そうなってくると、強制してしまう。』と。『強制してしまうと、自然な成り立ちというのが消えてしまうので、そうすると本来人間に与えている自由というのがなくなってしまう。』と。

この自由というのは先月、先々月学んだように『向上すれば神となり、堕落するば獣になる。』これは先月も出ておりましたけど、『向上すれば神となり堕落すれば獣となる。』『これをどっちを選ぶのも、人間の自由なんだ』と。『それが実は人間に与えている最大の自由だ』と神様が仰っている以上、そこに強制してしまうと、自由を奪ってしまうので、神様側が嘘を吐いたことになるのでそれは出来ないんだ、ということです。『だから、自然にそういうものが生まれて来なければいけないんだ』と。『そして、生まれて来たのが、実は今お前のやっていることなんだ。』と。『だからこの自然に生まれてきた事をこれから拍車を掛けて進めて貰いたい。』という事で、『6月15日から御垂示を新たに渡し始めたんだ。』と。『それをやると決めた人間がいるので、それを始めたのだ。』と。これは瞬時にいただいた内容です。

 

本腰を入れるとは

楳木代表

それから、神様というのは非常にありとあらゆることを見ておられるというのは、言葉では伝えておりましたが、そういう事を直ぐに言われましたので、謹んで受け留めないといけないのですが、今年の6月15日に私があのような形で発表したのは、『メシヤ教を発足してから本来のメシヤ様の御神業とは何か?というのをズーッと論理的に積み上げて来ましたが、その積上げて来たものは、『メシヤ様』が願っておられることと全く一致するということなのですけれど、論理的に積み上げた事は、いわば、少し冷たい部分があるので、人々に伝わりにくい。論理的な人には伝わっていくけれども、全ての人たちに伝わって行かない部分があるので、ここに熱を込めないといけない。熱はどうやって籠るかというと、実は本腰を入れれば籠っていくんだと。要するに説明はズーッとしてきたんだけど、まだ本腰が入っているとは言えない。』という御指摘を頂きました。

そして、本腰を入れるとはどういうことかという事で、今「覚り」ということをやっている訳で。これが来年の3月3日迄に積み上げていって、本腰に入ったということになると、一挙に色んな事が動いていくんです。現在でも相当動いておりますので、先月は浄霊力拝受お願いの中では、国の内外で貢献している方々もいらっしゃいました。(詳細な説明は割愛します。)

 

一緒に『メシヤ様』の御心を求める信仰をさせて頂く

楳木代表

世界中に浄霊力を、取り分け拡げて行きたいという強い願いがありますので、そういう人が人と人との繋がりでなくて、居ながらにして情報を得るようなインターネットの中で、繋がって来ますので、そういう方々、どの様な組織の中に居ようとも“『メシヤ様』が本来進められる御神業はこういう形ではないだろう”と思って、疑問を持って信仰している方々がこれから、ずっと繋がって来るという事です。繋がって来た時には『夜の時代』の癖だけではなくて、その組織の中に長年居ると、やっぱり、我々も一緒だけれど、癖というのが残っているので、その信仰形態の癖が残っているので、その癖を余りいきなり指摘しないで、「一緒に『メシヤ様』の御心を求めて、信仰させて頂きましょう。」というような形で、取り組んで貰いたいというのが今回の御垂示だったのですね。

 

先達がこれからドンドン動く

楳木代表

もうひとつ、私は先達に対して文句を言ったんだね。「『メシヤ様』という生きた神様を間近で見ているのに、何でもうちょっとちゃんとした御神業をやらなかったんだろうか!」と。大変申し訳ないけれど、偉い先達の先生方に対しても、“なんでもうちょっとしっかりやってくれなかったんかなあ”と思ったら、それが矢張り今日拝読した40ページの最後の行

『そうして真如といふ文字は、真の如しとかくのであるから、真ではない訳で、此点もよく考へなくてはならない。』

とあります。それと関連して『この影響がまだ残っていたのだ。だから、真理を説かれてもその神性がまだ真如の世界だったので、だからどうしてもみんな神性が眠っている状態であったので、できないというのがあったのだ。だからお前、そこまで責めるな!』と言われて(笑)。いや責めている訳ではないのだけれど(笑)、もうちょっとちゃんとした事を残しといてくれてたら、我々がこんなに苦労しなかったし、信者さん方も苦労せずに済んだんじゃないか、と思って、その気持ちをぶつけてみたのです。そうしましたら

『そういう時代だったんだから、仕方ないんだ。』と。

『しかし、今霊界に行って先達は気付き始めている。』と。

『だから今神様もぐーっと動いているけど、先達がこれからドンドン動くから、色んな所の人たちが集まってくるので、集まって来た時に、そうした癖を持って集まって来るので、そういう事は大きな気持ちで受け入れて貰いたい。』と。

『それから、様々な能力とか特性を持っている人が集まってくるので、一見理解できないような、そういう特性を持って集まってくる人もこれから出て来るので、その時に余りドギマギしないように。』

という事であるので、やっぱり、洗練していていかないとそういうことは出来ない事なのでね、支部長代理は大変ですけど、みんなをリードして行って頂ければ大変有難いなあ、と思います。

 

光背

楳木代表

私から伝えないといけないことはまだ一杯あるのですけれど、時間がもう過ぎてしまったので、何かこれだけは確認しておきたい事とかあれば言って頂ければ。

ないですか?いいですか?

支部長代理

はい。

楳木代表

それから、今キリスト教とイスラム教は言いましたけども、仏教が本来の姿に戻るというのは、先月の支部長代理の挨拶になりますので、

支部長代理

仏滅ですか?

楳木代表

仏滅でなくて、仏像の姿。

支部長代理

ああ、なるほど。※光背ですね。

※仏教の教えも、諸説(しょせつ)ありますが、仏像に手を合わせますが、仏像の光背(こうはい)(背中にある円ですね。光の輪です。)この光に対して礼拝している。前の仏像は形だけ・・・格好がつかないから置いてあるのだそうです。メシヤ講座no.187三重(平成28年9月)より

 

楳木代表

光背のことが、仏教の勉強会に行くと、そういう話をしている訳なので・・・。だから、光背というのは一体何かという事を求めていけば、本来自分たちが何々宗、何々宗とご本尊をお祈りしている姿は実は真実ではないという事に気付いていくので、これが洗練という事なのです。だから、良い勉強会に行ってきた・・・。もうその一点だけを聞く為に、一週間くらい行ったのです。(笑)この事が仏教の世界で解って行けば、本来の『主神様』にまた辿り着いていくので、こうして大きい世界宗教が本来の『主神様』に信仰の対象がぐぐっと焦点が合って来る。これが大きい形では洗練されるという事で、我々の日常生活に於いては、食べ物とか、生活とかが洗練される。

洗練されるというのは非常に簡単なので・・・。メシヤ講座の古い所には書いているのですけれども、「生け花教室には通ってはいけない。華道教室には通いなさい。」という言葉があります。「お茶の教室には通ってはいけない。茶道教室には通いなさい。」という言葉がありますように、茶道とか華道というのは、「道」を教えるので、今日は暑いので戸は全部開けられていますけれども、この戸を開ける時には茶道の場合は、「心を添えて開けなさい。」という風に教えますよね。この「心を添えて開けなさい。」という、その心の部分を実は我々は大切にしていかないといけないので、取り分け主婦の方々は毎日忙しい思いをしているので、洗濯物をたたむ時に、今日は天気が良いから、恐らく洗濯物は乾くでしょうけれど、雨が続いていると中々乾かないので、つい、不満を言いながらたたんだりしてしまいます。

実はシャツとかをたたむ時には、今日は奥さんが初めて来ているので(笑)、このカッターシャツを洗って、暑い日にアイロンをかけるのは大変ですよね。暑いから。「暑いから大変だわ!」と言いながらかけるのではなくて、「このシャツを着た主人が、世の為、人の為になるように、あるいは会社で貢献できるように、主人が関わった仕事は全部上手く行くように!」と思って(笑)、そういう祈りでアイロンを当ててあげると、もう全然主人の輝きが変わってくる訳ですね。それから、お子さんがいると、ついつい履物が乱れてたりすると、その子供さんの履物を揃える時には、「この靴を履いた時に、交通事故に遭わないように。」あるいは「怪我をしないように。」という祈りを籠めて揃えるだけでも、その靴は輝いてくる訳で。そういう事を家事の中では心掛けて頂きたいと思います。

昨日からうちの姪っ子が前の本部の、うちの実家の方で駐車場を改装して喫茶店を始めたのですね。喫茶店を始めて、小さくスタートして上手く行けばもうちょっと大きく家を改装して行くという事で始めたのですけれど、月次祭に来たので、焙煎する時の指導などは焙煎機の販売会社から指導に来て三日間みっちり教えられたのですけれど、いざコーヒーを入れる時に、「御教えに照らしてコーヒーを入れる時にはどうしたらいいと思ってるんだ?」と言ったら・・・。実はコーヒーを蒸らすときには、時計回りに右回りは拡散して行きますので、コーヒー豆というのは大体、発展途上国で作られているので、そこで豆を採る時に色々話をしながら採ると思うのですけれど、「うちの亭主はね、ちょっと稼ぎが悪いから私が働かなくてはいけないのよ!」とか言って、採った豆はひとつひとつに不平不満が籠って採られた場合があります。それが製品化された時には、不平不満の籠った豆になっている訳なのです。それを焙煎しても、その不平不満が多少残っている訳です。ですから、そういったものをいくら無農薬無肥料で作られたものでも、そういうものが籠ったものである限り、それは拡散して悪い想念とか、色んな執着は全部拡散していく、このコーヒーから抜けていくと思いながら、右回りに蒸らしていけばいい訳です。そしていざ今度は落としていく時には、喫茶店に来る人というのは、コーヒーを飲みたくて来るのだけれども、実は気晴らしをしたりとか、気分転換をしたりとか・・・、昨日から菅野美穂がテレビに出て、「家事に追われながら台本を読む時に、家では全く覚えられないので、保育園に子供を送って行ってその帰りに喫茶店に寄ってカプチーノを飲んで、それから、台本を読んで暗記するんだ。」という風な話をNHKで言ってましたけど、「独身の時のカプチーノと子育ての合間に飲むカプチーノは味が違う。」と。「物凄く貴重だ。」と。もう家事に追われて走り回っている時に飲む。その価値が段々変わってくるように、喫茶店に来る人の気持ちというのは様々な気持ちで入って来るので、その気持ちが満たされるように今度は左巻きでお湯を落としていくと、その落としていく人の願いがその中に入って行くので、“気分転換ができますように!”あるいは“イライラした気持ちが落ち着きますように”という風にして、左回りにお湯を落としていけば、思いが籠っていくので、段々と「あそこのコーヒーは特別だぞっ。」という話が拡がっていくものです。「そういう事を心掛けて行ったらいいよ。」という話をしました。

皆さん方がお米を研いだり、洗い物をする時も、みんなそういう『メシヤ様』の御教えに基いてやっていけば、家族というものが大きく変わっていく。そういうものに繋がっていくと思うので、洗練という中にはそうした事も、『メシヤ様』の御教えに基いて実践すると、物凄いものを生み出していくという事ができるのだ、という事をこの機会にですね、再確認をしておいて頂ければ有難いと思います。

しかも10月は「神無月」と書きますので・・・、この3000年前に『夜の時代』を到来させる為に暴挙を行った出雲系の神様が朝鮮半島に今帰省しております。それでその神様が居ない月という事で「神無月」と呼んでおりますね。10月はそうした心掛けを持って生活をすると、飛躍的に進む月でもありますので、そうした事も併せて心に留めて御神業に臨んで頂ければ大変有難いと思います。そうした事をお願いさせて頂いて、メシヤ講座を終わらせて頂きたいと思います。ありがとうございました。

司会者

以上を持ちまして、月次祭並びにメシヤ講座を終わらせて頂きます。ありがとうございました。

受講者一同

ありがとうございました。

 

<来月の御教え>

「『最後の審判』文明の創造」(昭和二十七年)

本文は『天国の福音書続篇(一)神観 主神様とメシヤ様』42ページに記載されています。

「『最後の審判』文明の創造」は平成28年11月に拝読し学び合う御論文です。

 

[メシヤ講座no.188 三重支部 2016(平成28)年10月7日]

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